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6話 青春の思い出

 期末試験は五日間行われる。その後は何日かのテスト返却期間を経て夏休みだ。今から待ち遠しい。


 本日は試験一日目の月曜の昼休み、俺は友人達に断りを入れてから屋上に来ていた。今日一緒に昼食を食べる相手は夏樹ちゃんである。


 先日の詫びと礼を兼ねて、彼女が弁当を作ってくれると言うので、お言葉に甘えて頂戴することにしたのである。


 普段は購買部横で買える350円くらいの弁当ばっか食べてる俺にとっては非常にありがたい話である。


「まさか重箱とかじゃ無いよね?」

「あら、何で分かったのよ?」

「えぇ……?」

「冗談よ。普通の一般家庭のお弁当だからあまり期待しないでね?」

「物凄い期待してます」

「そんな嬉しそうにされても、ほんと大したものじゃないから……」


 差しだされる可愛らしいお弁当箱。受け取り、開けるとそこには色取り取りのカラフルなおかず達、主食はおにぎりを二つ用意してくれている。


 手を合わせ、俺達は感謝をこめて頂きます、と食事を開始する。むっしゃむっしゃ武者。


「……どう?」

「凄く美味しい」

「そ、そう、それなら良かった」


 夏樹ちゃんがちょっと残念そうだ! 俺の反応が薄かったからだろう、可愛い奴め! 


「まずこの野菜炒めだけど水分をきちんと飛ばしてる所が夏樹ちゃんの料理の腕が良いことが分かるし、一般的に成長期の男の子が好きであろう唐揚げを入れてくれるところが俺に対する配慮が見えて夏樹ちゃんの優しさが伝わってくる。あと、味は勿論美味しいけど、夏樹ちゃんが俺の為に朝早起きして作ってくれたって事だけで凄い嬉しくて、なんと言うか……真心が伝わってくる。夏だから痛みそうな食べ物は入ってないし、保冷剤もきちんと入れてくれるところとかもう好き。良いお嫁さんになれるね」

「ちょ! 褒めすぎだし、恥ずかしいこと言わないで!」

「ごめん。本当にそう思ったからつい……」

「うっ……、別に、謝らなくてもいいけどさ……」


 卵焼きがやたら甘いのは砂糖の量ミスったのかなとか思ったが、俺は口には出さなかった。余計なひと言は要らん! 


「夏樹ちゃん、あ~~ん」

「え!? ば、馬鹿、するわけないでしょ。馬鹿なのっ」

「くくく、しないなら良い、バスケ部の次期エースと名高い夏樹ちゃんが人目もはばからず俺の前で泣いていたことが皆に伝わるだけだ」

「げっ下種野郎! 分かったわよするわよ。ったくこいつは……、はいあ~んっ」

「あ~っむ。夏樹ちゃん好き。また抱きしめて良い?」

「はぁ!? 良いわけないでしょ! こんな、周りに人もいるし……」


 人いないなら良いの? えっ……、いやそう言う訳でも無いというかあるというか……。 もうすぐ夏休みだしデートしよ? うっ、私部活あるし、合宿とかで忙しいし……。 でも午前練とか一日休みの日とかあるでしょ。ランドとか花火大会とか、魚好きなら水族館とか、映画また観るのも良いし。 べ、別に暇なら付き合ってあげても良いけど、……何で私なのよ。 え? 恥ずかしいから言わせないでよ。欲しがりさんだなぁ。 ~~っ、し、知らないっ! あ、ごめん調子乗った、機嫌直して~。 


 そんな幸せな日常の一コマ。口の中が甘ったるいのは……卵焼きのせい……なのかな……。(少女漫画風)


 は~~、夏樹ちゃんかわよ。夏中にモノにしたるわ。ここに宣言します。


 今年の夏は、夏野夏樹の夏だ!! 



 ◇◇◇



「いい加減にしたまえっ! 何で分からないんだ!」

「部長こそ! いい加減折れて下さいよっ!」

「頑固者!」

「分からずや!」


 期末試験も既に三日目の放課後、俺は文芸部室で冬優奈部長と本気で口論していた。痴情のもつれかな? 


「このシーンは膣外に射精するから意味があるんだ! その方がエロいと何故理解が出来ない!?」

「膣外射精がエロいと感じるのは視覚効果なんですよっ! 活字媒体だったら膣内に射精した方がいいに決まってるでしょ! いい加減にして下さい!」


 原因は先日彼女からお借りした『禁断の果実、義妹とのドスケベな日常~お姉ちゃんには内緒にしてね~』に対する意見交換だ。お互い熱が入ってしまい、声を荒げながら各自主張を繰り返していた。


「違うっ! 竿太郎は獣になりつつも、内心では理性が残っていたということを膣外射精という手段で暗に示すことで、このシーンは人間同士の生々しさが醸し出されるんだっ! もう少し男の気持ちになって考えてみろっ!」

