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失った身ゆえに気付く事……。

はじめに……。


 それほど酷い自覚症状があった訳ではないのですが、令和三年七月に内臓に悪性腫瘍があるとの診断を受けてしまいました。

 でも手術は成功! 

 悪い部分を全摘出する事で完治!

 やった~! これですぐにでも退院できる! 娘の元へ戻れる!

 ……。

 ……。

 と、そう思い、家族と喜び合ったのも束の間……。

 どうやら悪い細胞は強大な力を持つ『魔王』だったようで、勇者わたしを倒そうと血管ダンジョンの中を密かに移動し、聖地である脳の方まで来ちゃったようです。


 魔王は様々な魔術を駆使して勇者わたしに対し多大な被害を与えてきましたが、同時に今まで想像もしなかった体験をする事ができましたので、側近おっとに漢字変換などを手伝って貰いながら、ここに書き記したいと思います。




 まず最初に、魔王に襲われる前の私のステータスをお見せしておきましょう。

 ステータスオープン! 


名前   

    4-BU

    先天性聴覚障がい者レベル SS

種族   

    なにわヒューマン

職業

    くっちゃね主婦

取得会話スキル

    日本手話

    日本語対応手話

    英語手話

    口話

    筆談

    触手話

    指点字


 誰かとお話しするのが大好きで色々な会話方法を覚えてきましたが、それが魔王の攻撃でどのように破壊されてしまうのか語り伝える事にします……。




壱 『手話は言語である』



 勇者わたしの力を削ごうと脳へと表れた魔王……。

 そこは脳の中でも『記憶を司る部屋』であり、過去の出来事を忘れたり記憶の混乱などがあるかもしれないと、賢者いしゃから説明を受けました。

 大切な娘との思い出を忘れてしまうかもしれない……。

 そんな恐怖に胸を締め付けられて涙がこぼれましたけど、それでも『言語を司る部屋』や『運動を司る部屋』への被害は少ないであろうとの事だったので、会話さえできれば新しい思い出はいくらでも作れる……消えた思い出を悔やむのではなく、色んな場所へ出かけ新しい思い出を作ればいい……。

 そう自分に言い聞かせながら耐えていました。

 

 ただ、魔王は私に恐ろしい呪いを掛けたらしく、暫くしてからある異変を感じるようになりました。

 それは……。

 ……。

 ……。

 時々日本語が分からなくなってしまうんです……。


 知らない漢字がいっぱい書いてあるノートを見て

「あれ? この文字って何て読むのかしら?」

 とか、文章を読もうと頭の中で考えを巡らせる『分からない』ではなく、そこに書かれているのが文字や言葉なのだといった認識さえも無くなってしまい、意味のない幾何学模様の描かれた紙を呆然と眺めているような……そんな奇妙な感覚なんです。

  

 それが何かの弾みで

「あ……これって日本語の文字だったわ」

 と認識し、読み書きができるようになる……そんな症状です。


 魔王に掛けられた呪いは次第に力を増し……。

 日本語を理解できる時間が徐々に短くなり……。

 日本語を理解できる時間でさえ『漢字』を文字として認識できなくなり……。

 ……。

 ……。

 今は起きている時間の半分以上は日本語を認識できず、残りの時間は『ひらがな』なら辛うじて読み書きができる……そんな状態となっています。


 『辛うじて』……。

 そう言わざるを得ないのは、日本語を理解出来る時間でも、気を抜くと日本語の文法が崩れてしまうからです。

 日本手話と日本語は全く別の言語です。

 当然の事ですが、筆談をする時には日本手話で考えた事を日本語へと訳してから文字として記す。

 逆に読む時には、日本語で書かれた文字を日本手話へと訳してから理解をする……その繰り返しになります。

 でも魔王の攻撃を受けてからは文法の変換が上手くできない事が多くなりました……。

 助詞を忘れてしまい、日本手話の文法通りに日本語の単語を並べてしまう……。

 そんな『手話対応日本語』と呼びたくなるような変な文章になってしまうんです。

 

