第三十七話 支援魔法の弱点
「で、何でお前がいるんだ?」
マーレさんに支援魔法を教えると言った時間である昼休み。
集合場所である訓練室にはマーレさんの他に呼んでいないはずの人物がいた。
「良いじゃねえか、別にいたって」
確かに基本、昼休みの間訓練室は開放されているのでソラのような学園生がここにいることはおかしなことじゃない。むしろ、推奨されるべきことだ。
だけどこいつの場合は……
「お前、逃げてきただけだろ」
「!?いや、何のことだかサッパリだなー」
「とぼけるの下手すぎだろ……まあいいや、時間の問題だし」
ソラは戦闘試験の方は文句なく好成績だったのだが、座学の方が補習を推奨されるレベルでできていなかった。あくまで推奨であり、強制力はなく、前にも言ったことがあるような気がするが、PTを組めば他にその教科の好成績者がいる場合成績が悪くとも退学にはならないという制度もある。
なので、問題ないと言えばないのだが……それをPTメンバーが許容してくれるかどうかは別問題である。最悪、PT解散だってあり得るわけだし。
こいつの場合、それは無いと断言できるけど。
「それより、ここにいるってことは手伝ってくれるんだよな?」
「!ああ、もちろんだ」
連れ戻されることがないことが分かり、ソラは嬉しそうな顔をする。
とはいえ、さっきも言った通り時間の問題なのだが。
さて、邪魔が入る前にさっさと始めますかね。
「じゃあマーレさん、練習始めていこうか」
「あ、はい」
マーレさんがそっけなく返事をする。
あまりやる気は感じられない。
ま、リラックスしていると考えれば悪くはないのか?
「先ずは一番よく使う【素早さ上昇】から教えていこうかな。イメージは自分で身体強化する時と一緒でいいからそれをおれに向けて放ってみて」
「はーい」
そう言ってマーレさんは【素早さ上昇】を無詠唱でおれに向けて発動させる。
うん、ちょっと動きやすくなった気がする。
無詠唱で発動したこともあって多少強化具合が乱れているが、初めてということを考えれば十分合格点だろう。
いかに【素早さ上昇】が簡単な魔法だとはいえ、二カ月前のことを考えたらこれだけでマーレさんの成長具合が分かる。多分、魔力操作の練習を相当頑張ったのだろう。
正直、魔力操作の練習はかなり根気がいる。何せ見えも触れもしないものを、神経を使って操作し続けなければならないのだ。苦しさで言えば息を止め続けている状態に近い。普段は自然に流れているものを無理やり一部分に集めたり、時には眠っているものを引き出したりする。短時間ならばほとんどストレスを感じることはないが、長時間やり続けると、辛い。それにひたすらに地味だし、成果が出るまで時間がかかるというのもある。
だが、魔力操作はそれをやり続けなければうまくならないとおれは思っている。魔力の流れを自然に任せるのではなく、どれだけ自分で動かせる部分を増やせるかが魔力操作の精度につながっている気がするからだ。
その点、おれは運がよかった。
もしかしたら前世で魔力の無い世界で生きていたせいかもと今では思うが、おれは物心ついてしばらくまではほとんど自分の魔力を使っていなかった。正確には普通の人が自然に流れる魔力がほとんどおれは流れていなかった。魔力を自分で操作するというのは基本的に自然な魔力の流れに逆らうということ。だからこそ自分で操作しようとすると身体はストレスを感じるし、辛いと思うことになる。
だがおれの場合、魔力操作をすることに対しストレスを感じにくい体質のため、魔力操作が上手くなる土壌があったということだ。これも転生者のチートに含まれるのかな?
話が逸れてしまった。
要するにマーレさんは見える態度に反して努力家なのだと思う。
だからおれは、いやおれ達はマーレさんに期待するのだ。
「できてるできてる。次はそれを自分にかけてみてよ」
「え、自分に?」
「うん」
マーレさんは訝し気な表情を作るが試してはみてくれるようだ。
これ、いきなりできたらすごいんだけどなあ。
「かけましたけど……」
「じゃあその状態でちょっと動いてみてよ。……いや、それだけじゃ面白くないな。よし、このメイスでソラに一撃入れられるように動いてみてよ」
おれは並べてあったメイスの中でも特に攻撃力が低く、ちょうど良さそうな長さの物を適当に選んで投げ渡す。この訓練室には一通りの武器がそろっており、自由に使うことができる。もちろん、質の高いものはないが。
メイスにしたのは素人でも使いやすいからだ。
今のところ、マーレさんは自分用の武器を持っていないしね。
「あ、もちろんソラは攻撃禁止な」
「どうせならお前も攻撃してきても良いぜ?じゃないと勝負にならないだろうし」
ソラにはおれがやりたいことが伝わったのだろう。
ハンデを増やしたのはソラの性格ゆえだろうが、支援ではなく攻撃を許可したのがその証拠だ。
どうして戦闘に関するものだけはこんなに頭が回るんだろうな。
「マーレさんもそれでいい?」
「はい」
マーレさんは渡されたメイスの感触を確かめるようにブンブンと振り回しながらそう答える。
おれもソラも今回は特に武器を使う必要なないので既に準備完了だ。
「いつでもかかってきていいぜ」
「いきます!」
そんな短いやり取りの後、マーレさんはソラに向かって飛び込んでいく。
今のマーレさんでは動きながら魔法を上手く使うことはできないので、メイスで攻撃を当てなければならないというルール上、最初から距離を詰めるしかない。ソラからの攻撃がないというハンデもあるしね。
マーレさんの動きに合わせ、おれは【素早さ減少】と【運減少】の二つの魔法を発動させる。
