4 君の望むまま
エスターはカルロと共に、旧ディーバン男爵邸に到着した。
屋敷はエスターが所有し管理していると話すと、カルロは驚いていた。
だが、庭は庭師を入れておらず荒れている。
「よかったんじゃないか? もし庭師を入れていたら対となる木は抜かれていたかも知れない。それぐらい小さかったから……」
カルロはかつて住んでいた屋敷の庭を、奥へと歩きながらエスターに言った。
「この木は違う場所に植えていたんだよ。こっちだ」
案内されたのは屋敷の裏手にある小さな菜園跡。
「……ロッティは、よくここの手入れを手伝っていたから……ほら、ここだ」
カルロが指し示した菜園の端に、同じ葉の形をした枯れかけた小さな木が生えていた。
「始めは一本だけ生えていたんだ、いつのまにか寄り添うようにもう一本生えてきてね……それで、名前を付けていたんだ。君には悪いけど」
「…………?」
カルロはエスターから想想の木を受け取ると、小さな木の横に植えた。
「この木には僕の名前を、小さな木にはロッティと名付けていた」
「……そう」
そっとカルロは小さな木に触れる。
「ああ、ロッティがすごく弱っているね、カルロが急に居なくなって寂しかったのかな」
( 木の事を言っていると分かってはいるが、何だか気分が悪い……)
木の根に水を与えると、ロッティと名付けられた木は息を吹き返したように葉を青々と茂らせていく。
並んでいる二本の木の枝が伸びはじめ、木の枝先が触れ合った。
触れた小さな木の枝に一つ蕾がつき、見る間に花が咲いていく。
「すごいな……」
「きれいな花だ……」
花は瞬く間に実となった。
実はそのままポトリと地面に落ちた。
その実をカルロが手に取り、エスターへと渡す。
「僕はずっと、ロッティを好きだった。彼女と結婚したいと、幸せに出来るのは僕だと思っていた。けれど……あの時の僕は何もやろうともせずに親の陰に隠れてばかりで、彼女を守ることも出来ない、ただ陰から見ているだけの本当にダメな奴だった。だから親に売られたんだろう。でも、今、僕は幸せだよ、ルメールに出会えて……彼女としては売り付けられたんだけどね」
カルロは、寄り添う二本の木を見ながら微笑んでいた。
「エスター卿、今更だけどシャーロットを頼むね。彼女は寂しがりやで、だけど妙に我慢するところがある、もう三年も一緒にいるから分かっているだろうけど……」
「ああ、確かに」
『実』を見つめているエスターの端麗な横顔を見たカルロは、目を伏せた。
「……やっぱり少し悔しいよ、僕は初恋だったのに突然現れた君に攫われたんだから」
「僕もシャーロットが初恋だ」
手に乗せた実を見ながら、エスターは淡々とカルロに向け言った。
カルロは目を丸くする。
「え? 君、あの時が初恋? 遅くないか?」
「竜獣人は『花』以外には、そういった感情を持たない……と思う。僕は彼女以外、興味を持ったことすらない」
「……マリアナ王女は? 恋人だって噂あったよね? だから僕は余計に君を嫌っていたんだけど」
「誰が流したのか知らないが、そんなのはウソだ。まったく、僕には、一体どれだけ噂があるんだよ……」
「君の噂……たくさんあるよ。僕が最近聞いた一番新しい噂は【エスター・レイナルドの警護中、影を踏むと足が速くなる】ってやつだ」
それを聞いたエスターは、その場で項垂れた。
だからか……最近、子供が騒ぎながら僕の周りを走っていく。
たまに騎士達も、僕の影の方にさりげなく立っていたが、まさかあれも?
どうしてそんな噂がたったんだ……
ーーーーーー*
『実』を手に入れたエスターは、カルロと別れ、屋敷へと急ぎ戻った。
屋敷にはテスが待っていた。
「おっ、早かったな」
テスはエスターから実を受け取ると、用意しておいた瓶に入れ、紫色の液体を注ぎしっかりと蓋をした。
「これを上下に三十回振る、それからそのまま三十分待って、中の液体ごと鍋に移し沸騰させる」
そう言うとテスは瓶を振った。
……本当だろうか?
