2 彼女を好きな人
レオンの屋敷へ魔獣術師テスがやって来た。
テスは部屋にある『木』を見て驚いている。
「エスター卿、これはなぁ」
言いかけたそこに魔獣術師ジークも現れた。
「テス師匠、とりあえず結界張りなよ」
ジークが木に向けて手をかざすと、ポウッと木は輝く薄い膜に包まれた。
「ジークも来てくれたのか」
眠っているシャーロットを抱いたまま、エスターが声をかける。
ジークはシャーロットに目を向け「彼女の為だからね」と言って、近くの椅子に腰掛けた。
テスは木をマジマジと見ては、持っていた本をパラパラと捲り、何度も頷いている。
「エスター卿、これは『想想の木』だ」
「想想の木?」
それを聞いたジークは椅子から飛び降りると、木の側に行き食い入る様に見つめた。
「実物は初めて見たなぁ……へぇコレが」
初めて聞いた木の名前に、エスターは首を傾げる。
「初めて聞く、知らない名前だ」
「そうだろうね」
木を見終えたジークは真剣な顔で、エスターを見据えた。
「エスターくん、これは少々厄介だよ」
「どういうこと? この木を消し去れば済む事じゃないのか?」
チッチッチッと、ジークは人差し指を左右に揺らす。
「それは絶対にやってはいけない事だ。そんな事をしたら、シャーロットちゃんは夢に囚われたまま、永遠に眠り続ける事になるね」
少し楽しんでいるかの様なジークの態度に、エスターはつい感情を露わにしてしまう。
腕の中で眠ったまま、起きる気配のない愛しいシャーロット。
ほんの少し彼女から離れたその隙に、こんな事になってしまった。どうしていつも守れない、と自分に立腹していた。
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
声を荒げるエスターにテスはほんの少し驚いた顔をし、ジークは目を細めている。
*
元々、魔獣術師達は竜獣人に、とても興味を持っている。
特にエスターは魔獣術師達にとって逸材だった。
『花』であるシャーロット嬢も同様に、これまでにない程、彼等は変わったトラブルに巻き込まれる。
本で読む事しかなかった出来事が、目の前で起こるのだ。
そしてまた……と顔には出さず彼等は思う。
( エスターくんは意外と短気だからな……シャーロットちゃんが絡むと素直になって面白いんだ )とジークは思っていた。
( やはりレイナルドだな、すぐに答えを求めるところは、ヴィクトールによく似てやがる )とテスは思っている。
*
「そんなに怒るなよ、大丈夫だから」
「…………すまない」
ジークは想想の木をテス師匠に持たせ、庭に出ると鳥の魔獣を呼び出した。
「とりあえず君の屋敷へ行こう。シャーロットちゃんを、落ち着く場所で寝かせてあげないとね」
そう告げた後、ジークは部屋にいるレオン伯爵に、この辺りの結界を張り直すように伝えた。
「『想想の木』は魔獣とは違うけどね、この木が入り込める程度なら、魔獣なんか簡単に入ってくるよ。この辺りは結界が薄いからね」
今回は特別に俺が張ってやるから、というとジークは空に向け両手を掲げた。
ブウウンッという音と共に、透明な膜が屋敷の周りを包んでいき、新たな結界が張られた。
「後で請求するから、じゃ!」
ジークはレオンに一言告げ、鳥の魔獣に乗り、エスター達とレイナルド竜伯爵邸へと向かった。
空高く飛んでいく四人を見上げながらレオンは、一つため息を吐く。
「仕方ないとはいえ、またエスターは休むのだろうな……」
*
屋敷へ戻ったエスターは、寝室にシャーロットを寝かせる。
屋敷の者達もシャーロットを心配し、寝室へと集まって来た。
テスが想想の木が触れたという、彼女の右手に目を落とし話をする。
「この木は、たまに鳥がどこからか種を運んでくる『想想の木』だ。人の想いを宿す木で、人の手で埋めてやらねぇと芽は出さねえ。普通はその想いの力で、変わった花を咲かせる程度だが、コイツは歩き、相手を眠らせ、夢を見せるほどの想いを宿している。コイツを植えた人物は、相当強くシャーロット嬢を想いながら、世話をしていたんだろうな。知っている限りでは、眠っている間はその想いの主の夢を見ているらしいが……シャーロット嬢の事を、その……好きだった奴に心当たりは無いのか?」
テスは聞き苦しいと思いつつ、エスターに尋ねた。
(……僕以外にシャーロットを好きだった奴?)
