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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第4章「社交ダンス編」
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【4-6】沈黙の魔女、換気扇になる

 無事にダンスの再試験に合格した後、お祝いパーティをしようと言い出したのは、グレンだった。

 会場も料理もオレがバッチリ用意するっす! と胸を叩いたグレンに、ラナとニールは茶会でもするのかと思っていたらしい。

 しかし、会場は裏庭、用意されていた物は大量の肉。ともなれば、何をするかは言わずもがな。

 やっぱ、お祝いには肉っすよね! と言って、グレンはテキパキと石と鉄網をセットし、肉を焼き始めた。

 これに案外乗り気というか、興味津々だったのがラナである。豪商の娘である彼女は物珍しげにグレンが肉を焼く様子を眺めていた。ラナがグレンを止めなければ、流されやすいニールとモニカは、ただ黙って見守ることしかできない。

「こういうのって、案外簡単に作れるのね」

「ありあわせの物で、割とどーにかなるっすよ。最近は小型の窯も性能良いんっすけどねぇ。個人で買うには、ちょっとお高いっす」

 鉄網の上ではこんがりと焼けた肉が肉汁を滴らせていた。

 鉄網の下に滴り落ちた脂がパチッと音を立てて、火が強くなる。ラナが驚いたように小さい悲鳴を上げたが、グレンは慣れた様子で肉の位置を動かした。

「そろそろ良い感じっすね〜」

 グレンは薪を動かして火加減を調整すると、串焼きにした肉をモニカ、ラナ、ニールに配る。そして自身も串焼きにした肉を手に取ると、その串を高く掲げた。

「そんじゃ、全員に行き渡ったところで……オレとモニカの再試験合格を祝して……いっただっきまーす!」

 そう言ってグレンは大きな口を開けて肉にかぶりつく。

 ラナも慣れた態度で、モニカとニールは戸惑いがちに肉を頬張った。

 こんがりと焼けた羊肉は、多少臭みはあるがスパイスが効いていて食べやすい。あまり臭みの強い物が得意ではないモニカでも、素直に美味しいと感じた。

「わ、わたし……羊肉、苦手、だけど……これは、食べやすい、です」

 モニカが小声で感想を言えば、グレンは得意げに鼻を鳴らした。

「ふふーん、美味しさの秘訣は、ダドリー家秘伝のスパイスっす。店頭販売もしているので、ご贔屓に!」

 しっかり宣伝も忘れない商魂たくましいグレンに、ニールがしみじみと呟いた。

「最近は地域によっては、香辛料も入手しやすくなりましたよねぇ。ボクの実家は山の方なので、まだまだ入手しづらくて。臭み取りに使うのは、香辛料よりハーブが多いです」

 ハーブには詳しいんですよ、とニールがおっとり言うと、ラナが串焼きを食べる手を止めて口を挟んだ。

「お父様が言ってたわ、サザンドールが第二、第三港を広げてから、貿易量が増えたって。それと、東の帝国は皇帝が代替わりしてゴタついてるから、商人達も様子見してるらしいのよね。その様子見の商人達が、帝国に近いこの国の港に留まってるのよ」

「帝国の新しい政策次第では、商人達が一気に帝国に流れていく可能性はありますね。今の皇帝は革新的な政策が多いと聞きましたし」

 ラナとニールの会話を聞きながら、モニカはぼんやりと考える。

 帝国が医療魔術を解禁したことで、多くの魔術師が帝国に流れている。同じように商人達も帝国に流れていく日は遠くないのかもしれない。人が集まるところには商売が生まれる。今後、帝国は更に発展していくことだろう。

 一方、このリディル王国では、旧体制の維持に必死な中央の貴族と、地方貴族達との間で対立が生じている。更には第一王子派、第二王子派、第三王子派で派閥が分かれている始末だ。

 国王はそんな貴族達の対立を時になだめつつ、大部分で静観している。

(……わたしは……権力争いなんて、興味ないのに)

 七賢人であるモニカは国王に面会し、直接言葉を交わす権利を与えられている。

 七賢人は、時には国王の相談役となることもあるのだ。つまり、モニカは直接政治に関与できる立場にいる。だが、モニカは権力にも国の行末にも興味が無い。七賢人になったのだって、周囲の推薦なのだ。

(……ルイスさんは……こんなわたしに何をさせたいんだろう)

 第二王子の護衛をしたいのなら、もっと適任がいるはずだ。

 それなのに、こんな出来の悪いモニカを護衛役として送り込んだということは……モニカはとある恐ろしい可能性に行き着く。

(……まさか、ルイスさん……役立たずのわたしを第二王子の元に送り込んで、第二王子を破滅させようと企んでるんじゃ……)

