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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第6章「選択授業編」
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【6-14】それは恋心にも似た

 生徒会室を後にしたフェリクスは、周囲に人がいないのを確認し、胸ポケットを指でつつく。

 白蜥蜴のウィルがポケットから顔を出すと、フェリクスは周囲を警戒したまま静かに命じた。

「先程、君は精霊王の召喚が行われたと言っていたね?」

「はい。精霊王召喚のための門が、この近辺で開かれるのを感じました」

「職員室に忍び込み、職員達の間でそのことが話題になっていないか調べてくれ」

 いくら生徒会長と言えど、用もなく職員室に居座っては不自然に思われる。ならば、目立たず侵入できるウィルに任せるのが適任だろう。

「殿下は、どうされるのですか?」

「私は外に異常が無いか、見て回ってくる」

「かしこまりました。何かありましたら、すぐにわたくしを召喚してください」

 ウィルはフェリクスのポケットを這い出ると、そのままスルスルと素早く廊下を移動して職員室に向かう。

 フェリクスはそれを見送ると、自身は校舎の外に出た。生憎と彼は、感知の魔術を習得していないから、勘を頼りに調べて回るしかない……が、一箇所だけ、どうしても先に見ておきたい場所があった。

 ──それは、旧庭園。初めてモニカと出会った場所だ。

 フェリクスはあの旧庭園の噴水に、学園を保護する大規模結界が仕込まれていることを知っている。彼はその魔術式に興味があって、わざわざ旧庭園の鍵を複製して入り浸っていたのだ。

 七賢人が一人〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが作った大規模結界の術式は、素人目に見ても芸術品だった。

 あんなに複雑で精緻な魔術式は、そうそう拝めるものではない。

(そして、精霊王が召喚されるような非常事態があったとして……学園が外部から攻撃されたのなら、結界が作動したはず)

 なんにせよ、結界を確認しておくに越したことはない。

 そう考え、フェリクスは旧庭園に向かうと、以前こっそり複製した鍵を取り出して門を開ける。

(そういえば、子リスはどうやって門を潜り抜けたのか、聞き損ねたな)

 案外、モニカしか知らないような抜け道があるのかもしれない。

 そんなことを考えつつ歩を進めるフェリクスは、前方に人の気配を感じ、足を止めた。

(……噴水のそばに、誰かいる?)

 木陰に隠れ、気配を殺しながらそっと噴水の方を窺えば、ローブ姿の男が噴水の中でなにやら作業をしているのが見える。

 作業をしているのは栗毛を三つ編みにし、片眼鏡をかけた若い男だ。その顔に、フェリクスは見覚えがあった。

(……〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー? 何故、彼がここに?)

 結界の定期点検なら、事前に学園側に連絡がある筈だ。だが、フェリクスはそういった連絡を聞いていない。

 もう一つ気になるのは、噴水の外枠部分が木っ端微塵に砕け散っていること。

(噴水の外枠部分は、大規模結界を保護する結界のはず……それが壊れている? どういう事態だ?)

 ルイスは噴水の中で、ぶつぶつと詠唱を繰り返しては結界の調整をしているようだった。

 そこにふわりと強い風が吹き、上空からメイド服を着た若い女が舞い降りる。

 ルイス・ミラーは風の上位精霊と契約していると聞いたことがある。おそらく、あの女がそうなのだろう。

「ルイス殿。護送、完了いたしました」

「ご苦労。そうしたら、次は西の倉庫にある〈螺炎〉の残骸を回収してきてください」

「なんと精霊使いの荒い」

「こっちは手が離せないんですよ。この結界……殆ど作り直しです。〈螺炎〉を無効化するためとは言え、随分と無茶なことを」

 フェリクスはこの会話に眉を顰めた。

 〈螺炎〉という単語は耳にしたことがある。確か、極めて殺傷能力の高い暗殺用魔導具の名称だ。

 ……それが、西の倉庫に仕掛けられていた?

 少し前まで西の倉庫にいたのは、他でもないフェリクスだ。

(彼らの会話から察するに、私の命が狙われて、それをルイス・ミラーが秘密裏に助けた、ということかな?)

 だが、ルイスの語り口からすると、ルイスが直接手を下したのではなく、他の誰かが〈螺炎〉を無効化したことになる。

(……それは、いったい誰だ?)

 フェリクスは息を殺して、ルイス達の会話に意識を集中する。

 ルイスはげんなりした顔で噴水を見下ろし、溜息を吐いていた。

「この噴水、もう直しようがありませんな……まぁ、学園の関係者が見ても、経年劣化で壊れたと思うだけでしょうが……第二王子を守るためとは言え、精霊王をポンと召喚するなんて……」

 綺麗に整えた栗毛を雑にかき乱し、ルイスはボソリと吐き捨てる。


「まったく、〈沈黙の魔女〉殿も無茶をする」


(…………は?)

 ルイスの口から飛び出した名前に、フェリクスの心臓が跳ねる。

(〈沈黙の魔女〉が、精霊王を召喚した? 私を助けてくれた?)

 フェリクスの脳裏に、数ヶ月前の光景が蘇る。

 眉間を撃ち抜かれたワイバーンの群れ。雪のように静かに舞い降りるその巨体。

 あまりにも静かで、美しい魔術。

 その使い手の〈沈黙の魔女〉が精霊王召喚?

 フェリクスを助けるために?

(……見たい)

 まるで幼い子どもが、初めて流れ星の存在を知った時のように、フェリクスの胸は高鳴った。

 あの美しい魔術の使い手が、精霊王を召喚する光景は、どんなに荘厳で美しいのだろう?

(〈沈黙の魔女〉が、この近辺にいた? たまたま通りすがったのか? それとも、以前から学園に潜入を? 式典で見た限り小柄な人物だが……いや待て、必ずしも女性とは限らない。七賢人の〈茨の魔女〉も、魔女を名乗っているが男性だし、〈沈黙の魔女〉が男性ということもありえるかもしれない。そうすると、中等部に潜入している可能性も……いや、やはり教師陣? いや待て、落ち着け。潜入ではなく、たまたま近くを通っただけという可能性もあるんだ)

 いつになく、思考が先走っているのを感じる。

 それほどまでに、フェリクスにとって〈沈黙の魔女〉とは、憧れに近い存在だった。

 見たい。会いたい。無詠唱魔術を使う姿を一度でいいから見てみたい。

 フェリクスは思わず口角の上がった口元を手で押さえる。

 ほぅっ、という吐息を掌で押し殺せば、自分の頬が、らしくもなく紅潮しているのを感じた。

 これではまるで、初恋の人を探す少年みたいじゃないか。

(あぁ、漸く見つけたかもしれない)

 フェリクスは高鳴る胸を制服の上からギュッと押さえる。


()が、夢中になれる何かを)



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