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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第9章「学園祭編」
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【9ー5】英雄の代役

 劇の前半が終わったところで、コレット男爵は「先に二人で昼食を食べておいで」とラナとモニカを促してくれた。どうやらコレット男爵は、学祭に来ている貴族達と商談の話があるらしい。

 夏の社交界シーズンが過ぎてパーティの減るこの時期、セレンディア学園の学祭は招かれた者達にとっても重要な交流の場なのだ。

 ラナとモニカは、軽く食事を取るために校舎へ戻ることにした。

 学祭の間は食堂が一般公開されているが、当然に混雑する。そこで幾つかの教室を開放して、軽食や茶会が出来るスペースを学園側が提供しているのだ。

「そういえば、グレンさんが、軽食スペースで、お手伝いしてるって……」

「彼、実家が精肉店って言ってたものね。串焼きでも振る舞っているのかしら? ……じゃあ、その教室に行ってみましょうか」

「うん」

 丁度劇の前半が終わったばかりなので、校舎内はそれなりに人が多かった。山小屋にいた頃のモニカなら、きっとすぐに人酔いして、バテていただろう。

(……わたし、ちょっとは成長したの、かな)

 隣にラナがいてくれることも、人混みで気後れせずにすむ理由の一つだろう。ラナは人混みの中を縫うようにスイスイと移動するのが上手いのだ。ラナに付いていけば、モニカでもさほど苦労せず、人混みを抜けることができた。

「ラナは、人の多いとこ歩くの……上手、だね」

「そうかしら? でも、地元のバザールなんかは、もっとすごいのよ? もう、ぎゅうぎゅう詰めって感じで、下手すると一歩も動けなくなっちゃうんだから…………あらっ?」

 ラナが足を止めて前方に目を向けるので、つられてモニカもそちらに目を向けた。

 ラナの視線の先では、フェリクスが数人の学生に囲まれている。フェリクスを囲っている生徒達に、モニカは見覚えがあった。劇の監督役や演出等の責任者達だ。

 衣装係として劇に携わっているラナが「何かあったのかしら?」と小首を傾げていると、フェリクスを説得しようとしている眼鏡をかけた女子生徒がラナに気付いて、大きく手を振った。

「ラナ・コレット嬢! 丁度良いわ! 貴女からも、衣装係として殿下を説得してくださらない!」

「……何があったんです? メイベル先輩」

 ラナが訝しげに尋ねると、メイベルと呼ばれた眼鏡の女子生徒は顔を真っ赤にして、早口でまくし立てる。

「ラルフ役の生徒が舞台のセットから転落して、怪我をしてしまったのよ。腕の骨が折れてて、続投は無理。代役がいるの!」

 メイベルの言葉にモニカもラナも目を丸くした。

 ラルフは劇の主役だ。そうそう簡単に代役が見つかるものではないだろう。

(……舞台関係者が殿下の元に集まってるってことは、つまり……)

 だんだんと事情が飲み込めてきたモニカがちらりとフェリクスを見ると、フェリクスは困ったように肩を竦めてみせた。

「うん、私に代役をしてくれと懇願されてね。少々困っているんだ」

 どうやらフェリクスは代役にあまり乗り気ではないらしい。

 だが、メイベルは大袈裟なほど身振り手振りを交えて、フェリクスを説得しようと必死だった。

「殿下! あぁ、もうこのような状況になったら、劇を中止するか、殿下に舞台に上がっていただくかの二択しかないのです! 芸術の神は常にわたくしに試練を与えるのですね……でも、この試練を乗り越えた先にこそ、称賛の拍手は響き渡るのだわ!」

 芸術のことになると自分の世界にトリップしてしまうメイベルは、どこぞの音楽家によく似ていた。

 フェリクスとしても劇を中止にするのは本意ではないのだろう。学祭最大の目玉なのだ。

 フェリクスは顎に手を添えて、しばし考えるような素振りをする。

「他に代役ができる人間は、いないのかい?」

「主人公ラルフ役なんて、誰にでもできるものではありませんわ! まず第一に、衣装に見合う長身の男性でなくてはなりません! 第二に、後半は台詞こそ少ないものの竜退治のシーンがメイン。つまり、身体能力の高さが求められるのです! 第三に声! これが最も重要です。野外ステージは屋内ステージほど声が反響しません。つまり、よく響く声の方でないといけないのです!」

 なるほど確かにその条件をふまえると、フェリクス以上の適任はいないように思えた。

 フェリクスはスラリと足の長い長身のハンサムだし、剣技や乗馬の授業で教師に絶賛されるほど身体能力が高い。

 そして、普段から人前で話すことに慣れている彼は、大勢に聞かせるための喋り方というものをよく理解していた。決して大声を出しているわけではないのに、彼の声は不思議とよく響くのだ。

