第三十九話 選ばれた理由
この時間に食堂に来るのは初めてだったが、やはりというか人気はほとんどなかった。夕食には早すぎる時間なので当然と言えば当然なのだが。まばらにいる人間も食事と言うよりはおしゃべりを楽しんでいるといった感じだ。
「あの辺にでも座ろうか」
そう言ってフォル君は適当な席に座り、私もそれに続く。
フォル君とこうして二人だけといったことは今までなかったので少し緊張する。
「えーと、まずはごめん」
「それは何についての謝罪ですか?クラウのことなら謝るのは私の方だと思うんですけど」
「あー、それもあるんだけど……うーん、どれから話そうかな……」
そうやって口ごもるフォル君を見て私の緊張は逆に和らいでいく。
(そっか、フォル君も緊張しているんだ)
その意外な姿に私は親近感を覚える。
「ゆっくり、一つずつで良いですよ。リック君に支援魔法を教えてもらうのだって流れでそうなっただけですし、正直先延ばしにできてラッキーって思ってますから」
「はは、そうなんだ。マーレは表情が分かりにくいから結構やる気なのかと思ってた」
こんなことを言うと責められるかとも後から思ったが、笑って流してくれた。
そもそも、そんなやる気があるように見られていたことの方が驚きだ。
「どの辺を見て、私がやる気があると思っていたんですか?これまでにもそんな態度、ほとんど出していないと思うんですけど」
「そりゃ、僕たちが魔力操作の練習とかを真面目にやってくれていたからさ」
「……そんなに私、皆さんに見られているところでやってましたっけ?」
「見なくても分かるよ。明らかに魔力の質が変わっているしね」
「質?そんなのみんな分かるものなんですか?」
「さあ?僕やリックはある程度分かるけど」
あの頃の皆に必死で追いつこうと、隠れて練習していたことがばれていたのだと分かると少し恥ずかしい。しかし、同時に安堵感もあった。役立たずのどうでもいい存在として放って置かれていたわけではなかったのだ。
矛盾していると思う。
才能がないからとこっちから勝手に見切りを付けておいて、今度はそのパーティーに居場所があることが分かって安堵しているなんて。
そんな罪悪感を少し覚えているとフォル君が唐突に語り出した。
「僕さ、元々アストロ学園に入学するつもりはなかったんだよね」
「え?」
「ダンジョン適性が前世より大分低かったからさ。前世でダンジョン適性の大切さは身に染みて分かっていたし、前世でも越えられなかった50階層なんて突破できる気もしていなかった」
入学したての私なら分からなかったかもしれないが、今ならその言葉の意味がよく分かる。
適性が分かるというとことは素晴らしいことなのかもしれないが、それは同時に希望も潰してしまうということなのだ。私としては無駄な努力をせずに済んだと思うだけだが、リック君のような人からすれば絶望の瞬間なのかもしれない。
「じゃあ何で結局、入学したんですか?」
「クーがどうしても一緒に来て欲しいっていうからさ。押し切られて仕方なく……って感じで」
ああ、その光景がすごく想像できるなあ。
「だから、パーティーメンバーを選ぶ時もできるだけ適性が低く戦闘に向いてなさそうな人に……なんて考えていたんだ。その方がクーも新しいパーティーに入りやすいだろうと思ってね」
「それで選ばれた人が私とリック君ってわけですか。意外と性格悪いんですね、フォル君って」
「……それは言い返せないな~」
まあ、それを非難する気は私にはないけれど。
私が実力不足だったことは確かだし。声を掛けてもらえて、パーティーを組んでもらえるだけでもありがたいことだ。
謝罪の理由は分かったけれど、どうして今更それを言ったんだろう。
「でも、今は全くそんな気はないけどね」
「え?」
「マーレやリックを見て気が変わったよ。いや、変えさせられた、のかな。二人とも僕の気も知らないで……いや、リックにはばれてたみたいだけど……どんどん成長して強くなっていくからさ。僕も負けられないなって思っちゃったし、本当にこのパーティーなら50階層も越えられるようになるかもしれないって思えるようになってきたんだ」
「で、でも、私もリック君も学園では下の方の成績でしたよ」
「何言ってるのさ!リックは前世持ちだからともかく、マーレなんか入学した時は【水球】もまともに発動させられないし、そもそも戦闘の心構えすらできていないド素人だったんだよ?それがたったの二カ月でみんなと同程度の魔導士になっているんだから成長スピードなら間違いなくクラスで一番だよ!それにリックもテストの成績には表れていないけど、僕には今まで想像もつかなかった方法で強くなってる。僕なんかの想像を遥かに超えているよ」
信じられなかった。
フォル君が私のことをこんなに評価してくれていたなんて。
私のことなんて誰も見てくれないし、理解してくれないと思っていたのに。
「それに、リックが言ってたよ。『才能がない人でも戦えるようにするのが支援魔法使いだろ』って。だから、大丈夫。パーティー解散なんてことには絶対にならないよ」
そう言われて、ようやく気付いた。
私は自分の努力が無駄になるから、無気力になってしまったんじゃない。