 そんなまさか、と言い切れないのが、ルイス・ミラーの恐ろしいところである。

 ルイスの爽やかに邪悪な笑顔を思い出し、モニカがカタカタ震えていると、グレンがモニカの顔を覗き込んだ。

「モニカー、食べる手が止まってるっすよー。モニカは小さいんだから、もっと食べなきゃダメっす」

「あ、す、すみ、ません……」

 串を持ってぼんやりしていたせいで、モニカの手は肉の脂でベタベタになっていた。慌ててハンカチで拭うと、ラナが呆れたように言う。

「串焼きは横向きに持つのがコツよ。縦に持つと、脂が垂れてくるんだから」

「う、うん……ラナは、食べるの上手……だね」

「わたしの故郷はお祭りが多いから、割と食べ歩き文化が定着してるのよね。王都育ちは、そうじゃない人が多いのだけど」

 まさにその王都周辺育ちのモニカはギクリとした。モニカはあまり食べ歩きという文化に慣れていない。

 その辺りのことについて突っ込まれたらどうしよう、と内心ハラハラしていたのだが、ラナはそれ以上踏み込みはせず、串を真剣に見て呟いた。

「王都でも焼き栗や果実水の屋台は出るけど、串焼きってあまり無いのよね。出店したら、人気が出そう……でも、王都は出店や露店の規制が厳しいのよね……」

 最近気づいたのだが、ラナは流行り物に詳しいだけでなく、案外商魂たくましい少女である。

 そういう意外な一面も、こうして話をしてみないとなかなか分からないものだ。

 かつて、魔術師養成機関ミネルヴァに通っていた頃、モニカは人付き合いを拒絶し、他人のことを知ろうとはしなかった。そんなのは知る必要のない「無駄なこと」だとすら思っていた。

 あの頃は、こうして裏庭でこっそり肉を焼いて、誰かと食べる日が来るなんて、想像もしなかった。


 ラナはプライドが高いけれど、案外世話焼きだ。そして流行り物に目がない。

 グレンはちょっと自由奔放すぎるけれど、意外と人のことをよく見ているし、不器用ながら気遣いもできる少年だ。

 ニールは流されやすい性格で、でも、頼まれたら全力で応えてくれる優しい人だ。


(…………お肉、おいしい)

 モニカは口元を綻ばせて、幸せな気持ちで肉をかじる。

 グレンはモニカの倍以上の速さで肉を食べ終えると、楽しげに次の肉を焼き始めた。

 それを見て、ニールが「まだ食べるんですか!?」と目を丸くする。

「まだまだ食べ足りないっす!」

「僕、もうお腹いっぱいですよ!」

 お腹を押さえるニールに、グレンはフンスと鼻息荒く言った。

「もっと食べないと大きくなれないっすよ!」

「……今、遠回しに僕のことチビって言いましたか? ……言いましたね? 言いましたよね?」

 ニールが無表情でグレンににじり寄り、グレンがたじたじになる。また、新たな一面が見えた。

 そのやりとりにモニカとラナが笑っていると……。


「やぁ、楽しそうだね」


 一同はピタリと口を噤み、声の方を振り返った。

 そこにお供も無しに佇んでいるのは、生徒会長フェリクス・アーク・リディル。

 ニールの顔がさぁっと青ざめる。

「あああああの、か、会長、これは、ですね、その……」

「まったく……生徒会役員が二人もいるのに、堂々と校則違反なんて」

 フェリクスが嘆かわしげにため息を吐くと、グレンが勇ましく串を掲げて反論した。

「校舎裏で肉を焼いちゃいけないって校則は無いっす!」

「校則の第三章で、校舎の景観を損ねてはならない、と定められているよ」

「けーかんをそこねる? ってなんすか?」

 フェリクスはグレンの疑問を黙殺し、ニコリと笑顔で付け加えた。

「それと、規定の場所以外で火を扱う時は、生徒会に申請が必要なんだよ」

「じゃあ、ここに会長がいるから問題ないっすね! 会長! 許可くださいっす!」

 マイペースもここまでくると、いっそ清々しい。

 一同がハラハラしつつ見守っていると、フェリクスは腕組みをしてグレンを見据えた。

「そういうのは、前日までに書類で申請するものだよ」

「そうなんっすかー。あ、会長もお一つ、どうっすか?」

 グレンは流れるような仕草で、フェリクスに串を差し出す。

 なんと恐れ知らずな! ニールとモニカがひぃっと息を飲む中、フェリクスはじっと串を見つめ……。

「うん、いただこうかな」

 串を手に取った。

 食べるんですかぁー!? とニールが小さい声で悲鳴を上げる。モニカも同意見だ。

 正直、フェリクスがグレンの前で肉を捨てるぐらいするのでは、と不安だったのだが、予想に反してフェリクスは串の肉を器用にかじった。モニカのように、串を縦に持って肉汁を垂らすこともない。

「うん、美味しいね。スパイスの利かせ方が良い」

 フェリクスは串の肉を食べ終えると、唖然としているニールとモニカを見て、パチンとウィンクをした。

「これで私も共犯だ。黙っていてくれるね?」

 ニールとモニカは、無言でコクコクと頷く。

 グレンが快活に笑った。

「まだまだあるんで、遠慮無くどうぞっす! 会長にもダンス見てもらったから、そのお礼っす! ……あっ、そうだ、副会長も呼ぶっすか?」

「「それはやめてください!」」

 モニカとニールは声を揃えて叫んだ。

 繊細で神経質なシリル・アシュリーがこの状況を目にしたら、目を血走らせて怒鳴るのが目に見えている。



 モニカは肉を焼く匂いと煙が校舎に流れぬよう、こっそり無詠唱魔術で風向きを調整した。

 いまはまだ、この楽しい時間を邪魔されることなく過ごしていたかったのだ。

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