第五話 妹、シエル
PV数100回超えました!
少なくとも春休み中は連載を続けられると思うのでこれからもよろしくお願いします。
ダンジョン適性診断によってアストロ学園入学が決まってから約半年がたった。明日にはこの町を出て、王都に向かう予定だ。
この半年間でおれもかなり強くなったと思う。
一番目に見えて習得できた技術は魔法の同時発動だ。これは支援魔法使いには必須の技術なのだが、これを習得するのは本当に難しかった。何せ頭の中で二つの魔法をイメージしなければならないのだ。これができるようになるには使う魔法を少なくとも一つは無意識レベルで発動させなければならない。要するに、反復練習して身に着けるしかないわけだ。
将来的には五つの魔法の同時発動ができるようにするつもりだ。それができれば、パーティーメンバー+自分にも別の魔法を使うことができるからな。
まあ、普通の支援魔法使いは状況に応じて支援対象を変えて対応するらしいが。どれだけ適切なタイミングで支援魔法を使うことができるのかが支援魔法使いの腕の見せ所だと母さんは言っていた。
一方でソラは近接戦においての成長が著しい。半年前までは模擬戦をすると十回中二、三回は勝てていたのだが、今では一回勝てるかどうかだ。だから最近は友達と組んで二対一で戦うことが多い。それでも三割くらいの確率で負けるのだからソラは相当強くなったと言って良いだろう。
最後にシエルだが……この半年間で一番伸びたのはシエルだといえるだろう。目が見えないこともあり、近接戦はからっきしだが、遠距離戦はおれたちの中で無敵状態だ。とにかくシエルは魔法の扱いがずば抜けている。上級魔法は周りに教えられる人がいないので使えないが、中級魔法はほぼ完璧に扱える。
一度父さんが見ている中でおれとソラで組んで遠距離からシエルと戦ったのだが、かなり危なかった。勝負自体はソラを囮におれが接近して何とか勝ったが、ソラはやられる寸前だった。また、シエルの魔法は高威力すぎるということで、それ以来シエルは模擬戦をすることを父さんに禁止された。
仕方ないことだと思うし、父さんもあの威力と精度は異常だと言っていた。
そんなシエルと今日は一日一緒に過ごす予定だ。これは一週間前、シエルに「王都に行く前に何かして欲しいことはあるか?」と聞いたところ、「それなら一日だけ、あの日の約束を忘れて一緒に過ごしても良いですか?」と言われたのだ。
あの約束とは、おれが十歳、シエルが八歳の時にした約束のことだ。
今も割と一緒に過ごしてはいるが、おれが八歳の時までは本当に四六時中一緒にいた。しかし、八歳のころからおれはダンジョン攻略のため、父さんやソラと一緒に訓練する時間が増え、シエルと一緒に過ごす時間が少なくなっていた。
シエル自身もどこかおれを避けているようだった。まあそろそろ兄離れの時期が来たのだろうと思い、おれはあまり問題に思っていなかった。
だから、十歳のころ、もしダンジョン適性があれば、王都のアストロ学園に行きたいという話をシエルに話した時の反応には驚いた。シエルは大いに泣き出し、「行かないで欲しい」と言われた。
その場は何とか母さんが落ち着かせてくれたが、おれは只々混乱していた。父さんは自分のやりたいようにすれば良いと言ってくれたが、正直迷いが生まれてしまっていた。
そもそも、おれがダンジョン攻略に興味を持ったきっかけは、シエルのためであった。父さんがまだ王都のダンジョンで探索者をしていたころ、ある話を聞いたという。
現在のダンジョンの最高到達階層は60層であるが、100年以上前には最深層到達者が何人かいたらしい。約90年前にダンジョンの転換期があったので、今のダンジョンとは別物であったらしいが、ダンジョン攻略者は存在する。そしてダンジョン攻略者は一つどんな願いでも叶えてもらえる。
そんな話を父さんから聞いた。
正直言って信憑性の無い話ではある。叶えてもらったという願いも死者蘇生であったり、不老不死であったり、とてつもない能力を得ることであったりとバラバラで、そんなことが実際に叶うならばもっと噂になるはずである。
だから、それでシエルを悲しませることになるのは本末転倒ではないかとも思った。だが、それはきっかけに過ぎず、そのころには既に、純粋にダンジョン攻略をしてみたいという気持ちもあった。
そんなことを考え、迷っていたのだが、次の日にはもう迷う必要がなくなっていた。なぜなら、母さんがどう説得したのか、シエルは「私のことは気にせず、適性があれば王都の学園に行ってもいい」と言い出したからだ。
ただし、「ダンジョン攻略のパーティーに私も入れて欲しい」とも言い出した。さすがに目が見えないシエルを何が起こるかわからないダンジョンに連れていくのは無理だと思ったので、それは断ろうとした。しかし、ただ断るのも良くないと思い、「一人でもダンジョン攻略ができる状態なら良いよ」と言った。
