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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第6章「選択授業編」
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【6ー10】傀儡の王子

 学祭で使われる花火は大きく二種類に分かれる。定期的に空に打ち上げられる物と、舞台の演出で使う物だ。前者は学祭前日に運び込まれるが、後者はリハーサル等でも使われるので先に運び込まれることになっていた。

 搬入には生徒会役員のフェリクス、エリオットの他に、舞台演出担当のメイベル・ヘインズ嬢が立ち会っている。舞台演出で使う花火は専門の業者が取り扱うことになっているが、舞台演出担当も取扱注意点などは知っておく必要があるためだ。

 メイベル・ヘインズは高等科三年の理知的な女子生徒である。普段は眼鏡をかけて、静かに本を読んでいる令嬢なのだが、舞台演出が関わると人が変わったように目をギラギラさせることで有名だ。

 そんな彼女は、搬入作業を眺めているフェリクスにすすすと近づくと「で、ん、か」と媚びを隠さない甘ったるい声でフェリクスに話しかけた。

「この間のお話、考えてくれました?」

「あぁ、舞台に出てほしいというやつかい? それなら、その場で断った筈だけど」

「わたくしは『考えておいてくださいませ』と申しあげましたわ。それを否定しなかったということは、即ち! 考えておいてくださった、ということに他なりませんわ!」

 屁理屈をこねつつ、メイベルはギラギラとした目でフェリクスをじぃっと見上げていた。

 隣でリストを見ているエリオットが無言で一歩フェリクスから離れるぐらいに、メイベルの圧は強い。

「殿下が生徒会役員で、大変お忙しいのは存じ上げておりますわ。でも、ほんのちょっとだけ、ほんのちょっとだけで良いのです。初代国王の最後のシーン、最後のシーンだけでも、どうか殿下にお願いできませんか?」

「それまでは別人が演じていたのに、最後のシーンだけ私になったら、芝居の完成度が下がってしまうよ」

「そんっっっなことありませんわ。間違いなく舞台を見た誰もが、歓声をあげて泣き崩れること間違いなしです。えぇ、わたくしには聞こえるようですわ、観客達の歓喜の声と大地が割れんばかりの拍手の音が!」

 わぁ大袈裟……と、フェリクスはメイベルの主張を聞き流した。

 メイベルは、本当に普段は寡黙でおしとやかな淑女なのだ。ただ、舞台演出が関わると些か雄弁になりすぎる。

「本当なら初代国王役をフェリクス様に、風の精霊王シェフィールドをアシュリー様、水の精霊王ルルチェラをグレイアム様、大地の精霊王アークレイドをエリオット様に演じていただきたかった……生徒会役員の方々は麗しい方ばかりなんですもの。もう、舞台に立つだけで迫力が! 違うのです!」

