彼女の意外な一面
お茶会の会場に指定されていたのは、城の北東にある建物だった。
メイドをしていた頃に一度、掃除をする為に入った事があるが、ここは昼間でも薄暗く、中はヒンヤリとした空気が漂う何だか怖い場所だった。
今は殆ど使われていない建物の中は、大きなホールが一つと、たくさんの小部屋がある。
今は亡き先代の王妃様が、夜会やパーティーに使っていたのだと聞いていた。
建物の前の広場に、三十人程の令嬢が集まった。
「あら、シャーロットじゃない!」
明るいその声に振り向くと、其処にいたのは、レオン・ドルモア伯爵と結婚したソフィアだった。
叔父が、ドルモア伯爵にお金を貰う時に婚約の手続きを済ませていた為、ソフィアは直ぐに婚姻を結ぶ事が出来ていた。
「ソフィア……何だか凄く変わったのね」
彼女にこんな風に声を掛けられたことなど初めてだ。
ソフィアからは、以前のツンとした冷たい感じは無くなり、柔らかい印象がする。
「そうね、私変わったわ。本当に愛されるという意味を知ったから、シャーロット……あなたのお陰よ」
「私の?」
「そうよ、あなたの代わりにレオンのお嫁さんにして貰ったんだもの……」
「代わりだなんて……」
ソフィアは叔父夫婦に大切にされていた。
私にはそう見えていた。しかし彼女は、世間体ばかりを気にし、自分の事とお金にしか関心のない両親の顔色を常に伺っていたのだと話た。
抑制された感情を、両親が私を罵るのに乗じてぶつけていたと、あの頃は本当にごめんなさい、と彼女は私に言った。
「レオンは私を大切にしてくれるの。ちゃんと話も意見も聞いてくれる。お姉様達も同じなの。それでね、結婚披露パーティーだけの予定だったけど、やっぱり式もしようって言ってくれて……」
そう、恥じらいながら話すソフィア。
もっと早くに彼女のこんな一面を知る事が出来たなら、私達は仲良しの姉妹になれたかもしれない。
私達が話をしていると、ワラワラとメイド達が現れた。残念ながら知っている顔は一人もいなかった。
彼女達は令嬢達を次々と建物の中へと通し、それぞれを部屋へと連れて行く。私とソフィアも別々の部屋へと通された。
「まずはコレにお着替え下さい、それからこの仮面を着けていただきます」
人形の様に表情の無いメイドが、壁に掛けてある真紅のドレスを指し示す。
「あの、必ず着替えなければならないのですか?」
「はい、本日のお茶会では、皆さまにこちらを着て頂く様にと、王女様から仰せつかっております」
抑揚のない話し方で言われ、私は仕方なくドレスを着替えた。
真紅のドレスに着替えると、仮面を手渡された。赤い羽根の着いた目元だけを隠す仮面を着けると、ようやくホールへと通された。
ホールに、同じドレスを身に纏い仮面を着けた令嬢達が集まった。
違うのは髪の色と少しの体型の差だろうか。
少し離れた場所から、金髪の令嬢が近づいて来た。
「シャーロット、ちょっとコッチに来て」
その令嬢はソフィアだった。彼女は私の腕を取りホールの隅へと行くとヒソヒソと話を始める。
「コレ、おかしいわよ」
「やっぱりそうなの?」
「仮面を着けたお茶会なんて、今まで聞いた事ないわ。それにドレスまで着替えさせるなんて……見てよ、髪の色以外見分けがつかないじゃない」
「……ソフィアはよく私と分かったわね?」
私と同じ茶色い髪の令嬢は半数ほどいる。同じくらい金髪の令嬢もいて、私にはどの令嬢がソフィアなのかは分からなかった。
「わ、分かるわよ、何年一緒に住んでいるのよ」
「だって、いつもあんなに……」
( 私の事、怒ってばかりだったのに……)
「嫌だって思うものほど気になって見ちゃうもんでしょ」
きまりの悪そうな顔をして話すソフィア。
今日は彼女の意外な一面ばかりを見ている気がする……。
二人で話をしていると、ホールの両開きの扉がギィと音を立てて開いた。
そこから黒い仮面を着けた男性が何人も入ってくる。
皆、黒いタキシード姿で、背格好も同じようにみえる。令嬢達と同じく髪の色でしか見分けがつかない。
「えっ……!」
驚いた声を上げたソフィアは、私の腕を掴み急いで令嬢達の輪の中へと入った。
「ちょっと、困るわ、レオンは他の男性の匂いをとても嫌うのに! 女性だけだというから私は来たのよ!」
そう言っている側から、男性達は次々と令嬢達の手を取っていく。彼等は流れてきた音楽に合わせ踊りはじめた。
「私、帰るわ」
「えっ、ソフィア待って」
会場を出て行くと言ったソフィアは足早に去り、人混みに紛れてしまった。
探そうと見回すが、ホールは令嬢達と入って来た男達、先程私達を案内したメイド達と、いつの間にか用意された軽食や飲み物を給仕する人等で溢れかえっていて、ソフィアが何処に居るのか全く分からなかった。
( どうしよう……)
一人になった途端不安になってしまった。
私は、こういった場所に来るのは初めての事だった。不安と人の多さに緊張してしまう。
しばらくすると再び扉が開いた。
音楽がピタリと止み、踊っていた者達も皆、そちらに目を向けた。
そこから、エリーゼ王女様とマリアナ王女様が、二人同じ青いドレスを着て登場された。
優雅に微笑み挨拶をされるお二人に、皆拍手を送っている。
エリーゼ王女様が手を挙げると、ピタリと拍手は鳴り止んだ。
「本日は急にお呼び立てしたにも関わらずよく来てくださいました。実はお茶会とは名ばかりの、出会いの場を設けさせていただきました。最初は誰しも恥ずかしいものでしょう? だから仮面を着けて貰う事にしましたの。コレなら素顔がわからない分恥ずかしくもなく、内面から知り合えるのではなくて? うふふ……」
エリーゼ王女様は楽しそうに話をされた。
「此処にいらっしゃる殿方は、身持ちのしっかりとした方ばかりです。私達が紹介するのですから、令嬢方も心配せず、お話されてね」
可愛らしい声でマリアナ王女様が話終えると、再び音楽が流れ始めた。
王女様達は近くにいた男性の手を取り、話を始められた。
出会いの場なんて聞いてない、ただのお茶会ではなかったの?
