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ムカ=スグラウーワ くすりし  L19

「近寄ったら刺すわよ、近寄らないで!」


 部屋に入ったとたんこれだ。

 依頼として報酬も一つ受け取った以上、自分の仕事だけで寝ているのもなんだ、といった感じで少し村のそばに探知の仕組みを作った。

 防衛の一歩として早めの侵入検知は、僕がいるかどうかにかかわらず必要だろう。

 そうして、あてられた部屋にまた戻ったとたん。

 部屋に勝手に待ち構えられての、これだ。

 君らが思っているより、一応真摯に、仕事しているつもりだぞ。

 とは、いえ。

 違う子が来て、もう最初からナイフを構えて変な準備整えているのを目の当たりにすると…。

 苛立つ、げんなりする、という感情ももちろんあるが、もう一つ、一段高いものがある。


「そうそうこれだよこれ」

「え…何、いってるの」

「突っ込まないでくれ、まあ、なんだ、趣味だ」


 照れ隠しや、感情を隠すついでに吐き捨てた。

 相手の女性の、一瞬何かを失ったような顔が心に残る。

 ま、何を思われてもいい。

 思ったままの、わかりやすく気持ちを表現してくれる人間がいると、正直ほっとする。

 自分の理解できる、そうだよなぁという反応だけでも、甘美と言っていい。

 どちらかと言うと裏表のない正直も加われば、安心するくらい好感が持てるまで、ある。

 逆を言うと、そんなにまで心、疲れているのかい、僕。

 ナイフ構えて脅されてるその前でさあ。


「あの子、あんたの部屋から戻ってからすぐ出かけて、崖のそばから動かないの」

「言われても、僕も名前すら知らないんだが」

「も、じゃないわよ!名前も知らないで酷いことをしたの!?何したか話さないと、それでも刺すわよ!」

「したつもりはないんだけど…」


 眠気がどうの、と言って、通じるような優しさは感じない。

 それでも、これくらい直線的にきてくれる方が、話の糸口そのものは掴みやすい。

 いや、ペースに乗せやすいとか、そういった嫌らしい話ではなく。

 探りあい、裏表の存在の判断を飛ばせるのだから、気楽なのだ。


「気が済むのなら、とりあえず刺してからでいいから飲み物用意してくれないか」

「なんであんたに!」

「村長の話で来たのなら、お世話の役割一応するものとこっちが思うのも、不思議じゃないだろうさ」

「義理がないわ!その気もないし!あなたが好きでもない!わかる!」

「でも、このままだと、どちらも腹も減るし喉も乾くし…」


 ドアから少し離れて、ベッドに僕が腰かける。

 いかにも無警戒なように、わかるようにだ。

 ちなみに言うと、どこを刺そうが物理武器が届くことは僕には起こらない。

 視界に入っていれば、局所的に魔法で距離を増減させる手段があるからだ。

 圧縮した空間をアイテムで用意しておき、必要なら一部を指定して開放したりする。

 ネタばらしはせず自慢する、僕の得意技。

 彼女がそれを突破できるとは、かけらも思わない。


「それに、刺してもいいなんて、バカみたいな変態に何もしてやんないんだから!」

「趣味にケチをつけるのは、人の倫理に反すると思いまぁす」

「………趣味…」


 相手の呆けた顔を見るのは楽しいので、趣味ではある。

 本当に。

 相手がどう受け取るかは、知ったことではないが。

 それから、なんとか落ち着かせ るように、相手も着席させる。

 あとは空気作りに、飲み食いなどを口実にしながら、相手の知りたいことと自分の知りたいことを、優先度順に小出しにさせていく。

 こちらとしては、村に過去や最近何があったのか等、近況における何もかもがわからないまま。

 今日にしても、大きさを知るため村の外を見周りはしたが、中に関しては地図すら見ていないし把握もしていない。

 中央の道らしいものを往復した、それだけ。

 いい加減、住人の視点から聞いておいて損はないはずだ。

 それを聞き、相手に危機感や自分の必要性があるかについても察する内容をそれとなく聞き出す。

 今更、後は軍隊に頼れというのも不義理ではあるが、こちらの忙しさを鑑みれば、その選択肢を相手に選ばせるのも最終的には親切ではないか?

