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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
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【16-18】若き女商会長の門出

 ラナ・コレットが商会長を務める商会の来賓室には、最近結婚したばかりの新婚夫婦が訪れていた。

 その夫婦の名は、メイウッド夫妻。

 即ち、ニール・クレイ・メイウッドと、その妻のクローディアである。

「商会の立ち上げ、おめでとうございます」

「ありがとう! 遠いところをわざわざようこそ」

 ラナが笑顔で紅茶を勧めると、クローディアはカップを持ち上げ、ボソリと呟く。

「……ハネムーンのついでよ」

 相変わらず遠慮のない口振りに、ラナはじとりと半眼になって唇を尖らせた。

「ついでとか言ったわね。でもまぁ、サザンドールは良いところでしょ。賑やかだし珍しい物も多いし、ハネムーンにはピッタリだと思うわ」

 ラナが商会を構えるサザンドールは、このリディル王国でも随一の港町だ。人や物の出入りが多く、露店には海の幸や異国の珍しい品々が並び、いつも活気に満ちている。

 クローディアの横に座るニールが、ティーカップに口をつけて、ニコニコと微笑みながら言った。

「さっき市場を覗いてきたんですけど、香辛料が随分安くなっててビックリしました。うちの領地だと十倍ぐらいの値段がするのに……あ、この紅茶も香辛料使ってますよね?」

「えぇ、そうよ。ミルクティーを香辛料で煮出すのが、最近王都の貴族達の間で流行り始めてるの」

「こちらの商会でも、香辛料を扱うんですか?」

 ニールの問いに、ラナはほんの少しだけ苦笑を浮かべた。

 香辛料の輸入はまだまだ規制も多いので、手を出しあぐねているというのが実情だ。

「まだ、香辛料に手を出す余裕は無いわね。メイン商品で手一杯」

「……服や化粧品を扱うと、聞いていたけれど」

 クローディアの言葉に、ラナは「うっ」と図星をつかれたような顔で目をそらす。

 今、この商会がメインで扱っているのは、貴婦人のためのドレスや化粧品ではない。勿論、ゆくゆくは、そっちの方面にも手を出したいと思っているのだが、今、ラナが主に扱っている商品は魔導具関係であった。

「あのダサ眼鏡……アンバード伯爵が提案してきたのよ。魔導具の材料の卸売りをしてほしいって」

 今から一年以上前、ラナは黒い聖杯作りに協力するために、材料集めに奔走した。

 そのことがきっかけで、アンバード伯爵バーニー・ジョーンズと太いパイプを持つに至ったのである。

 なにより、モニカが作った「黒い聖杯」は、魔導具業界に大きな衝撃をもたらした。その製作に貢献したという触れ込みは、非常に強い宣伝となる。

「最近は護身用の小型魔導具を取り扱おうと思ってるの。ほら、今までのアミュレットって、どれも装飾が古臭かったり、センスが無かったりで、受けが良くなかったでしょ」

 そこでラナは宮廷で流行りそうなデザインの、装飾性の高い魔導具を作ることをバーニーに提案した。

 護身用の装飾品、いわゆるアミュレットは、竜退治に向かう騎士に贈られる物、男性が女性相手に贈る物の二種類に大別することができる。

 そこでラナは男性向き、女性向きのデザインを、それぞれ実用性と流行を踏まえて提案した。これが意外にバーニーも乗り気で、近い内に試作品が作られることになっている。

「それと魔術師のローブね。あれも術式を織り込んでいるから、一種の魔導具らしいんだけど、やっぱりデザインが実用的じゃないし、何より可愛くないでしょ。だから、実用的で可愛いローブも考案中で……」

「……それをモニカに着てもらえば、宣伝効果は抜群ってわけね」

 友人を利用している、と批判しているようにもとれるクローディアの呟きに、ラナはあっさり「そうね」と返した。

 ラナは商売人なので、どうしてもこういうところで商売っ気を出してしまうのは事実だ。

「ただ、モニカに可愛いローブを着てほしいってのも本音よ。七賢人のローブを直に見た時なんて、あんまりダサくてビックリしたんだから! しかもサイズが全然合ってないし!」

 ついつい鼻息荒く拳を握りしめるラナに、ニールが苦笑まじりに言った。

「そういえば、一年前の騒動の時は、ローブを仕立て直してましたよね」

「魔術師関係者の間では、古臭い=威厳がある、って考えが浸透しすぎてるのよ! 最近は若い魔術師が増えてるんだから、魔導具もローブもお洒落な方が良いに決まってるじゃない!」