私には婚約者がいる、こんな場所にいる事を彼が知ったらどう思うか……。
何とか私も帰らなければ、とホールの奥にあるもう一つの扉へと向かった。
( 確かこちらから庭の方へ抜けていけるはず……)
人混みを避けながら向かっていると
「私と踊って頂けますか?」
黒髪の男性に声をかけられてしまった。
「いえ、私は……」
断ろうとする私の手をスッと取り、あっという間に腰に手を回された。瞬間に体を嫌悪感が襲う。
「あの、困ります。私……」
「一曲だけ、ねっ、可愛い人」
「か、可愛くなんて……それに私、踊れません」
嫌がる私を連れて、男性は楽しそうに踊る人の輪に入っていく。
「では、私に任せて」
「ちょっと待って」
「大丈夫ですよ」
抵抗も虚しく、私は軽々とステップを踏む男性と踊ることになってしまった。
エスターともまだ踊った事がないのに、こんな仮面を着けて、顔も分からない人と踊る事になるとは……。
「上手ですよ、踊れないなんて嘘だね」
一つ曲が終わり、ようやく手を離してもらえた。
私はすぐに男性から離れようとしたが、またすぐに手を取られてしまう。
「飲み物でもいかが? 何をそんなに急いでいるのかな?」
男性は、近くにいたメイドが運んでいた飲み物を取ると、私の手を引いて壁際へと移った。
「はいどうぞ、喉渇いているでしょう?」
差し出された飲み物は、赤く澄んだ色をしていた。
初めて見る色の飲み物だ、見れば周りの令嬢達も同じ物を飲んでいる。
「みんな飲んでいるよ?」
「はい……」
喉が渇いていた私はそれを受け取り一口飲んだ。
ほんの少しだが、ザラリとした物が喉を通る。
なんだろう、嫌な感じがする……。
そのまま飲まずに手に持っていると、男性が話しかけてきた。
「私はカイン……子爵だよ。よければ君の名前を教えてくれないか?」
「私……」
子爵……王女様達は身持ちの確かな方たちだと言っていた。聞かれれば答えない訳にはいかないだろう。もし、誰かに名前を聞かれるような事があればレイナルドを名乗る様にと、出掛ける時にローズ様に言われていた。
「シャーロット・レイナルドです」
「レイナルド……へぇ」
カイン様はなぜか口角を上げる。
レイナルド公爵には娘はいないことは誰もが知っている。それならば、私がどちらかの婚約者だという事は分かったと思う。
「それ、飲まないの?」
カイン様は私が手に持っていた飲み物を指差した。
「甘すぎて……」
「そう? じゃあ私にくれる?」
彼は私の手から飲み物を取り、それを一気に飲み干すと べ、と舌を出した。
「うわ、確かに甘いね。それにコレは何か入っているようだ」
やはり、そうだったのか……少し飲んでしまったが大丈夫かな……。
男性は、「お水を貰おう」と言うと、メイドに水の入ったグラスを持って来させ、私にも渡してくれた。
カイン様が先にくっと飲んだ。
「大丈夫、ただの水だよ」
それを見て、私も一口飲む。
確かにお水だ、私はグラスの半分程を飲んだ。
カイン様は私が飲んだのを確認すると、ふふっと笑みを浮かべた。
…………?
「ねぇ、君はレイナルドの『花』だろう?」
「え……なぜそれを?」
『花』の事は獣人、それも成人を迎えた、ある一定の者しか知らないはずの事だった。
「実はね、この茶会は君を捕らえるためだけに開かれているんだよ」
「捕らえる⁈ 」
「マリアナ王女様はまだ、エスター令息を諦めてはいないらしいよ」
「そんな……」
「君がいなくなれば、と考えているようだ。彼女も諦めが悪いね。そして君も運が悪い、彼女に目を付けられてしまったんだから」
「あなたは、私にどうしてそんな事を教える……の」
「私? 知りたい? 知らない方がいい事も世の中にはたくさんあるのに……」
彼が最後に口にした言葉は、私の耳には届かなかった。
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カインは眠ってしまったシャーロットの肩を抱くと、マリアナ王女に目を向ける。
大きく頷きほくそ笑む王女に、軽く頭を下げた。