シャーロットは……好かれる。
外に出れば何故か男が寄ってくる。
以前、彼女を攫った豹獣人の男は、彼女を本気で連れ去ろうとしていた。
ガイア公爵の息子達( ラディリアス達は問題ないが) も彼女が好きで、屋敷によく遊びに来る様になってしまった。
最近では、屋敷に出入りする様になった庭師の息子の、彼女を見る目がどうも怪しいと、ダンから報告を受けている。
それに、騎士団の者達が代わる代わる毎朝僕を迎えに来るのは、玄関先で送り出してくれる彼女を見るためなのだと、だから早く行くようにとジェラルドからも言われる。
「それは……ジーク、そこにお前も入るのか?」
エスターはジークに冷酷な目を向け尋ねた。
違うよ、とジークは首を横に振る。
「テスが言った『好き』はもっと深いものだよ。親族とか、エスターくんみたいな重ーい感じの愛を向けている、そんな人だよ」
「……重い……?」
ジークが言った事はよく分からないが、親愛の情があるという事だろう、そう解釈したエスターは、シャーロットを見つめた。
想想の木が触れたのが左手だったら、指輪の力が強く働き守れただろうか……
シャーロットの左手に光る指輪には、古代文字で加護を入れておいた。
だが、その加護は役に立たなかった。
それほど強い想いを向けていたというのか?……自分以外の一体誰が……?
彼女の両親? そう思いジークに尋ねたが、この木の大きさでは、既に亡くなっているシャーロットの両親は当てはまらないと言われた。
じゃあ、誰が……
そして、ある事を思い出した。
結婚前、魔獣討伐でひと月程、シャーロットと会うことが出来なかったあの時。
やっと彼女の下へ戻る事が出来た僕は、シャーロットと愛し合った。だがシャーロットはすぐに眠ってしまい、収まらない自分の情欲に抗えず、回復薬を探した。客間の机の引き出しを開けると、ディーバンの息子カルロから、無理矢理渡されたという指輪があった。
古代文字で『永遠に君を愛す』と彫られていた。
すぐに割ってしまったが……まさかアイツが?
ジークはエスターを様子見ていた。
「どうやら心当たりがある様だね」
「……カルロ・ディーバン、今はカルロ・ブルク……彼は確か……」
シャーロットを好きだった、とは口にしたくなかった。
例え言葉であっても、自分以外の男が彼女を好きだということは許せない。
「ブルク、あのブルク伯爵の……か。俺も会った事はないけど……でもあの屋敷からドルモア伯爵の屋敷までは距離がある。さすがにコイツはそこまで動けないぞ」
木をツンと指で突きながらテスが話す。
「……ディーバンの屋敷からなら?」
エスターが言うとジークは目を見開いた。
「ディーバン男爵家はもう無いだろう? 屋敷はどうなっているのか知らないけど」
「屋敷は僕が持って、管理している」
「エスターくんが? 何で?」
「……シャーロットが生まれ育った屋敷だ。彼女はもういいと言ったが、やはり想い出があるだろうと思って、僕が持つことに決めた」
屋敷が売りに出されてすぐに、エスターはとりあえず押さえていた。
ディーバン男爵もいなくなり、屋敷は住む者が誰もいない。
シャーロットにどうしたいか尋ねると『もう、私の帰る場所はあの屋敷じゃないから売って下さい』と
悲しそうな笑顔を見せた。
本当は思い入れがあるのだろう、そう思ったエスターは、持っておくことに決めた。
「そうか、ディーバンの屋敷からならドルモア邸まではコイツでも何とか行けるな。憶測だが、シャーロットちゃんの気配を辿って歩き、間違ってソフィア嬢の所にいったってとこだろう。二人は見た目は違うが、雰囲気は似ているからな。そこに偶然、本物がやって来たってとこかなぁ」
