第一話 ダンジョン適性診断
「ついにこの日がきたな」
「ああ、そうだね」
「昨日は楽しみ過ぎて夜なかなか眠れなかったぜ」
親友のソラはこの日をとても待ち望んでいたようだ。対するおれの方はというと期待と不安が半々といったところだ。こいつの不安感を全く感じさせない顔を見ていると、不安を感じているおれがおかしいんじゃないかと思えてくる。
色々話しながら歩いていると、もうすぐ目的地の広場に着きそうだ。
「それにしても、思ってたより集まっている人が少ないよな」
「そりゃあ、全員が全員ダンジョン攻略に興味があるわけじゃないからね。死ぬ可能性もあるわけだし」
隣を歩いている親友のソラの疑問におれはそう答える。何せ今から行われるのは、ステータス分析カメラ、通称ステカメによるダンジョン攻略の適性診断である。
え?ステータス分析カメラなのになぜ分かるのは適性なのかって?
それはステカメがダンジョンで手に入ってすぐのころは、表示されるランクが現在のステータスであると勘違いされていたからだ。
ある人が子供に対してステカメを使い、とんでもないランクが出たというのは有名な話である。
それから、その子供が優秀な探索者となったこともあり、ステカメは現状のステータスではなく、その人物の生まれ持っての才能、あるいは成長率を示すものであるということが分かったのである。
しかし、それが分かった時にはもう『ステカメ』という名前が浸透してしまった後であった。そのため、名前の変更は行われなかったのである。
まあ、世の中そんなものだ。
逆に言うと、現役の探索者を分析してもある程度の正確性があったとも言える。
「そっかぁ。それより、確か総合適性Bランク以上ならアストロ学園に入ることができるんだよな?」
「そうだよ。例外もあるみたいだけど基本的にそうだって父さんに聞いたよ」
アストロ学園とは、王都にあるこの国唯一の国立ダンジョン学校のことだ。13~17歳までの四年間、ダンジョンについて学んだり、実際にダンジョン探索を行ったりする。
全寮制であり、四年間の授業料などは国からの補助金が出る。入学条件は基本的にステカメによる総合適性がBランク以上であること。
ステカメにはダンジョン探索に必要な体力・魔力・攻撃力・防御力・素早さ・知力・運の7項目がA~Gの7段階で表示される。
平均はDでそこらの一般人ならば、大体C~Eの中に収まるらしい。
つまり、総合適性Bランク以上というのはなかなか厳しい基準であるといえる。
でも、こいつ結構適性ありそうなんだよなー。知力はともかく、それ以外の項目でこいつに勝っている気がしない……。
また、13~17歳が対象なのは、それぞれのステータスが一番伸びやすい時期だからと、ステカメで分析できるのが大体10歳からだからだ。
「よっし。なら絶対Bランク以上になってやる」
「なろうと思ってなれるもんじゃないと思うんだけど……」
若干あきれながらそんなことを言っていると、後ろから声をかけられた。
「ちゃんと来れたようだな、お前たち」
声をかけてきた人物は2メートルに及ぼうかと思われるほどの身長と、一目で鍛えているとわかる筋肉質で大柄な男であったが、親しみやすそうな雰囲気を持っていた。
腰には剣を差していて、動きやすそうな服装をしていることからその人物は衛兵であることがわかる。
まあ、おれの父さんなんだが。
「父さん、何でここにいるんだよ」
「ちょっとだけ仕事を抜けさせてもらった。教え子たちの才能がどんなものか気になるものだろ?」
どうやらおれたちのことが気になって仕事を抜け出してきたらしい。それで良いのか衛兵隊長。
「グラントさん、俺すごいランク出しますから見ててくださいよ」
「おう。ソラの才能があることは知ってるから安心して見ててやる」
ソラは父さんに興奮気味にそう言った。おれとソラは8歳くらいのころから父さんが仕事休みの日はほぼ毎日、戦闘訓練してもらっているからな。
