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4話 まさかうちの娘に限ってそんなこと…

 "急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな?"


 それは、軽薄イケ面クソ男の元に、夏樹からのお泊りメッセージが届く、少し前の話。



◇◇◇



「あれ、帰ってたんだ? 今から夕飯作るね?」


 私の名前は夏野夏樹。今年の春から長谷田高校に通っている花も恥じらう15歳の少女である。バスケットボール部に所属し日々友人達と楽しく過ごしている。


 今日は期末試験前最後の平日ということもあって、ファミレスで雪子に勉強を教えていたら少し熱が入ってしまい、帰るのが遅くなってしまった。スポーツ推薦だから仕方ない部分はあると思うけど、彼女の頭はだいぶ壊滅的……いやいや、親友に対してなんてことを考えるんだ。人間誰だって得意な事と苦手なことはある。あれは雪子の個性、そう考えよう。


「お帰り夏樹、ずいぶん遅かったな」


 そう言葉を返してくれるのは私のお父さん、夏野圭吾だ。警察に勤めていていつも忙しそうなので、今日みたく夕飯時に家にいることは珍しい。


 夏野家は二人っきりの父子家庭なので、家事は大体私が担当している。お母さんは私が5歳の時に病気で亡くなった為、大変に思うこともあるけど仕方ないことと割り切れている、筈だ。


 ドラマなんかでよくある様に授業参観とか運動会とか、学校行事に親が来なくて淋しい思いをしたこともあるが、お父さんも忙しいなりに私に構ってくれていたので、特に親子間に溝とかは無い、良好でありふれた親子関係である。


「ごめん、友達と勉強してたら遅くなっちゃった。すぐ作るから……」

「友達って、……男か?」

「はぁ?」


 お父さんが神妙な顔してそんなこと聞くもんだから、つい変な声がでた。


「いや、夏樹、咎めるとかそういうつもりはないんだ。座ってくれないか? 少し話がしたい」


 なんだなんだ? お父さんはリビングのイスに掛けるよう促してくる。確かにちょっと帰るの遅かったけど、それは試験期間中にしてはってだけで、いつも部活ある時はこんなもんだけど。取りあえず腰かける。よく分からないままテーブルを挟んで親子対談が始まる。


「あのね、ちなみに女友達よ?」

「達郎君からちょっと聞いてね。夏樹が、えーと……、良くない友達が出来たって」


 ――っ! 今一番聞きたくない言葉がお父さんから出た。


 黒野達郎。私の幼馴染、そして私の……。


 達郎とは、家が隣なこともあって、気付けば一緒にいた、昔からずっと。おじさんもおばさんも素敵な人で、優しくて、温かくて、妹の凛ちゃんも私のことを本当の姉の様に慕ってくれていた。


 そんな達郎とは、校舎裏で口論したあの日以来、一度も会話していない。クラスも部活も違うし、朝起こしに行かないだけで、まるで繋がりが切れた様に会うことが無くなった。なまじ近すぎたせいで、連絡先は知っていても、お互いメールやLINEなんてしていない。


 直接私から会いに行かないだけなのに、それだけなのに。


「夏樹、お前には本当に悪い事をしてきたと思っている。仕事仕事で、お前のことは放ってばかりだったことは認める。済まなかった」

「……何よそれ」


 違うのに。お父さんを悪いと思った事なんて無い。お父さんなりに、お母さんが死んだ後も私のことを一番に考えてくれてたのはよく分かってるつもりだ。


「夏樹は真面目で、ずっと良い子でいてくれた。父親として本当に誇らしく思う。だけど」


「心配なんだ。大事な娘が、間違った道に進まないか、昨日だってその男友達と会っていたんだろう?」


「その、なんというか、お父さんも仕事上、悪い人をいっぱい見てきたつもりだ。優しい言葉で人を信用させて、善人を騙すやつもいっぱいいた」


「夏樹は良い子過ぎて、あまり人を疑うことをしないだろう? それは美徳だけど、大人になってくと、そういうわけにもいかないんだ」


「……これを言うのは複雑だけど、実はお父さんは達郎君と夏樹を応援してたんだ」


「もし、二人が一緒になってくれたらって――」


 バンッッ!! っと大きな音が鳴った。それは私が机を叩いた音だったらしい。


「私だってっっ!! そうなりたかったよっ!!」


 失恋の傷跡、それを抉られた気がした。


 怒鳴った。頭に血が昇る。手と足が震えて、怒りで自分が抑えきれなくなる。


「真面目だから、良い子だからって、今まで私の事放っておいた癖にっ!! 急に父親面して勝手なこと言わないでよ!! 今日だって昨日だってっ! 雪子と勉強しただけなのにっ!! 勘違いしないでよっ!」


