ゲイズ・オブ・ロードス
「かつて原初に人の前にあったもの、ミカルナを知っておいでですか?」
「昔話では、何度か聞く名前です」
「それは眠り、あるいは潜み、その果てに死を望み、人の英雄に、あるとき、それを叶えるための力を手渡し、それを叶えてもらったと伝えられている…そこは」
「一度聞いたことは…あるかもしれません」
何かの書物の内容を読み聞かせているような、そんな過去の逸話の暗記のようなものを語る皇女。
言い伝えや伝説というのは、色々な思惑を含みながら伝えるので理不尽なものも多いとは聞くが。
なんでそんな面倒なことをしたものなのか。そいつも。
「そして、そこに残ったもの…叶える力、というもの。それはどうなったのか」
「その答えが今回の…」
「そうです、ゲイズオブロードスという言葉で呼び起こされる、異界のものと思うほかない驚異の力」
聞き覚えあるような、無いような気がするんだよなぁ、それ。
「かつて、魔族の領地となる以前の、この街から先の地域に存在した、学園という地を建設する際に使われた言い伝えを最後に、それは姿を消しました」
「現存したことの確認は、伝説の後にも存在した、と…」
「さようですね」
アイーダさんも、聞きながら少しづつフォローをくれる。
「かつては、王家の継承の儀式にそれの所有権を受ける伝承の儀式を含んだという話もあるのですが、もう途絶えていて書物でしか、わかりません」
「この国でずっと、存在を確認出ていた…わけですか」
「これを取り戻し、何とか他国に圧力をかける形で権威を新たに盛り返そうと希望し続けているのが、旧王権復権派と呼ばれ、支持層が多いのに過激派のような言動をしているものたちです」
「この人たちが、今回の魔族討伐に最も意欲的なものたちでもありますね」
「彼らは元々、立地その他多くの要因で他国に強く出られないわが国で鬱憤のはけ口になることで根強い支持を持っていたのですが、数年前に事件がありました」
「モノケ白砂嶽の一日太陽、と呼ばれていたものです」
「怪現象みたいな噂になっていた…のだとは、聞いています」
見てはいないが、夜にも地上から朝焼けのような光が、魔族の領地になったほうから朝日が出るまで他国から見えていた、という話。
日が沈んだ時間からも国中で、辛うじて外で作業できるかくらいの朝方の明るさを保ち続けていたことで、一日太陽という怪奇現象として一部の人には語られていると聞くが。
「あれが、我が国の城の地下水道から『何か』が盗まれた翌日に起きたことで、復権派はあれが伝説の剣が発動した力だと触れ回り、それを手にすべきと慌ただしく動き出したのです」
「その前後に強大すぎるほどの魔力もこちらに伝わっていたとのことで、王宮では憶測も飛び交い、領主の多くも立場の入れ替えでかなりの大事になって…迷惑でしたわ」
「外れに住む我々は…すごい平穏でしたが、大変だったんですね…」
話についていけてはいないが、貴族や王家など、上の人たちにとっては、急な対処が必要になる大事だったと。
それくらい覚えておく程度がいいのかもしれない。
「その時意見が大きく分かれたのは、剣の発言した光なのかどうか、の確認ではなく、魔族の領地での大きな力の存在があったことでの、観察か討伐か、そこでした」
「魔族たちがそれを手にしたことが確実だから急げ、というのと、それを所持しているか、これから使うかに関してもっと調べろという双方の意見ですね」
「一日太陽のそれが、魔族からの力の誇示だったり挑発だったら、すでに取り返しがつかないぞ、というわけですか」
「さようです」
老人はそんな話全く欠片も出さなかったぞ。
あの怪しさだし、何もかにも隠しているとしても納得できるとはいえ、切り札だったらちらりと見せて脅すくらいはしそうなんだが。
あっちの話としては、人間なんて構ったことじゃないが時間が欲しい以外、ほぼ何も言っていなかった。
あとはオーガの自慢だの、村の秘密だの、人間側の知りようがないものたち。
立場の違う両者の話をちょいちょい聞ける立場からして、聞いてない話のオンパレードは、なんとも気持ち悪いというしかない。
角度を変えて正しいものを推察する、といったものを模索するにも接点がないのだから。