戦闘訓練といっても軽く魔力の扱い方を学んだり、木剣で素振りや模擬戦をしたりする程度だが。
父さんはこの町で衛兵になる前はダンジョンの探索者をやっていて、最高到達階層は50層である。
50層のボスはドラゴンであるため、父さんは『ドラゴンバスター』と呼ばれることもある。
最も、その戦闘の際にパーティーメンバーであったソラの父親が死んでしまったらしいので、あまりその戦闘内容は知らないのだが。
その後、メンバーの補充は行わず、父さんのパーティーは解散した。そして、父さん自身は妊娠発覚直後だったソラの母親と母さんと共にこの町に移住し、ソラの父親代わりもやっている。
「これからステータス分析カメラによるダンジョン適性診断を始める。希望者はここに並んでくれ。繰り返す、これから……」
拡声の魔道具を通じてそんな声が聞こえてきた。どうやら受付が始まったようだ。
「ソラ、受付始まったみたいだよ。早速行こうよ」
「今行く」
ソラと一緒に受付に並びながら、他の人が適性診断としてステカメに撮られている様子を見る。喜んでいる者も落胆している者もいるが、どちらかというと落胆している者の方が多い気がする。
しかし、本気で落ち込んでいる人は今のところいなさそうだ。
やはり、あわよくば、と小さな希望を持ってせっかくだからとお祭り気分で来ている者が多いのだろう。
おれたちのように既に目標が決まっていて、12歳という年齢で訓練まで始めている方が少数派なのだ。
そんなことを考えながら様子を見ていると、ふと気になることがあった。
「なあ、あのステカメってどこかで見た覚えがないか?」
「いや、見たことねえぞ。そもそもダンジョン産の魔道具って貴重だからあんまり見たこと無えんだよな」
「やっぱりそうだよな……でも何処かで見た覚えがあるような気がするんだよなぁ」
確かにソラの言う通り見たことないはず……でも何か引っかかるな。
「次は、君だ。名前は?」
「はい、ソラです」
ソラが元気よくそう答える。どうやら順番が回ってきたようだ。おれもソラでどのくらいの適性になるのか興味あるからな。
「パシャ」という音が鳴ったあと、数秒後には画面に結果が表示された。
【名前】 ソラ
【体力】 B
【魔力】 B
【攻撃力】 A
【防御力】 B
【素早さ】 B
【知力】 E
【運】 A
【総合】 B
【備考】 素晴らしいステータスだね。でも、勇者と呼ぶにはあと一歩足りないって感じかな。つまり、君は『なんちゃって勇者』ってことだね。
……ん?適性は間違いなくすごいんだが……『なんちゃって勇者』って何だ?いやそもそも【備考】って何だ?これが何の参考になるっていうんだ?絶対いらなかっただろ……
「えっと、一応君は総合適性Bランク以上だから、希望すれば王都のアストロ学園ダンジョン攻略科に推薦で入学することができる。念のため説明しておくと、アストロ学園はダンジョン攻略のために作られた学園で、学園生はほぼ全員、総合適性Bランク以上だ。だから、自分には才能があると軽い気持ちで入学すると後悔することなる。それでも入学を希望するかい?まだしばらくはこの町にいるので、返答は後日でも構わないが」
「いえ、今、入学を希望します」
「そうか、がんばれよ」
「リック、俺勇者だってさ。ますますやる気出てきたぜ」
「あれ見てそう思えるお前のメンタルがすごいよ」
受付の人でさえ若干憐れみの視線を向けていたにもかかわらず、本人の態度はこれである。
こいつのポジティブさにはいつも驚かされるな。
おれに勇者願望は無いが、あったとしてもなんちゃって勇者なんて言われたら素直には喜べないと思う。
「次に君、名前は?」
「リックです」
そう答えた後、カメラで撮りやすい位置に移動する。少し緊張するな……。
「パシャ」とまた音が鳴った瞬間、急に頭が痛くなってきた。
その痛みはどんどん増していき、周りも騒がしくなっているようにみえるが、全く耳に入ってこない。
やばい、意識が……。
誰かに支えられるようにしながら、おれは気絶してしまった。