③ まさか……
今から何をするのかは分かる、分かっているけど……
「オスカー様……もしかして、私達は一緒にお風呂に入るのですか?」
「ん? ああ、そのつもりだけど……後からにする? でもそれだといつ頃入ることになるか分からないし、とりあえず先に入ろうよ、せっかくカミラが用意してくれているし」
え? 後から? いつ頃? 一緒に入ることは決まってる?
「い、いえ、そうではなくて」
「まさか……別々に入るって言うの?」
「その、まさかです」
「マジで……?」
項垂れしゃがみ込むオスカー様
さっき迄一つに結んでいた長い髪が解かれていて、サラサラと背中に広がった。
「やっぱり急すぎる? いくら魂が引かれ合うといっても、まだ会って間もないし、『花』だから俺のことを好きになっているはずだけど、結局は俺が捕らえてるだけだからね……」
「ちっ、違います」
「違わないよ、君をみる俺のこの金の目は『花』を捕らえて溺れさせる効果があるんだよ」
「違う、違うんです」
立っている私を、見上げるオスカー様の目は蕩ける様な金色。
「あの……」
「じゃあ、キスだけ」
そう言うとスクッと立ち、私の顎に指をかけた。
今度は見下ろしてくる、甘く凄艶なオスカー様の顔にクラクラしてくる。
「キス、したことある?」
ちょっと意地悪そうな声でオスカー様が聞いてくる。
「ありません」
私の答えに嬉しそうに目を細めるオスカー様。
「オスカー様はあるんですか?」
私が聞かれたから聞いただけだったけど、彼は気まずそうな顔をした。
「ある、した……というか、された。ごめんね」
「いえ……その、別に謝らな」
何がキッカケなのかよく分からないけど、オスカー様は急に唇を重ねてきた。
優しい唇が、チュ、チュと重なっては離れる。
「は……」
( 話をしましょう)と言うつもりで、口を開いたのに、そのまま深く口づけられた。
重なり合う唇から、彼が私を求めているのを感じる
「ティナ、好きだ」
口づけの合間に何度も告げられる愛の言葉
蕩けるような金色の目に見つめられ、私はただ、彼のキスに溺れていった。
『花』と言うものが何なのかよく分からないけれど
重なる唇は熱く、触れ合う場所から熱を感じ、体は彼を求めてしまう。
「ティナ」
耳元で甘く囁かれる声に、体の奥底に熱を感じる。
「オスカー様……」
オスカー様はキスをしながら、あっという間に私の服を脱がせ、気付けば一緒に湯船の中にいた
乳白色の湯に浮かぶ赤い薔薇の花びらが揺れる。
チャプン……チャプン……
「ティナの髪は細くて柔らかいね」
「あっ……」
「すごくキレイだよ……ティナ」
「んんっ……」
チャプン……パシャ……
「……っ……んんっ」
「ごめん、ちょっと付けすぎたかな、白い肌が赤くなったね」
背後に座るオスカー様が、私の背中に口づけを落とす。
その唇が触れるたび、体の奥深くに熱が生まれる。
「オスカー様……もう……」
「ティナ、オスカーと呼んで欲しい。俺はもう君の物なんだから」
「でも、オスカー様……」
「ダメ、オスカーって呼ばないと……」
さらに体中に甘いキスが落とされ、浴室に淫靡な音が響いた。
もうそれだけで、私はくたくたになったのだけれど……
私は知らなかった。
竜獣人がほとんど眠らなくても平気だってこと。
体力が無尽蔵だということ。
そして『花』と結ばれると、その力は増すのだということ……
「ティナ、これ飲んだことある?」
慣れないことに疲れ切り、しどけなくベッドで横になる私の頬を優しい手で撫でながら、オスカーは茶色い小瓶を見せてくれた。
知らないと小さく首を振ると、彼はそれをクッと口に含み、私に口移しで飲ませる。
「んっ……」
コクン
「あ、美味しい……これ、何ですか?」
尋ねた私にオスカーは妖艶な笑みを見せた。
「回復薬だよ。エスターが差し入れてくれたんだ。30本あるけど……俺はちゃんと、ひと月半で終わるから」
「ひと月半って……」
獣人には『蜜月』と呼ばれるものがある。
聞いた事はあったけど、それが何を意味するのか正直なところわかっていなかった。
それから私はほとんど眠ることの許されない、甘くせつない昼夜を過ごすこととなる。
「好きだ」
オスカーが耳元でせつなげに囁く
『私もずっと前から好きでした』
伝えようと口を開き発する声は、最初の言葉を伝える間もなく彼の熱い口づけに何度も呑まれてしまい、結局蜜月が終わるまで、一度も伝えることは出来なかった。
ーーーーーー*
ひと月半が過ぎ、彼は凄く残念そうに『約束だから』と部屋を出た。
すぐにカミラさんと、治癒魔法士のサラ様がやって来て治癒や体の手入れをしてくれた。
「うん、大丈夫よ。シャーロットさんの時はそれは大変だったけど、オスカー様はちゃんと我慢出来たみたいね」
サラ様が笑いながら話してくれた。
どうやら弟のエスター様は『花』と出会った後、一週間お預けをくらい、その後暴走した……と、だからオスカー様には『待て』はしなかったらしい。
暴走って何?
ーーーーーー*
蜜月は瞬く間に過ぎ去った。
エスターが言っていたな……
『足りない』
あの時はエスター凄いな、ぐらいにしか思っていなかったが、実際……足りない。
ティナが足りない。
こんなにも『花』といる時間が幸せだとは思わなかった。
一緒にいるだけで体の奥から力が溢れる。
出来ることなら、ずっと抱きしめていたい。
愛を囁き、口づける度に、恥らうティナが可愛くて……
ただ、俺には不安がある。
俺は竜獣人だ。『花』はただ一人の愛する人。
魂が求める、心の底から好きだと欲しいと感じる相手だ。
でも、ティナは……?
初めて会った時、本当はどう思っていたんだろう……
互いに求める関係だから俺を好きになってくれる。
今は、好きになってくれている。……と思う。
けれど、最初は明らかに戸惑いが見えた。
俺は、自分の欲に任せて、無理に彼女をこの目を使って捕らえただけではないのだろうか……
『好きだ』と何度伝えても、ティナからの言葉が返って来た事はない。
ティナ……
こんな風にひと時でも離れると、俺は不安でしょうがない。




