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④ 好きの一言

 

 蜜月が終わった次の日から、オスカーは仕事へと向かう事になったのだが……


「いっ、嫌です」

「どうして?」


 玄関先で抵抗する私の腰を抱いたオスカーは、青い目を輝かせていた。

「ティナと離れられない」

「でも……」


 オスカーはレイナルド第三騎士団の隊長を務めている。

 朝から、オスカーのステキな隊服姿を見て頬を染めた私に、キスをした後「やっぱり離れられない。連れて行く」と言い出した。


「どうしてですか?」

「ティナが心配なんだ」

「心配? レイナルド邸にいるのに?」


 レイナルド公爵邸には、最強騎士ヴィクトール様がいる。不安要素は何も無いのに。


「いや、シャーロット嬢はそれでも攫われたんだ」

「ええっ! 攫われるって、どうやって?」

「……あの子は、そういう運命なんだと思う」


攫われる運命って……


「とにかく、今日は連れて行く。皆にもティナが俺の妻だと教えておこう」

「それは結婚式の時でいいと思うんです……」

「結婚式はまだ先だし、それまでにティナに誰かが手を出して来たらどうする? 俺は多分そいつを……」

 オスカーの青い目が鈍い光を放つ。

 そんな彼を見てティナは慌てた。


「わ、分かりました! 今日はついて行きます」


 手を出してくる人なんていないのに、オスカーの目に、私はどう映っているんだろう?



 私はその日、彼の職場に行く事になった。

オスカーが隊長を務めるレイナルド第三騎士団の隊舎は、レイナルド公爵邸から一時間ほど離れた場所にある。


「うわぁ……マジっすか、こんなに印付けられまくって……うわぁ、隊長の愛が重い」


 獣人騎士のイザックさんは、オスカーの片腕に抱かれている私を食い入るように見ている。


「俺のティナを見るな、イザック」

「いや、見せ付けるために連れて来たのは隊長でしょう⁈ それに片腕にティナ様を抱いたままで、どうやって仕事するつもりですか?」


 オスカーは椅子に腰かけ私を膝の上に抱き、片手にペンを持ち書類にサインをしていた。


「俺には出来る、出来ている」

「イヤイヤ、今はサイン書いてるだけですからね。それに隊長は良くても、ずっとこの状態じゃティナ様は嫌だと思いますよ? だって顔真っ赤です。誰だってこれは恥ずかしいと思います、ねぇ? ティナ様」


「……そうなの?」

オスカーは悲しそうな目で私を見つめる。


「……少し……だけ」


そんな顔されたら、めちゃくちゃ恥ずかしいとは言えなくなってしまった。


「じゃあ問題ないね」


 クスッと笑ったオスカーは私の頬に軽くキスをすると、何事もなかったように書類に目を向ける。

そのさりげない仕種に慣れない私は恥ずかしくてさらに頬を染める。


 そんな二人を見る、イザックとその場にいた騎士達は、上辺では呆れた顔をしていたが、隊長であり友人でもあるオスカーの幸せそうな姿に、心から喜んでいた。






 オスカーはそれからも頻繁に私を連れて外に出た。

その間、ずっと片腕に抱かれている私は恥ずかしくて仕方ない。


 プロポーズで、彼は確かに離さないと言ってくれた。

でも、それは心をだと思っていた。

まさか本当に離さない、だったとは……


 私を仕事に連れて行けない日( ヴィクトール様が一日中邸に居られる日) は、 必ずと言っていいほど、プレゼントを買って帰ってきてくれた。


 女性騎士達から聞いた人気のお菓子や、警護先の町で人気のアクセサリー、服や靴まで。


 仕事から帰ると、オスカーは真っ先に私を抱きしめる。

それから彼はひと時も私を離そうとしない。

まあ、しばらくすればいくら『花』とはいえ、こんな風にしてはもらえなくなるだろう、そう思っていた。


 毎日のように語られる愛の言葉。


「好きだ、ティナ」


 そう言って、せつなげに私を見つめるオスカーの金色の瞳が、日を追うごとに不安げに揺らいでいるように見える。


……どうしたんだろう?


