表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
231/236

【16-15】あなたが開いてくれた道

 パーティ会場を飛び出して外に出ると、心地良い初夏の夜風が頬を撫でた。

 アイザックは先ほど窓から見た植木の辺りで足を止める。

「モニカ」

「へぅっ!?」

 ガサッと近くの茂みが揺れて、フードを被った頭がピョコンと飛び出す。まるで茂みから飛び出してくる小動物のようだ。

 アイザックは笑いを噛み殺しながら、茂みに近づく。

「そんなところで何をしているんだい、子リスさん?」

 茂みに隠れていたモニカはオロオロと視線を彷徨わせながら、服の裾を気にしていた。

 今のモニカが身につけているのは、七賢人用ではない質素なローブだ。そのスカートの裾が茂みに絡まって捲れ、細い足が太もも近くまで露わになっている。

「あの、えっと、ここに隠れてたら、ローブが絡まっちゃって……ですね……」

「少しジッとしていて」

 アイザックは身を屈めて、枝に絡まったスカートに手を伸ばす。スカートは正面部分が太もも近くまで裂けてしまっていた。

 アイザックは青白い足をなるべく見ないようにしつつ、絡まった部分を外してやる。

「取れたよ」

「あ、ありがとうございます……」

 モニカがペコリと頭を下げた拍子に、スリットのように破れたスカートの裾がパックリ開いて、白い足が膝上まで露わになる。

 これはあまりに目の毒だと、アイザックは礼服の上着を脱いで、モニカの腰に巻き付けた。

 モニカは立派な装飾が施された上着にギョッと目を剥き、ブンブンと首を横に振る。

「ああああああああの、こんな、立派な、上着っ、ダメ、ダメですっ、お返ししますっ」

「スカートをそのままにもしておけないだろう?」

「今夜は、そんなに寒くないから、大丈夫ですっ」

 上着を貸したのは、寒さが理由ではないのだけれど、どうやらモニカには伝わっていないらしい。

 なにせ、アイザックの前で服が脱げても気にしないような少女なのだ。

「そのままだと、目の毒だからね」

「お、お見苦しくて、申し訳ありません……」

 ダメだ、これは伝わっていない。

「そういう意味ではないのだけれど……僕のためだと思っておくれ。その格好でいられると、ちょっと色々と自制が必要になりそうなんだ」

「……は、はぁ」

 モニカがよく分かっていないような顔で曖昧に頷けば、その拍子に首元のネックレスが揺れた。

 パーティ会場の光を反射してきらめく石は、モニカの目によく似た色のペリドット。

 アイザックはブリジットとの談笑中に、この石のきらめきを見て、モニカに気づいたのだ。

 以前、自分が贈った物をモニカが身につけている。それだけで、アイザックの胸は喜びに跳ねた。

「ネックレス、つけてくれたんだ?」

「あ、はいっ、まだ、お洒落上級者には程遠いんですけど……ラナが『こういうのは普段使いして良いのよ』って言ってくれて」

 ありがとう、コレット嬢。と声に出さずに感謝しつつ、アイザックはとろりと微笑んだ。

「よく似合ってる」

「えへ……ありがとう、ございます」

 はにかみながら微笑むモニカの姿は、彼女の正体を知る前のそれとなんら変わらない。

 ここ最近は多忙だったようだが、特にやつれた様子もなかった。元気そうで何よりだと思いつつ、アイザックは訊ねる。

「それで、どうしてこんなところに?」

「あっ、そうですっ……わたし、皆さんに卒業のお祝い、したくって……」

 モニカは茂みの方に引き返し、地面に置きっぱなしにしていた籠を持ち上げた。少し大きめの籐籠の中には小さな花束がいくつも詰まっている。

 モニカはその一つをアイザックに差し出した。


「卒業、おめでとうございますっ」


 祝いの言葉と共に差し出された花束に、アイザックは思わず顔を綻ばせる。

「嬉しいな。その言葉を……君に言ってほしいって、思ってたんだ。本当は卒業式にも来てほしかったのだけど」

「えっと、さすがに七賢人として参列するのはちょっと……」

 事情を知らないセレンディア学園の生徒は、モニカが七賢人として卒業式やパーティに出席したら、腰を抜かすことだろう。モニカはそれを気にしていたらしい。

「それで、こうしてお忍びで?」

「は、はいっ、こっそり皆さんにお花を渡したいなって思ってたんですけど、どうやって渡したら良いのか思いつかなくて……」

 そうして茂みの中でどうするか悩んでいるうちに、ローブを引っ掛けて身動きがとれなくなっていたらしい。

 モニカは眉を下げて、恥ずかしそうに笑う。

「なので、アイクが見つけてくれて、助かりました」

「言っただろう? 君がそのネックレスを身につけてくれたら、すぐに見つけられるって」

 冗談めかしてそう言えば、モニカはギョッと目を剥いた。

「ま、まさか……そういう魔導具……?」

 大真面目な顔で見当違いなことを口走るモニカに、アイザックは肩を震わせて笑う。

「いいや、おまじないさ。どこにいても君を見つけられる……君と僕を繋いでくれるおまじない」

 アイザックはモニカの首元で輝くペリドットを指先で持ち上げる。

 そうして身を屈め、モニカの目と同じ色の宝石に唇で触れようとした、その時……。


「殿下、こちらにいらしたのですかっ!」


 背後からシリルの声がした。

