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アイーダ=シタタール  せいきし L51

「勇者様が戻られたぞぉ!」


 門の見張りから声が上がると、聞こえた何人かが走り出す。

 上空を好きに行き来する存在そのものが少ないので、それとの認識はかなり遠くからでもできる。

 何人もが、無駄ではありつつも本陣に、我先にと伝えようと走る。

 待ちに待った、人間の繁栄の一大事に自身も末端として関わった証明がしたくて。


「開門だ!手の空いたものは門に集まって並べ!王都からの出張組どもに場所を取られるなよ!」

「「「はいっ!!!」」」


 警備の様子も、全体が一気にあわただしくなっていく。

 そして、時間に間に合うよう万全に訓練された集団は、勇者の帰還というこの時を得て、はじめて己の望む形に機能する。

 勇者、その人物が門前にたどり着いたとき。

 外界を隔てるその高い恐れは重く、解き放たれ。

 中央の通りの両端に、軒並みの兵が武装し、並び、帰還の祝福を叫んだ。


「大げさというか、本当に厄介だと思うんだよ…僕は空から直接部屋まで行けるんだし」


 困ったような、まんざらでもないような。

 しかし士気のためには、これが必要だというのなら、演じるべきなのだろう。

 人の往来を妨げて、人一人通り過ぎるまで兵隊すべてがただ見ている、というのは、その勇者から見れば不経済で滑稽でしかない。

 それでも、状況を作ったのが誰かと言われたのなら、言い返せないのだから。


「あぁ、おじいちゃん危ないよ」


 空気が読めず通りに出てくる、一人の老人がふらふらと目の前に出てきてしまうのにも、彼は当然だという。

 むしろそれを優先すべきであり、守るべきものを忘れるべきでないと諭す。

 その程度で人格者扱いをやめろと苦みを加えて笑う。

 その一つ一つが、信望を生んで、ここまできたとみんなが言うが。

 彼は認めもしない。

 だからこそなのだろう。


「そんな毒爪で警備の人に当たったら、そのひと死んじゃうからねえ」


 走り寄り、彼は、抱きかかえようとするのかというそぶりで老人に触れる。


「人間の側ではないのが残念だね、もっとさらに裏を疑う話もあるが」


 小声でそうもいったが、それは周囲に聞こえなかったようだ。

 掴まれたその老人は、既に失敗を悟ったのか。

 いきなり咆哮をあげる。

 同時に体が膨れ上がり、彼も、手を離さざるを得なくなる。

 周囲に紛れ込まないよう、人質を取りにいかないよう、他の誰かが殴りにいかないよう。

 それでいて、話をしようとしてくるのなら、出来るだけ引き出しもしたい。

 もっと、覚悟が決まっているかの空気が読めればそれに越したことはないのだが。

 彼は時々、周囲にそう漏らす。

 下も上もなく、同じように苦虫を噛んだような笑顔で。

 それを見たり聞いたりしたものは…。


「勇者殿、お任せを!」

「おのれ街中に潜んでこの方を狙うとは!」

「私が討ち取りまする!」


 口々に怒りを吐き出し、それに挑もうとする。

 彼の気も知らず。


「まぁまぁ、まずはそこの老人、先に僕に触れられるか、これと戦って見せてはくれないかねえ」


 ほかに寄るな、邪魔だとは言えない。

 戦う相手が用意してあるとして、まず見学と周囲が思えたなら最良。

 そのワンクッションを用意する。


「19をアンロック」


 手のひらに置かれた立方体が少し輝き、勇者の周囲に出てくる人影のような何か。

 これも魔物だ。

 こちらは、鎧を着た上級な獣のような何か。

 思い通りになるといいのだが。

 ならないのが世の常、である。


「退いてください、われわれが!」


 数人は奥から飛び出す。

 おそらくは、噂と憧れだけでここにいる、若い兵士たち。

 そして、そのために散っていく末端たち。

 目の前で上がる、悲鳴と血の噴水。


『ツギガソレカ』


 変化を完了したらしい、老人だったものが、血を味わうように、やっと重く口を開く。


「…違うかな」


 反応した、声。

 それは魔物の耳元近くからした。


 瞬間。


 それは10、いやそれを超える数の細切れになる。

 次に、今何かの手段で勇者の手から出現した魔物の首がすっとぶ。