「私も好きです」

告げようとする唇は、いつも言葉を発する間もなく奪われてしまっていた。




ーーーーーー*




 それは結婚式を一週間後に控えたある日


「じゃあ、父上ティナを頼む」


 ヴィクトール様にそう言った後、オスカーは私の頬にキスをすると仕事へと向かった。



 ヴィクトール様は今日一日は邸で仕事をされる様だ。


彼を見送ると、ローズ様が待っていたように声をかけられた。

「ティナちゃん、私とお茶にしましょう!」

「はい」


 玄関にある庭でローズ様とお茶をすることになった。

前もって計画されていたのか、すぐに白い小さなテーブルと椅子が2脚用意される。


席に着くと、カミラさんが紅茶とクッキーを出してくれた。


「さあ、温かいうちにいただきましょう」

「はい」


 少し緊張しながら、カップを手に取りコクリと飲んだ。


 目の前に座るローズ様はオスカーのお母様だ。元は伯爵家の御令嬢で、さらに元騎士(本当?)なのだと聞いた。

いつまでも少女の様に可愛らしく、美しい人。


 オスカーと同じ、煌めくような青い目が何かを言いたげに私に向けられる。

いつも思った事はハッキリと言われるローズ様にしては、珍しい。


「あのね……ティナちゃんはオスカーの事、どう思う?」

「……え?」


オスカーの事? どう思う?とは……⁈


「好きよね? 好きなのは分かるの『花』だから、魂が引かれ合うのだから。あのね私は、ヴィクトールの事は以前から知っていて、憧れていたから『花』だと分かった時は嬉しかったの。エスターのお嫁さんのシャーロットちゃんもね、いろいろあって好きになってから結ばれたから……でも、ティナちゃんは本当に急だったでしょ?」


ああ、そうか……ローズ様達には言っていない。

オスカーが私の初恋だという事。


「実はね、オスカーったら気にしているの。自分が一方的に好きになって、あなたを捕らえているんじゃないかって。私は、ティナちゃんは、ちゃんとオスカーを好きになってるわよって言うんだけど……」


「オスカーって時々、自分勝手に思い込む所があるのよね」と話ながら、ローズ様は紅茶に入れたスプーンをクルクルと回していた。


「……実は」


私が話し始めると、ローズ様とカミラさんが耳を傾けた。


「私がはじめて彼を見たのは、5歳の時の『氷祭り』の夜なんです」

「ティナちゃんが5歳の頃?」

「はい、私は姉と弟と3人で店の2階にある小さなベランダから通りを見ていました。そこに皆さんが歩いて来て……」

「それで、それで⁈ 」

「その時、オスカーが不意に私の方を見上げて……目が合ったと思った私は、勝手に恋に落ちてしまいました」

「キャアアッ! 本当⁈ 」

「はい、でも当時私はまだ5歳です。彼のことはすぐに忘れると思っていましたが……なぜかずっと忘れられずにいました」


「まあっ……じゃあ、オスカーが初恋なのね! 」


ローズ様とカミラさんは嬉しそうに笑っていた。


「はい、だから私は彼の『花』だったことが、とても嬉しいんです。今も夢じゃないかと思うぐらい……」


初恋の人に好きになってもらえて、愛されている。

未だ信じられない気持ちでいっぱいだった



 その時、フワリと後ろから抱きすくめられた。

さっき出て行ったはずのオスカーが私の肩に顔を埋める。


「ティナ」

「オスカー……仕事に行ったんじゃなかったの?」


 もしかして……ずっと聞いていた?


