【16ー13】余が考えた最強格好良い役職名
「……報告書の通り、全ての原因は呪術師ピーター・サムズにあるということで決着しました。処刑を免れた第二王子は呪いの療養という名目のもと、セレンディア学園卒業後は王都を離れることになるかと思われます」
ハイディの報告を聞きながら、皇帝はゴブレットを無造作に掲げる。
そばに控えていたユアンが葡萄酒を注げば、皇帝はその中身を呷った。
「なるほど、これでクロックフォード公爵は権力を削がれ、ゆくゆくは第一王子が王になる……〈沈黙の魔女〉は、余との約束を果たしたというわけか」
この流れなら、帝国とリディル王国が戦争になることは、当面は無いと思って良いだろう。
皇帝としてはクロックフォード公爵が処刑される流れになっても、一向に構わなかった……というより、その方が都合が良かった。クロックフォード公爵は有能な男で、その権力は絶大だ。公爵を失えば、リディル王国にとって大きな痛手となる。
そうして国力が弱ったところをつけ込んでやろうと、皇帝は密かに企んでいたぐらいだ。
「ふん、なんともつまらん地味で無難な結果に持ち込んだものよ。いかにも、あの野心の無さそうな娘らしい」
「陛下なら、自分がクロックフォード公爵の地位を奪って、乗っ取るぐらいされてたでしょうねぇ」
ユアンの呟きに、皇帝はククッと喉を鳴らす。
その通りだ。そうやって無能な連中や邪魔者を蹴り落としたからこそ、彼は今こうして皇帝の椅子に座っている。
皇帝は葡萄酒を飲み干し、ペロリと唇を舐めながら、手元のゴブレットを眺めた。
「面白みのない結末だったが……報告にあった黒い聖杯とやらは興味深いな。〈沈黙の魔女〉も、なかなか面白い物を作る」
黒い聖杯の存在は、まだリディル王国内では公にされていない。現在もリディル王国内の魔術師協会や魔導具組合が、血眼になって黒い聖杯を解析しているのだとか。
医療用魔術を推進している帝国としては、遺伝子分析ができる黒い聖杯の技術は喉から手が出るほど欲しい。
「よもや〈沈黙の魔女〉が一人で作ったわけではあるまい? 開発協力者はミネルヴァか?」
「いいえ、製作はアンバード伯爵領の工房で行われています」
ハイディの言葉に、皇帝は指の先でこめかみをトントンと叩いた。
アンバード伯爵領の名は何度か耳にしている。リディル王国で良質な大型魔導具を作っているところと言えば、真っ先に思い浮かぶ名前だ。
帝国が医療魔術で他国をリードしているように、リディル王国もまた魔導具技術で他国より一歩進んでいる。ゆくゆくは技術協力できれば、双方に利益が出るだろう。
なにより、帝国はリディル王国よりも国土こそ広いものの、農業に適している土地が少ない。だからこそ、そういう土地に暮らす人間に職を与えるという意味でも、魔導具工業は積極的に取り入れたいところだった。
「ふむ、よし、リディル王国と新たな条約を結ぶか。アンバード伯爵領の職人と技術交流、あるいは魔術師養成機関同士の交換留学制度を充実させれば、いずれ大きな利益となる」
「リディル王国側は、自国の技術者を簡単に手放したりしないと思いますけどぉ?」
ユアンがそう指摘すれば、皇帝はフフンと鼻を鳴らした。
「なに、それなら我が国の大学や工房等の設備を充実させれば良い。それこそ他国の魔術師や魔導具技術者が、自ら我が国に来たくなるぐらいにな! 同盟はあくまで両国を行き来しやすくするための方便よ」
より自国を発展させるためならば、皇帝は設備投資を惜しまない。
より豊かに! より便利に! そして、より面白おかしく! が皇帝のモットーである。
「そのためにまずは、我が国に新しい役職を設けるぞ! 我が国における魔法技術者の頂点! その名も魔法技術名誉顧問、帝国魔導十字炎天四魔匠!!」
──ていこくまどうじゅうじえんてんよんましょー。
ユアンは虚ろな顔で復唱し、進言した。
「……陛下、技術職の肩書きに聞こえませんわ」
* * *
最高審議会が行われた日から二十日が過ぎたが、リディル王国の上層部はいまだに第二王子偽物疑惑騒動の余波で忙しい。
その最たる例が七賢人であった。
〈沈黙の魔女〉が審議会に持ち込んだ陳情書の事実確認に始まり、彼女が作った魔導具「黒い聖杯」の解析、更には彼女の発言にあった呪術師に関する調査など。
とにかく審議会絡みでやることが多い上に、彼らにはもう一つ大きな仕事があった。
それが、空席となった新しい七賢人の選抜である。
リディル王国城内の「翡翠の間」では、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー、〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグ、そして〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの三人が、七賢人候補をリストから絞り込む作業に明け暮れていた。