「結局、討伐令などで賞金稼ぎなどを使った様子見から入ると決まった一方で、おそらく、自分で剣を手にしたいという貴族、領主がいて、手持ちの兵を出して先走っているものもいる…」
「こちらには、すべてを魔族から解放したあとの領地の優先権が重要と言い訳していますが、結構バレバレです」
「…たしかに、目に見える上に、手が届く範囲に何より強い力があると言われれば、欲しいという人はいるのでしょうねぇ、本音をさらけ出せる人が多数派とは言いませんが…」
「言ってしまえば下克上を公言しているようなものですので、その場で何かの理由で捕縛したいところでしたが」
アイーダさん、皇女への敵対は過去だろうと例え話だろうと許さない性質なんだなぁ。
この生真面目さが前面のときは、本当に仕事人間として憧れられるのわかるよな。
「こういった構図で、その中で目立つリューオ様が剣の強奪に直接関与となれば、大変なことになります」
「…あぁ、そ、そうですね…」
そうかぁ。
精力的に基地作ったり、金出させたり、色々したのが、剣が欲しい人たちの一人として換算されることになりかねなかったのか。
「そこで早くから、貴族たちへの牽制と監視、そしてリューオさまへの責任押し付けが出来ない形を作りたいと、皇女が近衛の兵をこの街に送り、リューオ様も立場的に宙に浮いたように持っていけるよう、取り計らったという次第です」
「すると今度は、関与しすぎと…真の皇女を見つければいいとする復権派の一部と、自分が剣を持って支配したい派兵した貴族の一部が、コウすら排除やむなしと暗殺を計画中といった話が聞こえだし、今です」
「私は、何があってもお守りいたす覚悟ですし、王都に戻るのもやむなしと皇女を説得しているのですが…」
「お世話になりっぱなしなのを改めて痛感しましたが…そこまで内部がこじれているのなら、今回のこの来訪、すごい危険なこと…ですよね。やはり」
「ですから、止めたかったんですが…ね」
「コウが絶対と押し通したのですよ。安全にあることを願いたいのなら、もうリューオさんにかくまってもらって逃げるのが一番かもしれない…その気があるなら、会ってコウを、さらってもらってもいいのですと…ね?」
「…大変なことを…」
すごい覚悟すぎる。
綺麗な笑顔ではにかむ皇女の、なんと強そうなことか。
いきなり全部投げ捨てる覚悟しているから目の前にいる、なんて、だれが思うだろう。
しかも、アイーダさんの立場のほうが、僕にはよくわかる。
完全な確証のない、どれもこれも与太話で片づけてもいいものの集合体で、いきなり皇女が消えるのは、そりゃ駄目だろう。
守って、そんな謎の力などなかったことにして、今まで通りの出来のいい部類の継承者に国を運営してもらうのが最良。
それだけでいいじゃないか、と。
「…みたところ、コウの想いとは違って、リューオさんはアイーダに近い考えみたい…最適になるって、何なのかしら」
「まぁ…その、剣の力というものそのものが勘違いだったらという可能性のほうを信じたい気持ちがわかると言いますか…お仕事のできる優秀な皇女を、失う大きさは理解できなくもと、言いましょうか」
「勘違いでないのは、コウが一番信じています」
「それは、そうなのかもしれないとは思います」
行動を起こすからには、信じていないとそれは、しないよなと。
「そして誰が持っているかも…コウは確信があるのです」
「お、皇女…さすがに初めて聞きますが…」
アイーダさんも、一気に戸惑う空気になる。
裏付けがあるからの、すべての行動だというのか。
「ある寄宿舎に、コウがいたころの話です」
その場所や状況、情景については省こう。
皇女が言うには、自分はたまたま紛れ込んだだけ。
その寄宿舎には、本当に立ち姿から高貴な女性がいたという話。
そして、その高貴な女性が「盗まれた」という、そんなお話。
信じがたい。
二人組の女が、幼いの命が救えるのだから、協力しない手はないだろう、と言い、言い含めて持ち去ったのだというのだ。
そう、その高貴な女性というのは、本物の王家の血族。
歳は、さほど皇女と変わらなかったという。
その後、一足違いで何者かが訪れ、継承者として必要な部分なのかもしれない意味不明なテストを、そこにいる子供に誰でもいいかのように行い、自分が、何もわからないまま王都に連れていかれた…。
そんな話、本当にあるだろうか?
