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後編 ゆっくり出来るね

 突然のエスターの訪問に驚いたのは、レイナルド邸にいた者達だった。


「エ、エスター様⁈ どうしてこちらに? それも、そんなにずぶ濡れで……」


執事のバロンは呆気に取られている。


「雨が降っていて……何をそんなに驚いているの? 悪いけど、僕の部屋のお風呂準備してくれるかな」


「…………エスター様?」


 バロンは何が何だか分からない。そこに、バンッとまた玄関が開いた。


 同じくずぶ濡れで……これがまさに水も滴る美少年か、とつまらない事を考えいるバロンの前には、息を切らしたラディリアスが立っている。


「こ、こんばんは……はっ、はあ、雨の中は息がっ、口の中に雨入るしっ……はーっ、ふぅ」


 息を整えたラディリアスは、雨に濡れて顔に貼り付いている髪を掻き上げると、ぺこりとお辞儀をした。


「こんばんは、僕ラディリアス・ガイアです」

「はい、よく存じております」


「それで、エスター兄さんの……」


 バロンは頷き「とりあえずラディリアス様も入浴し、体を温められて下さい。お話はその後にお聞きしてもよろしいでしょうか?」と言うと、カミラを呼んだ。


「ラディリアス様はこちらへ、エスター様はカミラが案内致します」

「……どうして? 自分の部屋ぐらい分かるよ?」

「カミラが案内致します、カミラ頼む」


 バロンは、目配せでエスターの異常をカミラに知らせる。

カミラは頷くと、エスターを客間へと連れて行った。


 濡れた隊服が気持ち悪かったのか、エスターは上着を脱ぎながら、カミラの後を付いて行く。


「どうしてここなの? 部屋のお風呂は壊れたの?」

「……とりあえず入浴なさってください。詳しいお話は後でお聞きします」

「えっ? 僕が聞かれるの?」


 湯船に浸かりながらエスターは考えていた。

なぜ自分が聞かれるのだろう、こっちが聞きたい事だらけなのに……

それに、ずっと胸の奥に引っかかっている事がある。

大切な事だ。思い出したくて堪らないのに思い出せない……





 エスターが入浴中、他の客間の浴室へ案内されたラディリアスは湯船に浸かりながら、バロンと駆けつけて来たヴィクトール閣下に話をしていた。


「雷に打たれて……気を失って落ちた?」


 話を聞いたヴィクトールは、目を見開いた。

竜獣人は、雷が落ちたとしても一瞬体が光るぐらいで、気を失う事など今まで聞いた事がない。



「そうなんです、それを僕がキャッチしました!」


 まるでボールを掴んだかのように片手をグッと握ってみせるラディリアス。その顔は自慢げだ。


「それは……ありがとう。しかし、ラディリアス、その時なぜ君はそこに居て、今ここに居るのかな?」


ヴィクトール閣下の銀色の目が妖しく光る。


「ぐっ……そ、それは……」

「このことはガイア公爵は知っているのか?」

「父上は……」

「ラディリアス、君は誰に似たんだ……また勉強が嫌で逃げ出したのか……」

「ーーー僕は10分以上イスに座っていられない体なんです。ヴィクトール閣下なら分かるでしょう?」

「……しらんよ」


 ガイア公爵の息子、ラディリアスは父親であるマクディアスによく似ている。黙っていれば……。

ただ、この少年はちっともジッとしていられない。


 入浴を済ませたラディリアスを居間に通し、話の続きを聞いていると、腑に落ちない様な顔をしたエスターが入ってきた。


ヴィクトールは、エスターに現状を伝え、すでに結婚し妻がいると教えた。


「僕は結婚しているんですか……」


 思い出せず苦悩するエスターを見て、皆は心配より先に驚いていた。


……あんな顔もできるのか……



「僕の『花』はどんな人なんですか?」


 せつなげな表情を浮かべるエスターを見て、どうやら本当にすっかり忘れている様だ、とヴィクトールは思う。


……これは……バロンに状況を細かく記録する様に伝えると、ローズを呼んだ。


 カミラから、エスターがどうやら最近の記憶を失っている様だ、と聞いたローズは慌てて部屋へと来た。


「母上」