怪しげに見ているエスターに、振り終えた瓶をテーブルに置いたテスは
「冷ましたらそれを体に塗ると目覚める……と、書いてあった」と言った。
「書いてあった⁈ 」
「ああ、こんな事、俺は実際見たのは初めてだ。お前さん達は例外なことが多いなぁ」
ガハハッと笑うと、ニヤリ顔でエスターを見るテス。
「液体は全身に塗るらしい、お前さんにしか出来んな。それから、実の効果は他にもあると書いてあったが、何かは分からんのだ。後で教えてくれ」
「実の効果?」
「ああ、効果ありとだけ書いてあった。俺ももう行かねばならん。今度はガイアの家から呼ばれてんだ、先にジークが行ってるが、ディマルカスが何だかやらかしたらしい」
そう言うとテスは屋敷を後にした。
エスターは、言われた通り液体を沸騰させ、冷ました。夜遅くに、目覚めさせる為の液体がようやく出来上がった。
「ジェラルド、騎士団に明日は休むと伝えておいて、それから僕が呼ぶまで部屋には入らないで」
「はい」
*
静かに眠っているシャーロットの服を脱がせ( やましい気持ちはまだない)作った液体を手に取り、最初に木が触れたと言う右腕から塗っていく。
トロリとした液体は伸びが良く、不思議な香りがする。
エスターに、媚薬や香の類は効かないはずだが、何故か今、体の奥から情欲が湧き出るのを感じていた。
両腕を塗り、首、鎖骨までくると、フッとシャーロットから吐息が漏れだす。
「シャーロット?」
声をかけるが、まだ返事はない。
エスターは彼女の全身に液体を塗った。
しかし、シャーロットはまだ目覚めない。
何か間違っているのか?
あ、顔に塗っていなかった、と思い出し顔にもそっと塗っていく。ツッと唇の上にも、指を滑らせていく。
「……ん……」
シャーロットのまつ毛がピクリと動いた。
「シャーロット」
優しく彼女の名前を呼ぶと、シャーロットは目を開けた。
彼女の全身から匂い立つ花の香りに、エスターは欲情する気持ちを抑えながら、頬に手を添えた。
「……エスター? どうし……んんっ」
急に悶え出したシャーロットに、エスターの方が動揺してしまう。
欲情してはいるが、抑えている。それにまだ、頬に手を添えただけで瞳の色も変えてはいない。
「シャーロット、大丈夫? 君は想想の木で眠って……」
覗き込む様に話をしている最中に、エスターの首にシャーロットの細い腕が絡められ、焦がれるように口づけられた。
エスターの抑えていた欲情が、堰を切ったように放たれて、瞳の色を瞬時に金色へと変える。
「エスター、お願い……」
甘やかな声で囁き、幾度となく彼女から口づけられ、求められる。
この液体の所為かも知れない、とエスターは考えながらその要望に答えていく。
いつもなら恥じらうシャーロットが、もっと欲しいと嬌声をあげる。
すごい効果だな……妖艶な笑みを浮かべたエスターは、シャーロットの耳元で甘く囁いた。
「いくらでも、君の望むままに……」
*
レイナルド竜伯爵家の執事ジェラルドは、主人の部屋の扉を叩いた。
「………………」
返事はない。
あまり執拗に叩けば、主人が屋敷を壊す恐れがある。
過去にレイナルド公爵邸は一部崩壊している。
その頃よりエスター様の力も、シャーロット様に対する執着も増している。
もう少し待とう……
先程扉を叩いてから五時間後、ジェラルドはまた、主人の部屋の前に立っていた。
あまり頻繁に仕事を休ませる訳にはいかない。
エスター様は子供達が憧れる、第二騎士団の副隊長だ。
それに……これ以上、竜獣人の黒い噂を増やす訳にはいかない。
ジェラルドは約束の日を一日過ぎている、主人の部屋の扉をもう一度叩いた。
コンコン……
「ジェラルド、あと半日待って、薬の効果が切れない」
「……分かりました」
シャーロット様を目覚めさせる為の液体には、催淫効果があったようだ。
咲く花にもよるらしいのだが、あのカルロという青年は、シャーロット様とそういう関係になりたいと秘めていたのではないかと、先程訪ねてきたジーク様が言われた。
はあ、とジェラルドは今日何度目かのため息を吐く。
朝からずっと応接室で待っておられるレオン伯爵には、何と言えばいいのか……頭を抱えるジェラルドだった。
エスターとシャーロットのお話はもう少し続く予定でしたが、あまりに長く間が空いてしまった事や諸事情もあり、ここで完結とさせていただきます。
これまで拙作を読んでいただきありがとうございました。