 フェリクスは聞こえないフリをして、黙々と木箱の確認を続ける。

 メイベルはそんなフェリクスの正面に回り込み、恋する乙女よりも、なお暑苦しい眼差しで、フェリクスを見上げた。

「どうか、もう一度お考えいただけませんか? 王妃役のエリアーヌ様も、是非殿下にと仰っていますのよ」

「…………へぇ」

 エリアーヌ。その名前が出てきた瞬間、フェリクスの碧い目がほんの少しだけ陰る。

 だが、浮かべた穏やかな笑みはそのままに、フェリクスはメイベルに告げた。

「ならば、ここで正式に返答をしよう。我々生徒会役員は、舞台に上がることはできない。これ以上君が食い下がるのなら、生徒会の業務妨害と見なさなくてはいけなくなるね」

 強い拒絶の言葉に、メイベルは「うぐぅ」と淑女らしからぬ声を漏らし、ハンカチを噛み締めた。

 そんなメイベルに、フェリクスは辛辣な態度を引っ込め、穏やかな笑みを向ける。

「私が舞台に立たずとも舞台は成功すると確信しているよ。どうか私の期待を裏切らない、素晴らしい舞台を作ってほしい」

 そんなことを言われてしまえば、これ以上メイベルも食い下がることはできない。

 メイベルは深々と溜息を吐いて頷くのが精一杯だった。

 メイベルを上手くあしらったフェリクスが確認作業に戻ると、離れて見ていたエリオットが自然な足取りで戻ってくる。

「上手いことメイベル嬢を言いくるめたもんだ。流石殿下……だが、良いのか? エリアーヌ嬢はお前を初代国王役にと御所望だったんだろう?」

 エリアーヌはフェリクスとは遠縁の娘だ。フェリクスの祖父、クロックフォード公爵はエリアーヌを正式な婚約者にと考えている。

 だが、フェリクスは心の底からどうでも良い気持ちで、軽く肩を竦めてみせた。

「生徒会業務が忙しいのは事実だから、仕方ない。エリアーヌ嬢もそれぐらいの分別はあるだろう」

「学園三大美女の一人を袖にするなんて、羨ましい話だな」

 思ってもないことを、とフェリクスは声に出さずに呟き、リストに目を落とす。

 クロックフォード公爵が用意した婚約者候補をフェリクスは嫌っているわけではない。ただ、興味がないだけで。

 思えば、クロックフォード公爵が用意したものは、いつだって彼には興味のない物ばかりだった。

 婚約者候補も、用意された輝かしい未来も……フェリクス・アーク・リディルのために用意される、ありとあらゆるものに、彼は興味を持てない。

(……それでも私は王にならなくては、いけないんだ)

 例え、クロックフォード公爵の傀儡と言われようとも。



 * * *



「……クロックフォード公爵の傀儡を……王にするわけにはいかないのよ」

 ケイシーは軋む歯の隙間から、低く呻いた。

 彼女の顔にいつもの快活な笑みは無く、その目は暗い絶望に彩られている。

 絶望の中に、わずかに悲しげな色を滲ませて、ケイシーは細いナイフの切っ先をモニカに向けた。

 ようやくモニカは理解する。

 東の倉庫でケイシーが木材を倒し、自作自演の事故を起こしてみせたのは、アリバイ作りのためだったのだ。

 もし、同日に二ヶ所で事件が起これば、大抵の人間は、どちらの事件もフェリクスの命を狙った同一犯の仕業だと考える。

 だから、どちらかの事件に巻き込まれておけば、周囲の疑いの目を避けられるというわけだ。

 もし、ケイシーが木材の下敷きになって大怪我をしたら、誰もケイシーが犯人だとは思わないだろう。

 そうすれば、ケイシーは巻き込まれた一般人のフリができる。

(……だからって、あんな、危険な真似……)

 一歩間違えれば、木材に押し潰されて死んでいたのだ。

 ケイシーの危うい綱渡りに、モニカの背すじがぞっと冷たくなる。

「なんで……ケイシー……なんで……」

 何故、そこまでしてケイシーがフェリクスの命を狙う必要があるのだろう。

 危険な魔導具を持ち込んで。わざわざ事故を装って、アリバイ作りまでして。

 混乱するモニカに、ケイシーは絶望に歪んだ顔のまま、口の端を引きつらせるように笑った。

「フェリクス殿下が次期国王になれば……その背後にいるクロックフォード公爵は、ランドール王国と戦争を始めるわ。公爵の傀儡であるフェリクス殿下は、公爵を止められない」

 ランドール王国。リディル王国と帝国の間にある小国──第一王子の母の出身国だ。

 チョコレートを飲んだ時に、フェリクスが教えてくれた。第一王子派はランドール王国との繋がりが強いのだと。

 ……だが、フェリクスは第二王子派がランドールに対してどんな感情を抱いているかまでは、言わなかった。

「私の故郷はね、ランドールとの国境にあるの。竜害が酷くて、でも他の貴族を頼るほどのお金も無くて、いつも苦しかった」

 国王直属の竜騎士団は到着に時間がかかる。

 軍事力のある近隣の貴族を頼るには金がいる。

 ケルベック伯爵など、近隣の貴族に軍事支援をしている者もいるが、それとて慈善事業ではないのだ。軍の維持には莫大な金がいる。

「……兵もなく、金も無く。民も土地も、竜との戦いで疲弊していた。そんな私達を秘密裏に助けてくれたのが、ランドールよ。私の家系は代々、ランドールと交流があって……あの国の方々は秘密裏に国境を越えて騎士団を派遣し、私の故郷を助けてくれてたの」