 自分からしてみれば、それも思っている。

 もし、そうして、こちらの思い描くプランで説き伏せられたらば、少なくとも、このまま寝ている間に殺されるようなことは今日も避けられそう。

 相手から話を破棄させる味方も得られれば、二重に万々歳ではないか。

 そういうつもりで、しばらく話をしてみた。


「そんなに悪い人には思えない話しぶりね」

「だろうさ」

「なのになんで、あんな要求をしてくるのよ、ひどすぎる悪党じゃない、こんなの」


 なるほど、そこ悩みだしたか。

 いや、最初から知りたくて、やってきた行動だったのか。

 いきなり襲いかかってきても良さそうな状況で、すぐに襲いかかってこない理由を、僕はやっと察する。

 ちょいちょい誘導した相手の事情を組み立てると、彼女は自分から今日のあてがいを立候補した模様。

 きっと、昨日の彼女とも、浅からぬ仲なのだろうか。

 その友達への想いと、いきなり鬼のような要求をしてきた自分への憎しみで、直接殴り込まないわけにはいかなかった。

 そう思うと、なるほど、納得できる。

 正直で、いい子なようだ。


「あの自白効果の実と催眠キノコと睡眠薬で山盛りにした料理のあとでも、あの子に殴られもしないで手を出した悪党というのは、いったん棚に上げておいてあげてもいいわ、今だけ」

「…なんて言ったかな、今」


 訂正。

 悪魔なのか。

 昨日出された食事や飲み物、諸々に自白剤のようなものが混ぜられていたらしいのが、今発覚した。

 効かないはずなのだが…。

 単独で遠出をするので、街でその直前に毒物無効のプロテクトを大金はたいて付与した記憶がある。

 貫通したのなら、相当だぞ。

 …いや?

 昨日も夜中と認識するほどには会話していたから、効いていたとも考えにくい。

 

 やっぱり、せいぜい効果があっても睡眠導入くらいじゃないだろうか。

 それで、彼女は現状、自白や催眠などの毒が効いた状態を昨日の彼女にさらしたものと思っている…のか。

 それでいて、昨日の子がぶちぎれるような悪人としての本性が出ていないことを、疑問視した。

 そっちか。


「な、ななな、な…何も言ってないんですが?」

「ちゃんと聞き取れてるから、正直でいてくれ」

「……ええと…え?」

「許すし、気にしないと言ってます、僕はね」


 相手が勝手に勘違いするのなら、そこをテコ入れしてやろう。

 自分は悪いところがなく、清廉潔白なふりをして見せて、出方を観察する。

 山盛りと自分で言うほど毒を盛ったのが彼女一人の独断なのか、村全体の意思なのかも、聞くのは直接ではないほうが真実味のあるネタを探れるはず。

 それを探りながら、すこしは罰としての罪悪感をそっちにも負担してもらおう。

 気晴らしにな。

 僕は、子悪党っぽい意地の悪さを少しだけ取り出すことに決めた。

 

「そんな言われると……」


 やりにくかろうよ。

 内心では、僕は笑っているぞ、そこの彼女。


「事情はどうでも、君の疑念がそうさせるくらい悪かったのは僕だと思うんだ、だから、気にしないことでこれから良くしてくれるといいかな」

「…本気で思ってる?」

「うん」


 やんわり笑う自分が、内心では、気持ち悪いなと思いつつなのを気付かれているだろうか。

 ま、気付かれてもいい。

 お互い様だろと、それで手打ちでいいのだ。

 昨日に比べれば、早めに友人関係は築けることだろう。


「じゃあ…」


 殴られようが、嘘つきと罵倒されようが、刺されようが、問題はない。


 しかしだ。


 いきなり耳を舐めてくるのは、違うそうじゃない。

 顔面を真っ赤にし、僕がむしろが固まった。

 そのまま彼女は、視線すら止まった僕を確認してなのかどうか、ほほに舌を持っていき、味を確かめるように触れる。


「いや!?いやいやいやいやいや!?」


 ベッドから転げ落ち、さらに周囲を気にすることもなく四つん這いになって逃げる。

 青少年か!