 またこの事により、取得した会話スキルの殆どが使える時間を制限されるようになってしまいました。

 日本語の文字を使う『筆談』

 日本語を発声する口の形を読み取る『口話』

 日本語の平仮名を6本の指の動きで表す『指点字』

 これらは全て『日本語を理解している事が大前提』ですので、日本語が分からない状態では全く使えませんでした。


 ただ、ここで不思議なのが、日本語を認識できない状態でも『日本手話でなら会話が出来た』と言う事なんです。

 私は生まれつき重度の聴覚障がいがあるのですが、補聴器は耳が痛いと言った感覚が強くなるだけなので使っていません。

 なので声のイメージと言った類の感覚は全く無く、聞こえる方のように

(今日は寒いな~……暖房でもつけようかな)

 などと頭の中で声を出し、文章を読みながら考える事はせず、思考の全てが『日本手話』で行われています。

 入院中も思考そのものが鈍くなったりする様な事は少なく、日本手話で考え、日本手話を話せる看護師さんとは普通に会話ができていました。


 と言う事は……。

 

 魔王の呪いは完全ではなかった! その隙を突いて攻めれば……。

 ……。

 ……。

 ではなくて。


 『日本手話』と『日本語』では脳の使う場所が違うのではないでしょうか?

 どちらも『言語』と言う大きな括りでは同じように思えますけど、魔王が脳のどの領域に被害を及ぼしているのかを考えると、第一言語である日本手話は脳の『言語域』を使用し、日本語は後から蓄積された知識を利用して理解する『記憶域』を使ってるのだとは考えられないでしょうか?


 つまり『手話は言語』であり、決して『ジェスチャー』や『手サイン』なんかじゃないって、私の脳は判断してるんだと思います。

 



弐 『聴覚障がい者は言葉の分からない外国で暮らしているようなもの』

 


 この言葉はネット等で『聴覚障がい者の苦労』を表現する文章でよく見かけますよね?

 苦労しかないって言ってる時点で外国に失礼な気もしますけど……。

 

 勇者わたしには転生する前の『前世の記憶』なんて勿論ありませんし。

 手話も日本語も覚える前の『物心がつく前の記憶』なんかもありませんし。

 気が付いたら両親が日本手話で一生懸命話しかけてくれていて、少しづつ話せる手話単語が増えていって……。

 それに従って日本語も覚えるようになり、順を追って使える言葉の種類が増えてきて……。


 それが普通で当たり前の事でしたので、正直なところネットで訴えられているほど悲惨な孤独感と言うのは感じた事はなかったんですよ。

 勿論、聞こえない事で感じる不便さや理不尽な経験はありますけど、それは種類や程度は違えど、健常者の方でもあると思いますしね。


 ただ、今回の病状での混乱は大きかったですね。

 恐るべし魔王の精神攻撃……。


 精神年齢や知識、思考能力などは年相応なのに、意思表示などのコミュニケーション能力だけが突然ゼロになる状態というのは想像すらしていませんでしたから……。


 さっきまで読めていた看護師さんや先生の口元が、急に意味をなさないパクパクとした開閉にしか見えなくなるんです。

 さっきまでやっていた平仮名での筆談の文字が、急に認識できなくなっちゃうんです。


 英語のアルファベットやエジプトのヒエログリフなら

「何て書いてるのか読めないけど、これは文字だろうな」

 って思いますよね?

 でも今の私への呪いは『これは文字だ』って認識さえ消えちゃうんです……。

 

 もう地球上の外国云々と言うよりも、

 『目が覚めたら異世界の勇者様になっていた! 周りのみんなは自分の事を知っていて普通に接してくれるけど、文字も言葉もない世界に転生するなんて、私はこれからどうやってコミュニケーションをとって生きていけばいいの!』

 な~んて、長いタイトルのラノベ世界に来ちゃった感覚です。

 



参 『手話は文字のない言葉です』

  『授業は子供達の分かる言葉で』

 


 これは痛感しましたね。 


 頭の中で考えている事は今までと同じで何の問題もない。

 日本手話で考え、日本手話で自問自答して、日本手話で答えを導き出す……。

 なのにその答えを書き残す手段が何も無いんですよ。

 魔王を倒すための呪詛のお札に文字が一つも書けないなんて! 勇者わたしピ~ンチ! 


