僕をあげるね
エスターに体力を注がれているシャーロットは、体は動かないが意識はあった。
エスターが唇を重ねたと同時に、冷たい体の奥にある何かが、溶かされ潤っていく感じがした。
触れるだけのキス。
それで十分だったのだが、急に深く口づけされ、なぜか裸にされ抱き締められた。
( 服は脱がせないといけなかったの?)
その上、エスターはいつものように体を撫でまわす。
体は動かせないが感覚は……ある。
目が開かないせいなのか、いつもより敏感なほどあった。
( ……エスター)
彼の手が触れる場所から、体が熱くなっていくのを感じる。
( はっ……もしかして、エスターはこうした方が早く回復すると、分かってやっているのかも……)
だが必要以上に、口づけはどんどん深くなる。
体を触れる手の動きも、何だかあやしい……でも、それは私の考えすぎだ。
彼は心配してくれて、私の為に目の色を変えるという大変な思いまでして、体力を注いでくれているんだから……
…………でも
……それでも、胸を触るエスターの指先の動きには、何か違うものを感じてしまう……
( ……ダメ、そんな風に思っては……)
体力を注がれてから、まだそれほど時間は経っていないが、体は十分熱くなった。
指先に力を込めると、動かす事が出来た。
「……ふっ……」
声も出た。
……手も動く。
薄っすらと目を開き、私のお腹を撫でていたエスターの右手をつかんで、もう大丈夫だと伝えた。
体はすでに熱いほどだ。
気づいていないのか続けられるキス。
もう一度エスターの手をギュッとつかんだ。
鮮やかな赤い瞳が一瞬開き、私を捕らえたような気がしたが、キスは続く。
(あれ? ジークさんは動けるようになるまでって言っていたよね⁈ )
さっき目が合ったよね? 手をつかんでいるのに気づいていないの?
そう思っていた私の手は、逆に彼につかまれて抑えられた。
「あっ……あぁっ……」
( エスター……もう大丈夫だよ)
キスの合間に声を漏らすけれど、彼は聞こえていないかのように深く入ってくる。
空いている彼のもう片方の熱い手が、私の体の上を冷たい場所がないか探すように執拗に撫でていく。
「はっ……」
激しすぎる口づけに息が苦しくなってきて、彼が角度を変えた瞬間に、我慢出来ず顔を逸らした。
「はっ……はあっ……」
息を整えながらエスターを見上げた。
輝く宝石のような赤い目が私を熱く見つめている。
「シャーロット……よかった……」
せつなさのこもった目で私を見つめた彼は、なぜかそのまま、またキスを落とす。
「ん……っ……はっ……あっ……」
「たくさん僕をあげるね……」
耳に囁かれる嬉しそうな彼の甘く掠れた声が、すでに熱くなった体の奥を更に熱していく。
(僕って……体力の事?)
さっき迄とは違う動きをする彼の熱い手が、体の隅々まで触れる。
(待って……もう……)
明かりの灯る部屋の中に、淫らな口づけの音が響いていた。
そのまま、口づけは幾度となく身体中に注がれていく。
「……もう……ダメ……」
「まだ、ダメだ」
体は十分に回復している。
いや、いつもより元気だと思う。
だからなのか、余計に感じてしまっている。
これは、体力を与えてもらっているだけの行為なのに……
ただ、私に体力をくれているはずのエスターの目は金色の目の時よりも、余裕を持ち欲を孕んでいる。それに、いつもよりもっと元気な気がする……?
「エスター……も……ああっ……」
彼の手は止まる事なく、口づけは続けられる。
時折強く吸われる肌がチリと痛む、その度に「ごめん、つい夢中になって……」と舌で舐められた。
繰り返される愛撫に、いつもならとっくに疲れ果てているはずの私の体は、全く疲れる事を知らない。これが、彼の体力をもらったせいなのだろうか……考える暇もない程に、私はただ彼の愛情を受け入れていた。
「ああ……っ……」
「シャーロット、あまり声を出すと気づかれる……がまんして……」
「…………⁈ 」
囁くエスターの、妖美な赤い瞳が私を見つめる。
その熱欲の孕んだ視線に、私の体は粟立った。
頭の先から足の爪先まで落とされる、熱い唇がもたらす快楽に身を捩る。
我慢できずに、せつなく漏れ出す声は、彼の唇に甘く塞がれた。
カーテンの隙間から薄っすらと光が差してきた。
「シャーロットも疲れないっていいね……まだたくさん僕をあげるから……」
赤い目は輝きを増し、背中にキスが降ってくる。
「……っ……ああっ……エスター」
私の口から堪えきれず漏れる嬌声が、扉の向こうにも聞こえたのだろう。
ドンドンドン! と扉が叩かれた。
「開けますよっ‼︎ エスター様っ!」
すぐにサラ様とドロシーが部屋へ入ってきた。
「キスだけですっ! 治療なのよっ! もうっ、これだから竜獣人は!」
はっ、恥ずかしすぎる……
真っ赤になり、顔を両手で覆い隠す私の横で、青い目に戻ったエスターは、髪を掻き上げ平然とした顔で二人に告げた。
「僕は体力をあげていただけだよ?」