「エスター、あなたシャ」


シャーロットの名を口にしようとしたローズの口を、ヴィクトールが押さえる。


「ローズ、ちょっと今はその名を呼ばないでおいてくれないか、調べたい事があるんだ」

「調べる?」


 そう言うとヴィクトールはオスカーを呼んだ。


 オスカーは家の中でも片時もティナを離さない。必然的に二人で来る事になる。


二人を見たエスターは目を丸くした。


「オスカー兄さん……それに、その人は……兄さんの『花』? なんだろう、兄さんの大切な人だって分かる……オスカー兄さん、結婚したんですね」


「……ほぉ、なるほど」


ヴィクトールは目を細め、バロンに何かを伝えた。


 ヴィクトールはエスターを見て、楽しそうに微笑んでいる。

 ローズはそんなヴィクトールが分からない、なぜ息子が大変な事になっているのに笑っているのかしら……


 何も聞かされないままヴィクトールに呼ばれたオスカーは、エスターのおかしな言動が分からなかった。


「オスカー、お前はもういい部屋に戻ってくれ、ティナ来てくれてありがとう」


「えっ、何だったんですか? 俺、気になるんだけど⁈ エスターの様子もおかしいし、大体彼女がいないのにここにいるなんて……その上、ラディリアス、お前なぜ椅子の陰に隠れているんだよ」


 ラディリアスは椅子の陰に隠れたまま、オスカーに答える。


「……もうすぐ、父上がここに来ます」

「お前、また逃げ出して来たのか」

「……またって、人聞きの悪い……」




 その時、ゴーンゴーンとレイナルド邸の玄関ベルが鳴った。



何かを感じて、ハッとした顔をするエスター。

それを見てニヤリとするヴィクトール。

青ざめ、さらに椅子の陰に隠れるラディリアス。

どういうこと? と首を傾げるローズ。

片腕にティナを抱いたまま、皆を平然と見るオスカー。

腕に抱かれている事にすっかり慣れてしまったティナは、何となくこの先を察した。



 パタパタと足音が居間へと近づく中、ヴィクトールがエスターに告げる。


「二日やろう、客間を用意させてある。それ以上はダメだ」

「……何? どういう事ですか、父上……」


 パタンと扉が開き、最初に入って来たのはジェラルドだった。


「エスター様! 大丈夫なのですか⁈ 」

「あれ、ジェラルド? どうして君が慌ててるの?」

「……! やっぱり、おかしくなっている!」


「バロン、今の言葉も記録しておいてくれ」

「はい……」


 次にガイア公爵が入ってきた。

その場にいる皆に一礼すると、椅子の陰に隠れるラディリアスに声をかける。


「ラディリアス、それで隠れているつもりなのか」

「……父上」

「帰るぞ」

「……怒らない?」

「…………ここでは」

「ここでは⁈ 」


 マグディアスの言葉を読み取ったラディリアスは、椅子を掴んで離さない。

 とりあえず、バロンはラディリアスの様子も記録しておいた。



 そこにドロシーと一緒に、シャーロットが入って来た。


「エスター!」


 シャーロットを見るエスターの目は一瞬輝き、口元は柔らかくほころんだ。


 シャーロットが、駆け寄ろうとするより先にエスターが彼女のそばに行く。


「えっ……エスター、大丈夫なの?」


 エスターに、ぐっと腰を引き寄せられ、頬に手を添えられたシャーロットは、何が何だか分からなかった。




『エスター様は記憶を失くされている様です』


 そう聞いて、慌ててここに来た。

ジェラルドとドロシーと一緒に屋敷を出ようと準備をしていた時、ガイア公爵閣下が訪ねてきた。


「私も一緒に行こう。シャーロット嬢の護衛が君達だけでは何かと不安だろう」と言われ、四人でやって来た。




……けれど……⁈




 私を見るエスターの目は、どうしてなのか仄暗い光を宿している。


「エスター……?」

「どうやって此処まで来たの?」


何故か彼の声は低く冷たい。


「えっ……馬車で」

「まさか一人で?」

「ちっ、違うわ、ジェラルドさんとドロシーさんと、それにガイア公爵閣下も一緒に来てくださったのよ⁈ 」


 彼の事を心配して来たのに、叱られている様な気がするのはなぜ?