 ラナが実用性とデザイン性を兼ねたローブについて力説していると、扉がノックされ、商会の秘書の男がラナに声をかけた。なんでもラナに来客らしい。

 急ぎの相手でなければ、待っていてもらおうかと思ったのだが、ラナが来客について訊ねるより早く、大きな声が聞こえた。

「ラナ、いるっスかー! 商会立ち上げたお祝い持ってきたっス〜!」



 * * *



「いやぁ、ニール達が来てたなんてビックリっス。こんなことなら、もう一個ハムを持ってくれば良かったなぁ」

 グレンが商会設立の祝いにと持参したハムは、それはそれは立派な物であった。

 クローディアはそんなハムの塊を見て、ボソリと呟く。

「……新婚旅行中にこんな大きなハムを貰っても、困るわよ」

「あ、もしかして、ソーセージの方が好きっスか?」

 グレンの言葉をクローディアはぐったりした顔で聞き流した。この二人、仲が悪い訳ではないのだが、どうにも会話が噛み合わないのだ。

 それはさておきハムである。こんなに立派なハム、ラナ一人で食べ切れる量ではない。かと言って使用人達に配るには少ない。

 そこでラナは良いことを思いつき、ポンと手を叩いた。

「そうだ。どうせなら、モニカにお裾分けしましょう」

 その言葉に、グレンとニールがキョトンと目を丸くし、クローディアが気怠げに首を傾げた。

「……〈沈黙の魔女〉は、山奥に住んでるって聞いたけど?」

「その情報古いわね。今、モニカはサザンドールに住んでるのよ」

 ラナはニンマリ笑って、窓の外に目を向ける。

 モニカがサザンドールにやって来たのは、一ヶ月前のことだった。

 丁度その少し前に、ラナも商会立ち上げのためにサザンドールに居を構えたばかりで、モニカが訪ねて来た時は随分と驚いたものだ。

 今までモニカは七賢人という身分でありながら、人目を避けるように山の奥で暮らしていた。それも近くの里から少し離れた辺鄙な場所に。食糧は月に一回、村人に届けてもらっていたらしい。

 だが、一年前の最高審議会で「黒い聖杯」をお披露目してからというもの、モニカは王宮だけでなく、魔導具組合、魔術師協会、ミネルヴァ、アンバード伯爵領の工房など、あちらこちらに顔を出さなくてはいけなかった。そこでもう少し交通の便の良い場所に引っ越す決意をしたらしい。

 そんなモニカがサザンドールを選んだのは、交通の便の良さもあるが、ラナがいるからだ……というのは、自惚れではないと思っている。

 だってモニカは、はにかみながらラナにこう言ってくれたのだ。


『一緒に商会はできないけど……ラナが商会で魔導具を扱うなら、色々お手伝いできると思うの』


 嬉しくて思わず抱きついてしまったのは、グレン達には内緒である。



 * * *



 ラナの案内のもと、グレン、ニール、クローディアは、大きなハムを手土産に、モニカの家を訪問することにした。

 モニカが暮らしている家は、港町サザンドールの居住区の比較的閑静な住宅街にある。

 ラナとモニカは週に一度は一緒に食事をしたり、ラナのお勧めのお店へ案内したり、商会で扱う商品について話したりしているのだが、ここ一週間は商会の準備に忙しく、モニカの家に顔を出せていなかった。

「そういう意味では食べ物のお土産って最適ね。モニカってば、研究に没頭すると、すぐに食事を忘れるんだから……七賢人なんだから、身の回りの世話をしてくれる弟子を取るなり、使用人を雇うなりすればいいのに!」

「えっ、弟子って師匠の身の回りの世話をするんスか!? オレ、そんなんしたことないっスよ!?」

 グレンの言葉に、ニールが「まぁ、人それぞれですから」と曖昧に笑う。

 やがて辿り着いた家は、煉瓦づくりに赤い屋根のこじんまりとした可愛らしい家だった。

 ラナは慣れた手つきでノッカーをノックする……が、返事はない。

 ニールは「留守ですかねぇ」と呟いたが、ラナの頭によぎったのは別の可能性だった。

「……まさか……また力尽きて、床で寝てるんじゃ……」

 セレンディア学園にいた頃は比較的規則正しい生活をしていたモニカだったが、七賢人としての暮らしに戻ってからの生活は、それは酷いものだった。

 商会長のラナも夜遅くまで仕事をしたり、疲れてソファでうたた寝してしまうこともあるけれど、モニカはその比ではない。

 紙の山に埋もれて、死んだように寝ているのなんて日常茶飯事だ。

 心配になったラナがドアノブを捻ると、扉はあっさり開いた。やはり留守ではないらしい。

「モニカ、起きてる?」

 扉を開けて中に足を踏み入れたラナは、驚きに目を丸くした。

「………………えっ」

 以前訪れた時は、それこそ玄関付近まで紙の山で散乱していたのに、今はすっかり綺麗に片付けられている。書類や本の類は、きちんと整理されて棚に収められており、机の上の小さな花瓶には可愛らしい花が飾られていた。

 どこから見ても、清潔感のある家庭的な家である。前に見た時は、とても人間らしい暮らしができているとは思えないような有様だったのに!

 モニカもとうとうハウスキーパーを雇ったのだろうかとラナが考えていると、部屋の奥にあるキッチンから誰かがやってきた。

「おや、お客様かい?」

 その人物に、ラナはあんぐりと口を開ける。

 艶やかなハニーブロンドに神秘的な碧い目。甘く整った美しい顔に、すらりと長い足。

「あ、ああ、あなたはぁ……っ!」

「やぁ、こんにちは。久しぶりだね」

 ニッコリと微笑んでいるのは、かつてこの国の第二王子フェリクス・アーク・リディルを名乗った青年、アイザック・ウォーカーだった。


次回、最終話です。

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