第二王子に婚約破棄を宣言された私は、『無能はその責任をとれ』が口癖の王に追認されちゃいました
「さて、ロードベリア侯爵家令嬢アーネスティン。さすがにギャスオールが言うように国外追放まではせぬ。だがな、小娘一人満足にあしらうことができんなど、王子妃としては無能じゃ。無能はその責任をとれ。よって平民の英雄に嫁いでもらうこととしよう。良いな」
先ほど卒業パーティで、第二王子ギャスオールに華々しく婚約破棄を宣言された私は、場を治めるためとしてギャスオールと共に王宮へと連れて来られ、今度は国王から改めて宣言されている。
「因みにギャスオール、あの小娘の騒動はすべて自作自演だからな。あんなものに騙されるお前もお前じゃ。無能はその責任をとれ。罰としてすべてを理解した上で、あの小娘と婚姻し、西の砦へと行くがよい」
王家の影からの報告書であろうそれを、王はひらりとギャスオールの前に落とす。おそらくそこには小娘と呼ばれた、先ほどギャスオールが真実の愛の相手と叫んだ男爵令嬢の、数々の問題行動及び不純異性交遊が記載されていることだろう。
ギャスオールは拾った報告書を見て頭を抱えているがもう遅い。
結局、卒業パーティで大々的に宣言してしまった手前、ということでなし崩し的に婚約破棄は有効とするようだ。王は何より無能を嫌う。『無能はその責任をとれ』は王の口癖だ。ハニートラップに無様に引っかかった第二王子も、その対処をうまくできなかった婚約者の私も、どちらも不要ということか。西の砦は、対立している隣国と現在緊張状態が続く前線の場所。王子という肩書を背負ったまま死んで来い、と言われたに等しい。
けれど、本当に私と第二王子だけの問題なのだろうか。いや、ハニートラップに引っかかったギャスオールは問題外だけど!
私、何が悪い?
婚約者として、何度もギャスオールに注意はした。お相手さんにも、それなりに対応はした。生まれた時からの王命による完全な政略で、王子妃教育も受けさせられて。で、無能だから、って勝手に冤罪かけられて婚約破棄されて、その汚名をかぶったまま今度は褒章として平民に下賜されるってさ。おかしくありません?
私、婚約者になりたいと思ったことも、王子妃になりたいと思ったこともございません。何よりギャスオールは、今回の婚約破棄騒動でも分かるように頭が足りません。それを今まで、影日向なく支えて、何とか普通の王子に見られるように頑張ってきたわけですよ、私が!
こんな馬鹿に、愛情なんて勿論ありません。将来に夢も希望も感じられません。それでも夫になるわけだし、と今回の卒業式の答辞だって全部私が作成しました。第二王子分の政務だってほぼ私がやってたわけだし。ここまですべてやらされて、今度は冤罪?! 冗談じゃない。睡眠不足でお肌だってぼろぼろ。ここまでさせておいて更に泥棒猫さん対策ももっとしろと? もう、これ以上余分な時間割けるかっていうくらい忙しかったのに。
「では陛下は無能でない証として、何をされたのでしょう? ご自身で何もできない第二王子の面倒を、親でなく婚約者である私にすべて丸投げし、彼が仕出かしたからと私が冤罪を掛けられてもそれを晴らすこともなさらない」
あ、発言の許可を取らなかったけど、もういいよね?
国外追放でも下賜でも、もう勝手に宣言すればいい。ただ、その前に言いたいこと全部言わしてもらうけど。不敬罪どんとこい。
「何を!」
「事実ではございませんか。第二王子の政務も実務はすべて私が行っておりました。ご存じでしたよね。無能がお嫌いでしたら、もっと早く第二王子をお切りになるべきでした。それをここまで待ったのは親の情でしょうか。その間私にしわ寄せがいくのはすべて無視で、もみ消せない失態をした彼をそれでも王族の肩書は残してやり、私を冤罪のまま下賜しようとする。途中、彼を止める機会は何度もございました。私のように権限のない婚約者ではなく、親として王としての権限を持つ方がそこに! それを行わず、私に丸投げされていた陛下の有能さはどこにございましたでしょうか」
今更ギャスオールがやらかしたからって切るんだったら、入学前に色々問題を起こしていた時点で切るべきでした。彼が面倒くさいことから逃げ続ける性格だってのは、誰もが知っていたじゃない。宿題だって、私が隣で全部教えなきゃいけなかったし。ほんと、私って何係だったのかしら。少なくとも婚約者って役どころじゃないわよ。お世話して、代わりに政務して、そして人前では一歩下がれって。で、完璧すぎて落ち着かないから結婚したくない、と言われた私って。こっちこそあなたみたいな手のかかる相手、いやですー。
王の青筋がぴくぴくしている、と思う。王座からは離れてるから、そこまで顔がはっきり見えないから知らないけれど。
「アーネスティン嬢! いくら何でも言葉が過ぎると思わんか?」
