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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第7章「チェス大会編」
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【7ー1】持たざる者の悲哀

 ラナ・コレットは授業中であるにもかかわらず、チラチラと横目でモニカの様子を見ていた。

 最近、モニカの元気がない。

 原因はきっと、ケイシーが急に里帰りしてしまったからだろう。ラナはその辺の事情を人伝にしか聞いていないが、なんでも家の都合で急遽退学し、里帰りをしなくてはいけなくなったのだとか。

 家の都合で退学する者は、この学園では別に珍しいことじゃない。

 だが、友人の少ないモニカにとって、ケイシーの里帰りは酷く衝撃だったのだろう。ここ数日はいつもしょんぼり俯いているし、ラナに対してもなんだか妙にぎこちないのだ。

 昼食の時も、ラナがクローディアに突っかかっている間、モニカはなんだかぼんやりしている。

 思えば、昼食の席だって、ケイシーがいるから場が保っていたようなものなのだ。ラナとクローディアがもめると適度に諫めてくれたし、モニカが黙り込んでいるとさりげなく話題を振ったりと、ケイシーは空気を読むのが抜群に上手かった。

 本当はラナだって、ケイシーがいなくなって少しは寂しいのだ。鉄面皮のクローディアなんかは、なんとも思っていないのだろうけれど。




 やがて授業が終わると、ラナはモニカの机に近づいた。

 モニカは気持ちの浮き沈みが、そのまま服装や髪型に現れるタイプだ。案の定、袖のボタンを留め忘れているし、髪は三つ編みから一房溢れて、びよんびよんと間抜けに跳ねている。

 ラナはモニカに後ろから近づき、跳ねている髪を指でつつく。

「袖のボタン、留まってないわよ」

「へっ? あ、わ、本当だ……」

 モニカはラナに声をかけられて、初めてそのことに気づいたらしい。

 モニカがもたもたと袖のボタンを留め直している間に、ラナは飛び出している髪を押さえて、ピンで留めてやった。これで少しはマシに見えるだろう。

「次は選択授業ね。ねぇ、結局モニカは何の授業を選んだの?」

「えっと……第一がチェスで、第二が法学」

「今日は第一だから、チェスの日ね。教室の方向同じだし、途中まで一緒に行きましょうよ」

「う、うん……」

 コクンと頷き、モニカは筆記用具を片付け立ち上がる。

 モニカと並んで歩きながら、ラナは密かに頭を抱えた。

 こういう時、どういう話題を振れば良いのかが分からない。色々と話題を捻り出そうとするも、どうしたって思い浮かぶのは、流行り物の話題ばかり。そういう物にモニカが興味がないことぐらいは、ラナだって分かっているのだ。

「そ、そうだ。ねぇ、モニカは学祭の後の舞踏会に着るドレスはもう決めた?」

「………………へ?」

 モニカはポカンと目と口を丸くして、ラナを見上げていた。

 ラナとしては「まだ用意してない」ぐらいの返事を想定していたのだが、モニカのこの表情から察するに、もしや……。

「モニカ? 学祭の夜に舞踏会をすることは、知ってるわよね?」

「うん、スケジュールにそう書いてあるのを、見た……けど……てっきり制服で参加するのかと……」

 モニカは編入生だということを、ラナは今更思い出した。

 セレンディア学園では、基本的に式典の類は制服参加が基本だが、その後に行われる舞踏会は当然に、各々が用意した礼装を身につける。特に学祭と卒業式の後に行われる舞踏会は、それは盛大なものなのだ。誰もがここぞとばかりに着飾って参加する。

「……制服じゃ、ダメ、かな?」

「仮にも生徒会役員が、それはまずいわよ……」

「うっ……」

 生徒会役員は舞踏会の会場を取り仕切る存在だ。欠席などできるはずもないし、まして制服で参加したら確実に恥をかく。

「……モニカ、ドレスは持ってる?」

 モニカは無言で首を横に振る。

 あぁ、とラナは額に手を当てた。

 学祭まで残り二週間。モニカ一人でドレスを用意できるとは、とても思えない。

「わたしのお古で良ければ貸してあげるわ。もう色もデザインも流行遅れのやつだけど」

「えっ、で、でも……」

 モニカはもごもごと口ごもり、指をこねながら俯く。

 ラナはむっと唇をへの字に曲げた。

「なによ、わたしのお古なんか嫌ってわけ?」

「ち、ちがうの、その……わ、わたし…………わたし…………」

 モニカの声はなんだか泣き出しそうに震えていた。

 モニカの頼りなさげな眉がぎゅっとしかめられ、丸い目にじわりと涙の膜が張る。

「いつも、ラナに、助けてもらって、ばかりで…………なにも、返せて、なくて……」

 モニカの頭はどんどん下を向いていく。

 とうとうラナには、モニカのつむじしか見えなくなってしまった……ので、ラナはそのつむじを指でグリグリと押してやった。

「別に何か返してほしいわけじゃないわよ」

「…………でも……」

「と、友達に親切にするのに、理由なんていらないでしょ」

 つむじから指を離してやれば、モニカの頭がゆっくりと持ち上がる。

 モニカはまだ戸惑ったような顔をしていた。

「………………ありがとう、ラナ」

 モニカはか細い声で礼を言う。涙は少しだけ引っ込んだようだが、何故かモニカの顔には強い罪悪感が滲んでいた。

 ラナに頼ることを申し訳なく思っているのだろうか?

 ラナはむぅっと腕組みをして、モニカを軽く睨む。

「ドレスのサイズ、少し詰めないとだから、今度わたしの部屋に来なさいよ。というかモニカ、コルセットは持ってる?」

「したことない……」

「はぁっ!?」

 ラナは今だって制服の下に軽装用のコルセットを身につけているのだ。十代後半の女子なら、それぐらい当然の嗜みである……が、ラナはまじまじとモニカの体を見て、納得した。

 十代前半と言われても違和感のない小柄な体は、華奢というより痩せすぎなのだ。

「……まぁ、確かに…………寄せる肉が無いわね……」

「うっ……」

 それでも腰を締めてくびれを作り、胸に詰め物をすれば、少しは女性らしい体型に見えるはずだ。

 自分が十代前半に使ったコルセットを取り寄せようと、ラナは密かに心に誓った。


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