いろいろ穴があるようにしか聞こえない。
アイーダさんを横目で見ても、どうにも様子は同じである。
話で聞くテストにしたって、人に囲まれた魔法陣のようなのに突っ込まれて寝かされてからは覚えていない、というレベル。
それこそ、なにかの夢か、騙されたと結論付けてしまって忘れていいのでは。
僕がアイーダさんくらいに皇女と親しいなら、そう言ってしまうだろう。
真実であっても、そんなぞんざいな選定の結果にしては、今、ここまで都合がいいほど見め麗しく賢い皇女が出来上がっているのだ。
隠している趣味はともかく。
まず、今を見るだけで、思い込みで全て無しにするほうがいい、などという選択肢は、あまりに釣り合いが取れないではないか。
それを理由に椅子に縛り付けることすら、許されるのではないかと僕は思ってしまう。
その程度に、皇女は、この国には必要な存在だ。
下から見れば。
「ですが、私から見れば、ふさわしいのは間違いなく、寄宿舎の彼女です」
「そこに負けない自信があれば、むしろ皇女がその立場なのが正しいと言えそうかなと、思うのですが…」
「超えられません。その思いがあればこそ、コウも背伸びをしてこれたのです」
「皇女は、私から見てすべて正しく、すべて清らかで、すべてお心のまま純粋であらせられます」
「アイーダは、コウを美化するのが仕事なだけだから、それを先入観にしているだけなのよ」
「絶対、それはありません」
「ま、まぁまぁ」
譲る気のない押し問答に、ヒートアップを止める自分の存在の必要性を感じる。
ただ、その女性…の存在を僕には確実視できない現状、皇女との中間の意見を出すのは流石にできそうにないが。
「コウの考えていることをはっきり言いますと、正しい血筋を持ったあの方が本当に現れたならば、コウは偽物として処分されるでしょう。それはコウが自分でも望んでいるということ、です」
「それだけはいけませんよ!」
「まぁ聞きなさいなアイーダ。それとは別に、魔物があれを持っていて我々の脅威かもしれない、というのは、コウにとっても許せない侮辱なんです」
「国の宝が自分たちを襲うという噂の時点で、耐えがたいと…」
「そうですよリューオさん…それはあの方が汚されることでもあり、もしもあの方が所有者でなくなっていたとしたら、さらに耐えがたい」
苦々しそうなセリフの割に、皇女はお茶を飲みながら、あくまで優雅そうな立ち振る舞いでいる。
やはり、ふさわしくないと誰も思わないのではないか。
「ただの癇癪で振り回したり、お店でケーキを切る手軽さのように取り出したりされては、コウが関わりない人間だとしても許せないと怒りを見せるかも、知れません」
「伝説通りだとすると、まぁ、そうですね」
「それ自体はコウも、一時も早く確認したい思いでありまして、あの方にふさわしい舞台にお座りいただける時が来たら、コウは、出来れば生きて立ち去りたい…」
なんとも、口を出しにくい空気。
「すべて、どの立場からでも、あの光に惹かれる想いだけは同じなのです…だからコウも、ここにきています」
「そこに関しては理解しています、私も…ですから皇女、どういったお考えがあっても死ぬことを決まったものとはお考えなされずに…」
本当に、心からのアイーダさんの考えなのが伝わる。
僕も本当に、そう思える。
「では、まずは全てを知ったうえで、そこから争奪戦でもいたしますか、人間で」
「その考えが、一番、よろしいかと」
「そのくらいの勢いでいいと、僕も思います」
「では、仕方ありませんので、そういうことで…」
なんとなく、そうしてまとめられ。
僕は、休むのは自分の用意された宿泊先に戻るほうがいいと言われ、そこを後にする。
――――――――――
「…くしゅん!!」
「ゴーカさん、風邪ひいたんですか?お薬飲みます?」
「その匂い、なんか鼻にくるものだったりいたします?」
例の、教団のようになったイウナの占い会場のために作られていた薬の制作現場。
そこを眺めていた一人の人物のことは、特に誰も気に留めていなかった。
――――――――――
そして、深夜のこと。
トントンというドアの音に気付いて、寝ぼけたまま僕は宿の部屋のドアを開ける。
「…あのお話通り、コウを連れて…逃げては、くれませんか」
ぼろ布をわざわざ用意して訪れた、一人の姿に唖然とした。
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