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【番外編4】バーニー・ジョーンズ

 バーニー・ジョーンズはリディル王国南西部の歴史ある名家、アンバード伯爵家の次男だ。

 貴族社会で次男以下の扱いは、兄のスペアと決まっている。どんなに兄が無能で愚かでも、家を継ぐのは兄なのだ。

 バーニーは自分が兄よりも優秀なことを自覚していた。事実、彼は優秀だった。学問の分野においては家庭教師を唸らせるほどの成績だったし、なにより魔術の才能がある。だが、次男である以上、家を継ぐのはどうしたって兄なのだ。

 だから、彼は魔術師養成機関の最高峰であるミネルヴァに入学した。

 彼が目指したのは、ただの上級魔術師なんかじゃない。狙うのはリディル王国最高峰の魔術師、七賢人。

 七賢人になれば、魔法伯という伯爵位相当の爵位が貰える。魔法伯は国王に謁見することもできる、非常に地位の高い存在だ。

 ……それなら、次男であるバーニーでも、父と兄を見返せる。

 だからバーニーは必死になって勉強をし、その甲斐あって座学と実技で学年一位の成績を修めたのだ。

(僕は兄さんとは違う。才能があるんだ)

 例え次男でも出世の道はある。道は自分で切り開けるのだと、彼は信じて疑わなかった。



 * * *



 それはバーニーが十三歳の時のこと。

 バーニーが移動教室から戻ってくると、教室の隅で、一人の女子生徒が複数人の男子生徒に囲まれていた。

 最近入学したばかりの、その女子生徒の名はモニカ・エヴァレット──通称〈無言のエヴァレット〉

 いつも無言で、人形みたいな無表情で俯いている小柄な少女だ。

 どうやら、男子生徒達はモニカが何も喋らないことに興味を惹かれ、彼女を玩具にしようとしているらしい。誰がモニカを喋らせるかで盛り上がっている。

 男子生徒の一人が窓辺にいた蜘蛛をつまみあげ、モニカの顔に近づける。モニカは俯いたままピクリとも反応しない。

「おい、誰かこいつの口をこじ開けろよ! 口の中にコレを突っ込んでやる! そしたら流石に悲鳴ぐらいあげるだろ!」

 男子生徒の声に反応して、他の男子生徒がモニカの顔に手を伸ばす……が、その手は直前で引っ込められた。

 男子生徒の袖口がプスプスと煙をあげて焦げていたのだ。

「ぎゃっ!? な、なんだこれ!?」

「貴方達、何をしているのですか」

 火の魔術を放ったバーニーが冷たく言い放つと、男子生徒達は露骨に舌打ちする。

「いいとこなんだ。邪魔すんなよ、優等生」

「とても貴族とは思えない見苦しい振る舞い……恥を知りなさい」

 トレードマークの眼鏡の縁を持ち上げながらそう言い放てば、男子生徒達がいきりたつ。

 だが、バーニーは躊躇うことなく短縮詠唱クイックスペルを使い、炎の矢で男子生徒を包囲した。

 ゲッと顔を引きつらせて後ずさる男子生徒達をバーニーは鼻で笑う。

「実技成績一位の僕に、敵うとでも?」

 バーニーは、この学年で唯一短縮詠唱を習得している天才だ。魔術勝負は詠唱の早さが肝となる。故に、短縮詠唱を習得しているバーニーに敵う者は誰もいない。

 男子生徒達は舌打ちし、すごすごと教室を出て行った。

 バーニーは指を鳴らして炎の矢を打ち消すと、モニカを見下ろす。

「立てますか?」