「屋敷を出ないと約束してたよね?」

「……でも、エスターが大変だって……」

「僕を呼べばいいだろう? ここまで来る間に何かあったらどうするんだ」


添えられた手がゆっくりと動き、シャーロットの頬を撫でる。


「何もなかったわ、ガイア公爵閣下もいたもの。何があってもきっと大丈夫だったと思う……」

「……そう」


 頬を撫でていたエスターの手は、耳の後ろに回り、慌てて来た為に乱れているシャーロットの髪を梳いていく。


「シャーロット……」


 甘い雰囲気( ⁈ )の漂い出した二人と、記録をするバロンを居間に残すと、ヴィクトールは他の皆を応接室へと案内した。

 椅子を握り離さないラディリアスは、椅子ごとガイア公爵閣下に運ばれた。




 二人きり( 記録中のバロンの事は別として) になった部屋で、エスターはシャーロットの額に額を寄せる。


「僕が心配で来てくれたんだ……」

「すごく心配したのよ。それに早く会いたかった……」


 フッと妖艶な笑みを浮かべたエスターは、バロンに告げた。


「僕が握っていた聖剣に、雷が二つ同時に落ちたんだ。雷が聖剣を通った事で衝撃が強くなり、記憶に影響が出たんだと思う。全ての記憶は、彼女を見た瞬間に完全に戻ったよ。それ迄に起こった事も話した事も覚えているし、体には何も異常は無い。ただ、すぐにでも彼女が欲しい、以上だ」

「はい、記録しておきます」


 バロンはエスターの話を書き記しながら、なるほど、と思っていた。

 今までの調べによると、竜獣人は『花』と触れ合う事で、体力を回復したり、力を増す事が分かっている。『彼女が欲しい』と言ったエスター様も多少、体力の消耗があられたのだろう。




「二日もらっているから」


 シャーロットの腰に添えられたエスターの手に、ぐっと力が入る。



「ゆっくり出来るね、シャーロット」

「……エスター、二日って何?」


 微笑むエスターの目は、蕩けるような金色に変わりシャーロットを、欲情を孕み見つめている。


「部屋へ行こう」

「えっ、屋敷には帰らないの? それに一応サラ様に診てもらった方が……」


「必要ないよ」そうエスターに耳元で甘く囁かれ、シャーロットは抱き抱えられた。





【 エスター様は、訳が分からないままのシャーロット様を抱き抱え、客間へと向かわれた。

そのまま二人は丸二日間出てくる事はなかった。

部屋の中では、甘い時間を過ごされていたに違いない】


「中々の文章だな、バロン」


 ヴィクトールは、バロンが記録した書類を受け取り、それを【竜獣人の特性】と書いてある箱の中へと入れた。


「雷で記憶を失う事があるとは知らなかったな……まぁ『花』がいれば問題ないか……だが、面白がって雷で遊ばない様に、子供のうちは気をつけさせないといけないな」


 バロンと話ながら、ヴィクトールは過去の自分を思い出していた。


 雷が鳴ると邸を飛び出し、落雷を受け光る体を友人に見せていた……。

ゲラゲラと笑う友人は、この国の王太子だった。今は王になっている。



「そうですね、ガイア公爵閣下にもお知らせしておいた方がよろしいと思います」

「そうだな、まぁラディリアスは実際に見たから分かったとは思うが、あの子達が『花』に会うまではまだしばらくあるからな……」



 ラディリアスが成人するまで後四年、その頃には私には孫が居るかもしれないな、とヴィクトールは一人、目を細めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガイア公爵家のチビッ子竜獣人達が可愛すぎです! オスカー様の話で出てきた時も可愛かったけど、ちょっと大きくなって更に生意気さに磨きがかかっているラディリアス君もいい! [一言] すみません…
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