「それは間違ってます! 膣内射精することによって穴子が今どんな気持ちでいるのか、絶望か、怒りか、それとも喜びか、考える余地を読者に与えることがエロスの真髄です! もっと読者の気持ちを考えないと……このままの作風じゃ部長の独りよがりです! オナニーは一人でして下さい!」

「吠えたな!? 作者たる私に向かって、一読者の分際で!」

「一読者でも、作品に対し嘘はつけません!」


 人は何故争うのか、俺には分からないけど、この場に置いて俺には決して譲れないものがあったし、それは相対する部長も一緒だった。


「残念だよ。君はもう少し頭のいい男だと思っていた。低俗で下劣な思考回路だ。もう顔も見たくない」

「こちらこそ、部長はより良い作品の為なら下らないプライドを捨てることが出来る人だと思ってました。残念です」

「部室から出て行きたまえ」

「言われなくてもそうします。頭が悪いんでね。家帰って期末の勉強しますよ」


 それは決別だった。部活動に本気だからこそ、ぶつかることもある。だが、一度ひび割れた関係は、おそらくもう戻らない。


 バタンと部室の扉を閉め、俺はその場を後にしようとした。後ろからすすり泣くような声が聞こえたような気がしたが、怒りと悲しみが心の中で渦巻く俺は聞こえないふりをして足早に立ち去った。


「クソックソックソッッ!!」


 壁に拳を打ちつける。完全にやつ当たりだが、この感情の持って行き場が無いのだ。


 何で、何で分かってくれないんだよ! 部長ォォ!! 


 俺達は青春していた。



 ◇◇◇



 期末試験が終わった──!! この勉強漬けの日々から解放だーっ! 今日からいっぱい遊ぶぞー、皆とカブトムシ捕まえに行ったりしちゃうぜ! 


 ちなみに夏樹ちゃんと雪子は今日からもう部活。大変だね運動部は。


「打ち上げいこーぜ打ち上げ! とりまカラオケっしょ!」


 放課後、ハイテンションで皆に提案しているのは軽男である。それに賛成だっ。


「ちょっと男子ぃーモチ奢りだからねー?」


 中々厚かましい事をぬかしているのは春香である。しょーがないなぁ春香ちんは。


「軽男さんゴチになります!」っと俺。

「ちょ、割り勘割り勘っ」っと焦る軽男。

「っぱ軽男さんカッケーっす」っと便乗する春香。


 和気あいあい。同じ学び舎で勉学に励んでいる者同士。俺達はお互いの苦労も喜びも分かち合っていく。


「宮本、ちょっといいか?」


 そんな時、水を差すような呼び声が掛かる。クラスメイトの達郎君だった。


「なんざんしょ?」

「どんな内容か、察しはついてるだろ? 二人で話がしたい」


 おちゃらけた俺の言葉に真面目な声色で返答が来る。


 古典の問い5の問題どうだった、教えてくれないか。みたいな話題では無さそう。目がめっちゃ真剣だ。普通に怖いんですけど。


「ちょっ、達郎君めっちゃヤベー雰囲気なんですけど、これ喧嘩? 喧嘩?」

「マジこれ青春の一ページじゃね。カッケーんだけど笑」


 軽部と春香はこの状況が面白いのか周りできゃいきゃいとはしゃいでいる。


 達郎君からボソッと「黙れよ」という言葉が出たのを二人は聞き逃さなかったのか、一瞬眉間にしわが寄っていた。


「皆、達郎君は俺に大事な話があるみたいだ。済まない……少し待っていてくれないか」


 俺は内心少し悪ノリ気味に深刻そうな顔で言った。


「お前を置いて先になんて行けねーよ。待ってるから、生きて帰ってこいよな」

「軽男……、ああ、分かった。行ってくる!」


 そして、イラつき気味の達郎君に連れられた俺は屋上へと足を運ぶのであった……。



「で、達郎君、俺に何の要件なの? 答えを聞いてないけど」

「夏樹のことだ。単刀直入に言うけど、あいつを弄ぶつもりなら今すぐ手を引け」


 彼は俺に背を向けたままそんな事を言った。吹き抜ける風が彼の長い黒髪をたなびかせている。


 お前は夏樹ちゃんの保護者か何かですかと煽りたい気持ちもあるが、無論そんな言葉はこの場には相応しくない。


 ボーイミーツガール、青春白書のような今この場において、彼はヒロイックな自分に多少酔っている少年だ。俺は自分から悪者にはなりたく無かった。


「俺は、夏樹ちゃんのことは本気で好きだ。弄ぶなんて気持ちは無い。誓う」

「お前の悪い噂は聞いている。何で本名が宮園なのに宮本って呼ばれてるのかとか、由来は最低だった、そんな奴の言葉は信じられないな」

「それは本当に噂だ。暇な上に俺に嫉妬した奴らの嘘だよ」


 いや、実際俺の噂は尾ひれが付き過ぎて原型留めてなさすぎ。同級生妊娠させたとか、堕とした女は援交させてるとか、昭和のゴシップ記事みたいなのやめてくれ。有名税ってクソだわ。