サラ様とドロシーの冷たい目がつき刺さる。
エスターの言葉は全く説得力が無かった。
なぜなら二人とも、服も着ておらず、髪は乱れ、私の体には赤い花びらのような痕が、あちらこちらに散らされていたのだから……。
ーーーーーー*
氷祭りの夜、エリーゼ王女と思いを交わしたジークは、エリーゼと夜空を飛んでいた。
青い鳥の魔獣の上に布を敷き、四隅をピカリムに持ち上げさせて乗せると、エリーゼはとても喜んだ。
( ピカリムを見て目を輝かせている……かわいい……) ジークは、素直に甘えてくるエリーゼが可愛くて仕方なかった。
空の上で何度もキスをしていた時、エスターが乗って行った黒い鳥の魔獣が戻って来て、何やら伝えてこようとする。
「ギャァギャァ!」
「…………」
魔獣の言っていることは、魔獣術師でも分からない。
ジークがキョトンとしていると、魔獣はクチバシでジークの髪を引っ張った。
どうやら、来いと言っているようだ。
仕方なく、エリーゼを城へ送り届けてすぐに、黒い鳥の魔獣に乗って行くと、そこには意識のない傷だらけのシャーロットちゃんを抱いて、馬車へと乗ろうとするエスターがいた。
ジークは一緒に馬車に乗り、エスターから事情を聞いた。
屋敷に着くと、すぐ後から来た治癒魔法士サラ様が、シャーロットちゃんに治癒魔法を施した。
しかし、傷は癒せたが目覚めない。体も冷たいのだと言う。
……そこであの方法を思い出した。
魔獣に傷つけられた、『花』に、己の体力を与える事が出来たという、竜獣人の赤い目。
出来るかは半信半疑だったが、エスターくんはやり遂げた。後は口移しと書いてあったから、キスだろうと思い彼に告げた。
それを試させている間に、ある事を調べようと考えて、エスターの屋敷にサラ様を残し、一旦自宅へある物を見るために帰った。
部屋の本棚にある、数冊の古い日誌を取り出し、朝まで熱心に読んだ。
「やっぱり……確かめてみよう」
朝、ジークはレイナルド公爵邸に向かった。
オスカーに『花』であるティナ嬢と共に、実験に協力してくれと頼むと、二人はすぐに頷いた。
しかし、ローズ様が「大切なお嫁さんにそんな事はさせられないわっ! 私が行きます」と言いだした。
「俺は別に誰と行っても構わないよ」と、オスカーが同行しようとすると、今度はヴィクトール閣下が現れて「ローズは私の『花』だから私が同行する」と言い、三人で城の訓練所に向かうことに決まった。
城へ行こうとすると、ローズ様が持っている隊服を着て行くと言い出し、しばらく待った。
隊服を着て現れたローズ様を見たヴィクトール閣下が、目を輝かせている。
……嫌な予感がした。
「ジーク、我が公爵家の料理は美味しいと評判なんだ」
突然、ヴィクトール閣下がそんな事を言い出した。
「……はあ」
( なぜそんな話を?)
「食べていくだろう?」
王国最強騎士の鋭い目がキラリと光る。
「……いや、また今度」
( 俺、朝からはあまり食べないんだけど)
「食べるよな?」
有無を言わせない、冷たい銀色の目に見つめられる。何もしていないのに、背筋の凍る思いをした。
「……はい、いただきます」
「ゆっくり食べるといい、デザートも絶品だからな」
ヴィクトール閣下はそう言うと「ちょっと、ヴィクトール何するの⁈ 」と慌てふためくローズ様を抱えて、部屋へと戻って行った。
俺は用意されたフルコースを食べ、さらに別に用意されたデザートまで食べた。
「くっ苦しい……」
( 何で朝から肉料理ばかり出るんだよ…… )
半日が過ぎた。
レイナルド邸の玄関にある庭園で、俺は二人を待った。
ウトウトとしていると、公爵家の執事が「シャーロット様が目覚めたと連絡がありました」と教えてくれた。
すぐに行きたかったが「こっちの用事が済んだら行きます」と伝えてくれるように頼んだ。
エスター……めちゃくちゃ早くないか?
そんなにすぐに目覚めるのか? 体力を注ぐのは簡単な事じゃないはずだ。
いや……書いてあった事が、間違っているのかも……それとも俺が読み間違えたのかもしれない……
しかし……遅い。
俺はこの国に三人しかいない、稀代な魔獣術師なんだ。それも術師の力は一番強い。
暇じゃない。
だが、待たされている相手はレイナルド公爵閣下だ。
仕方ない、文句を言っても勝ち目は無いし……もう少しぐらい待つさ。
*
俺が城で召喚訓練を行なっていた頃、竜獣人はガイア公爵閣下とオスカーしか呼ぶ事が出来なかった。
オスカーと訓練を行った後、竜獣人とは訓練を禁止すると通達があった。
召喚訓練は、騎士達の訓練も兼ねていたからだ。なるべくなら、多くの騎士に訓練を受けさせたい、それに、本来強い彼等には訓練は要らないと言う事だった。
だから、実は少し楽しみにしている。
ヴィクトール閣下の実力を、この目で見る事が出来るから。
日が傾く前に、ようやく現れた満足気なヴィクトール様とローズ様と共に、俺は城へ向かい実験を始めた。




