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3/3

3(完)

 彼は、あっという間に実家の日常に溶け込んだ。母があまり細かいことに拘らないのを、こんなにもありがたく思ったことはない。

 私は、新しい仕事に慣れなくて、でも、セツくんのおかえりを聞くと、また明日頑張ろうって思えた。


 今日、私は休日に、ちょっとだけ良い服を着て、鉢を持ち、セツくんと出かけている。

 彼のハンドメイド作品は売れた。そのお金を元手に、ちょっと良い糸を買いに来ていた。


 彼は、ぴったりと私について歩く。チロチロと周りの女の子から視線を感じる。私ももうアラサーだ。最初にセツくんに会った時よりは、彼が育った分、外見年齢差は縮んでいるはずなのに、酷く彼が遠く感じた。


 ぼんやりと、刺繍糸を買っているセツくんを見つめる。


 届きそうで、届かないからだろうか。私が一人で悲しくなっていると、買い物が終わったセツくんが不意に手を掴んできた。


「なに?」

「手をつなごうと思って。デートでしょ?」


 彼はおどけたようにそう言う。これは、見透かされたか。

 やんわりと手を解こうとしたけれども、彼はしっかりと握って更に指を絡めてきた。

「ちょっと」

 私は顔に熱が集まってまともに彼の方を見れない。


「加奈子さん。ねえ、加奈子さんは綺麗だから、悲しい顔しないで」

 彼は八の字に眉を下げた。

「私、もうアラサーだもの。セツくんはもう歳をとらないんでしょう?」

 私は我儘にも、セツくんの前で一人で年を取るのが嫌だった。


 彼が息を飲んだ気がした。

「やっぱ、今のなし、忘れて——」

「だめ。ねえ、ちょっと寄り道しよう。少し歩こう?」


「加奈子さん、僕、謝らなきゃいけない事がある」

 帰り道、公園に差し掛かった辺りで手を離して、彼は口を開いた。

「加奈子さんは、年を取れないよ、僕のせいでね」

「どういう……」

 ごめん、と彼が言うことには——


「私にマンドラゴラの葉を食べさせた?」

 思い当たることはある。

「食べさせただけだから、誓って何もしてないし、まあちょっとそそったから大変だったけど」

 セツくんの顔は赤い。

「私、夢だと思っていたのだけど」

「多分、葉っぱの酩酊成分のせいだと思う」

 酩酊成分? と聞き返す。


「葉っぱは媚薬の材料でもあるから、ちょっとそういうのが出たのかなって、推測だけどね。呆れた?」

「……びっくりしたわ」

「うん」

足元の小石を蹴り飛ばす。


「ちょっと怒ってる」

「……うん」


「でも、ちょっと嬉しいの。……なんでそれを私に食べさせようと思ったの?」

 聞いても良い? というと彼は一度唇を噛んで引き結んでから、口を開いた。

「加奈子さんが好きだったから……いや、最初は違うな。加奈子さんが遠かったからかな。いつも僕のこと子供扱いして、でも人間じゃないから自立できなくて……でも好きになったから」


 苦しげな顔に、私は息を飲む。

 彼はずっと辛かったのだ。

「……言ってくれればよかったのに」

「言えるわけないさ……」


「ずっと、加奈子さんの隣に立ちたかった。人間じゃないから無理だって分かっててもそう思って」

 私は彼の背に支えるように手を伸ばした。

「あの葉は僕のエゴだ。加奈子さんはもっと怒って良いんだよ」

彼は泣きそうに見えた。


 確かに、そうかもしれない。でも——

「さっき言ったでしょう? 私はちょっと嬉しかったって。ねぇ、私、年を取れないって、何歳くらいに見えるの?」


「25歳くらい。僕と会った時から変わってないはず」


 そういえば、友人が言っていた肌トラブルに、あんまりなっていないなぁとか、思った気がする。それだけだと思っていたのだけど、違ったらしい。


「……それなら、セツくんの隣を歩いても良いかな? もう、我慢しなくて良いかな……」

 私の声は震えていた。こんなの狂ってる。と頭のどこかが警鐘を鳴らす。でもそれでも——


「私は、あなたが私の隣に立ちたいって言ってくれて嬉しい。私も——セツくんが好きだから」

「加奈子さん……」

 

 ふと、顔を上げると、遠くの空を箒で飛ぶ人影が見えた。

——魔女だ。

 七年前は、これに恐怖を感じていた。

 変わったことは、確かにある。

 彼らは、紛れもなく日常に溶け込んでいる。

 私も、その非日常的な日常の一部になっただけ。


 差別がないとは言わない。

 でも、ある程度、時が解決してくれる問題であることも間違いない。

 それだけ分かれば十分。


「きっと、完全に受け入れるのには、長い時間がかかると思うの。あなたも、私も、周りの人も。でも、その道が険しくても、私はあなたと歩きたい。歩いてくれる? セツくん」

私は彼の背から手を離して、向き合い改めて手を差し出した。

 

「加奈子さん、ありがとう」

差し出した手を握られ、ぐっと前に引かれる。彼の腕が私の持っていた鉢ごと抱きしめるようにそっと背に回った。

心臓の辺りに耳を当てても、彼の鼓動は聞こえない。それがちょっと寂しくて、でも温かい腕に安心する。





「帰ろうか」

しばらくそうして抱き合って私たちは、顔を見合わせ、手を繋いでまた歩き出す。


帰るために、歩むために、寄り添うために。


私だけのマンドラゴラは、とても愛しい。


世界は今日も回っている。

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