 童貞だが!

 かわいい系の受け専門男子か!僕!

 ふと我に返ったときは、彼女の思いっきりの笑い声に引き戻されたようにだった。


「ほんとに、欲丸出ししかない想像していた強盗じゃないのね、あなた」


 試されたのか?こっちが?


「私のほうがやる気みたいに、そんなに初々しい行動されちゃうと、すべて狂っちゃうわ、ホント」

「イヤこっちは今まさに狂ってるんですよ!心臓めちゃくちゃです!」


 想定しない行動は、本当にやめて欲しい。

 さっきのも含め、昨日の子と世間話くらいしかしなかった奥手な人物像が自分の本心だと思い込んでいるのなら、随分と心の綺麗な人間に相手には見えるのだろうか。

 それでこっちを手玉に取るのも、すぐできる的な考えでも持たれましたか?

 とてつもない相手が来た気がする。

 もういい、これは、負けを認めよう。

 そうして心の平穏を取り戻すのだ。

 素数を忘れてカウントできない自分にとっては、それ以外に今の気持ちを入れ替える手はない。

 そうしよう…。


「一応、無理やり寝かされたりして、何かされるかも、ぐらいは私も考えてきたのよ」

「信用無いのは、もうとっくに理解しています」

「ほら」


 言って、彼女は僕が寝るはずのベッドで服を脱ぐ。


「そうなったとき、どうでもいいような服じゃ、望む望まない関係なく、いやじゃない?」

「どうでもいいんで、もう服は着てください」


 けっこう扇情的な雰囲気のする下着でベッドの上に座っている彼女。

 ナイフさえなければ、OKのサインだと思い込めた。

 よくよく見れば、怒った顔と、茫然自失の顔しか見ていなかったのでそういう目を向ける暇すらなかったが、年は昨日の子とそれほど違わず、それに健康的な美人。

 でも、飛び掛かったら噛むんだろうな。

 いろんなところ。


「あと、格好はこのさい何でもいいんで、教えてください」

「えっちなことを?」

「ちがうよ!!!」

「よかった、私も知らないから!」

「じゃあ、僕の趣味とはちょっと離れましたね」


 笑う。

 よかった、今日は襲われる心配なく眠れそうだ。

 そう思って、笑った。

 それから、彼女と夜中まで話をすることとなった。

 毒の種類がわかるくらいに薬品に詳しいのなら、村の防衛に、そもそも貢献できるはずだ。

 やれる事を聞き、使えるものの在庫を聞き、僕はとある計画を練って伝える。

 探知に関して仕掛けを作ったのなら、次はその仕掛けに連動する罠や攻撃手段が必要だ。

 それがあることで僕が楽になるし、僕がいなくてもいい防衛機能すら作れるかもしれない。

 目潰しや、それが無理なら探知の瞬間に村に警報のような信号を振りまくものを作れないか。

 一晩これを語り尽くし、持てるもののすり合わせを続けた。

 彼女とは、敵対はもうしないだろう。

 昨日の子に関する誤解が別口で生まれない限りは。

 なお、彼女がずっと下着だったのが気にはなったが、もう今更聞けない。

 そのまま真面目な流れに押し通された。

 もはや、毒を盛られたうえ、多重に負けを感じる。


 ま、何はともあれ、こうして話が出来たのは幸運でもあり、急いでほしかった。

 僕のために。

 魔王の根拠にどう兵を集めるか、草案提出と実際の攻撃指示のため、一度はここを離れることは、決まっているのだ。

 少しだけでも、自力で逃げる時間を稼ぐだけでも、この村に何かは伝えておきたい。

 この村だけを守るとは、今は言えないのだから。

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