 ランドールの騎士団が秘密裏に国境を越えるのは当然に国家同士の規定に反する。

 だが、竜に怯えて暮らすケイシー達にとって、それはどんなにありがたかっただろう。

 王国の竜騎士団はいつも優先順位の高いところに派遣される。財源の少ない辺境の田舎が後回しにされていたのは、想像に難くない。

 ケイシーが自分達を助けてくれない国家や近隣貴族より、ランドールに恩義を感じるのは、あまりにも当然のことだった。

「フェリクス殿下の母方の祖父、クロックフォード公爵は、ランドールと戦争したがっている。帝国との戦争を視野に入れている公爵は、ランドールをその足がかりにするつもりなのよ」

 ケイシーの手の中でナイフがギラリと不気味に輝いた。

 鏡面のように磨かれたナイフが、怯えたように立ち竦むモニカの姿を写しだす。

 そんなモニカに、ケイシーは暗い笑みを浮かべて言い放った。

「許せるわけないでしょう。クロックフォード公爵も、その傀儡の第二王子も」

「……だか、ら、暗殺、を……? 〈螺炎〉を、仕掛けた、の……?」

 〈螺炎〉とは、暗殺を目的に作られた魔導具だ。大きさは手のひらに乗るブローチ程度。

 一度起動すると、周囲の魔力を吸収して中に溜め込み、やがて溜まった魔力が一定量に達すると、炎を撒き散らして破裂する。

 この炎がまるでネジのように高速で回転しながら対象を貫くので〈螺炎〉という名がついた。

 その特徴はなんといっても、その殺傷能力の高さにある。〈螺炎〉の炎は並大抵の防御結界なら、軽々と貫いて、対象を孔だらけにすることも可能だ。

 欠点は有効範囲の狭さ。〈螺炎〉は強力だが、それほど飛距離はない。

 だが、もしそれが火薬を搬入している倉庫で炸裂したら? 間違いなく甚大な被害が出るだろう。

 青ざめるモニカに、ケイシーは告げる。

「なんでモニカが〈螺炎〉のことを知っているかは知らないけど……あぁ、気づかないでいてくれたら……口封じなんて、しなくて済んだのに」

 ケイシーがナイフを握り直して、一気に距離を詰める。そうして、そのナイフでモニカの首をかき切ろうとした。

 だが、ケイシーの腕をネロが掴んで押さえ込む。ネロはケイシーの腕を捻じ上げたまま、怒鳴った。

「おい、モニカ! ボサッとしてる場合かっ! いよいよ西の倉庫がやべぇぞ!」

「…………っ」

 モニカの中に様々な葛藤が渦巻く。ケイシーの言葉が、絶望が、モニカの思考を軋ませる。

 それでも、この状況をどうにかできるのは、もうモニカしかいないのだ。

 モニカが何もしなければ、大勢の人間が死ぬ。

 〈螺炎〉の効果範囲は狭いが、花火に引火した場合、恐ろしい被害が出ることは間違いないのだ。


『今年の舞台の衣装は本当に凄いのよ! なんて言っても、このわたしが監修したんだからね!』


 だから、ちゃんと観に来なさいよ。とラナはモニカに言ってくれたのだ。

(…………それを、失くすのは……やだっ)

