平野の噴水
少し前に書いた小説。推敲してないので誤字脱字あるかもしれませんが見逃してください。
果てしなく広がる草原に、ポツンと噴水があった。特に装飾は華やかではなく、素朴な噴水だった。
「あれは誰だろう」
呟く青年。
視線の先には、噴水を眺めているのか、寝ているのか、ただ無心でいるかの老婆が木の椅子に座っている。
もしかしたら、俺と同じ境遇の人かもしれない。確かめてみよう。
そう思って近寄ることにした。
近くまで来ると、噴水の心地よい水の音が鳴る。さっきまで草を踏む音以外無音だったので、なんだか新鮮な気持ちだ。
「あの……」
老婆に声をかけるとゆっくりと振り向いてくる。
しかし次に話す内容が浮かばない。特に何も考えていなかった。
しばらく沈黙が流れた後、老婆の口が開いた。
「どうぞ-------」
手を指し向けたのは木の椅子。老婆の座っているものより少し明るい材質でできている。
お言葉に甘えて腰を下ろす。
そして噴水を見上げて、結局こう言った。
「あなたは、誰ですか?」
定番とも言えないが、普通の会話の始まりを迎えた。
すると老婆は同じく噴水を見上げて言った。
「なんといいましょうか……。ただまあ、なんとなく、通りすがりのババアとでも名乗っておきましょう」
通りすがりの人か、あながち間違いでもないかもしれない。
「こちらも、名乗っておかなければ失礼ですね。俺、いや僕も、なんとなくと言いますか、不可抗力と言いますか、来てしまった通りすがりの青年です。自分で青年って言うのも微妙ですがね」
そしてまた沈黙の時間。無音の中に響く噴水の音は無音であることをより強調している。
今度は自分から口を開いた。
「通りすがりのお婆さんは、なぜここに?」
「なんとなく、ですかねぇ……。ただこうしていると、心が安らぎます」
そうですか。と会話の続かない相槌を打つ。
なんとなく、と言うのは共感できるし、まあ、ここに来た人は大抵同じような理由か。
こう、呆然と水が噴きあがる様子を見ていると何も考えずに済む。
考えずに済むと考えるという矛盾を実行していると、今度は老婆が口を開いた。
「私には、孫が居るんです。とても可愛いいやんちゃ坊主ですが、男の子はやっぱり元気な方がいいですしね。娘の方は大変大変と愚痴をこぼしていますが、アンタも十分大変だったわよと言うと、いつの話よ、と笑って言います」
「良い娘さんですね。お孫さんは今何歳でいらっしゃいますか」
「孫は……来年の春、小学生です……。ただ、それまでモツかどうか。孫のランドセル姿を桜と一緒に見たかったのですが」
やはりもう長くない人なのか。良くないことを聞いてしまったような気がする。
「すみません」
間抜けた感じに謝るが、老婆は「いえ」と答えただけだった。
「申し訳ないですが、そろそろ起きなければならないようですので私はこれで……」
きっと薬と朝食の時間だろう。
「はい」
「あなたの無事を願ってます」
そう言って去って行った。
あの人も辛いだろうな、こんなある意味では極限状況が続いて。とりあえずこちらこそ、通りすがりお婆さん。
□□□
「あの、この席空いてますか?」
振り返ると若い女がいた。自分より歳が少し下かもしれない。
「ええ、空いてますよ」
そう答えて再び正面を向く。
「あなたはなぜここへ?」
若い女が問いかけてくる。
「俺は、なんとなくです。あなたはなぜですか?よかったら聞きますよ」
元から聞き専だったので聞くのは得意だった。現実でも唯一の親友と呼べる友人の愚痴を聞くのは、ほぼ週間となっていたからだ。
「じゃあ、私が話したら話してくれます?」
そこまで俺の話を聞きたいのだろうか。別に面白くもないが、不都合もないのでいいだろう。
「はい、分かりました。それではどうぞ」
促すと、女は一瞬息を呑んで話し始めた。