「いいえ。『無能は責任をとれ』は陛下の座右の銘でございましょう? 無能な陛下も責任をとる必要があるかと…」
「衛兵!」
私の言葉を遮るように、控えている近衛兵に声を荒げる陛下。そのまま私を不敬罪で投獄でもさせようと思っていらっしゃるのでしょう? でもね。近衛兵は動かないわよ、何故なら。
「そうだな。『無能はその責任をとれ』、確かにその通りじゃ」
颯爽と現れたのは、先王様。きゃー、お待ちしておりました。
「そなたに王位を譲ったのは、やはり失敗であったな」
そうでしょう、そうでしょう。
今回ギャスオールが起こしたのと同様なことを、現王は王太子時代にやらかした。お相手は男爵令嬢。その時の婚約者は公爵家。勿論前回の時は、本当に婚約者がかなりのいじめを行ったらしい。それこそ殺意たっぷりの壮絶なヤツ。けれど、無理矢理な婚約破棄劇場は、先王が公爵家に頭を下げる形で、かなりの慰謝料と共に婚約解消ということで話をつけた。同時に先王は、不仲となった公爵家とのかじ取りの難しさなどを自分で身をもって理解しろと、ある種お怒りのまま王位を譲られた経緯があった。
だってやらかしたの、立太子式の直後のパーティだったんだもの。
もともと先王には娘は何人もいたけれど、息子は一人しかいなかったから、現王は王太子として以前から認知はされていた。ただ、隣国との小競り合いが絶え間なく行われていたため、立太子式を執り行う余裕がなかった。だから、隣国と一時停戦の協定が結ばれ、落ち着いたからと行われた立太子式はかなり遅くなってから。
すなわち現王が王太子式をしたのは成人も成人、つまり、いい大人の時にやらかしちゃったことなのよ。そして、隣国との緊張状態のため、立太子式を終えたばかりの王太子を外すのは隙を見せることになるから、婚約破棄を解消に変更したけれど、そのまま王家の総意として話を進めるしかなくなってしまった。
ギャスオールが今回婚約破棄を企てたのもそのためだろう。父親が同じことをしているのだ。自分が咎められるなどと思ってもいなかったに違いない。
逆に、前回あれが認められてしまったがゆえに、下位貴族が玉の輿手段としてこんなハニートラップを用いたに決まっているのだ。やっぱり王が悪例を作っちゃったんじゃないの。この無能!
ちなみに今回は完全自作自演です。私いじめなんて一つもしておりません。関わる時間がもったいない!
そんな馬鹿げた王位譲渡事件。それで王になって現王は反省したのか、と言えばそうとはならない。ま、やらかすような人間がまともなわけはない。自分に反論する人間は無能と称し、『無能は責任をとれ』と切り捨てる。『無能は責任をとれ』って、自分が一番無能だってーの(笑)。おかげで今の王宮は、王妃の実家である男爵家出身の者やおべっか使いばかり。ま、王妃は本当に庇護欲をそそるお小さくて可愛らしい方ではあるのよ。でも、それだけ。王妃として人前に満足に立つこともできず、直ぐにぐすぐす泣き出すような、一人では何もできない人。で、泣く王妃を見て更に過保護に囲って、何も政務をさせないでその分の仕事を平気で臣下に無茶振りする王でしょう、終わってます。
現王が男爵令嬢であった王妃と出会うまでは、それなりにまともな人だったらしい。だから先王は王が正気に戻ってくれることを祈っての譲位だったのでしょうけれど、王妃がいる限り無理でしょうね。
で、さすがに先王もやばいと気が付いたようで、生まれた第一王子の教育に力を入れました。この教育に関しては、各貴族も派閥を超えて協力したそうで。だって、王命の婚約者ですら蔑ろにするような者が王になっちゃったんだから。何時、我々貴族に対して難癖付けてくるかわかったものじゃない、となるわけで。文句を言えばすぐに無能扱いですしね。せめて次代はまっとうに戻ってもらわないと。
おかげさまで現在王太子となった第一王子は、王と王妃を反面教師として育ってくださり、王位を継ぐべく今一生懸命王の仕事を奪い取り中。うん。王太子とその婚約者はとてもまともな方なのよ。でもね、第二王子が現王と王妃そっくりの馬鹿で仕方がなかった。第一王子と同じような教育を与えたらしいんですけどね、即行で逃げ出していたらしい。
だから、王太子たちと協力して、先王に現状を訴えていたわけよ。先王妃の体が弱いことを理由に、何度もお見舞いと称して先王宮にお伺いしたりもして、今日に備えていたわよ。
ギャスオールがやらかすならば、そしてそれを理由に自分を顧みず、私たちだけに責を負わせるならば、王としての資質なしとして王太子に譲位させると。勿論先王が補佐について下さるということで。
そして、本当にやらかしちゃったしね、ギャスオール。彼が王族でいるのは無理よね。王と王妃と一緒にどこかに幽閉か何かしかないと思うわ。それとも王が言った通り、西の砦に行くのがいいのかしら?
