表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
225/236

【16ー9】モニカの伝言

 魔法戦の結界を維持しつつ戦況を見守っていたニールは、水晶玉の中でルイスの魔力が尽きたのを確認し、シリルに声をかけた。

「〈結界の魔術師〉様の魔力が枯渇しました。魔法戦の結界を解除します」

「あぁ」

 〈深淵の呪術師〉が仕掛けた虫寄せの呪いによって、ルイスは呪いの効果が切れるまで結界を維持し続けざるをえなくなる。そして、花畑には魔力を吸収する花を植えてあるのだ。虫寄せの呪いの効果が切れるのとほぼ同じタイミングで、ルイスの魔力は枯渇した。

 魔力が空になれば、もう飛行魔術で城に向かうことはできない。


 ルイスは頭がきれて、弁が立つ。だから、審議会の場で戦わなくていいように足止めをした。

 更にルイスは近距離戦闘にも長けている。だから、それを封じるために魔法戦の結界を張った。

 更に更に、ルイスは魔法戦にも長けている。だから、魔力を消費させる罠を張った。


 つまるところ「ルイスの得意分野で勝負をしない」「足止めに徹する」という二点をモニカは徹底したのである。

 魔法戦用の結界を解除したニールとシリルは、グレン達と合流すべく森へ向かった。

「……最高審議会、無事に終わりましたかね」

 ニールがぼそりと呟くと、シリルはフンと鼻を鳴らして大股で先を歩く。

「我々があれだけ手を尽くしたのだ…………成し遂げたに決まっている」

 誰が、とは言わないけれど、それでもシリルの言葉には信頼がにじんでいた。

 そうだ、シリルもニールも〈沈黙の魔女〉ではなく、生徒会役員のモニカという少女を信頼して送り出したのだ。

 彼女なら、きっと上手くやってくれるはずだ。

 そんな想いを胸に顔を上げたニールは、前方を見て硬直した。

「あ、あの、副会長……あれ……」

「なんだ、あの煙は……!?」

 魔法戦の最後の舞台となった花畑のある方角から、モクモクと煙が立ち上っている。

 なにやら不吉な予感を覚え、早足で煙の方角へ向かった二人が目にしたのは……。


「ゲホッゲホゲホゲホッ!! あっ、ニールー! 副会長ぉー! た、助けてほしいっすーーー! ゲホッ! うぇっ……」


 蔓で縛られ木から逆さ吊りにされ、下から焚き火の煙で燻されているグレンとロベルトの姿であった。

 焚き火のそばでは〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが脱いだ上着をバサバサと振って火を煽っている。ちょうど、煙がグレン達に直撃するように。

「こ、これは、一体……」

 ニールが恐る恐る訊ねると、ルイスは首を捻って振り返る。

「虫が嫌う煙を焚いて、上着についた虫を払っているのですよ。ついでに悪ガキどもに煙責めもできて、一石二鳥です」

 虫寄せの呪いが解けるまでの三十分間、足元の虫にたかられながら結界を維持し続けたルイスは、仏頂面でボヤきながら上着をバサバサ振った。煙がモワッと膨れ上がり、グレンとロベルトに直撃する。

 ルイスの魔力は確かに底を尽きている筈だ……が、どうやら魔法戦の結界が解除され、物理攻撃が可能になった後で、グレンとロベルトを捕獲して逆さ吊りにしたらしい。

「あのぅ、ヒューバード・ディー先輩は、どちらに……?」

 ニールが顔を引きつらせながら訊ねれば、グレンが煙に咽せながら叫んだ。

「あいつ、ゴホッ、オレ達を囮にしでぇっ……ゲホッ、逃げたんっス〜〜〜〜〜〜!!」

 煙が目に滲みたらしく、ボロボロと涙を流すグレンの横では、ロベルトがいつもの泰然とした態度で「無念です」と一言だけ口にする。

 なんとか下ろしてあげないと……と、ニールがオロオロしていると、ルイスがニールとシリルをジロリと睨んだ。

「さて、ハイオーン侯爵家とメイウッド男爵家の御子息とお見受けしますが……子どもの悪ふざけにしては、些か度が過ぎている。お父上達は、このことをご存知で?」

 暗に父親に言いつけるぞ、と言われている。

 シリルが反論を口にしようとしたが、それをニールは「待ってください」と制した。

 きっとシリルは自分が責任を負おうとするのだろうけれど、この場をとりなし調停するのは〈調停者〉の家系であるニールの役目だ。

「〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット魔法伯は、フェリクス・アーク・リディル殿下の解放のために動かれています」