「………………」

 モニカは緑がかった茶の目で、ぼぅっと床を見ていた。その視線の先にいるのは、男子生徒が放り投げた蜘蛛だ。

 やがて蜘蛛がカサカサと動き出し、窓の外に逃げ出すと、モニカはぼんやりとした目でバーニーを見上げた。

「あり、がとう、ございます」

 ぎこちない喋り方だが、〈無言のエヴァレット〉も、ちゃんと声を発することができるらしい。

 そのことに密かに驚いていると、モニカは聞き捨てならない言葉を続けた。

「……蜘蛛を、助けて、くれて」

「ちょっと待った」

 何故、そうなる。

 バーニーが助けたのは蜘蛛ではなく、モニカである。

 バーニーは思わず眼鏡の奥の目を細めて、モニカを睨んだ。

「生憎、僕は虫が嫌いです。僕が助けたのは蜘蛛ではなく貴女ですよ」

 すると、モニカはゆっくりと瞬きをして、首をコトンと傾ける。

 そうして言葉を探すみたいにしばし考え込み、ゆっくりと喋りだした。

「わたし、蜘蛛は、怖くないん、です」

「は?」

 憮然とした顔をするバーニーに、モニカは無表情のまま口籠る。

 改めて見ると、つくづく表情の無い少女だ。

 地味で素朴な顔立ちは、笑えば人並み程度の愛嬌ぐらいはあるだろうに、たまにゆっくり瞬きをする以外、顔のパーツが殆ど動かない。

 モニカは無表情のまま黙り込んでいたが、やがて殆ど口を動かさずにボソボソと声を発した。

「……でも、わたしの、口に入れたら、蜘蛛が、可哀想だから……あなたが、蜘蛛を助けてくれて、良かったと、思います」

「どういう理屈ですか、それは」

 バーニーが呆れ顔で言えば、モニカはやはり無表情のままうなだれた。

 バーニーは頬をかきつつ、気になったことを訊ねる。

「随分、拙い喋り方ですね。この国の出身ではないのですか?」

 モニカは無表情のまま、ふるふると首を横に振る。どうやら異国の人間というわけではないらしい。

「ごめん、なさい……養母と、喋る練習、してきたん、です、けど」

 そこでモニカは言葉を切り、スーハーと深呼吸をする。まるで、声の発し方を忘れていた人間が、息継ぎを思い出したかのように。

「喋ってない、時期が、長かった、から……言葉が、上手に、出てこなくて」

 喋っていない時期が長かった……つまりは訳有りということか。

 同じ年のバーニーと比べて痩せすぎの体や、血色の悪い顔を見れば、彼女の境遇がそれなりに過酷なものだったことは、なんとなく察せられる。

 バーニーはモニカの前で腰を折って、手を差し伸べた。

「立てますか?」

 モニカは目を丸くしてバーニーの手を見ていた。

 そして、ハッとしたように制服のポケットを押さえる。

「あの、わたし、お金は、あんまり、持ってない……です」

 バーニーは頬を引きつらせた。

「見損なわないでくれますか? 僕は誇り高きジョーンズ家の人間ですよ。貴女から金銭をせびる筈がないでしょう」

 バーニーがモニカの手を掴んで立たせてやっても、彼女はまだどこかぼんやりとしていた。人形師に糸で引っ張られただけの人形みたいに。

 バーニーがモニカのローブについた埃を払ってやれば、モニカの目が少しだけ丸くなる。本当にわずかな表情の変化だ。だが、それでも人形みたいなこの少女に表情の変化をもたらしたことが、バーニーには妙に嬉しかった。