とりあえずそれは私が考える領分じゃないわ。後は、先王と王太子にお任せ。
良かった、とりあえず私はもうこれからギャスオールの尻ぬぐいをしなくて済むのよね。助かるわ。
あ、そうだわ。
「先王様。私、先ほど王が言った平民の英雄様との結婚でも構いませんよ。きちんと冤罪を晴らしていただけるなら」
英雄様は遠方の国の政変によりこちらに身一つで来られたお方。平民だけど、そちらの国では平民初の将軍職まで上り詰めたかなり人格者との噂の高い人ですし。ただそれを疎んじた王族に嵌められて出奔する羽目になったとか。
ギャスオールなんかよりいいんじゃないかしら。大人の方だし、包容力もある気がする。いくら冤罪を晴らしてもらっても、やっぱり傷物だしね、新しい婚約者を探すのも大変だわ。それなら英雄様でもいいかも。勿論婚約解消の慰謝料はたんまり頂きますが!
何より、現王の男爵令嬢だった王妃との婚姻は、平民に未だにシンデレラストーリーとして根強い人気を誇る。政務においてはかなり出来が良くないと貴族にはばれている王だが、隣国と一触即発中なので隣国に付け入る隙を見せないために、王のやらかしについては表立っては広まっていない。そのため、民の人気はまだ衰えずに済んでいる。
ならば、王太子が王になるときに何かしら士気高揚を促すためにも、侯爵家と平民が婚姻するというのも悪くはないかもしれない。それに、我が家としても今回の件で王家に貸しができるわけだし、慰謝料もがっぽりなので、悪くはないでしょう。勿論私に平民の生活はできないでしょうから、メイドたちは複数つけさせてもらいますが。
も、勿論押し付けはしませんわ。英雄様が頷いて下さったらというのが前提というのは分かっております。でも、なかなかに良い案だとは思うのですが。
あら、第二王子の代わりに政務ばかりしていたから、こういう思考になっちゃうのよね。やだわ。今後は王族として考える必要なんてないのに。
「ふむ」
先王様も同じことを考えたらしい。
「英雄殿には、今回西の砦にて指揮をとってもらおうと思っておった。ここで畳みかけ、いい加減隣国を大人しくさせたいからな」
確かに。一時停戦としたはずなのに、ちょっかいをかけてくる隣国は、そろそろ本格的に叩くべきかもしれません。特に英雄様という、かなりの知略と一騎当千の体力をお持ちの方がこの国にいらしてくださったわけですし。
「よし。今回の戦いがうまくいけば、英雄殿には伯爵位を叙爵させ、向こうが了承すればそなたを下賜させることにしよう。ギャスオール、そなたも共に西の砦に行け」
伯爵位ならば、下賜としても十分問題ないレベルですね。それに平民が一気に伯爵位の貴族になるというのも、民にとっては成り上がり譚として好まれそう。さすが先王様。
報告書を見て落ち込んでいたギャスオールは、まだ項垂れている。きっと私たちの話を全く聞いてないわよね。このままだと、気付いたら西の砦に連れて来られてた、ってことになってる気がします。ギャスオール、頑張ってね。
それから先王様は、陛下の方に顔を向けられて静かにおっしゃった。
「そなたは、妃と共に蟄居だな。北の宮を一つ渡そう。その代わり、そこから出ることは許さん」
王は文句を言わないのね、なんて王座を見たら、何時の間に近衛兵が陛下を猿轡付きで縛ってるし! いつの間に先王様が指示なさってたのかしら。仕事がお早い。
「王は急病となられたため、しばらくは代理で王太子と共に儂も執務を行おう。慣れてきたら王太子が即位する。これは高位貴族総意のことである」
既に公爵家・侯爵家の承認印を全て集めていらっしゃったらしい。根回し完璧。さすが先王様。良かった。これで後のことは安心して先王様にお任せできる。
では、もうギャスオールの政務を代わり行うために王宮に来ることはないのね。今まで私、頑張りました。
それでは、ロードベリア侯爵家が長女アーネスティン。これにて失礼させていただきますわ。
私は、先王様にカーテシーをして、そっと王宮から帰ることにしました。
ギャスオールに煩わされることのない、これからの新しい生活を夢見ながら。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。
※当初、速攻と記載しており、ご指摘を受け即行に変更しましたが、再度ご指摘がございましたため、記載致します。
速攻:素早く攻めること。すぐさま、ただちに。
即行:その場で行うこと。すぐさま、ただちに。
今回は、『すぐさま、ただちに』という意味合いで使用したため、どちらでも構わないようですが、
より厳密に考えた多場合、即行の方が正しいかと思い、最終的にこちらといたしました。ご了承ください。