 平仮名を認識できる時間なら『ひらがな』でメモが取れますけど、日本語そのものを認識できない症状の時は『書き残す』と言った手段が全くない……これは本当に困りますよ~。

  

 だから口話法を優先しようとする先生方の考えも理解出来ない事はないです。

 でも子供達が心に受ける負担を考えるのならば、言葉を教える時は聞こえない子供が自然に覚えられる『日本手話』を最初に基本として教え、意思の疎通が十分に取れる環境を作った後で『文字を持つ言語』を教えてあげる。

 先生も日本手話を覚え、説明や質問への回答も日本手話で話してあげる……それが一番子供の為にもなるし、近道だと思うんですけどね。


 だってだって。

 例えば口話を重要視してる先生だって、ジンバブエの北ンデベレ語で書かれた教科書をポンっと渡されて、授業の全部を北ンデベレ語の早口でベラベラとしゃべられたら、教科書のどこを説明してるのか、何を質問をされているのか……もしかしたら授業じゃなくて雑談をしてるのかもしれないって事さえも分からないでしょ?

「日本語の〇〇は北ンデベレ語では△△と言いますって、私の分かる言葉で教えてよ!」

 って怒りたくなりませんか?

 感情表現の未熟な子供達の受ける悲しみと怒りは、大人の非ではないと思いますので……。


 当然の事ですけど、子供によって適性や得意な分野が違いますから、そこは子供に合わせて臨機応変に……その子にとって一番良い選択をお願いしますね。




肆 『日本手話と日本語対応手話は違う言語』



 これは私自身も大変驚いてます。


 もちろん今までも『日本手話』と『日本語対応手話』は違うと思ってましたけど、日本語が理解できなくなって改めて『全然違ってたんだ』と認識させられました。


 日本語対応手話は、日本語を声に出して話しながら、話している日本語の並びに合わせて、手話の単語を置き換えていくものである……。


 な~んてネットなんかでは難しい説明が書かれていますけど、手話に詳しくない人から見たら違いなんて分かりませんよね?

 手話に詳しい人だったら

「え? そこの単語って必要? こっちの組み合わせの方が良くない?」

「片言の日本語みたいで読み取りにくいな」

 って感じる事もありますけど……実は日本語対応手話って『日本語が全く理解出来ない状態』だと違和感を感じるどころか、読み取る事が出来ないんですよ。


 日本手話と同じ手話単語を使っている筈なのに読み取れる単語が少なくなり、意味のある文章として捉える事ができない……と言った感覚が近いかもしれません。


 そうですね……例えば

「でぃす いず あ りんご」

 って文章ですけど、日本人なら簡単に読む事が出来ますし、同じ文章を書く事も出来ますよね?

 でも「でぃす いず あ」の部分が分からないから

「りんごがどうしたの? 欲しいの? 嫌いなの?」

 って正確な意味が伝わりませんよね?


 英語と言う言語を知っていて、文法を理解していて、それで初めて

「あぁ、これはりんごですよって説明したかったのか」

 って分かると思うんです。


 日本語対応手話も同じではないでしょうか……。

 同じ手話単語を使っているので、一見しただけでは大きな違いはないように思えてしまいますけど、日本語対応手話の根底には『日本語を知っていて、その文法を理解している』と言う大前提があるように思えます。


 まぁ、だからと言って日本語対応手話を否定するつもりなんてありませんけどね。

 途中失聴者にとっては日本手話は覚えにくいのも事実ですし、わだかまりを取り払ってお互いの良い部分を伸ばしあうのが一番良いと思います。




 と、ここまで長々と駄文にお付き合いいただき有難う御座いました。

 魔王の呪いは強力なもので完全に解除する方法はまだ見つかっていませんけれど、神聖魔法を使えるヒーラーか、エリクサーを作れる錬金術師を探しつつ、諦めずに戦いを続けたいと思っております。



                      ―4-BU―

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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に更新があったので拝見しました。 正直どの様な言葉をかけて良いものか思いつきませんが、 どうか大事になさって下さい。 もし返信出来ない状態であれば無理に返信しなくても構いません。
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