シエルは周りの助けがなければ普通の生活すら困難な状態だったので、それは遠回しに断ったも同然の言葉だった。事実おれは目が見えるようにならない限り、ダンジョンに連れていくことすら認めるつもりはなかった。
しかし、シエルはそうは受け取らなかったらしい。「分かった。なら、お兄ちゃんに頼らずに戦えるようにしてみせる。もしそうなれたら、パーティーに入れると約束して」と言われた。
そんな提案に驚きはしたが、引き下がることもできず、「分かった。約束するよ」と言ってしまった。
その日以来、シエルはおれになぜか敬語で話すようになり、おれを頼ってくることも少なくなった。
そして、どうやら自分だけで周囲を把握する方法を色々と模索しているようだ。
その一つとして、風魔法を応用して周囲に微風を発生させその跳ね返り具合で空間を把握するという方法を編み出した。しかし、これを行うにはかなりの集中力を必要とする上に、有効範囲も狭く、常用するにはまだまだ厳しいとのこと。
最早、やっていることが高度すぎておれには理解できなかった。
最近では、おれの前世知識を基にどうにかできないか色々と試している。
後日母さんに話を聞いたところ、シエルはおれに嫌われていると思っていたらしい。
なぜそう思ったのか聞いたところ、「私はお兄ちゃんに迷惑ばかりかけている。だからお兄ちゃんは私と一緒にいるのを嫌がっている」とそんな意味のことを言っていたらしい。
つまり、シエルは兄離れしていた訳ではなく、おれに遠慮していたということだ。
だから、おれが王都に行きたいと言い出した時はもう顔も見たくないということだと思ったらしい。
いや、発想が飛躍しすぎだろとは思うがシエルは大真面目にそう考えたのだと。だから、母さんはおれがダンジョン攻略を目指しているのはシエルのためで、別に嫌われているわけではないことを伝えたら意外とすぐに立ち直ったとのこと。
……それにしても、おれは母さんにダンジョン攻略がしたい理由を言ったことはなかったはずなのだが。いつの間にかばれていたらしい。
そういう約束をした過去はあるにはあるのだが。約束の内容は「一人でもダンジョン攻略ができる状態になったら、PTメンバーに入れる」ということだったはずだ。
決しておれを頼ってはいけないだとか、二人きりで過ごしてはいけないという内容ではなかったはずだ。
だから、「一緒に過ごすなんていつでも……はもうすぐ王都に行くから無理だけど、それまでならかまわないし、あの約束におれを頼るなだとか敬語で話せだとかいう意味はないからな」と言ったのだが。
しかし、シエルは「いえ、これは私の中のけじめですので。ですが、前日だけは例外にしようと思います」とだけ返答した。
さて、今日はどこへ行くのやら。朝食後、「着替えた後出かけるので、待っていてください」と言われたので待っていたところだ。
少しの時間今日どこへ行くのか予想しながら待っていると、シエルと母さんが2階から降りてきた。
「お待たせお兄ちゃん。さあ、行こう」
おれはシエルのいつもと違う服装と口調に驚いた。
シエルはいつものTシャツとズボンではなく、見たことがないほど綺麗なワンピースを着ていた。それが小柄なシエルによく合い、とてもかわいらしくなっていた。シエルは自分の姿が見えないこともあり、ファッションには興味がなかったはずなのだが……
それに口調も敬語ではなく、さらに「お兄ちゃん」と呼んできた。
そんな驚きの連続でしばらく動きを止めていると、もう一度声をかけられた。
「何してるの、早く行こうよ」
「そうよ、突っ立ってないで早くいきましょう」
「あ、ああ。え、シエル、その口調と服装はどうしたんだ!?」
「今日だけはそうするって前に言ったじゃん。服装はママに選んでもらったんだよ」
「ああ、そういう意味だったのか。服はとてもよく似合ってるよ」
「ふふ、ありがとう。私は見えないけど、お兄ちゃんにそう言ってもらえて良かったよ」
どうやら、今日だけは以前の口調に戻すらしい。態度もいつもとかなり変わっているので、正直戸惑いも大きいが。あの約束の後はやらなくなった手をつなぐということも自然に行っている。
というかこれだけキャラを変えられるってすごくないか?シエルは女優の才能もあるのかもしれない。この世界に女優なんていないが。
「ところで今日はどこに行くの?」
「買い物よ。あなたが支援魔法使いとしてダンジョン攻略するなら装備が必要でしょう」
「え、支援魔法使いに装備はいらないって聞いたんだけど」
「必須な物がないってだけよ。あったら便利なものは多いんだから。王都でも買えると思うけど、あなたじゃどれがいいのかあまり分からないでしょう」
「私も選んであげるね」
たしかに装備を買っておくというのは盲点だった。おれには装備の良し悪しを見分ける力なんてないからな。その点、元探索者で、支援魔法使いであった母さんなら確実に良いものを選んでくれるだろう。
どんな装備があるのだろうか。自分の装備を選ぶなんて前世も含めて初めてのことなので、ワクワクするな。