 感情を吐き出して、大声で喚いた後はいつも後悔する。お父さんが、悲しい顔で申し訳なさそうに私を見ていた。


 ここに居たくない。きっと、止まらなくなって、もっと傷つける。


「っっ! 馬鹿っっ!!」

「夏樹!? 待ちなさい!」


 私は逃げた。達郎と雪子がデートしてた日と同じだ。こういう時、いたたまれなくなって、いつもいつも大事なことから目を逸らして逃げる。


 頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられない筈なのに、卑怯者の私はこの後どこに逃げれば良いか、心のどこかで考えているのだ。

  

 走って駅に向かう間、スマホが何度も鳴る。多分お父さんだろうが、無視して走った。


 改札口に着くころには熱くなった頭はどんどん冷えていき、自分が今、家出した馬鹿娘だと理解する。家に戻りたくはないが、今は期末試験前、友達は皆家族が居るのに家に泊めてくれなんて非常識な事を言えるわけが無かった。


 それなのに、私は鳴り止んだスマホを操作して、同級生に連絡した。あいつは一人暮らしだから、なんていうのは多分言い訳で、私を絶対に慰めてくれる人に会いたかっただけなんだ。


 "急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな?"


 本当に最低な女だった。自己嫌悪でどうにかなりそうな時、即座に返信が返って来た。

 

 "今どこ?"

 "電車でそっち向かってる。無理だったら断ってくれて全然良いから"

 "一旦、この前の公園で会いたい"



◇◇◇



「夏樹ちゃんやっはろー!」

「……ごめん。急に呼び出して」


 私が公園に着いた時、ブランコを漕いでいる軽薄男は既に居た。こちらの気も知らないでにこやかに笑っている。


 戸内公園、来るのはこの前達郎と雪子がデートしてた日以来、嫌でもあの時の光景が思い浮かんでしまって、ただでさえ落ち込んでいるのに私の心にさらに影が差す。


「で、何で急に家出したの? 親と喧嘩でもした?」

「えっ!?」


 泊めてくれとしか言ってないのに、出会いがしらにいきなり核心をついてくる。こいつの察しの良さはなんというかムカつく。成績は私の方が上なのに、人生経験で負けた気になる。おかげでつい言葉も棘っぽくなってしまう。


「……あんたのせいでね」

「成程、これが濡れ衣ってやつか」

「……お父さんが、私が最近夜遅いのは、男と会ってるからだって決めつけてさ。それと、まぁ色々口論になっちゃって……」


 多分本当に頭に来たのは、よりにもよって達郎とのことをお父さんが言ったから。それと、達郎が私とは話さない癖に、お父さんには告げ口みたいなことをしたから。それをこいつには言いたく無かった。


「夏樹ちゃん、こんな話を知ってるかい? ホステスと、それを口説こうとする客の話なんだけど」

「ちょっと待って、いきなり何よ」


 ブランコに座りながら隣同士で話す二人の男女。


 私が考えるのもどうかと思うけど、普通こういう時の男の子って相手を慰めてくれるもんじゃないの?


「客は言うんだよ。貴方が好きすぎて毎日夢に出てきてしまって仕方ない、責任とれって」

「……うん」

「そしたらホステスが、あらあらじゃあ出演料取らなくちゃって上手にかわすわけね」

「つまり何が言いたいのよ」

「え? つまり、夏樹ちゃんが俺の事ばっかお義父さんに話すから、嫉妬したお義父さんが夏樹ちゃんに怒って喧嘩になったってことだよね?」

「全然違うし! 今のたとえ話全く関係無いじゃない!? しかもあんたの話をしたの私じゃないし!」

「そうなの? じゃ誰?」

「それは達郎……って、ぁ……」


 少し口が滑る。出したくない名前を自分から出してしまう。


 しまったと思うより先に、私の正面に来た軽薄男はぽんっと両肩に手を置き、真剣な目で見つめてきた。こいつは顔だけは良いから少しドキッとする。


「まぁ何となくは流れが分かったし、泊まるのは全然良いんだけど、夏樹ちゃん本当はそんなことしたくないんじゃないの?」

「……馬鹿言わないで、じゃなきゃ駅跨いでここまで来ないわよ」

「そんな風に目をそらされても説得力無いんだけど」

「うるさい。泊めたくないならそう言えば? どうせ家に他の女でもいるんじゃないの? ……あっ」


 発言をしてからしまったと思った。


 本当に最低だ。私の事を心配してくれている友人にも八つ当たりして、また酷い事を言ってしまった。まだ仲良くなってそんな経って無いけど、こいつはそんな奴じゃないって、分かってるのに。