「まったく世話の焼ける人ですね」

「……ごめん、なさい」

「そこは、ありがとうでしょう?」

 バーニーがそういえば、モニカの唇が少しだけムズムズと動く。

 笑ったというには、あまりに小さな動きだが、それでも確かに彼女の口角は、ほんの少しだけ持ち上がっていた。

「……ありがとう、ござい、ます」

「どういたしまして」



 * * *



 その日から、バーニーはなにかとモニカの世話を焼くようになった。

 モニカときたら本当に鈍臭い少女で、何もないところで転ぶし、髪はボサボサだし、私物はよく無くすし、とにかく世話が焼ける。

 勉強面では、魔術式に関することや数字が関わるものはバーニーに劣らず優秀なのに、一般教養の成績は潰滅的なのだ。特に歴史や語学に滅法弱い。

 仕方ないですねぇ、とバーニーが自分のノートを開いて解説をしてれば、モニカは拙い声でバーニーに礼を言う。

 そうやって、毎日一緒に勉強をするうちに、段々とモニカの喋り方は滑らかになってきたし、表情も豊かになった。

 困ったことがあるとモニカは眉を下げてバーニーに泣きつくし、ボサボサの髪を整えてやれば、野の花が咲くみたいに小さく笑う。

 自分がモニカを変えたのだ。その自負がバーニーの胸にあった。


 ──ありがとう、バーニー。

 ──バーニー、バーニー、助けてぇぇぇ。

 ──バーニーは、すごいね。


 そんなモニカの些細な言葉は、いつだってバーニーのプライドを満たしてくれた。





 ……本当は、薄々気づいていたのだ。

 モニカの髪がボサボサなのは、クラスメイトに無理やり髪を切られたから。私物がよく無くなるのは、隠されているからだと。

 それでも、バーニーはその事実から目を逸らし、モニカの世話を焼き続けた。


 きっと彼は無意識に、モニカが孤立することを望んでいた。

 モニカが孤立すればするだけ、自分を頼ってくれるから。

 そうすれば、頼りがいのある優等生でいられたから。



 * * *



 魔術師養成機関であるミネルヴァでは、当然に実践魔術も教えているが、入学してから半年は実際に魔術を使うことを禁止されている。

 魔術は使い方を一つ間違えると大惨事を起こす、強大な力だ。だからこそ最低でも半年、きっちり基礎を学んでから、実践訓練に移る。

 七歳の頃からミネルヴァに通っているバーニーは、十三歳の時点で中級魔術は一通り使えていたし、上級魔術も幾つか使えるようになっていた。

 なにより彼は学年で唯一、短縮詠唱を習得している。

 故に、実技訓練において彼は敵なしだった。

 一方、モニカはまだ入学して日が浅いので、最近ようやく実技の基礎を始めたばかりである。

 モニカは魔術式の理解度が極めて高いので、きっと魔力操作さえ覚えれば、すぐに自分に追いつく筈だとバーニーは確信していた。

 ところが、初の実技訓練では……。


「チミ、いつになったら始めるの?」

「……ぁ、…………ぅ、…………ぅぅ……」


 教師に促されても、モニカは真っ青になって唇をぶるぶると震わせているだけで、とうとう魔術を使うどころか詠唱すらできないまま、授業を終えてしまった。

 バーニーは休み時間になるなり、モニカに詰め寄った。

「なんですか、さっきのあれは! 理論は完璧だったじゃありませんか」

「だ、だって、人がいっぱいいる前で…………声を出すの、怖、くて」

 そこでようやくバーニーは思い出した。バーニーの前ではだいぶ普通に喋れるようになったモニカだが、それでもバーニー以外の人とは殆ど口を利けないのだ。

「……人前で、何かを言うの、すごく怖いの…………わたしが何かを言った瞬間、みんながこっちを見るのが怖い……みんなの視線が怖い……」

「そんなことを言ってたら、いつまで経っても魔術を使えないでしょうが」

「…………うん」

 モニカはしょんぼりと涙目で項垂れる。

 本当はモニカだって悔しいのだろう。この半年間、彼女がどれだけ真面目に勉強してきたかをバーニーは隣で見てきたのだ。

 なんとかしてやりたい……そう考えたバーニーの頭に、一つの名案がよぎる。

「そうだ、人前で声を発するのが苦手なら、詠唱を減らせばいいんです」

「……へ?」

「僕が短縮詠唱を教えてあげましょう。短縮詠唱なら、詠唱時間は半分で済むし、貴女も気が楽でしょう?」

