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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第6章「選択授業編」
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【6ー7】あらまぁ私ってばなんて有能な妹なのかしら、褒めていいのよ、お、に、い、さ、ま?

 最近は昼休みになると、ラナ、ケイシー、クローディアの三人と一緒に昼食を取るのが、いつもの流れになっていた。

 今日もこの四人で食事をしていると、周囲からは学祭の話題がチラホラと聞こえてくる。

 学祭まであと一ヶ月。生徒達は誰もが、その準備に忙しい。

「今年の舞台の衣装は本当に凄いのよ! なんて言っても、このわたしが監修したんだからね!」

 ラナがパンをちぎりながら得意げに言い、ケイシーがパンに魚のフライを挟みながら苦笑を浮かべる。

「いやぁ、すごかったね。歴史研究会の子とラナのバトル……」

 なんでも、学祭の目玉である芝居の衣装係に抜擢されたラナは、歴史研究会の生徒と衣装について熱い激論を交わしたらしい。

 あくまで伝承に基づく衣装にすべきという歴史研究会会長と、流行を取り入れた華やかな衣装にすべきと主張するラナの討論は数日に及び、最後は二人とも戦友のような顔で握手をしていたとかなんとか。

「あ、あのぅ、お芝居って、なんのお芝居を、するん、ですか?」

 モニカの疑問の声に、ケイシーがパンを齧りながら言う。

「あぁ、そっか。モニカは今年が初めてだっけ? お芝居は毎年、精霊王と初代国王の物語って決まってるのよ」

 それはこの国なら誰もが子どもの頃に聞いたことがある物語だ。

 今からおよそ一千年前、リディル王国の初代国王は竜に荒らされた土地に平和をもたらすため、火、水、土、雷、風、光、闇の七人の精霊王と契約を交わし、その力を借りて邪竜を退治する。そうして平和になったこの土地に、彼は国を築く……という建国伝説だ。

 この芝居がセレンディア学園の学祭における、一番の目玉であるらしい。

 他にも合唱や演奏の発表、チャリティバザー、お茶会などが行われ、最後は後夜祭でダンスパーティをするのだとか。

 とにかく動く金が大きいので、会計係のモニカは予算案を見て、目を丸くしたものである。

 そもそも生徒達のお芝居ともなれば、舞台装置も衣装も手作りするものだとモニカは思っていたのだが、そこは天下のセレンディア学園。基本的にデザインを生徒が決めたら、あとはほぼ外注なのだ。専門家が作った舞台装置と衣装は、それは華やかなものであるらしい。

「わ、わたし、報告書を見て、びっくりしました……は、花火まであげるなんて……」

 モニカの言葉に、今まで黙々とスープを啜っていたクローディアがボソリと言う。

「……そうよ、朝から夜までドッカンドッカン……煩いったらありゃしないわ」

「花火が上がった方が派手でいいじゃない!」

 クローディアのぼやきに、ラナが拳を握りしめて力説する。この調子だと、ラナは舞台演出にも一枚噛んでいそうだ。

 ラナが演出についてあれこれ語り出すと、それを聞いていたケイシーがふわぁと大きな欠伸をした。淑女らしからぬ大欠伸にラナが唇を尖らせる。

「なによ。わたしの話は眠くなるほど退屈?」

「ごめんごめん、ちょっと寝不足で。チャリティーバザーに出す刺繍作りしてたら、夜更かししちゃってさ」

「な、なんか、みんな、忙しそう、ですね」

 モニカがぽそりと呟くと、ラナ、ケイシー、クローディアの三人がいっせいにモニカを見た。三人の表情は珍しく一致している──呆れ顔で。

 三人を代表してラナが口を開く。

「どう考えても、今一番忙しいのはモニカでしょうが」

「……えっ、そ、そう……かな?」

 確かにここ数日で一気に仕事が増えたのは事実だが、そもそも元の仕事量が、モニカに言わせてみれば大した量ではないのである。

 学祭が近づき、会計絡みの仕事が増えたのは事実だが、モニカにはそれほど苦ではなかった。そもそも、山小屋に引き篭もっていた頃は、もっと複雑で煩雑な資料と向き合っていたのだ。あれに比べれば、大した仕事ではない。

(……どっちかというと、ミネルヴァにいた頃の方が大変だったかも)

 魔術師養成機関であるミネルヴァでは、学祭と言えば各々の研究成果の発表がメインだった。特待生のモニカは当然に相応の研究発表を求められ、論文や資料作りに奔走したものである。

 あの頃は展示を用意するだけ用意して、学祭当日は研究室に引き篭もっていたので、モニカは学祭の空気というものをよく理解していなかった。

 だが、今はミネルヴァにいた頃よりも、周囲の高揚感が自分に伝わっているのを感じる。

 モニカは人の多い場所が苦手だ。その最たるものが祭りなのに……。

(……わたし、ちょっとワクワクしてる、かも)

