飛びました
ああ、私はやっぱり運が悪い。
絶望的な状況の中、私はそう思っていた。
今、私は魔獣に背中を引き裂かれ空中を飛んでいる。
とんでもなく痛いはずなのに、何も感じない体。
飛び散る血が鮮明に見える。それに何故かゆっくりと時が過ぎているような気もして。
このまま私の人生は終わるのかしら……。
この怪我では助かりそうもない。それにここから落ちて命があるとは思えない。
でも……。
こんな絶望的な状況なのに、今、ちょっとだけ良かったと思ってる。
私を助けようと必死な顔で手を伸ばしている人がいるのだ。
それもこれまで見た事ないぐらいの美少年。
キラキラ輝く銀色の髪。
青空のような目が私を見てる。
よかった。
シャーロット・ディーバンとして生きてきた私の人生の最後に目に映ったのが美少年で、本当によかった。
だって、めちゃくちゃカッコいい……。
私はそう思いながら目を閉じた。
ーーーーーー*
「うわああっ! 魔獣だぁっ!」
「きゃああっ!」
晴れ渡る空の下。
アルバ王国の城にある庭園では、三人の姫の婚約者を決めることを目的とされたパーティーが開かれていた。
その会場上空に、魔獣と呼ばれる蜥蜴に翼の生えたような姿の魔物が現れた。そもそも城には結界が張ってあり、魔獣が現れるなどあり得ない事だったのだが、何故かそれは現れたのだ。
パーティーが行われている庭園には多くの若い令息、令嬢達がいた。
彼等は突然現れた魔獣に怯え悲鳴をあげて逃げ惑うばかり。
その中、冷静に魔獣を見据える美しい青い目の煌めく銀色の髪をした兄弟がいた。
「エスター、剣は持ってない……よな?」
「侍従に預けています。オスカー兄さんは?」
「……俺もだ」
言葉を交わした二人は、とりあえず魔獣めがけて走り出した。
兄弟の名はオスカー・レイナルド、とエスター・レイナルド。二人は竜獣人であり、王国最強騎士と名高いヴィクトール・レイナルド公爵の息子達だ。
二人とも本来パーティーなど好まない。ましてや王女の婚約者など興味もなかった。だが、王女達は二人を好ましく思っており、それを知る王がレイナルド公爵に兄弟を是非参加させて欲しいと直々に頼み込んで来た。
二人は父親から命じられての参加だった。
獣人の中でも最強種である竜獣人の二人は、父ヴィクトール率いるレイナルド騎士団に所属する騎士である。普段ならば必ず聖剣と呼ばれる魔獣を駆逐することのできる剣を携帯しており、魔獣の一匹ごとき駆逐するなど容易い事だった。だが、この日は会場での剣帯を許されず、控室に待つ侍従に預けていた。
その内、優秀な侍従が騒ぎを聞きつけ持ってくるだろう、そう考えた二人は、空から襲いかかってくる魔獣の気を自分達へ引きつけるため走った。案の定、魔獣は長い爪を振り翳しながら二人を追いはじめた。その攻撃を躱しながら、オスカーとエスターは人のいない庭園の奥へと誘き寄せた。
庭園の端まで来た時の事。
魔獣は腕を振り上げながら、エスター目掛けて突進して来た。
「バカなヤツ」
同じような攻撃ばかり繰り返す魔獣に対し、余裕ある笑みを浮かべたエスターはひらりと攻撃をかわした。
勢いのついた魔獣の体はそのまま真っ直ぐ、先にある人の高さほどの生垣へと進んでいく。
その姿を目で追っていたエスターはハッとする。
生垣の向こう側にある細道を、一人のメイドが洗濯カゴを持って歩いていたのだ。
「危ないっ!」
エスターはその子に向け叫んだ。だが声は間に合わず、魔獣の腕は振り下ろされ、長く鋭い爪が生垣ごとメイドを引っ掻き空高く舞い上げた。
青い空に枝や葉、土埃と鮮血が舞う。
その様子を、エスターはただ呆然と見ていた。
背中を切り裂かれ、力なく堕ちていくそのメイド。
オスカーが飛び上がり、手を伸ばし受け止める。
そこへようやく城の近衛騎士達が弓を携えやって来て、上空へいた魔獣へ向け一斉に矢を放った。
しかし、魔獣は口から炎を吐き出し、矢を一瞬で焼け落とした。
「遅くなりました!」
侍従が息を切らしながら持ってきた剣を二人へ差し出した。
メイドを抱き抱えていたオスカーは、侍従へ向け大きく頷くと、いつもと違う様子のエスターへ声をかける。
「エスター! この子を治癒魔法士の所へ! 魔獣は俺が仕留める!」
オスカーは抱いていた女の子をエスターに抱き抱えさせ、侍従が持ってきた剣を片手に地面を蹴った。
向かってくるオスカーに気づいた魔獣は、口を開き炎を吐き出す。
「また、それか」
オスカーは魔獣の体を炎ごと、剣で真っ二つに切り裂いた。
魔獣はゴアアーッという呻き声を上げ、剣から発する聖なる炎に身を焼き消された。
オスカーが地上に降りると、一斉に拍手喝采が沸き起こる。
魔獣を倒し、自分達を守ってくれたオスカーは英雄だと人々が称賛をはじめた。それだけでなく、王妃は英雄となったオスカーに第一王女エリーゼの婚約者になって欲しいと言い出した。
さっきまで魔獣に怯え悲鳴を上げていたのに。
それに……。
(コイツら何を言ってるんだ? 今、一人の女の子が死にかけているんだぞ⁈)
オスカーは彼等の変貌ぶりやこれを機に婚約を言い寄る王妃やエリーゼ王女を腹だたしく思いながら、それを顔には出さず、怪我をしたメイドの様子を見に行きたいと告げた。
すると、あちらは貴方の弟がついている、それにただのメイドだから行く必要はない、と引き留められた。
一体どう言う神経をしているんだとオスカーの心に湧いた怒りが頂点に達しようとしていた所へ、第二王女ミリアリアが口を挟んだ。
「お母様、エリーゼお姉様、つもるお話もあるかと思いますが、オスカー様はお着物を召し替えられた方が宜しいかと思います。私が案内して参ります」
「えっ」
「さあ、オスカー様。参りましょう」
ミリアリア王女はオスカーの手を取ると、王妃達には有無を言わせることなく会場から連れ去った。
「いいのですか?」
相手は王妃と第一王女、このような態度はミリアリア王女の立場を悪くしないだろうか? とオスカーは不安になり尋ねた。
「私の事なら大丈夫です。さぁ、オスカー様は治療室の方へ。先程のメイドが気になられているでしょう? 会場の後始末は私にお任せください」
ミリアリア王女は王族の中で唯一の常識人である。
オスカーは、王女へお礼の言葉を述べて、城の治療室へと急いだ。
オスカーの服にはかなりの血が付いている。
それはすべて治療中のはずのあの子のものだった。
(無事ならいいが……)