 自分が傷つきたくないからって周りを傷つけて、最低だ。最低過ぎる。消えてしまいたい。逃げ出したい。


 また逃げる為に立ちあがった瞬間、不意に身体が動かなくなる。


 その理由は、彼が私を正面から抱きしめたからだった。


「……えっ? あんた、何……してんのよ」

「ごめん、辛そうだったから」

「……別に」

「夏樹ちゃんが本当に辛いのは怒られたことじゃなくて、お義父さんを傷つけた自分が許せないんだよね?」

「……分かった風な事言わないでよ」


 それは懐かしい感触だった。誰かにギュッと抱きしめられるのはいつぶりだろう。


 小さい時、お母さんもお父さんも私が泣いていると、こうやって抱きしめてくれた。お母さんが死んでから、思えば私は誰かに甘えることが無くなった気がする。


 長く忘れていた他人の身体の温もりは、不思議と安心する。もしかしたら、心が弱ってる女の子見つけたらこういうことするのはこいつの十八番なのかもしれないと邪推しても、抗えない心地よさがあった。


「本当に辛くなったら、いつでも逃げてきて良いし、あの部屋くらいいくらでも貸すよ、俺が怖いなら近くの漫画喫茶にでも泊まるよ」


 耳元で、優しい言葉を掛けてくる。内容も吐息もこそばゆい。


「でも今回は、本当はお義父さんに謝りたいだけでしょ?」

「…………違うもん」

「分かるよ。夏樹ちゃんは素直じゃないけど、いつも一生懸命で優しいから」

「……ぅっ」


 私は辛くても怒られても怖くても、あんまり泣かないけど。こういうのは駄目だ、決壊する。慰めるのが上手いこいつっ。


「しょうがない、努力している人ほど周りからするとそれが当たり前になっちゃうんだよ」

「……うぅっ~~!!」

「夏樹ちゃんはずっと頑張ってきただけなんだよね? お疲れ様」


 泣いた。こいつの前で泣くのは二度目だ。前回と違って抱きしめられている。また不細工な顔を見せないように、腕を回して抱きしめ返しながら、肩に顔をこすりつけた。


 多分、こいつの言うことは的外れじゃ無い。私はお父さんに謝って欲しい訳では無かったし、むしろ謝りたかった。


 ただ、私のことが心配だっただけで、達郎のことだって悪気があって言った訳じゃない。むしろ悪いのは私だ。ここ最近のことを知らなければ、私と達郎の仲を応援するのは自然なことだったのだ。


「わたっ……ひっくっ……私が悪いのっ……全部私がっ……」

「これこれ、こんだけ優しく言ってもまだ分からんか、どっちが悪いとかじゃなくてちょっとすれ違っただけだろ。ええい、めんどくさい」

「お父さんごめんなさいっ……! 怒鳴ってごめんなさい~~!」

「ふぇぇ、こんな大きい娘を産んだ覚え無いよぉ……」



◇◇◇



 泣いて泣いて泣いて、無様な姿を散々見せた私は今、この男の背中にコアラのようにくっ付いて、夜の街道を彼の運転するバイクで移動していた。


 あれ? バイクの免許って高一で取れたっけ? 私は15歳で誕生日はまだだから……、確か16歳から取れたような。


「あんた、誕生日いつなの?」

「4月。祝いたかった? 来年まで待ってね」


 じゃあ大丈夫かな。初めてのバイクでちょっと怖いけど、運転慣れてそうだし、くっ付いてると凄い安心する。


 結局慰められて、家まで送られて、本っっ当に無様だ。試験前に何やってるんだろう。


 うるさいくらいの風が涼しくて気持ちいい。逆にバイクの音って思ったよりうるさくないんだなって思う。そう冷静に考えるくらいには、気持ちも落ち着けるようになった。少しは素直に考えると、全部こいつのおかげだと思う。


 正直、あのときの私ならいくらでも適当な事言って家に連れ込んで、それこそ色々出来ただろうに、この男に関しては、人は見た目とか噂だけじゃ分からないってつくづく思い知らされる。……それとももしかして私の魅力が無いだけ? そういえばこやつは雪子とも仲良いし、やっぱああいう大人しくてお淑やかで可愛い子が好きなのだろうか。


「あ、この辺で大丈夫、本当にありがとう」

「そう? どっか停めといて俺も家に行こうか?」

「ううん、そこまで迷惑掛けられないし、もう大丈夫、さっきお父さんには連絡したし」

「そっか。じゃお義父さんに宜しく、頑張ってねー」


 そう言って、軽く手を振りながら彼は去って行った。


 強がりじゃ無い。さっきまでこの世の終わりみたいに泣いていたけど、もう大丈夫だと自信を持って言える。我ながらちょっとチョロいと思うけど、切り替えが早いのは良いことよね。うんっ!



 家に帰ったら、お父さんは泣きながら叱ってきた。私は謝って、失恋の事も少し話して、チャラそうでチャラくない友人の事も少し話した。


 心配はいらないと真摯に伝えたからか、お父さんも私を信じてくれたし、私もなんだかまた泣けてきちゃった。


 流石に今日は試験勉強をする気は起きない、私達は出前をとった、ラストオーダーぎりぎりだった。意図したわけじゃないだろうけど、もし電車で帰ってたら間に合わなかった事を考えると、心の中で彼にもう一度お礼を言った。


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