 学祭で何かをしたいという明確なビジョンはないが、成功すればいいと思う。

 無事に、なにごともなく。

「モニカ・ノートン」

 不意に声をかけられ顔を上げると、副会長のシリルがこちらに近づいてくるのが見えた。

 思わず背筋を伸ばすモニカに、シリルは一枚の紙を差し出す。

「今日の放課後、資材の搬入作業がある。我々生徒会役員は立ち会う必要があるので、放課後は東門に来い。これは資材のリストだ。頭に叩き込んでおけ」

「東門、ですか?」

 普段は閉鎖されていて、滅多に使われない門である。

 モニカが疑問の声をあげると、シリルは小さく頷いた。

「資材の量が多いからな、全ての業者が正門を使うと生徒の邪魔になる」

 シリルが言うには、今日だけで三つの業者が来るらしい。衣装などの布類、花火、そして木材だ。

 中でも木材は一番嵩張るので、東門から運び込むことになるらしい。

「花火は殿下とハワード書記。被服関係はグレイアム書記とメイウッド総務が、それぞれ立ち合いをする。我々は木材担当だ」

「は、はいっ」

 モニカが頷くと、隣に座るクローディアが紅茶を啜りながらボソリと呟いた。

「……生徒会役員の予定を第三者に漏らすなんて、迂闊ね」

 クローディアの言葉にシリルはピクリと眉を跳ね上げ、妹を睨む。

「我々の予定が他の生徒に伝わることに、なんの問題がある」

「……ニールは、ブリジット・グレイアムと二人きりで確認作業をするのね……私以外の女と二人きりで……邪魔しなきゃ」

「やめんかっ!!」

 タチの悪い冗談のようなことを、本気で実行するのがクローディア・アシュリーである。

 まして、婚約者のニールが絡むとなれば、なおのこと。

「確認作業は業者の人間も立ち会う。二人きりになることはない。くれぐれも我々の仕事の邪魔をしないように! ……それと、モニカ・ノートン。我々が担当する木材は量が多い。授業が終わったらすぐに来い」

「はい、アシュリー様」

 モニカがコクコクと頷くと、モニカの丸い頭にするりと細い腕が絡みついた──クローディアだ。

 クローディアはモニカの頭を後ろから抱えるようにして、その耳元で囁く。

「……あら、困ったわね。私もアシュリー様よ」

「あ、えっと、クローディア様はクローディア様で……その、えっと……」

「……あらあら、名前で呼んでもらえないのね、お兄様。私はモニカとお友達だから名前で呼んでもらえるけれど、お兄様はただの顔見知りだから名前で呼んでもらえないのね。ただの顔見知りだから仕方ないわよね。後輩に慕われていない可哀想な、お・に・い・さ・ま」

 クローディアが薄く笑ってシリルを見上げれば、シリルの頬がヒクヒクと引きつる。

 以前から思っていたのだが、この兄妹、あまり仲が良くないらしい。ラナもケイシーも困ったような顔で、兄妹のやりとりを見守っている。

 モニカは焦った。このままだとシリルが後輩に慕われていない可哀想な先輩になってしまう。

「あ、あの、アシュリー様……えっと、お兄さんの方のアシュリー様は、お仕事がとてもできて、すごい人ですし、そ、尊敬、してますっ」

 モニカの精一杯のフォローに、シリルがギロリと青い目を動かしてモニカを睨んだ。怖い。

「あ、あの、ごごごごめんなさいっ、そうだっ、わたしが副会長って呼べば良かっただけの話です、よねっ、すみませんでしたっ、副会長っ」

 シリルは苦々しげな顔でクローディアを睨んでいたのだが、モニカにしてみれば自分が睨まれているようにしか見えなかった。

 モニカが涙目でプルプル震えているのを見て、シリルは深々と息を吐く。

「……シリルでいい」

「は、は、はは、はい、シ、シリル様」

 モニカが震え声でそう言えば、クローディアはモニカの耳元でクスクスと笑った。

「あらあら。ただの顔見知りのお兄様は、名前で呼んでもらうだけで大騒ぎね」

「お前に友人がいたとは、初耳だな。クローディア」

「……えぇ、そうよ、私たちとっても仲良しなお友達なの。ねぇ、モ、ニ、カ?」

 モニカがカクカクと首を縦に振れば、シリルの眉間の皺が一本増える。

「モニカ・ノートン。貴様、クローディアに無理やり言わされていないだろうな?」

「いいいいいいいえ、そそそそそそん、そんな、ことはっ」

 モニカが今度は首を横に振ると、クローディアは更にモニカに体を擦り寄せた。

 クローディアからは、なんだかとっても良い匂いがする。それなのに、これっぽっちも心が安らがないのは何故だろう。

「……あら酷いわ。私達の友情を妬むなんて……お兄様ってば、私とモニカが仲良しだから嫉妬しているのね」

「誰が貴様らなんぞに嫉妬するかっ!」

「……鏡はお持ち? 嫉妬心剥き出しの酷い顔をしているから、ご自分で確認してみたらいかが?」

 ピキピキとシリルの顔に青筋が増えていく。これは激昂の一歩手前だ。

 モニカは慌てて声を張り上げた。

「シシシシシリル様は、いつも通りのお顔ですっ! 大丈夫ですっ!」

 なにせ、モニカと接する時のシリルはいつも、あの怒り顔である。

 嘘偽りなく、いつも通りだ。

「……まぁ、お兄様ってば、誰彼構わず嫉妬しているのね」

「ひぃぃぃっ、わ、わたし、そういうつもりで言ったんじゃ……っ」

「モニカ・ノートン! クローディアに迷惑をかけられているなら、そうと言え!」

「いえ、あの、えっと……」

「……迷惑だなんて、思ってないわよね? モ、ニ、カ?」

「は、はいぃぃぃぃぃ……」

 プラチナブロンドに美しい顔立ちの兄と、学園三大美女と言われる黒髪の妹。

 美貌の兄妹に挟まれたモニカは、今にも死にそうな顔をしていた。

 食後の紅茶を飲んでいたケイシーが、呆れ顔で呟く。

「……クローディア嬢に遊ばれてるわね、あれ」

 シリルもモニカも、クローディアの掌の上で転がされている。

 性格悪すぎだわ、とラナが眉間に手を添えて溜息を吐いた。

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