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ゴーカ=ミメタダケハ おじょうさま L9

「…牧場……ですか……?」


 僕は、見事に言葉を失った。

 そんなにあっさりと、顔色も変えずに出る単語ではない。

 人間に向けては。


「仕組みとして、別段不思議ではございませんでしょう?」

「でも、当人の口から言うのは…」


 重いかなって。


「第一、ご覧になってみなさいな、このいびつな人口分布」


 そこは知らない。

 知らないが、言うからには、確証がある話なのだろう。

 昨日の。

 いや、今朝までの薬に詳しい子のとの話。

 かなり脳を使って全力ですべきことをやり取りした結果…。

 ずいぶんと、朝から昼と眠ってしまったらしい。

 今日、何かが攻めてこなくてよかったと思うのと同時に、気のゆるみを少し感じだしている。

 緊急事態なら、誰かが起こしてくれる安心感と、昨今の疲れがまだあるのか。

 もしくは、少しだけまだ気になっている、あの子の毒が効いていた可能性は、という不安。

 そこを確認してから、一度村を出るようにしようと思った、目覚めの次の瞬間。

 彼女がいた。


「ごきげんよう、用心棒様」

「は、はぁ」


 そんな程度の、何気ない最初の会話だったと思う。

 

 今日の彼女は、今までになく好意的で、まず自己紹介で村長の血縁だと自己紹介した。

 しかも、昨日の子と会話し、引継ぎのようなこともしたらしい。

 ずいぶん連帯していて、その上理知的だ。

 初めて、対等と言える建設的なやり取りからのスタートが出来る爽やかなムードを感じる。


「あらあら、何かに見とれましたのかしら」

「そんなことはないです」

「泣きそうな、滲んだ眼をしておられましてよ?」

「趣味です」


 まともな生き物かもしれない、というだけで泣きそうになってしまった。

 人畜無害という言葉だけで愛せそうな感動が、胸に迫る。

 そんなくらいの嬉しさだった。

 しかし。

 言うことや、滲みだす視点のえげつなさに、僕がドン引く恐怖が隠れていた。

 いや、彼女が、というだけの局所的な話でもないかもしれない。

 彼女が初めて持ってきた、この村の内情、情報といったものが、だ。


「魔物が来たことは、まぁ、ありますわね、当然ですが」


 一言から始まった、村の現状。

 立地からしても、存在しているだけでもすごい。

 または不思議である。

 そこを、もっと考えて、しかるべきだったのだろう。

 昨日の子と話をしようとして細かくは聞けなかった、村の地理など様々な情報。

 もっと知りたいという希望を、昨日の子が伝えてくれていたのだ。

 ありがたい。

 名前、憶えてないけど。

 それのため、専門家のように出てきてくれたのが彼女、でいいのだろうか。

 もはや、人一人を差し出せの要求があった噂も、本当は間違いだった風の、好意的な噂になってくれないか、もう。

 それはさておき。

 つまり、完全な異種族の征服地としての扱いはあった、という話になる。

 当然だが。

 通常、その場合は労働力や奴隷化されたり、相手に有用に使われる、または遊び道具にされる、ということもあり得る。

 生態によっては、全員が食糧になって数日でこの場の生命そのものが空になることもあるだろう。

 思えば、それのはずもあったものがこの平穏はどうだ。

 有用な他の大規模な人間の居住地、そしてその通行路からは離れているという、構われにくい点はあるものの。

 魔王の根拠地というアレも、少し前に急にできたものではない。

 つまりは、長いこと敵方の占領地であったろう勢力図の中の村。

 場所によってはもっと王都の近くでも、滅んだり略奪されて吐き気のする地獄を見せられたこともあるのだ。

 

 その、答え。

 