 なにより、この国の第二王子が初代国王役を演じることになれば、それだけで観客は盛り上がるだろう。

 モニカはラナにこっそり耳打ちした。

「あ、あの、衣装って……今から調整とかは、できないの、かな?」

「難しいわね。元々、長身の男性に映えるデザインで作っているから、無理やり裾を詰めると不自然なことになるわ」

 そうなると、いよいよ選択肢は限られてくる。

 メイベル達は何がなんでもフェリクスを逃すまいと必死だった。それはもう、獲物を狙う蛇のような目をしている。

 緊迫した空気にモニカが戸惑っていると、近くの教室の扉がガラリと開き、それはそれは馬鹿でかい声がした。


「あーっ! モニカ達も来てくれたんスか! 丁度今、スパイス焼きが焼き上がったんスよ! あと、オレのお勧めは子牛の煮込み! 学園のシェフさんが、うちの肉をめっちゃくちゃ良い感じに調理してくれて、もう肉がホロッホロなんすよ! 絶品だから食べてってほしいっス!」


 制服の袖をまくり、エプロンとバンダナを身につけたグレンは、とてもこの学園の生徒とは思えない格好だった。

 突然の乱入者に舞台関係者の生徒達が唖然としている中、グレンはフェリクスの存在に気づくと、ニコニコ笑いながら機嫌良く挨拶をする。

「あっ、会長! 今日はうちの実家の肉を使ってくれてありがとうございますっス! もう、うちの親父もお袋も鼻高々で! オレ、一生分の親孝行したっス!」

 満面の笑みを浮かべるグレンに、フェリクスはニコリと品良く笑いかける。

 だが、その目が一瞬細められ、グレンの全身を観察したのをモニカは見た。あれは、絶対に何かを企んでいる。

「そう思ってくれているのなら、嬉しいな、ダドリー君」

「いやぁ、もう会長には感謝感謝っス!」

「そう? じゃあ、一つ……私のお願いをきいてくれないかい?」

「勿論っす!」

 二つ返事で頷くグレンに、モニカは内心頭を抱えた。

(あぁ、ダメです、グレンさん。会長のお願いに、簡単に頷いちゃダメです……)

 モニカの心の声は、当然グレンに届かない。

 フェリクスはそれはそれは美しく微笑み、メイベル達に向き直った。

「代役の条件は、背が高くて、身体能力が高くて、声がよく通ること……だったね?」

「え、えぇ、そうですわ……」

「じゃあ、彼がぴったりじゃないか」

 そう言ってフェリクスはグレンの肩をポンと叩いた。

 なるほど確かに、グレンは同年代の男子生徒の中でも背が高く、身体能力も高い。声の大きさは言わずもがな。

 この状況を理解していないグレンは、キョトンとした顔でフェリクスを見た。

「えーっと、代役? 会長の代役とかっすか? あっ、もしかして一日生徒会長的な!? オレ、会長のフリをする感じっすかね? 会長みたく、頭良いこと言える自信が無いんスけど」

「いいや、それよりもずっと簡単だ。君は竜退治をして、美しいヒロインを守るんだよ」

 フェリクスの言葉に、グレンはキラキラと目を輝かせた。まるで、骨付き肉を差し出された犬のように。

 彼の尻のあたりで尻尾がブンブンと揺れている幻覚が見えた気がする。

「竜退治……ヒロインを守る……なにそれ、すげー! かっけー!」

「かっけー?」

 グレンの言葉をフェリクスが首を傾げて復唱すれば、グレンは拳を握りしめて、鼻息荒く言い直す。

「めっちゃくちゃ、カッコいいっス!」

「うんそうだね、格好良いね。なんと言っても今から君が演じるのは、この国の英雄だ。だから下町訛りは上手に隠しておくれ?」

「分かったっス! ……じゃなかった。分かったゼ!」

 これで下町訛りを隠せた気でいるのが、既に危うい。

 だが、フェリクスは何も問題はないとばかりに、グレンをメイベル達の方へ押しやった。

「見ての通り、彼はやる気満々だ」

「よく分かんないけど、頑張るっス……じゃなかった。頑張るゼ!」

 メイベル達の顔は不安と困惑に彩られていた。彼女達だけではない。ラナもモニカもそれは同じだ。

 それなのに、グレンはヤル気に満ちた顔で「それで、どんな竜と戦うんスか?」などと言っている。


 かくして、波乱に満ちた舞台後半の幕が、今まさに上がろうとしていた。


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