「ティナ、今の話は本当? 俺を好きだった?」

オスカーの声は今にも泣き出しそうだった。


「あのね……」

「他のヤツは、一度も君の心に入り込んでない?」

「……うん、私はずっとオスカーだけを想っていたの」

潤んだ青い目が私を見つめる。


「オスカー、あまり長くは休むなよ、息子達が休んでばかりでは私の立場がないからな」


 いつの間にかローズ様の横に立たれていたヴィクトール様が、オスカーに告げると「はい、なるべく」とだけ言って、彼は私を抱き抱え部屋へと戻った。



「どうして、今まで言ってくれなかったの?」

「言おうとする度にオスカーが……キスするから、言えなくて……」

「俺……のせい?」

「そうじゃないの、私が……」


 コントロール出来る様になっているオスカーの目の色が、凄艶な青から欲を孕んだ蕩けるような金色へと変わる。


「だから、その目で見つめられると……」

「ティナ」


 嬉しそうに微笑みながらオスカーは私に口づける。

幾度となく交わされる口づけに、私はまた言葉にできないまま呑まれていく。


 オスカーは不安だったと教えてくれた。

いつも離れずにいたのも、たくさんのプレゼントも、自分自身の不安を埋める為の行為だったと教えてくれた。

( とは言え、この後も彼は常に私を離さず、プレゼントもよく買ってきてくれるのだけれど……)



『好き』たった一言を伝えたいのに

蕩けるような金色の目に溺れてしまう私は、上手く言葉を告げられない。


「オスカー……好き」


 降るような口づけの合間に、焦がれるように告げた「好き」という声は「ありがとう」と微笑みを浮かべた彼の中へと呑みこまれていった。




ーーーーーー*




ヴィクトールは書斎で何やら書き留めていた。


 【 竜獣人と『花』について 】


「何か新たに判ったのですか? ヴィクトール様」


 散らかった紙をまとめながらバロンが尋ねる。

ペンを止め、顔を上げたヴィクトールはニヤッと笑った。


「ああ、どうやらオスカーは子供の頃、無意識のうちに『(ティナ)』を捕らえていたようだ。どうやら自分以外に心が向かない様にしている」

「それは……何故、無意識なのでしょうか?」

「子供だからじゃないのか? 自覚があれば、印を着けたかも知れない。だが、印は子供でもつけられるが、それ以上の事はさすがに出来ないからな。あの、体の奥底からくる衝動は、何年も抑えつけられるものではない。だから成人の頃にしか巡り会えないのだろうな」


 確かに、竜獣人の印は口づけで付けることが可能だ。体のどの部分でもかまわない。だが、子供に印が付いていれば、それを見た獣人からどう扱われるか分からない。……とバロンは思った。


「それでは、どうしてお二人は、成人してからお会いするまでに時間がかかったのでしょうか?」

 

 この国では16歳で成人となる。しかし二人が出会いを果たしたのはオスカー様が19歳、ティナ様は18歳になってからだった。


「うーん、そこがよく分からないんだ。『花』である彼女が避けていたのかもしれない、オスカーが公爵令息だったから……かな?」


 身分の差、そうだろうか? 今までも身分差のある竜獣人と『花』はいらっしゃったはずだ……。


「オスカー様がエリーゼ王女様の婚約者、とのお噂があったせいかもしれませんね」

「………そんな噂があったのか?」

「はい、レイナルド公爵家にはたくさんの噂がございます。ヴィクトール様のもありますが、聞かれますか?」


その言葉にヴィクトール様は一瞬興趣をそそられた様だった。


「……いやいい、噂は所詮噂でしかない」


「はい」


「まあ、詳しくは二人に聞いてみる事にしよう。あと二、三日は部屋から出て来んだろうがな」

「そうでございますね」

二、三日で済めばいいのだが……結婚式は一週間後、その二日前には出て来てほしいところだ。


「……まったく、だいたいオスカーがちゃんと彼女に話を聞けばよかっただけだろう? アイツはローズに似て気短な所があるからな」


クッ、と含み笑いをしながら話すヴィクトールに、バロンは平然と告げる。


「オスカー様はヴィクトール様にもよく似ておられます」


その言葉に、ヴィクトールは首を傾げた。


「どこがだ? アイツはローズ似だろう?」

「……我慢が出来ないところ、です」

「……言うようになったな、バロン」

「恐れ入ります」


 書き終えた紙を机の引き出しに入れると、ヴィクトール様は書斎を後にローズ様の下へと向かわれた。

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