 まず、結構な人間が、この数年で村から入れ替わっている。

 結構前から、村を守ろうとした自警団的な勇敢な人間は駆逐されている。

 動けないなど、健康に問題があるものが、定期的に消えている。

 主に男性が、それから何らかの理由で連れ去られたりもしている。

 そして最終的に、管理されたうえ、健康度の高いメスだけが放たれて健康度の高い必要数の子を産む管理地が出来る。

 そう、放牧場である。

 それも、何でもいい質こそ正義ではない、高級な卵をこだわって産ませるようなヤツだ。


 自分が見つけたときも、今考えれば広い範囲での周囲に数匹、常に怯えた村人を作らないよう配慮したかのような遠巻きに警護するかのような魔物がいた。

 気をつかえる牧場の番犬というわけだ。

 そして今、僕がいる。

 相手がすぐ動かないからには、血眼になって取り返すほどではないのだろうか。

 または、様子見をした方がいいという算段があるのか。

 それを、いわば飼われている立場の当人から、さらりと話されるのは、異様な雰囲気がある。

 どこまで受け入れているものなのか、と。


「わたくしや、入れ替わっていく際に連れてこられて人たちにとっては、この状況が都合がいい、という場合もあるのかもしれませんわね」

「どちらにしろ、ここに思い入れがないなら軍を回してもらうときに完全に脱出してしまう考えも、それこそ今ならあるんじゃないですか?」

「たぶん、誰もついていきませんわよ」

「言い切りますね…」

「秘密というのは、女にはつきものなのですわ」


 むしろ優越感を持つかのように、彼女が笑う。


「特にいい女には」

「こわいです」


 率直に言う。


「わたくしも都会暮らしをしたことはありますし、何も知らないのに毛嫌いしているわけではないのですわ」

「無理に連れてこられた…記憶が?」

「私の場合は留学とか、まぁ、そんなですかしら?」


 ここ生まれで、外に出る機会があった、ということだろうか。

 まだ、いわゆる牧場化するまえの話なのか、あとなのか、探りたくはある。

 複雑だが、多分はぐらかされるだろう。

 全て話すようで与えるものを選別しているこの話ぶりで、なんとなくだが、確信していた。

 家畜扱いを妥協していると己が実感して、さらに出ていかない信念がなんなのか、それがわからないし、話そうとしない。

 それが、かたくなだと感じるからだ。

 話したいこと以外は、むしろ僕の疑念に拍車をつけてしまう。

 これまでのふたりと違う、なんとも言えない怖さ。

 なんだろうか、これは。


「あれらからの命令みたいなものがあった記憶が私の知る限りはないですし、私も何も知らないだけかもしれませんし、深く考えても仕方ないのではないかしら」

「そうなると、村長さんしか、知らないんですか……?」

「あれが指示でここに居るのは、そうなのかもしれないですわねぇ…でも、かといってあれの子供だらけになるわけでもなく、そもそも、万一にもそんな話は流石に願い下げですし」


 笑う話ではない。


「そうなると、変な指示や命令が来るより、もしかしたら…」

「したら?」

「あなたが来たのですし、あなたを選ぶのが今後からしても、一番幸福な可能性は、一考の余地、ありますかしらぁ?」


 舌なめずり。

 話の仕組み的な家畜ではなく、魔物だったらどうしよう。

 そこまでの。

 そこまでに妖艶な瞳を今、見た。


「今日は、食べたものに毒も入ってませんですわ」


 入っていてたまるか。


「まぁ、強壮剤が強すぎる場合、毒みたいなものなのかどうかは、わたくし詳しくありませんですけどぉ」

「入れましたか!?入れましたね何か!?」

「夜に入るころから、明日まで……ゆったり、たっぷり、時間があって」


 違う、何かが、今まであったすべての人種と。

 いや、少し似た人はいたかもしれないが、思えばその人も苦手だ。


「わたくしのような眩い、宝石…いえ、この世にありえない至宝を一晩手に入れられる、そんな人間、本当なら、いませんのよお?」


 やる気だ!

 このお方は、むしろ逃さずにやる気だ!

 捕食を、する側だ!


「そことは別としまして、そう、実を言いますとね、私も村の有力者の側として色々、考えはございますの」


 手袋越しとはいえ、両手でしっかり顔、頬をつかまれ、たっぷりと香りのいい息を吹きかけられる。

 同時に、それくらい顔がそばに来ているということで、しかも、逸らせないことで。


「いえ、違わないかしら」

「ぼ、僕は村長に悪い要求をした悪い人です、ごめんなさい…」


 なんでそんなに怯えて、あやまったのだ、僕。


「それほど長居する気がなさそうだと聞けば、そりゃ、ね…上のものとしては、あなたをしっかり仕事させるように繋ぎ止めなくてはね…責任がありますもの…」


 楽しんでますよ!

