14.ライバル出現 ~(2)
翌日の金曜日。
朝、起きると舞奈はもういなかった。
リビングへ行くと既に朝食の用意がされていて、テーブルに置かれたメモに早朝ミーティングがあるから先に行きます、とだけ書かれていた。
会社に行っても俊輔は昨夜のことが気になり、仕事が手に付かなかった。
早く舞ちゃんに謝りたいな。
そうだ。今日は金曜日だし、久しぶりにレストランとか食事へ誘おう。
そう思いながら声を掛けるタイミングを図ったが仕事中は時間だけが過ぎていった。
終業時間が迫る中、藍澤課長と喜多嶋課長がまた親しげに話をしている。
俊輔はモヤモヤとした気持ちでそれを見ていた。
終業のチャイムが鳴った。
喜多嶋課長と藍澤課長の姿は消えていた。
「あれ? 藍澤課長、いないけど帰ったんスかね?」
「喜多嶋課長と二人でまた外でミーティングじゃねえの? 怪しいよな」
拝島係長と北島は興味津々だ。
「あれ? 高城さんも帰ったんスか? 姿見えないけど」
「え?」
誰もいない俊輔の机の上は慌てて片づけられた跡が残っていた。
喜多嶋課長と藍澤課長は会社近くにあるいつものカフェでミーティングをしていた。
「あの、いつも思ってたんですが、この打合せって社内ではダメなんですか?」
藍澤課長が怪訝そうな顔で尋ねた。
「あ……うん。社内だといろいろ騒がしいし、こういう場所で打合せするほうが好きなんだ。コーヒーも店のほうが美味しいしね」
「そうですか」
戸惑いを隠せない喜多嶋課長に対し藍澤課長は無表情に淡々としていた。
しばらく打合せをしていると、藍澤課長は二つほど向こうの席に怪しい男の姿を見つける。
探偵のようなハンチング帽子にサングラス。
室内なのにトレンチコートを羽織る、いかにも怪しい男。
ーえ?
その男の正体を舞奈はすぐに見抜いた。
もしかして俊くん? 何あれ? 変装バレバレじゃん!
そんな俊輔を見つけたとたん、藍澤課長は急にソワソワし始めた。
「藍澤さん、どうかしましたか?」
「あっ、いいえ。何でもないです……」
不自然に動揺する藍澤課長を不思議そうに見つめた。
周りにいるの客さんも怪しげに変装する俊輔をジロジロ見始めた。
ちょっと俊くん、怪しい。怪し過ぎるよお。通報されなきゃいいけど。
大体こんなところで何をしてるわけ?
額に冷や汗が滲ませながら心の中で叫ぶ。
俊くん、まさか私を心配で見に来てくれたの?
仕事の打合せも終わり、藍澤課長が帰ろうと立ち上がった時に喜多嶋課長が声を掛ける。
「藍澤さん。今日は金曜日だし、もし良ければこれから食事でもどう? いいフレンチのレストラン知ってるんだ」
その誘いの言葉に藍澤課長は表情ひとつ変えることはなかった。
「すいません、お腹あまり空いてないんで。それに家で彼氏が待ってますから」
淡々と答える藍澤課長に喜多嶋課長は面を食らったように固まった。
「あの……藍澤さん、彼氏、いるんですか?」
「私に彼氏がいてはおかしいですか?」
「い、いや。そういうわけでは……」
喜多嶋課長は引きつりながら言葉に詰まった。
「すいません。お疲れ様でした」
藍澤課長はそう言って千円札を一枚テーブルへ置くと出口へと向かった。
喜多嶋課長は藍澤課長の後ろ姿を眺めながら茫然としていた。
俊輔はすぐに藍澤課長のあとを追った。
舞奈を少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしかった。
舞奈に一秒でも早く謝りたい。
そう思いながら慌てて藍澤課長の姿を追った。
藍澤課長の姿を見つけたところで路地に入ってまた見失う。
俊輔も慌ててその路地へ曲がると、藍澤課長が建物の壁際に立って待ち構えていた。
「わっ!」
俊輔は驚いて思わず声を上げた。
「こんな所でそんな恰好して何してるの? 女の子でもナンパするつもり?」
いつもの冷徹な顔つきで藍澤課長が言った。
「ああ……そう。可愛い女の子でもいないかなあって思ってさ……」
俊輔はバツが悪そうな顔で目を背ける。
「ふーん。それじゃ……」
そう言いながら藍澤課長は眼鏡を外すと、その顔が優しい舞奈の顔にすっと変わった。
「ちょうどここに可愛い女の子が一人いるけど、ナンパしてく?」
はにかんだその表情に俊輔は思わず胸がキュッとなった。
「やっぱり、舞ちゃんは可愛いや」
「今更何言ってんの?」
舞奈は照れたように笑い出した。
「ねえ俊くん、お腹空いたあ。なんか食べて行こ!」
そう言いながら俊輔の腕を引っ張る。
「そうだね。何が食べたい?」
「うーん、ラーメン! ニンニクがガンガンに効いたヤツ!」
「大丈夫?」
「いいじゃん。明日会社休みだよ!」
舞奈は俊輔の腕をぎゅっと強く締め付けた。
「ちょっと舞ちゃん、痛いよ」
「ペナルティ―」
「……何の?」
俊輔は思わずとぼける。
舞奈はさらに強く腕を締め付けた。
「痛い! 痛い!」
でも、その痛みがやけに心地よく感じた。