 モニカはゆっくりと顔を上げると、ネロに腕を掴まれ暴れているケイシーに手を伸ばす。

 そうして無詠唱で弱い電流を流せば、ケイシーの体から力が抜け、手からナイフが滑り落ちた。

「な、に……いま、の……」

 ケイシーにしてみれば、何が起こったか分からなかっただろう。詠唱も無しに、魔術を使ったのだから。

 ケイシーはまだ意識こそ失っていないものの、痺れた体を思うように動かせず、ぐったりとしていた。その体をネロが軽々と肩に担ぎ、モニカを睨む。

「おいこら、オレ様まで痺れたじゃねーか」

 ネロの文句を聞き流し、モニカはこの状況を打開する手段を思案した。

(拡声魔術を使って、全校生徒に避難を促す? ううん、ダメ、私の言葉なんかじゃ説得力がないから、信じてもらえない。風の魔術を使って、〈螺炎〉だけを空に飛ばす? ……ダメ、〈螺炎〉は固定式魔導具だから、壁か床に固定されているだろうし、周囲の魔力を吸う性質があるから、下手をしたら魔術の発動と同時に炸裂してしまう)

 やはり、考えられるベストの選択肢は〈螺炎〉を結界に閉じ込め、その炎を押さえ込むことだろう。

 モニカは遠隔魔術が使えるので、この場所からでもギリギリ結界を張ることはできる。

 問題は、結界の強度だ。

 〈螺炎〉は、並大抵の結界を貫通するだけの破壊力がある。

(私が全魔力を注げば、〈螺炎〉の威力を削ぐことはできる……けど、それだけじゃダメ。完全に封殺しないと、花火に引火して大惨事になる……ルイスさんぐらい、強力な結界じゃないと…………っ)

 その時、一つのアイデアが天啓のようにモニカの頭をよぎった。

 モニカは窓に駆け寄ると、意識を集中する。

「おぅ、何始める気だ?」

 ネロが興味津々の様子でモニカを眺める。

 モニカはネロに告げた

「ネロ、わたし、今から学園を攻撃するから」

「………………なんだって?」

「前に話したでしょう。この学園が外部から攻撃されると、ルイスさんの防御結界が発動するの。ネロはその結界の発動地点を調べて」

 ネロの返事を待たずに、モニカは無詠唱魔術で強大な風の槍を複数作り出した。

 基本的に攻撃魔術の類は、術者の周囲に発生し、目標に向かって飛んでいくのが普通だ。

 だが、モニカはそれより上位の「遠隔魔術」を使って、学園の敷地の外に風の槍を作り出し、風の槍で学園を攻撃した。

 この学園には〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが大規模な防御結界を張っている。

 モニカが風の槍を放てば、ルイスの結界はそれを「外部からの攻撃」と認識し、即座に学園全体を防御壁で包み込む。強固な結界は、モニカの風の槍を容易く弾いた。

 流石は〈結界の魔術師〉が年月をかけて張った結界なだけある。桁違いの強度だ。

「ネロ! 結界の発生地点は!」

「ここから近いな。ありゃ、旧庭園のあたりじゃねぇか?」

「わたしをそこまで運んで!」

 ネロは「ほいよ」と軽い返事をし、左肩でケイシーを担いだまま、反対の肩にモニカを軽々と担ぐ。

 そうして、ネロは窓枠を軽く飛び越え、旧庭園に向かって走り出した。

 人間二人を担いでいるとは思えない速さで走りながら、ネロはモニカに問う。

「で、あの性悪魔術師の結界の位置を調べて、何をおっ始めようってんだ?」

「……ルイスさんの結界を、借りるの」

「あん?」

「ルイスさんの防御結界を、〈螺炎〉を封じ込められるよう、書き換えるの」

 モニカの言葉に、ネロはパチクリと瞬きをし、金色の目をくるりと動かしてモニカを見た。

「そんなこと、できんのか?」

「やったことないから、分からないけど……やるの」

 震える手をぎゅっと握りしめ、モニカは自分に言い聞かせるように言う。


「だってわたしは〈沈黙の魔女〉だから」


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