 逆に俺がそんな事する様な奴に見える? ……見えるんだろうなぁ、やっぱつれーわ。


「俺は小さいときからずっと夏樹と一緒だった。あいつの事は誰よりも知ってる」


 語りだした。好きなだけ言わせておこう。


 人が喋ってる時に割り込むのはマナー違反だし、ヘタに口を挟むと例えば面接なんかでも微妙な空気になるから、喋り終わるまで素人は黙っとれ。


 そう言えば専門家にはケチをつけない、口を出さないって昔習ったな。専って漢字の右上に点を入れない、門の中には口を入れないということだ。頭の弱い俺としては覚えやすくて目から鱗だった。


 達郎氏はその後も色々言ってたが、夏休み前の校長の話のようにそこそこ聞き流しつつ俺は真剣な顔をして彼の前に立っていた。


「あいつを泣かせるようなことは、しないでやってくれ。頼む!」


 そう言って頭を下げる達郎君。ハリセン持って色々ツッコミたいとこではあるが、俺と夏樹ちゃんの仲を引き裂こうとしている様子でも無いので、これはエールだと思うことにして、彼の肩に手を置き真っ直ぐに見た。目と目が合う。


「達郎君が俺みたいな屑を信じられないのは分かる。だから、これからの俺を見ていてくれ。俺は夏樹ちゃんを泣かせるようなことはしないと誓うよ」


 あ、ベッドの上では……、いや発想がオッサンだわ。やめやめ。


「……分かった。ちゃんと見定めてやる」

「ありがとう。夏樹ちゃんは良い幼馴染を持ったんだね」

「うるさい、お前に言われる筋合いは無い!」


 ま、達郎君とは夏休みに会うことは無いだろうし、こう言っとけば暫くは無害でいてくれるだろう。


 夏休み明けまでには夏樹ちゃんは俺のモノにする予定だし。取りあえず一件落着ってことでいいかな。


 ナンパ道第一条、女だけでなく男にも良い顔すべし。


 さ、カラオケカラオケ~~♪ 



 ◇◇◇



 油断大敵、日常にはあらゆる危険が潜んでいる。常に危険予知をしてヒヤリハットで済ますのはとても大事。


「ねぇ……、宮本って今フリーなわけじゃん。私とかどうかな? 実際の話」


 大声でシャウトしたカラオケの帰り、二人で連れ立って歩いていた春香からそんな会話が出る。


 最初に断っておくが、彼女に女性的な魅力が無いわけでは無いし、ギャル娘が嫌いなわけでも無いし。女性の胸は大きい方が良い。


 しかし、彼女と付き合うなんて選択は俺の平和な学園生活が脅かされる危険を含んでいる為、絶対に無いと言っておこう。


 俺は浮気をする男は最低だと思うフェミニストであり、誰かと付き合った瞬間から彼女第一に考えるのが男の義務であると考える古い人間なので、現状身体だけの関係より上の人間は作りたくないのだ。


 じゃあ春香とも秋葉さんのようにそんな関係で落ち着けば良いのかと言うと、そうではない。何故ならこの女は口が軽く、一回シちゃったら絶対にクラスに広まる。断言して良い。


 そうなったら必然俺は世間体を加味して彼氏彼女の関係にならざるを得ないし、その間俺は春香という籠に囚われた幸せの青い鳥になってしまう。そんなのは御免こうむる。


「これを言うのは恥ずかしいんだけどさ……」

「う、うん」

「俺は中学の頃友達が少なかったから、今こうやって皆と遊んでるのが凄い楽しくて、この関係を壊したくない……。だから暫くは友達のままってのじゃ駄目かな?」

「……」


 無難な返しだ。我ながらダサい、ちゃんと危険予知してないからこうなる。反省しろっっ。


「ま、分かるかも。私もさ、実際今が一番楽しいよ。皆でわいわいして、遊んでばっかりで、これで良いのかなって思う時もあるけど」

「俺も春香のことは正直特別に思ってる。けど、ごめん。上手く言えないけど、俺にはまだ彼女とか早いと思う」

「ふん。チャラ男のくせに何言ってんだか、キモいよ」

「いや、そんなチャラくないでしょ実際……」


 危機は去った。彼女も本気の恋愛戦を俺にしかけたつもりも無いのだろう。多分、アクセサリー感覚で、顔の良い俺と付き合いたかっただけだ。養殖物ギャルの考えそうなことである。とにかくアッサリ引いてくれたのはありがたい。


 あーでもちょっと勿体なかったかも……、っと俺の中の悪魔が唸っている。駄目だよ。エクソシスト召喚、悪魔払い! おらっ消えろ煩悩がっ! 




 そんな平和な高校の日常は終わりを告げる。ごめん退学になったとかじゃなくて、夏休み突入です。


 テストの結果も無難で、通知表もまぁそこそこ。よっしゃよっしゃ! 夏休みウキウキだぜ! 


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