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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第3章「生徒会編」
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【3−8】記憶の中の、小さい手

 シリルの暴走を止めて、寮の自室に戻ったモニカが、ルイスに提出する報告書を書き終えた頃には、すっかり夜が明けていた。

 山小屋で暮らしていた頃は、徹夜なんて日常茶飯事だったのだが、ここしばらくは規則正しい生活をしていたので、頭が重い。

 フラフラした足取りで教室に行って、ラナに今日も髪型のダメ出しをされて、眠気と戦いながら授業を終えたモニカは、足を引きずりながら生徒会室へ向かった。

 生徒会室はまだ、誰も来ていないようだった。どうやら今日はモニカが一番乗りらしい。

 モニカはシリルに教わった通りに、生徒会室を簡単に掃除し、備品の補充を済ませると、帳簿を開いた。

 だが、いつもなら数字を見れば意識が冴えるのに、今は数字が全く頭に入ってこない。

(……あぁ、そっか。昨日は魔術を沢山使ったから……糖分が足りてないんだ)

 食べることに無頓着のモニカは、常に最低限の食事しか摂取していない。

 朝は夕食の残りのパン一つとコーヒー。昼食は持参した木の実と水。普段はこれで持つのだが、魔術を沢山使った日は、これでは足りなくなる。

 魔術の行使は、とにかくエネルギーを使うのだ。故に、魔術師には甘い物好きが多いと言われている。

 モニカは何か食べる物は無いかとポケットを漁ったが、木の実は昼に全部食べてしまったので、食べる物は無い。

 あと少し、生徒会の仕事が終わるまでの辛抱……と自分に言い聞かせるも、モニカは眠気に負けて、机に突っ伏した。


 * * *


 モニカが帳簿に突っ伏して寝息を立てた頃、生徒会室の扉が開いた。

 扉を開けたのは、副会長シリル・アシュリー。

 二番目に生徒会室に到着した彼は、机に突っ伏しているモニカに気づくと、キリキリと眉を吊り上げる。

 そうして、モニカを怒鳴ろうと口を開きかけ……口を噤んだ。

「…………」

 彼は無意識に足音を殺して机に近づき、モニカの姿を見下ろす。


 ──貧相な、小娘だ。


 痩せっぽっちの小さな体は、とても十七の少女のそれとは思えない。

 顔色はいつも青白く、光の加減で茶色にも緑にも見える目は、いつもおどおどと下を向いている。

 貴族らしい気品も美しさもない、どこにでもいる、つまらない少女だ。

 シリルは羽ペンを握ったままのモニカの右手を、じっと見下ろす。

 セレンディア学園では手袋も制服に含まれている。大半の女子生徒は自分用にオーダーした特注の手袋をつけており、縁にレースやリボンを飾っているのが当たり前なのだが、モニカの手袋は飾り気のない白手袋だ。

 手袋はサイズが合っていないのか、少し布地が余っている。それだけ小さい手なのだ。まるで、子どものように。

「…………」

 シリルはモニカの手からそっと羽ペンを抜き取って、ペン立てに戻した。

 ペンを抜き取った拍子にモニカの右手から力が抜けて、指先がくたりと机に伸びる。

 シリルはその手の小ささを確かめるように、自身の右手でモニカの右手を覆い……


「おや、シリル。もう来てたのかい?」


 背後からフェリクスの声が聞こえた瞬間、シリルはバッタの如き勢いで机から跳びすさった。

「殿下これは違うのですこの小娘が神聖な生徒会室でうたた寝などしているから叩き起こしてやろうと思ってですね! えぇい、いい加減に起きんか小娘ぇ!!」

 シリルは不自然に持ち上げた右手で、モニカの頭をペチペチと叩いた。

 机に突っ伏していたモニカはムニャムニャ言いながら上半身を起こすと、まだとろりと微睡んでいる目でシリルを見上げる。

「……あしゅりぃさま?」

「ふ、ふんっ、なんだその腑抜けた面は! 殿下の御前だぞ! 背筋を伸ばさんか!」

「……9129、14771、23900、38671、62571、101242、163813……」

「人間の言葉を喋れぇ!!」

 シリルがモニカの頭を鷲掴みにしてガクガクと揺さぶると、モニカはシリルの顔をじぃっと見上げ……へにゃりと笑った。


「……ひんやりしてない……よかったぁ」


 シリルの濃いブルーの目が大きく見開かれ、モニカを揺さぶる手が止まる。彼の手は、無意識に襟元のブローチに伸びていた。

 シリルの口がパクパクと動き、何か言葉を発しようとした時……横から伸びてきたフェリクスの手が、モニカの口にクッキーを一つ放り込む。

 モニカはうとうととしたまま、クッキーをサクサクサクサクと齧った。

 フェリクスは、端から徐々に小さくなっていくクッキーのかけらをモニカの口に押し込み、また新しいクッキーを取り出してモニカの口元に近づける。

 ふに、と唇を押すクッキーに気づいたモニカは、やはりうとうとしたまま、二枚目のクッキーをかじり始めた。

「面白いな。寝ぼけながら口だけ動いてる」

「あの、で、殿下……?」

「シリルもやってみるかい?」

 まるで、ペットとの触れ合いに誘うような口調に、シリルは「遠慮いたします」と首を横に振る。

 フェリクスが三枚目のクッキーに手をかけた時、モニカの首がカクンと揺れて、その目が少しだけ開いた。

 いかにも寝起きらしく、モニカは目元を擦って、不明瞭な声でむにゃむにゃと何事かを呟いている。


 この時、モニカは徹夜で書いた報告書のことを考えていた。

 モニカにとって報告書の作成は非常に苦手な作業の一つである。

 ルイスに怒られないように……とばかり考えていたモニカには、目の前で怒鳴り散らしている青年が、ルイス・ミラーに重なって見えていた。


 ……ので、こう言った。


「奥様のご懐妊、おめでとうございます……」

「誰の話だぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 叫ぶシリルに、フェリクスがおっとりと言う。

「シリル、相手は誰なんだい? きちんと責任は取らなくてはいけないよ?」

「あぁっ、殿下!? 違うのです、誤解です、この小娘が寝ぼけて戯言をっ……!」

 目を血走らせて叫ぶシリルに、楽しげなフェリクス、そしてまだ寝ぼけているモニカ。

 この光景に、四番目に生徒会室に到着したニール少年が困り顔で入り口の辺りをうろうろしていたのだが、気づく者は誰もいなかった。


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