せっかくできるかもしれない居場所を、パーティーメンバーを、クラウを、リック君を、フォル君をまた失ってしまうのが怖かったんだ。
居場所を作ろうとして、いざ作れそうになると自分から放棄して、それがないことを嘆くなんて意味が分からないにもほどがあるじゃないか。
リック君もフォル君もこんなにも私のことを、私以上に理解してくれていたというのに。
現実が見えていないのはクラウじゃなくて私の方だったんだ。
「でも、私たちが落ちこぼれの才能無しパーティーであることに変わりありませんよ」
あの学園初日の日から未だに時々陰口を叩かれている言葉。
リック君もフォル君も気にしているようには見えなかったけど、実際のところどうなんだろう?クラウは知らない可能性もあるが、この二人が知らないわけがないだろう。
さっきの言葉を聞いて、自分の本当の気持ちに気付いたにもかかわらずこんな質問をしてしまうなんて、私も性格が悪いのかもしれない。
「優勝すればいい」
「え?」
このセリフを発してしまうのは今日何度目だろうか。
フォル君との会話には驚かされっぱなしだ。
「対抗戦で、学園生全員が見ている前で優勝してやればいい。そうやって結果をだしてやれば、誰も僕らのことを落ちこぼれパーティーだなんて言えなくなるさ。もちろん、リックもそのつもり……っていうかリックが言い出したことなんだけどね」
そんなことを考えていただなんて……。
私は一回勝てるようにどころか、ぼろ負けして恥をかかないようにしようだなんて考えていたのに。
「僕だって簡単に優勝できるだなんて思ってないよ。むしろ、実力的にはほとんどのパーティーが僕らより上だろうし。でも、僕もリックも勝つために色々と考えているところなんだよ。初見殺しっぽいのも含めて……ね」
フォル君はそう言っていたずらっぽく笑った。
たしかに、この二人は正面から正々堂々と戦うよりも、そういう型にはまらない戦いの方が向いている気がする。二人とも、突拍子もないことをよく考えているし、人が驚くところを見るのが大好きな部分があるから……。
「で、そのうちの一つがマーレに支援魔法を使えるようになってもらうってことなんだと思う。元々才能に見切りをつけてた僕が言えたことじゃないし、支援役は思っているよりもずっと大変なロールだと思うけど……協力してくれないか?」
「……一つ、条件があります」
「何だい?」
「私もフォル君とリック君が行っている話し合いに参加させて下さい。それなら支援役でも何でもやります!」
私たちは仮とはいえ、パーティーメンバーなのだ。
それなのに、他人のように協力してくれって頼まれるなんて……自分で招いたことだとしてもPTとして明らかにおかしいだろう。
「はは、了解。リックにも伝えておくよ」
もうここ最近、自分に襲っていた無気力感は完全になくなっていた。
早く支援魔法を教わりに訓練室に行かなければ。
いや、先にクラウと仲直りしておくべきか?
それに、最近やっていなかった魔力操作の練習も再開させなければ。
少し考えただけでやることが山積みである。
少しだけ面倒くさいという感情も芽生えたが、今はやる気の方が勝っている。
せめて、対抗戦が終わるまではやる気が続きますように。
他人行儀にそんなことを考えながら私は食堂を駆けだして行った。
●
※フォル視点
マーレは完全に、いや確実に以前以上にやる気を出して食堂から出ていった。
僕がそう仕向けたことであるとはいえ、これほど効果が出るとは思わなかった。
悩みの種が僕自身、以前感じていたものと同じだったことと、マーレが根は真面目な性格ということもあるのだろうけど。
「それにしても、マーレは一つ盛大に勘違いしていることがあったな~」
元々気付いていないんじゃないかとは思っていたけれど、今の会話でそれが確信に変わった。
隠すのが上手というか、それを実行しようと思う精神がどうかしているのではないかと疑ってしまう。まさか本当に本人にすら許可を取っていないとは思わなかったよ。それが悪いことなのかと言われると微妙だけれど。
僕が学園に入学するつもりはなかったし、クーに押し切られた後も探索者として生きていこうだなんて考えていなかったことは事実。リックとマーレを見てその気が変わったことも事実なんだけど……二人の成長スピードだけを見てその気をかえてしまうほど適性の差は甘くない。
僕が本当にその気が変わったのはあの魔法を見た時だ。
いや、あの魔法そのものだけじゃない。あの魔法を平然と使えてしまう姿を見て僕は気を変えたのだ。普段の姿も見ている身としては二重人格の可能性も考えるほど衝撃的だったから。
まだ未完成ではあるが、あの魔法が完成すればきっと僕は50階層を突破できる強さを手に入れられる。リスクは相応に伴ってしまうであろうが。
結局、僕は夢をあきらめきれないんだ。
学園入学をクーに最後は押し切られてしまったのもそれが原因だろう。
だから、僕もマーレのように一つ決意をしよう。
あの魔法の完成に僕も協力するのだ。今回の大会はその良い実験の場になるだろう。
悪魔に魂を売り払うような気持になりながら最後にこうつぶやいた。
「やっぱり君は恐ろしい男だよ、リック」