【素早さ減少】はその名の通り素早さを減少させる、デバフの中でもメジャーな魔法なのだが、【運減少】は使う人も少ないレアな魔法だ。
ここで言う『運』は普段使うような、宝くじが当たりやすくなるみたいな意味での『運』ではない。いや、もしかしたらそういう効果ももしかしたらあるのかもしれないが、今のところ統計的にはない。実際、ダンジョンで宝箱が出現して開ける際には【運上昇】の魔法をかけるようにする人もいることはいるのだが。
じゃあ一体どういう意味なのかと言うと、おれは『経験』という言葉が一番近いと思う。スポーツをやっていた人なら分かると思うのだが、経験によって身体が考える前に最善の行動をとってくれるという感覚になったことがないだろうか。【運減少】の魔法を受けるとそういった反射による行動ができなくなる、あるいは遅くなるのだと思う。だから直感で動くことが多いタイプには効果が大きい……はず。
まあ、実際のところ効果に不明な点が多い魔法なのだ。だから不人気なんだろうけど。
もし相手がソラじゃなく知らないやつだったとしたら【運減少】ではなく【知力減少】を使っただろうし。
それはともかく、おれはその二つの弱体化魔法をソラにぶつける。
ソラは二つの魔法を避けずに弱体化したままでマーレさんと相手をするつもりのようだ。
「ふっ、はっ」
マーレさんがメイスによる攻撃を当てようとするが、ソラはそれを涼しい顔で避ける。
まあ、そうなるよな。
マーレさんに近接戦の経験がほとんど無いとはいえ、いつもの状態なら二つの弱体化効果のあるソラ相手に攻撃がかすりもしないということはない。
理由は明白。
マーレさんが自分に掛け続けている【素早さ上昇】のせいだ。
よく誤解されがちだがイメージは同じとはいえ【素早さ上昇】による身体強化と自身による身体強化はかなり違う。
【素早さ上昇】による身体強化は体の中に強化装置を埋め込むようなものだ。自分で身体強化する時とは馴染み方が全く違う。そのような違和感をいかに感じさせないかが支援魔法使いの腕の見せどころではあるのだが。
今のマーレさんは自身への身体強化が上手くいかず、戸惑いながら戦っているという感じだ。
大丈夫だよ、マーレさん。今そこにいる天才だって初めておれの支援をもらいながら戦った時はそんな感じ……いや、もっとひどかったし。規格外はそんなこと気にならないとばかりにおれの支援をもらって嬉しそうに動き回っていたが。
今回の目的はその違いに気付いてもらうためであったので、ここらで止めても良いのだが、ちょっとソラがうざいな。
時折こっちを見てはドヤ顔をかましてくる。
よし、そのつもりはなかったがここは一発マーレさんにあいつをぶっ叩いてもらおう。
「マーレさん、落ち着いて!操るんじゃなくて、勢いに乗る感じにすると上手くいきやすいから!」
「操るんじゃなくて勢いに……やってみます」
支援魔法を上手く使う方法は主に2つある。
1つ目は対象者の魔力の流れを基本的に任せるように意識する方法。2つ目は対象者の魔力に干渉し、より効率的に魔力を使えるようにする方法。
おれ自身、後者の使い方をする方が多いからマーレさんもそんなイメージで支援魔法を使っていたのだろうが、簡単なのは当然前者だ。
だからこそマーレさんにそんなアドバイスを送り、おれは掛け続けている支援魔法に強弱をつけるように意識する。
そろそろソラも弱体化状態に慣れてきただろうからな。
マーレさんは先ほどよりは遥かに良い動きでソラを攻撃する。
思っていた以上にマーレさん、飲み込みが早いな。
しかし、ソラの方もこちらを向く余裕はなくなっているものの攻撃はかわし続けている。
っていうかあいつ、抵抗が上手くなってるな。
おれが弱体化魔法に強弱をつけだしたと察するや否や、ほぼ全受け状態から『強』の時だけ体内の魔力を操作し、抵抗するようにしてきた。
くそっ、いいようにされて終われるか。
こうなったら奥の手を見せてやる!
おれはソラにばれないよう、『弱』の時間を長めにしながら足下から魔力回路を形成する。
よしっ、良い位置。
ここっ!!
おれはマーレさんの振り下ろし攻撃に合わせ、一気に【素早さ減少】と【運減少】の魔法を解除し、足元からこっそり作っていた魔力回路に【知力減少】を発動させる。
【知力減少】は相手の思考力を奪う弱体化魔法で、今回のように不意を突くことができれば相手は一瞬気を失ったかのような状態に陥る強力な魔法となる。その代わり来ることさえ分かっていれば、わざわざ抵抗せずともよほどの魔力差がない限り思考にもやがかかりやすくなるといった程度の効果しか出ないのだが。
「うっ」
思考力を奪われ体制を崩されたソラだったが、持ち味のその反射神経だけでマーレさんの攻撃を横に避ける。
ちっ、【運減少】は解除しないでおくべきだったか!
なおもマーレさんは追撃とばかりにメイスを振り上げようとしたときに事故が起こった。
「あっ」
すべった。
マーレさんが振り上げたメイスは高々と舞い上がる。
しかし、ここでもう一つの事故が起こる。
ソラの意識がここで戻ったのだ。
ソラからすれば、さぞ驚いたことだろう。
意識が戻ったと思った瞬間、相手の武器が消えているのだから。
結果、両者とも立ち尽くしてしまい――
「いてっ」
丁度ソラがいた場所にメイスが降って来た。
なーんかデジャヴュ。
「ご、ごめんなさい……」
「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
そんなソラの叫び声が響き渡るのだった。
正直あれは攻撃とは言えないだろうし、引き分け……かな?