テスは腕を組み話す。
その内容にエスターは異議を称える。
「シャーロットと彼女は、見た目も雰囲気も似ていない」
そこ、気になるのか……とテスは思う。
「…………そうか、まぁそう言う事にしておくか」
エスターはシャーロットの頬にそっと手を添えた。
顔色もいい、体温も正常だ。ただ静かに眠っているだけ、アイツとの夢を見て……
「どうやったら目覚める?」
シャーロットがあの男と夢の中で会っているのだと思うと、嫌でしょうがなかったエスターは、ジークを急かす様に言った。
「目覚めさせるには実が必要なんだ。『想想の木』には対になる木があって、この木を隣に植えれば花が咲いて実がなるはずだ。ディーバンの屋敷の何処かにあるのかなぁ? どちらにせよそのカルロって人物が木を育てた本人か会って確かめた方がいい。本人だったら、直接聞いた方が早いからね」
『想想の木』を見ながら、ジークは何やらメモをとっている。
「対の木があるのに、何故それを置いてこの木は歩いて来たのですか?」
側で聞いていたドロシーが尋ねた。
そうだね、とジークがペンをクルクル回しながら話す。
「この木はその時『木』ではなかったんだよ」
「どういう事ですか?」
「うーんとね」
エスターにも分からない事だらけだ。
今までも、いろいろな魔獣や変わった生き物を見ては来たが、普通の木にしか見えない物が歩き、人を眠らせるなどはじめてだった。
「本来ならただの木なんだ、歩いたりする事はない。でもこの木に宿る想いが、強く相手を求めた結果、木である事を忘れ歩き出したんだろう。過去にも同じ様に歩き、想い人を眠らせた事例がある」
「それはもはや魔獣では?」
「んー、呪いの方が近いかな? だって、ほらこの木は、想い人に会えた事で願いが叶ったかの様に、もう動かない。ま、まだ結界は張っておくけど」
話を聞きながら、テスは木の大きさを測り、葉の形を模写したりしている。
「以前のように。赤い目を使って起こす事は出来ない?」
エスターは、以前シャーロットが魔獣に襲われた時、回復させた方法を提案した。
「ん? あれは出来ないよ。今回、シャーロットちゃんは魔獣にやられた訳ではないからね。まぁ、試しにやってごらん、絶対出来ないから。君の父親もオスカーもガイア公爵までやり方を教えろって来てさ、何考えてんだか知らないけど、結局誰一人出来ずに帰ったよ」
「……父上達は何の為に?」
「竜獣人ってさ、いろいろと凄いよね。うん、何事も熱心だよ、綺麗な容姿して欲望には逆らわないしね。その上体力は無尽蔵、相手は大変だよね」
エスターは何となく察した。
確かに、あの時は良かった。
シャーロットも疲れず、それどころか……ああ、その話を彼等にした事があるな……とエスターは思い出した。
*
シャーロットをジェラルド達に任せ、ジークに更に結界を強く張らせると、エスターはカルロのいるブルク伯爵の屋敷へと向かう事にした。
「大人しく寝ているんだよ、シャーロット」
そっと口付けを落とすと、フッと彼女が笑ったように見えた。
もう一度、エスターはシャーロットに口付ける。
「……エスター様、早くしないと日が暮れます」
ドロシーに急かされ、エスターはようやく唇を離した。
「……分かってる」
少し拗ねたように言うと、エスターは想想の木を持ち、ジークに借りた鳥の魔獣に乗ってブルク伯爵家へと向かった。