ルイスは元魔法兵団団長なので実戦に強い魔術師に詳しいし、ラウルとレイは代々魔術師、呪術師の家系なので、家柄上、名門魔術師達との交流が多い。故にこの三人が、まずは目ぼしい者をリストアップし、おおまかに絞り込むことになっていた。
「まったく、どいつもこいつもパッとしない」
リストをパラパラとめくったルイスは、露骨に面倒臭そうな顔でリストに文字を書き込んでいく。
書き込まれた文字は「実戦経験ゼロのボンボン」「有名教授の金魚の糞」「論文がド三流」「取り柄はコネ」などと辛辣なコメントばかりだ。
そうしてコメントを書いた書類を、ルイスは三つに分けていく。
それを横目に見ていたラウルは、不思議そうに訊ねた。
「それって、どういう分け方?」
「『論外』『凡人』『かろうじて見どころあり』の三つです……って、誰ですか。うちの馬鹿弟子を推薦したのは」
「あっ、オレオレ、面白いかと思って」
ラウルが片手を挙げれば、ルイスは露骨に舌打ちをする。
「『論外』!」
「え〜、でも見どころはあると思うぜ。〈結界の魔術師〉に実戦を叩き込まれた上に、〈沈黙の魔女〉に魔術式の指導も受けた魔術師なんて、そうそういないじゃんか」
なんと言っても、ルイスの弟子のグレン・ダドリーはラウルに匹敵する魔力量の持ち主なのだ。
ラウルがグレンのことを褒めちぎれば、ルイスはしかめ面で羽ペンをインク壺に浸した。
「アレに伸び代があるのは認めましょう。えぇ……むしろ、グレンは伸び代が大きすぎる。だからこそ、今はまだ伸ばす時期なのですよ」
「なんだ、ちゃんと師匠してるんだな」
ラウルがハハッと笑いながら言えば、ルイスはフンと鼻を鳴らして次の書類に目を通す。
グレンに続いて推薦されているのは、ヒューバード・ディー。〈砲弾の魔術師〉の甥で、ミネルヴァを退学になった問題児である。
ルイスは書類に大きくバツを書き殴った。
「『論外』!」
「なぁなぁ、もしかして、この間の魔法戦のこと、まだ根に持ってる?」
「…………」
ルイスは珍しく眉間に皺を寄せ、忌々しげに呟いた。
「……あの日、虫除けの草を上着に焚きしめて帰宅した私に、娘はなんと言ったと思いますか?」
「へっ? 娘さんって、まだ産まれたばっかだろ?」
「娘の寝顔を見ようと、ベッドに近づいたら、娘は妻に似た愛らしい目をパッチリと開けて、こう言ったのですよ……………………『臭っ』と」
産まれたばかりの子どもが「臭い」などという言葉を知っていたとは思えない。
しゃっくりだか、くしゃみだかが「くしゃっ」と聞こえただけではないか、とラウルは思ったが、ルイスの顔は深刻そのものである。
「……娘に臭いと言われた父親の気持ちが、貴方がたに分かりますか。えぇ? ……聞いてますか、そこの呪術師殿?」
無論、レイはルイスの嫌味など聞いておらず、黙々と仕分け作業をしていた。
しかし、よくよく見れば、レイが仕分けたリストは、若い女性とそれ以外の二つに分けられている。
「……新しい七賢人……同僚……俺を愛してくれる女の子がいい……」
真面目に仕事をしているかと思いきや、これである。
レイが仕分けた書類を回したらルイスが発狂しそうなので、ラウルはそれを再仕分けしてやることにした。
そうして仕分け作業をしつつ、ラウルはルイスとの世間話に戻る。基本的に誰かといる時は、喋りながら作業をする方が好きな性分なのだ。
「でもさぁ」
「なんです」
「根に持ってる割に、モニカに当たり散らしたりはしないんだな」
最高審議会が終わった後、遅れて城に到着したルイスはえらく殺気立っていて、モニカは死を覚悟した顔をしていた。だが、ルイスがモニカに言ったのはたった一言。
──やってくれたな、小娘。
それだけ言って、その場を立ち去ったのである。
その時のことをラウルが口にすれば、ルイスは小さく肩を竦めた。
「負け犬の遠吠えは趣味ではありません。まったく……あの小娘に、ここまで清々しく負けたのは二回目ですよ」
一回目は七賢人選抜の魔法戦のことを言っているのだろう。その時も、ルイスはモニカに完敗しているのだ。
「なんやかんや、モニカのことを一番認めてるんだよなぁ」
「事実から目を背けても仕方がないでしょう。あの小娘が飛び抜けた才能の持ち主であることは、事実なのですから……あの才能を目の当たりにすると、今ここにあるリストがゴミに見えて、全て燃やしたくなるぐらいには」
そのリストに自分の弟子も含まれているのに、この言い草である。
物騒だなぁ、と呟いたラウルは、ふと思い出したことを口にした。
「モニカと言えばさ、さっきバタバタと城を飛び出して行くのを見たけど、何か急用でもあったのか?」
「あぁ、それは……」
ルイスは羽ペンを動かす手を止めて、窓の外に目を向ける。
「今日は卒業式だそうですよ。セレンディア学園の」