 ちょっとタイミングが悪すぎないかな? とアイザックが顔を上げれば、ぱぁっと顔を輝かせているモニカが目に入る。

「シリル様! こ、こんばんはっ」

「……ノートン会計?」

 驚きに目を丸くしたシリルは、モニカとモニカの腰に巻かれたアイザックの上着を交互に見て、どういう状況なのかと困惑しているようだった。

 そんなシリルに、モニカはいそいそと籠から花束を取り出して差し出す。

「あのっ、そ、卒業おめでとうございますっ」

「わざわざ、それを言いに?」

「あ、はい……えっと、ご、ご迷惑、でしたら、すみ、ません」

 花束を差し出すモニカの耳は、夜目でも明らかなほど赤い。

 俯いてプルプル震えているモニカに、シリルは少しだけ口元を緩め、花束を受け取った。

「いや、ありがたく受け取ろう。ありがとう、ノートン会計」

 シリルが小さく微笑めば、モニカはへにゃりと嬉しそうに笑う。

 モニカはシリルを前にする時、よくそういう笑い方をする……その緩んだ頬をちょっと抓ってやりたい、とアイザックは割と真剣に思った。

 シリルは受け取った花束を眺めながら、ふと思いついたように顔を上げる。

「いや、待て。在学していないなら、もうノートン会計と呼ぶのはおかしいか?」

「あ、あのっ、それなら……わたしは、シリル様の後輩、ですし……その……モ、モニ……モニ……」

 指をこねながらモニモニと鳴くモニカの肩に、アイザックは背後から手を置く。

 そしてモニカの鳴き声を遮るように、殊更大きな声を出した。

「シリル、パーティの進行に滞りは?」

「ありません。ですが、代理役の精霊がそろそろ困っているので、戻ってきてほしいと」

 どうやらウィルディアヌは、アイザック以外の人間を頼ることを覚えたらしい。

 日に日に強かになっていくなぁ、と思いつつ、アイザックはニッコリ微笑んだ。

「そうかい。それなら、もう少ししたら戻るから、シリルはウィルディアヌを助けてあげておくれ」

 生真面目なシリルは、全てを丸投げにされてもなお「かしこまりました」と、キリッとした顔で答えた。

 アイザックの正体を知っても変わらぬ忠義心は、実にありがたい限りである。

「それとパーティが終わった後に、新旧生徒会役員だけでささやかな打ち上げをしようと思う。部屋の手配を頼めるかい?」

「……! はい、勿論ですっ!」

 新旧生徒会役員だけのささやかな打ち上げなら、モニカも気兼ねなく参加できるだろう。

 アイザックの配慮に、シリルは感銘を受けたような顔で「早速手配してまいります!」と早足で会場へ戻っていく。

 モニカはそんなシリルの背中を名残惜しそうに見送っていたが、やがて困惑したようにアイザックを見上げた。

「あ、あの、アイクは……戻らなくて、いいんです、か?」

「もう少しだけ、君といたいんだ」

 やっぱりモニカはよく分かっていない顔で「はぁ」と曖昧に頷いた。

(モニカもシリルも、どちらも見たところ無自覚かな……)

 モニカがその気持ちを自覚していないのなら、まだ、自分に勝機はあると思うのだ。

 アイザックは会場を出る時に抜き取った花を、胸ポケットから取り出す。そして、礼服の装飾に使われているリボンを抜き取り、花に結びつけた。

 アイザックの髪色に似た黄色いバラに、目の色に似た碧いリボン。

 それを、アイザックはモニカに差し出す。

「受け取ってくれるかな?」

「……? えっと、ありがとう、ございます」

 モニカは不思議そうに首を傾げながら黄色いバラを受け取った。

 今はまだ、これを受け取ってもらえただけでも良しとしよう。

「その花、今日はずっと身につけていてくれるかい?」

「これも、おまじないですか?」

「……そんなところかな」

 学園祭の花飾りの真実を、ここでモニカに教えようか……いや、それだとなんだかシリルに負けたような気がして悔しい。

(これは、君に好きになってもらうための、おまじないだ)

 胸の内で呟いて、アイザックはモニカに手を差し伸べる。

「レディ、僕と一曲踊りませんか?」

「……? あのぅ、ダンスがしたかったのなら、やっぱり会場に戻った方が良いんじゃ……」

「君は僕の夜遊び仲間だろう? もう少しだけ、僕の夜遊びに付き合っておくれ。君といる時間は楽しいんだ」

 夜遊び仲間。そう口にすれば、モニカは腑に落ちたような顔をする。どうやらモニカにとって、アイザックは「そういう位置づけ」になっているらしい。

 ……無論、アイザックとしては、ただのお友達で終わるつもりはないのだけど。

 だって、一度は閉ざされたアイザックの道を、モニカが開いてくれたから。


「僕はもう、楽しいことや好きなものを諦めるのは、やめたんだ」


 フェリクスの最後の願いを知っているモニカは小さく微笑み、アイザックの手を取った。

「そういうことなら……はい、えっと、アイクの『楽しい』探しのお手伝い、します」




 パーティ会場から聞こえる僅かな音楽を頼りに二人は踊りだす。

 完璧なエスコートのアイザックと、拙いステップのモニカ。

 まるでチグハグなダンスに、アイザックは心の底から楽しそうに笑う。


 そんな二人を、頭上に輝く英雄の星が優しく照らしていた。


この後に、一年後の未来の話が続きます。

どうぞもう少しだけ、お付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