 バーニーの提案に、モニカは視線を彷徨わせながら、もじもじと指をこねた。

「で、でも……わたしなんかに、できるかな」

「きっとできますよ。貴女が基礎をどれだけ勉強してきたか、僕は知っている。貴女なら、きっとすぐに短縮詠唱も理解できる筈です」

 バーニーがいつになく熱っぽい口調で言えば、モニカはパッと頬を赤くして、コクコクと頷く。

「う、うん……わたし、がんばる…………えへへ、やっぱり、バーニーは頼りになるね」

「ふん、当然でしょう。何と言っても、僕は将来七賢人になる男ですから」

 バーニーが胸を張ってそう言えば、モニカはニコニコしながら頷いた。

「うん、きっとバーニーなら、七賢人にだってなれる。だって、バーニーはすごいもの」

 モニカの素朴な称賛が、バーニーの胸をくすぐる。



 自分の輝かしい未来への道は開けている。バーニーはそう信じて疑わなかった。

 ……この時は、まだ。



 * * *



 実技授業の教室はどよめきに満たされていた。

 誰もが言葉を失い、目の前の光景を食い入るように見ている。

 この場にいる誰もが、見たことのない、前代未聞の技術──無詠唱魔術。

 それをやってのけたのは、実技試験で一番のおちこぼれだった少女……モニカ・エヴァレット。


(知らない……こんなの、僕は知らない……)


 モニカが軽く片手を上げれば、小さな旋風が巻き起こり、クルクルと渦巻く。

 その間も、モニカの口は閉ざされたまま。


(僕はこんなの、教えてない!!)


 バーニーは呆然とした。

 彼がモニカに教えたのは、短縮詠唱のやり方だけだ。二人きりの時なら、モニカは短縮詠唱を使えるようになっていたから、きっとこの授業でそれを披露するのだろうとバーニーは思っていた。

 短縮詠唱を披露したら、周囲のモニカを見る目が変わるに違いない。そうしたら、モニカに短縮詠唱を教えたのは他でもない自分なのだと、バーニーは胸を張って言うつもりだった。

 だが、目の前で起こっている光景は、短縮詠唱どころの騒ぎではない。

 また、モニカが片手を持ち上げれば、今度は氷の矢が生まれる。これも無詠唱。

 モニカは得意属性の風以外の魔術も無詠唱で使えるのだ。

 彼女がミネルヴァに入学したのが半年前。実技を始めてから、まだ二週間しか経っていない。


 モニカ・エヴァレットは、努力の積み重ねだけでは辿り着かない領域にいる、本物の天才だ。


 その事実を、バーニーは絶望とともに噛み締める。

 称賛の眼差しを向けられるモニカに対し、バーニーが感じたのは暗い怒りと嫉妬心。

 

 バーニーがいなければ、ろくに会話もできなかったくせに!

 バーニーがいなければ、クラスで一人ぼっちのくせに!

 バーニーがいなければ、何もできないくせに!!


 酷く裏切られたような気持ちで、バーニーは歯を噛みしめた。

 眼鏡の奥で、その目を嫉妬心に淀ませながら。



 * * *



 モニカが無詠唱魔術を披露した時から、彼女の周囲の環境は一変した。

 モニカは特待生扱いとなり、ミネルヴァで最も権威のあるギディオン・ラザフォード教授の弟子となった。

 ラザフォード教授に師事した者が、何人も七賢人に選ばれているのは有名な話だ。モニカもゆくゆくは七賢人になるのだろう、と誰もが噂した。

 モニカはラザフォード教授から直々に指導を受けることになり、通常授業には殆ど顔を出さなくなった。そうなると、当然にバーニーと顔を合わせる機会も減っていく。



 モニカが無詠唱魔術を使った日から、バーニーは一度もモニカと口を利いていない。

 何度かモニカから話しかけようとしてきたことはあったが、全てバーニーは無視をした。

 この頃から、バーニーが描いていた完璧な未来は少しずつ少しずつ狂い始めていたのだ。

 モニカとの距離を少しでも縮めようと我武者羅に訓練をしたバーニーは、その結果、魔力中毒を起こして医務室送りになった。

 魔力に体を蝕まれ、のたうち回りながら、バーニーはモニカを憎んだ。

 自分がこんなに苦しんでいるのは、全部全部モニカのせいだ。モニカがいたから、自分はおかしくなってしまった。全部全部全部モニカのせいだ。


 ──モニカがバーニーの人生を狂わせたのだ!!