 気をそらせるために、別のダンジョンで過去に捕らえたものを放ったというが、誰も手段などから何一つ理解できない技。

 その俊敏な技も、本気からは程遠いと伝え聞くし、理解はしようがない。


「あいつが僕から視線を切ってくれれば、それだけで狩れたんですけど」


 憎々しく言う、彼。

 そこから、息すらせず急ぎ切り刻まれた兵士に寄っていく。


「ポッド開放、レベル……」


 一瞬口をつまらせ。


「…8」


 その言葉とともに、倒れた数人の兵士を包むよう、三角の空間が見えだす。

 数十秒後。

 兵士らは、立ち上がる。

 確実に死にそうだったそれを、彼が回復させたのが、見て取れる。


「ゆ、勇者様、ありがとうございます」

「機会が増えた分、鍛えるように」


 肩にちょっと触れるようにして、多少疲れた顔で彼が言う。

 お礼を言えとも、何かを返せとも、特に求めもしない。

 そしてすぐ立ち去る。

 噂通りの方だ。

 そんな風に、彼らはまた言うのだろう。

 しらねえよ。

 心の中で、そう思っているかもしれないとは思わず。

 噂と雰囲気と思い込みが重なると、本当にやばいんだなと、彼は実は思っているとは思わず。

 

「さて、回ってみた感想ですが、海路は諦めるべきかもしれないですねぇ」


 彼が、その後に街の本拠地で最初に口にした言葉である。


「港町だった、この先のかつての都市も見ましたが、再建したら使えるというレベルではないですよ、ここから直接向かうのが僕から見るとまだましです」

「行軍だけでひと月かかるのを、ましというかね」

「船で反対側に回る一団を出すのはどこも了承しなかったんです、途中までなら平気でそれを調達するあてはある、という考えが僕はわかりません」

「それについてなんだがね、リューオ」

「それだけの金が調達できたのなら、むしろ反対はしませんよ?」

「もっと沖からの航路で、応援を頼んで借りうけた王都の第二部隊が合流予定だったのだが、襲撃を受けて全滅したそうだ」

「……何で勝手にやらかすんですか…」


 聞かなくても、簡単な理由が彼には理解できる。

 勝手に、もっと敵側に近いどこかに上陸して拠点を作成しようとしたんだ。

 それで無警戒にこの街のそばで停まらず海賊ごっこのようなことをしたんだ。

 内心、もう、そう諦めて飛ばしたい。

 しかし、聞かないといけないことは形式としてもある。


「賛成したかは聞きませんが、あなたも聞いてましたよねえ、それ」

「そんなことより、そこを埋め合わせるのが可能かどうかを、見てきた君に聞きたいのだよ」


 答えてない、答えてない。

 相変わらず話にならないから、これからも独自行動に限る。

 彼がそんな風に思うのは当然なのだろう。


「侵攻計画の草案は、あらかじめ作ってきました」

「……早いな」

「可能かどうか、動かせる範囲での運用に資材はどの程度必要か、内部での折衝はどの程度か、くらいはお任せしますね、わたしがすべてやると親王派閥がお金出しませんから」


 金銭勘定に関しては、それなりに信用はできる、そこだけは。

 そういう距離も、周囲との円滑化のために必要でしているのかもしれないと、話すものもいる。

 もっとフレンドリーですべてを慈愛の目で見ている、などという神格化の類に当たる視点が。

 上も下も、大丈夫じゃないものばかりだ。


「それでは、いったん休みますので、進捗ありましたらお知らせを」

「お宿までは、私が責任をもって!」


 話の終わりを待っていたタイミングで、そこに一人、ノックもなく女性が入ってくる。


「王都の手勢がなぜここで割り込んでくるのだ!」

「国王の、指示です」

「馬鹿気たことをいう!」


 この街の軍の統括のような立場の男が、それを見たとたんに語気を荒げた。


「姫のわがままだけであっても、直属を冠する我々に下されたものは全て王命であります。 我々の歩む場に立ち入る全ては、私は斬れますよ」

「…勝手にしろ」

「いきましょう、リューオ様」


 連れ出すようにされ、勇者はその部屋を出る。

 彼女の視線は、特に気にせず。


 複数の、それに。

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