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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第5章「お茶会編」
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【5ー1】いつか来る、未来のために

 セレンディア学園は一般学校には無い貴族の特有のカリキュラムもいくつかある。

 その一つが女子だけが受講する「お茶会」の授業だ。

 貴族の令嬢達にとって、お茶会は楽しい歓談のひとときではない。いかに客人をもてなすか、もてなされるかで品格が問われる社交の場である。

 お茶会の授業では、そこでの作法について徹底的に叩き込まれ、その上で実技演習を行うのだ。

 実技演習は、中庭でティーパーティ形式で行われる。

 同学年の女子生徒が四、五人でグループを作り、一つのテーブルに座る。そしてそれぞれが、茶を持ち寄り、その茶の品評をするのだ。

 但し、茶菓子だけは事前に教師から指定されていた。つまり、その茶菓子に合う茶を用意するところから、演習は始まっているのである。

 お茶会の授業で出す茶葉は、自分で用意しなくてはいけないのだが、大抵の令嬢は使用人に買ってこさせるのが一般的だ。

 しかし、モニカはどこで買えば良いかすら分からないので、悩みに悩んだ末に、自称悪役令嬢のイザベル・ノートン嬢を頼ることにした。

 モニカがイザベルの部屋を訪ねると、イザベルはウキウキと上機嫌でモニカに席を勧め、紅茶と茶菓子を用意してくれた。

 周りに砂糖をたっぷりとまぶしたクッキーをサクサクと頬張りつつ、モニカが事情を説明すると、イザベルはふんふんと頷き、自信たっぷりに胸を叩いた。令嬢らしからぬ力強い仕草である。

「そういうことでしたら、わたくしにお任せくださいませ! モニカお姉様が無事に授業を乗り切れるように、尽力させていただきますわ!」

「あ、ありがとうございます……」

 モニカがペコペコ頭を下げると、イザベルの侍女アガサが、カップに紅茶を注ぎながら口を挟んだ。

「そういうことでしたら、紅茶の淹れ方を私が指導いたしますね。本当は私が行って、給仕をしてさしあげられれば良いのですけど……そうすると、モニカ様がケルベック家に苛められているという設定と矛盾してしまいますし」

 授業で使う茶は自分で淹れても良いし、使用人が淹れても良いということになっている。とは言え、大抵は使用人に淹れさせるのが当たり前だ。自分で茶を淹れる者は、使用人を連れてきていない三流貴族という目で見られる。

 ただ、モニカの場合、ケルベック伯爵令嬢に苛められているという設定なので、イザベル付きの侍女が手伝いに行くのは不自然だろう。

「ご、ご指導、お願い、いたします……」

 モニカがアガサにも深々と頭を下げると、アガサは「良いんですよ、頭を上げてください!」と笑いながら言ってくれた。イザベルと言い、アガサと言い、とても気の利く令嬢と侍女である。悪役令嬢ごっこをしている時は、ちょっと近寄りがたいけど。

「そうすると、お茶は何が良いかしら……モニカお姉様。お茶菓子の指定はありまして?」

「えっと……バ、バターケーキだそうです」

 イザベルはふむふむと頷き、顎に指を添えて何やら考え込んだ。

 茶菓子に合うお茶を選ぶのも、授業の一環だ。とは言え、モニカは紅茶も茶菓子もあまり食べ慣れていない。モニカは父の影響でコーヒーを口にすることの方が多かったのだ。

「あ、あのぅ、バターケーキには……何を合わせるのが、正解、なんでしょうか……」

「バターの香りが強いシンプルなケーキでしたら、大抵のストレートティーは合いますわ。あっさりした風味の物より、少し渋みや香ばしさの強い物の方がケーキをさっぱり楽しめて良いかもしれません。ミルクティーにするのも悪くないですわね……ですが、お姉様」

 イザベルは言葉を切ると、真剣な顔でモニカを見て、きっぱりと言った。

「お茶とお菓子の取り合わせは、個人の好みもありますし、明確な正解というものは存在しませんの。ですが……明確な不正解というものは、存在します」

 正解はないのに、不正解はあるとはどういう意味だろう?

 混乱するモニカに、イザベルはずばりと言った。

「それは、同じテーブルの誰かと被ること、ですわ」

「……あ」

 演習の授業は数人のグループになって、一人一人がお茶を持ち寄るのだ。確かに茶の種類が被るとバツが悪い。

「特に、自分より立場が上の方と被ってしまうと最悪です。厳密にはお茶会に着ていくドレスや髪型、小物なども流行りを押さえつつ、被らないように配慮するものですが……演習は制服で行われるとのことですし、今は茶葉のことだけ考えましょう」

 そ、そんなことまで……とモニカは震え上がった。

 モニカが七賢人として唯一参加する会議が、七賢人だけで行われる七賢人会議なのだが、基本的にドレスコードはローブなので、国から支給されたローブを着ていくだけで良い。なので、モニカは社交の場で、衣装の心配なんてしたことがなかったのだ。