 * * *



 モニカが七賢人に選ばれたのは、十五歳の冬のことだ。

 最年少の七賢人がミネルヴァの生徒から選ばれたという事実に、ミネルヴァは大いに盛り上がった。

 特に七賢人就任式典とそのパレードの日は、学校中が大騒ぎだ。だが、人々の歓声も、モニカを称賛する声も──全てがバーニーには耳障りな雑音だった。


 兄のスペアであるバーニーでも、魔術を極めて七賢人になれば周囲から認めてもらえると思っていた。

 自分なら七賢人になれると、バーニーは疑っていなかった。

 だが、七賢人に選ばれたのは、バーニーではなくモニカだ。バーニーはその選考にすら、呼ばれていない。


「バーニー!」


 ミネルヴァの図書館を出たところで声をかけられた。自分に駆け寄ってくるのはモニカだ。

 七賢人になった彼女は、もうこの学園の生徒ではない。身につけているのは、七賢人だけが身につけることを許される藍色のローブ。その手に握られた美しい杖も、七賢人だけが持つことを許された物だ。

 モニカは杖を胸に抱きながら、指をもじもじとこねた。そういう子どもっぽい仕草も、年の割に痩せすぎている体も、幼い顔も、バーニーの知るモニカと何ら変わらない。

 でも、彼女はもう、バーニーの友人なんかじゃない。〈無言のエヴァレット〉は、七賢人〈沈黙の魔女〉になったのだ。

「……あ、あのね、わたし、その……ずっと、バーニーに、お礼を言いたくて……」

 モニカはどもりながら、懸命に言葉を紡ごうとしていた。

 それを、バーニーは冷ややかに遮る。

「貴女は僕のことを、馬鹿にしてるんですか?」

「……え?」

 モニカの顔が凍りつく。

 あぁ、なんていい気分だろう。その顔を、もっと歪めてやりたい。

「僕にお礼? ははっ、それって嫌味ですか? あなたは僕のことなんて、内心見下していたんでしょう?」

「……え? な、なんで? ちがう、ちがうよ……わたし、バーニーのこと、大事な、友達だって……」

「貴女なんて、友達じゃない」

 大きく見開かれたモニカの目に、じわりじわりと涙が滲む。

 もっと傷つけ、と思った。

 モニカなんて、二度と立ち直れなくなるぐらい、ズタズタのボロボロになってしまえばいい。

「わざわざ七賢人の正装で僕に会いに来るなんて嫌な人ですね。そうやって僕のことを馬鹿にして、見下して、良い気分ですか? ねぇ、教えてくださいよ、七賢人様?」

 ぼろりと、モニカの目から涙の雫が溢れ落ちる。

 モニカは鼻の頭を真っ赤にして、子どもみたいに泣きじゃくった。

 そのみっともない泣き顔が、泣き声が、ほんの少しだけバーニーの心を満たしてくれる。

「あぁ、七賢人なのに、なんてみっともない振る舞いでしょう。とても七賢人とは思えない。貴女なんて、人のいない山小屋にでも、引きこもっている方がお似合いだ」

 モニカはその場にしゃがみこみ、啜り泣いていた。

 バーニーはその横を早足ですり抜けて、自室へ向かう。

 耳に届く哀れな泣き声に、ほんの少しだけ溜飲を下げながら。




 それきり、バーニーが七賢人〈沈黙の魔女〉の活躍を耳にすることは無かった。

 風の噂では、〈沈黙の魔女〉は山小屋で隠者のような生活を送っているという。

 きっともう二度と、バーニーと会うこともない。


(……これで、いいんだ)


 こうして、バーニー・ジョーンズはようやく心の平穏を取り戻したのだ。

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