「私、去年の夏に、部活動で学校へ行く途中のバス内で失神したんです。その原因は結局貧血だったんですが、念の為に受けた精密検査で腫瘍が見つかりました。場所はすい臓と胃です。ルートとしてはすい臓から胃へ転移したそうです。既にステージⅣで手の施しようがないと言われました。父母は悲しみました。もちろん私も絶望しました。これは、今までずっと遊んでいた罰なのでしょうか。因果応報と言う奴なのでしょうか。でも高校3年生になって進学先を決めたんです。やりたいことも見つけて努力してきたんです。でもそれがもう無意味なことだと分かって、なんかもうなんにも考えられなくなってどうしようって……」
聞いてみたらかなり重い話だった。話している途中で辛くなったのか今にも泣きそうな顔をして、俯いている。
「俺も、同じです。状況は違うし、年齢も性別も職業だって違うけど、すい臓に腫瘍があって、余命宣告まで受けています」
遠くを見るようにそう言った。
すると彼女は顔をあげる。
「病院に入って、何も考えなくなって、ボーっとしてたら、私と同じ病気の患者さんが話しかけにきてくれて。こう言ってくれたんです。‘‘どうせ今しか生きられないのなら、精一杯やった方が後悔しないよ’’って無意味でも努力した方が残りの時間を楽しめるって」
聞いたことのあるセリフだった。
カッコつけて、恥ずかしいセリフだった。
「君って、もしかして……」
「そうですよ、ケンゾウさん」
やっぱりそうだった。今全て思い出した。
あの時天井をずっっと見てた女の子がいて、何か言いたいなって無意味に思った。
「私は割とそれに救われたんです。私、獣医さんになりたくて、いっぱい勉強したんです。精一杯」
頬を少し掻きながら言う彼女。
無意味だと思っていたことが少し肯定された気がして嬉しかった。
「それは、なにより……」
「次は、ケンゾウさんの番ですよ」
彼女の話は終わって、次は俺の番らしい。
「俺の話と言っても何もないよ。ただ普通の会社員として働いて、しばらくしたらすい臓癌が見つかって、入院。それ以外は本当何もない平凡な人生だったから」
「じゃあ、なんで私にあの時話しかけてきたんですか?」
なんでと言われても困る。あの時は直感で動いただけだったっけな。
「なんでと言われても……。……えっと、君に話しかけなくちゃというか、直感が働いたというか……」
「そっか……」
久しぶりの沈黙。
噴水は平常運転。特に変わった様子もない。
風が頭の上を通り抜けた気がする。いつまでも沈まない太陽は何時も頂点にあるが、寒暖は感じない。
「生きてる意味ってなんだろうって、考えたことある?」
気づけばそう言っていた。
「あります。でもその後何も考えられなかったけど」
「俺はあるんだ、今生きてて何になるんだろうって」
「私にあんなこと言ったのにですか?」
彼女の言うことは実に真当で、自分で何を言っているのかが分からなくなってくる。
「そう、今でも正直どうしたらいいか分からない。自分は何がしたかったのか、どう生きたかったのか何一つ分かってないんだ」
無音の時間。だが、心臓の音は聴こえない。
なぜかゆっくりと時間が過ぎていく。
「多分、私の勝手な考えだけど」
彼女が噴水を見上げて口を開いた。
「人の話を聞くってことがしたかったんだと思います」
それだけ言って椅子から腰を上げ、俺の近くまで寄ってくる。
「私の時間はここまでみたい」
そう言って、俺の耳元で囁いた。
「私が最初の患者さんです。お世話になりました」
一人残された世界。あるのは噴水だけ。
彼女の言葉がなぜかしっくりきて、そう言うことかと気づく。
気づくとフッと心が和らいで、心臓の音が聞こえてくる。
君も、カウンセラーかもしれないな。
最初の患者と最後の患者は塵となり消えて行き、もう戻ってくることはきっとないだろう。
果てしない草原に噴水が一つ佇み、美しい音を奏でながら、今日も患者を迎えるのだった。
精神の精神科。
次回の短編執筆中。長くなる予定なので投稿はかなり遅れます。