第六話 装備選び
おれの装備を買いに行くためにまずは商店街にあるこの町で一番大きな武器屋に行くことにした。
「ねえ、母さん。装備ってどんなのがあるの?」
「そうねえ。初心者の支援魔法使いの装備なら、近接戦闘もするなら素早さを上げるシューズ、魔力操作がしやすくなるグローブ、攻撃魔法も使うなら魔法杖がいいかしら」
「短剣や投げナイフ、ローブなんかはダメなの?」
「短剣や投げナイフは持っておいてもいいけど、初心者はまず支援魔法使いとしての役割を果たすことが大事だから、それらは後でいいと思うわよ。ローブも学園の制服があるうちは要らないと思うわ」
「学園の制服に何かあるの?」
「アストロ学園の制服はダンジョン産の特別性で、自動で体温調節する機能がついていたり、戦闘にも耐えられるよう耐久力があったり、色々高性能らしいわよ」
「へー、そうなんだ」
なるほど。学園の制服は戦闘服でもあるわけか。なら、ローブは要らないな。
候補はシューズかグローブか魔法杖の3つか。
どれが良いかな。
「シエルはシューズかグローブか魔法杖ならどれが良いと思う?」
「まず、魔法杖はないでしょ。お兄ちゃんの攻撃魔法弱いし」
ぐふっ。
めちゃくちゃはっきり言われたんですけど。
確かにおれの攻撃魔法は、ダンジョン適性の攻撃力Eランクなだけあってかなり弱い。
特に、間近でソラとシエルの攻撃魔法の威力を見ているだけにそれがより際立つ。
だからってそこまではっきりと言わなくてもいいんじゃないかなぁ。
「それに、グローブもいらないでしょ」
「え、何で?」
「グローブなくても十分魔力操作上手いじゃん」
落として上げるスタイルでしたか。
うん。確かに魔力操作には自信があるからな。
グローブは後回しで良いだろう。
「じゃあ、まずはシューズを見てみるかな」
「それが良いと思うよ」
●
武器屋に到着すると、早速シューズを見てみることにした
すると、大変重要なことに気が付いた。
「あ、今のおれの足のサイズに合うシューズがない!」
武器屋に並んでいるシューズのサイズはどう見ても大人のサイズの物ばかり。
そもそも、今の足のサイズに合うシューズがあったところで成長期なので、すぐにサイズが合わなくなるだろう。
シューズを買うのは止めといたほうが良いかな?
「大丈夫よ。ダンジョン産のシューズなら装備者に合わせて勝手にサイズが変わるから」
おお、ダンジョン産はすごいな。
それなら成長に合わせて買い替えるということはしなくても良さそうだ。
値段もかなり差があるな。
大体10万ルークから100万ルークってとこか。
……高いな。
ルークはお金の単位で、大体1ルーク=1円って感じだ。
昔は金貨や銀貨を使っていたらしいが、ドワーフの住む国であるヒマリア共和国と交易するようになってからは紙幣を使うようになった。
何でも、ドワーフがいる国には鉱山が多く、金銀の価値がこの国とは違いすぎたことが原因らしい。
およそ100年前に初めて共和国まで到達した冒険者たちは、ドワーフから大量の金銀を譲り受けたらしい。
その冒険者たちが一体何をしてそれらの金銀を譲り受けたのかは明らかではないが、これらが市場に流出すると、金貨や銀貨の価値が大幅に変わってしまうと国は懸念した。
そのため、当時の王国政府は、金貨と銀貨による商品交換を禁止し、金貨1枚1万ルーク、銀貨1枚100ターラーで買い取るという強硬策に出た。
当然、混乱もあったようだが、今では紙幣と銅貨での商品売買が普通になっている。
ちなみに、銅貨1枚1ルークだ。
まあ、正直この国の貨幣の歴史はどうでもいいが、一度ドワーフの国には行ってみたいものだ。
ヒマリア共和国にも一つ、ダンジョンがあるらしいからな。王都のダンジョンを攻略した後にはそっちに行ってみるのもいいかもしれない。
話を戻すと、シューズ1足に最低でも10万ターラー、前世の感覚でいうと10万円は高い気がする。
「ねえ母さん、この店のシューズ高くない?」
「ダンジョン産の装備はどれも高いからそんなものよ」
どうやらそんなものらしい。
希少性や効果を考えれば妥当なのか?