 言っていることとなんか違いますよ!

 助けて!

 頬骨あたりをなぞってくすぐる様に。

 そこから首へ指でおろして、服に入ってくるように。

 たぶん、すごく高度な、気分を高める技なのではないだろうかと思う。

 それなのに、この牧場と呼ぶような環境を使いたがるような彼女の怖さが先立って、コロリと気分で転べない。

 むしろ、取り返しのつかない何かを起こしそうで、もっと怖い。


「腕づくで、しっかりエサを詰め込んで、ここに居なくてはいけない気持ちにさせてあげますわ、安心なさい」

「許されませんか!?」

「だぁめ…です、わ」


 涙目の中、甘く甘く、耳元に囁かれる、捕食者の勝ち名乗り。

 勝つだ負けるだ、楽しいだなんだではなく、首筋から噛まれて食い殺される瞬間を味わう気持ち。

 どうして…どうしてこんな気持ちになるんだ。

 人生って、楽しいもんじゃないのかい、もっと。


「あ、そうだ」


 そこで、急に熱が冷めたように彼女が離れる。


「忘れてましたわ、あなた」

「は、はい」


 敗北者気分のまま、僕は一時のクモの巣から逃れた感覚にホッとする。


「これ、取ってくださいませな」


 自分の服をつまんで、くるりと後ろを向く彼女。

 意味を理解しかねて、ただ首を傾ける僕。


「これ、着るのも三人は要りますし、一人で脱げませんの」


 なんでそんなものを。

 いや、村の人に前例がある。

 それと思って気合入れると、そうなるんだろうな…。

 めかしこんだ、すごい服だと気付けないで、ごめんなさい。


「早く!」

「ひ!?」


 言われて服の装飾を傷のつかないように外したり、ボタンを外したり。

 手袋を外すのもやらされる。

 なんという使用人感。

 段階を踏んで、背中のボタンにやっと手をかけると。

 ああ、やっぱり、裸なんだ…。

 じかに着てるんだこれ。

 すごい綺麗と感動できるところだろうけど、かけらも興奮しない。

 自分がどの程度異常なのかも、もう把握できない。

 やばい。


「さて、それではいよいよ」

「ちょっと待ってください」

「リードしたいんですの?」

「そっちの趣味が少し違う気がしますが、それと事情がまた違います、では後で」

「…え!?ちょっと!?」


 外した服の塊で、急いでは動けなくなっている彼女を横目に部屋を出る僕。

 少し残った装飾以外は裸で、それらを周囲にちりばめた姿。

 それは欲情に傾いた女性というよりも妖精のような綺麗さと神秘さを感じたが、相変わらず興奮はしない。

 据え膳がどうのと世に言うものはありますが、緊急なので許してほしい。

 童貞なんで!許してほしい。


「こんなにして置いてくの、人としてどうなんですのっ!?」

「趣味なんで納得してください!」


 仕事をしないでそれしてたら、それはそれで怒るか、嘘つき呼ばわりするのでしょう?

 よほどの悪人でしょう、それは。

 ま、いきなり我に返ったのが何かというと、感知の信号が伝わったのだ。

 昨日仕掛けたのが、もう。

 話を聞いた後なら、これは結構大事かもと警戒するしかないじゃないか。

 テストで設置したのと、連動するものがないので、今は自分にしか伝わらない。

 言い訳は後だ。

 何をされようと、こっちを先に片付けてからにする。


「ディスク、フェルマータ、即時起動!供給レベル、メゾフォルテ」


 表に出たら、あたり確認も構わず、手元に円盤を呼び出して投げる。

 目の前には、フェルマータ。

 そういう名前の機械のドラゴンが出現し、命令通りの大きさに変化する。

 人間三人分くらいの全長のそれの背に乗り、反応があった地点を目指す。

 気が抜けていた分、要求に見合ったと言われる程度には力を込めて仕事をしよう。

 ちょっとした、気晴らしも込めて。

 そう考えながら、僕は飛んだ。


「…あれって…ネハノモ終末遺跡の最下層にあるはずの兵器じゃありませんの…? あの人いったい……」


 残された彼女は、一瞬だが、その機械を確かに見た。

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