「あの王子は偽物です。それは変えようのない真実ですよ」

 ジロリとこちらを睨むルイスに、ニールはコクリと頷く。

「えぇ、知ってます」

 その言葉に、ルイスが細い眉をピクリと動かした。

 おそらくルイスはニール達が何も事情を知らずに、モニカの手助けをしていると思っていたのだろう。

「〈沈黙の魔女〉……エヴァレット魔法伯は全てを打ち明けて、その上で僕達に協力してほしいと申し出ました。僕達は全てを承知の上で、ここに立っています」

「……あの小娘が?」

 ルイスは片眼鏡の奥で、灰紫の目を剣呑に眇める。

「にわかに信じ難い話ですな。アレは、簡単に人を信用するような魔女ではないでしょう」

 ルイスの刺のある言葉にシリルがピクリと眉を動かした。

 眉を吊り上げて言い返そうとしたシリルをニールはそっと押さえ、ルイスを真正面から見据える。

「エヴァレット魔法伯……いいえ、あえてこう言います。モニカ嬢は僕達を信頼してくれました。だから、僕達もそれに応えた。ただ、それだけのことです」

 ただそれだけのこと。と口にするのは簡単だ。だがそのために、あの内気なモニカがどれだけ勇気を振り絞ったかは想像に難くない。

 だからこそ、ニールはモニカの信頼に応えたい。だって、一年間一緒に生徒会役員をした仲間なのだから。

「今回の件について、モニカ嬢はこう決着をつける算段です。


『フェリクス殿下は本物である。自身が偽物であることを仄めかす発言は、とある呪術師の呪いで洗脳されていたためだった』


 クロックフォード公爵もフェリクス殿下も、その呪術師に陥れられた被害者……という形で、誰も処刑されることなく決着するものかと思います」

 クロックフォード公爵を破滅に追いやるための切り札をモニカは持っている。

 だが、公爵を追い詰めすぎれば、十年前の真実を暴露し、アイザック・ウォーカーを道連れにする危険がある。

 なにより、この国一番の権力者である公爵が罪人として処刑されたら、国政は大混乱になるだろう。

 宮廷で公爵が取り仕切っていた事柄は、あまりにも多すぎる。なにより、公爵はただいたずらに権力を振りかざしていた訳ではない。無慈悲な人物ではあるが、この国に貢献した功績もまた圧倒的に多いのだ。

 ニールの話を聞いていたルイスは、不快そうに鼻の頭に皺を寄せて呻いた。

「なるほど、つまりは全て有耶無耶にしてしまおうと。あの小娘、随分とずる賢くなったではありませんか……ですが、それでも勝ち目は五分五分でしょう。クロックフォード公爵が強引に押し切れば、どうとでもなる」

「いいえ、絶対にモニカ嬢は勝ちます」

 きっぱりと断言するニールに、ルイスは胡散臭そうな顔をする。

「『僕は友達を信じてますから』とでも、言うおつもりですか?」

「えっと、それもありますが……」

 ルイスの嫌味にニールはニコリと微笑み、ちょっとだけ咳払いをして、居ずまいを正す。

「モニカ嬢からの伝言です」

 作戦会議の際にモニカはニールに、こう提案した。

 ──もし、ルイスさんがものすごく怒り狂っていて、グレンさん達に八つ当たりしたら、こう伝えてください……と。

 そしてモニカはフンスと鼻から息を吐いて、ちょっと真面目くさった顔をして、こう言ったのだ。


「『勝負はテーブルに着く前から始まっているのですよ、同期殿』」


 その言葉にルイスは限界まで目を見開き、まさか……と小さく呟く。

 クロックフォード公爵もアイザック・ウォーカーも、誰一人処刑せず、有耶無耶にする決着。

 この結末で一番得をする人間とは誰か?


 それは……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