「このシューズなんかどうかしら。素早さ上昇に加えて、耐久力もある程度あるわよ」
母さんが持ってきた物は真っ白の運動靴のようなシューズだった。
正直言って、デザインはお世辞にもかっこいいとはいえない。
だが、それでもお値段は15万ルーク。少し、いやかなり気後れする値段だ。
「うーん。じゃあ、試し履きしてみるよ」
あまり気分は乗らなかったが、一度試し履きしてみることにした。
最初はシューズがぶかぶかだったが、かかとまで履いた瞬間しっかりと足になじんだ。
おお、これはすごいな。
両足で履いてみると、また変化が起こった。
何となく体が軽くなったような気がしたのだ。
これを履いていれば、少なくともソラよりは速く走れるだろう。
「おお、このシューズすごいぞ、シエル。あれ、シエルは?」
さっきまでそばにいたはずなのだが、いつの間にかシエルがいなくなっていた。
靴を自分の物に履きなおして店内を探すとすぐに見つかった。
「シエル、何か見つけたのか?」
「あ、お兄ちゃん。このシューズはどうかな?」
シエルが見せてきたシューズは先ほどとは逆に黒のシューズだった。
それを見た第一印象は『ぼろい』だった。かなり使い古された物だということが一目で分かった。しかし、おれはなぜかこれが直感的に欲しいと思った。
とはいえ、勘だけで決めるのは良くないと思ったので、このシューズがどんなものなのか母さんに聞いてみる。
「ねえ、このシューズはどんな機能が付いてるの?」
「えっと……これは素早さ上昇と足元から魔力操作がしやすくなる機能が付いてるみたいね。ほとんどの人は足下から魔力操作なんてしないと思うからあまり意味のない機能だと思うけど」
何だって!?足下からの魔力操作って最近おれが練習して諦めかけていたものじゃないか。足下からの魔力操作は手から行うのと比べて格段に難易度が上がる。
しかし、それをするメリットがおれにはある。
まず、おれは魔法を足下への妨害に使うことが多い。そのため、手から魔力操作するより足下からやった方が即時発動できるという点が一つ。
次に、この世界の生物は基本的に魔力をなんとなくだが感じることができる。そのため、手から魔力操作したのでは魔法の発生位置がばれやすい。しかし、足下からの魔力は感じ難いらしく、不意を突きやすい。
最後に、そもそもの問題だがおれは魔力操作が得意だということだ。逆に言えばそれ以外はあまり強みになっていない。いや、平均よりできるものは他にもあるが、ダンジョン適性総合Bランク以上というエリートが集まるアストロ学園で強みといえるのは恐らく魔力操作のみだ。だからこそ、その強みを活かせるように足下からの魔力操作を練習し始めたというわけだ。
おれにはこれらのメリットがあるので、魔力操作の難易度が下がるなら、このシューズは絶対に欲しい。
「やっぱりそういう機能だったんだ。じゃあ、お兄ちゃんにピッタリじゃない?」
「ああ、そうだな。それにしてもこのシューズにそんな機能があるってよく分かったな」
「このシューズはさっき言ってたグローブと同じ素材ぽかったからね。魔力の通りも良かったし」
言われてみればそうかもしれない。だが、それに真っ先に気づくあたりさすがだな、シエルは。
「えっと、リックは本当にこれで良いの?中古品だし、見た目もちょっと悪いわよ」
「これが良い。父さんも探索者は見た目よりも機能が大事だって言ってたし」
「それは確かにそうね。機能はしっかり生きているようだし、これにしましょうか。思ってたよりも安く済んだから今夜はごちそうにしましょう」
そういえば値段を見ていなかったな。えっと……5万ルークか。中古なだけあって新品よりはかなり安いようだ。欲しい物が手に入って、夕食も豪華になるとか随分と得をした気分だ。
その日の午後は早速、新しいシューズを履いてシエルと魔法の練習をした。おれが魔法の練習をしようとシエルに言うと、珍しく少し渋ったが、最終的には付き合ってくれた。
早くこのシューズを使いこなせるようになって、ダンジョン攻略に役立てるようにしてやる!
足下から魔力出して不意打ちって上級者っぽくて何かカッコよくない?的な発想で生まれた装備です。
皆さんもそう思いません?