 どうやら貴族の令嬢達のお茶会とは、モニカが想像する以上の神経戦らしい。

「一番確実なのは、同じテーブルの方に事前に持ち寄るお茶を確認することなのですが……お姉様と同じテーブルに座るのは、どなたなのですか?」

「え、えっと……私も含めて四人、で……一人は、同じクラスのラナ・コレット嬢で……あと二人は……違うクラスなので、よく分からない……です……」

 他のクラスとの合同演習では、親しい者同士でグループを作るように指示された。

 だが、人見知りのモニカがラナ以外に声をかけられる筈もなく、また、ラナもクラスでは微妙に浮いた存在だったので、他に親しい女子生徒がいなかったのだ。

 結果、教師の指示で余り者同士が同じグループになるように、指示を出されたのである。

 一人は快活そうな雰囲気の茶髪の令嬢、ケイシー。

 もう一人は物静かな黒髪の美女、クローディア。

 初日は挨拶もそこそこに、解散となってしまったので、殆ど会話をできていない。

「そうなると、事前にそれとなくお茶の種類を確認するのは難しいですわね」

「す、すみません……」

 ラナならきっと教えてくれるだろうけれど、ほぼ面識のない二人の令嬢に直接訊きにいく勇気は、モニカには無い。

 まして、二人の令嬢の実家の爵位が分からないので、下手にモニカから話しかけると、礼儀知らずと受け止められかねない。貴族は身分が下の者から、上の者に気安く話しかけるのはタブーなのだ。

「そういうことでしたら、お茶は何種類か用意しておきましょう。お茶会では身分が上の方から先に振る舞うものですから、モニカお姉様は恐らく一番最後になりますわ。それなら、被らないようにすることも簡単ですし」

「あ、ありがとうございます……」

 モニカはペコペコと頭を下げると、肩を落として深々と溜息を吐いた。

「お茶会って、大変なんですね……」

 自信なさげなモニカに、イザベルもまた悩ましげな顔で溜息を吐く。

「わたくしの方から、モニカお姉様に、役に立つ知識をお教えすることができれば良かったのですが……未熟者で申し訳ありません……悪役令嬢の振る舞いでしたら、幾らでも伝授して差し上げられるのに!」

「い、いえ、それは、ちょっと……」

 伝授されても使う機会は、まず無い。絶対に無い。

 モニカが苦笑していると、侍女のアガサが大真面目な顔で進言した。

「お嬢様、これから先、モニカ様が、お嬢様以外の悪役令嬢に直面する機会があるやもしれません。その時のために、今から悪役令嬢の振る舞いについてお教えしてはいかがでしょうか?」

「…………えっ」

 頬を引きつらせて硬直するモニカの横で、イザベルは「まぁっ!」と頬に手を当てて、目をキラキラと輝かせた。

「そうね、それがいいわ! だってモニカお姉様はわたくしのヒロインですもの! きっといつか、わたくし以外の悪役令嬢にお茶会に誘われ、苛められる未来が来るやもしれません」

 そんな未来、心の底から遠慮したい。遠慮したいのだが、絶対に無いと言えないのが今の状況だった。

 なにせ、編入して早々に生徒会役員に選出され、ダンスの練習を同じ生徒会のメンバーに見てもらったモニカは、女子生徒の過半数を敵に回している。普通に接してくれる人間なんて、同学年ではラナ、グレン、それとニールぐらいのものだ。

 今、モニカに対する周囲の目は、概ね二種類に分けられる。

 モニカのことを蔑み敵意を見せる者と、モニカのことを得体のしれない不気味な人間だと遠巻きに見ている者だ。

 まだ、校舎裏に呼び出されたり私物を隠されたりといったことは無いが、すれ違いざまに嫌味を言われたり、遠巻きにクスクスと笑われたりということは、何度もある。

「では、お姉様。いつか、お姉さまが真の悪役令嬢と対面した時のために、悪役令嬢の行動パターンについて、わたくしが解説させていただきます」

 敵と戦うには、まず敵を知ることから、と言う。

 ここで悪役令嬢のなんたるかを知っておけば、もしかしたら何かの役に立つ日が来るかもしれない(できれば、そんな日は来て欲しくないというのが本音だが)

 モニカは背筋を伸ばすと、真剣にイザベルの話に耳を傾けた──瞬間。


「オーッホッホッホ!!」


 イザベルは口元に手を当て、胸をそらし、高らかに笑った。

 その声量にモニカがビクッと肩を震わせると、イザベルは高笑いを引っ込めて、すっと姿勢を正す。

「まず、これが悪役令嬢の基本動作。高笑いですわ。こうして高笑いをすることで、相手を威圧、牽制することができ、同時に場の仕切り直しができるのです!」

「た、高笑いにそんな効果が……」

 大真面目に驚くモニカに、イザベルはもっともらしく頷いた。

「ただし、多用しすぎると効果が薄れるので、ここぞという時に使うのがポイントです」

 なるほど、必殺技は使うタイミングが重要らしい。

 ふんふんと頷くモニカの前で、イザベルは扇子を広げた。

「更に基本動作その二! 『無言で鼻で笑う』!」

 イザベルは流れるような動作で扇子を口元に添え、相手を小馬鹿にするような笑いを浮かべて見せた。

 誰がどこから見ても、相手を見下していると分かる高慢な笑いは、舞台女優顔負けの演技力と表現力である。

「本来笑う時は扇子で口元を隠すのが作法なのですが、ここではあえて、扇子を少し下げて口元を相手に見せています。そうすることで、露骨に相手を馬鹿にしているとアピールしているのですわ!」

 なんと細かい、とモニカは衝撃を受けた。

 まさか、そんな細かいところまで計算していたなんて!

「無論、口元を扇子で隠してクスクス笑うのも、嫌味っぽさの演出ができるので有りです。ここは令嬢のキャラクターに合わせて、使い分けたいところですわね」

「な、なるほど……お、奥が深いんですね」

「えぇ、極めようとすればするほど、その奥の深さに気づかされますわ」

 繰り返すが、悪役令嬢の話である。


 かくして、お茶の淹れ方講座よりも遥かに力の入った悪役令嬢講座は夜遅くまで続くのだった。

 なお、イザベル・ノートン嬢が高等部一年のお茶会の授業ではトップの成績であることを、ここに付記しておく。


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