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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
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【16-8】最後の決め手

 ──そんな馬鹿な。


 そう胸の内で叫んだのは、アイザックだけじゃない。きっと、クロックフォード公爵もだ。

 この場の誰もが〈沈黙の魔女〉の所業に感嘆の声を漏らしている中、真実を知るアイザックと公爵だけが、驚愕している。

 アイザックはただの一般市民だ。当然、王家の血なんて引いていないし、国王とは血の繋がりもない。

(なのに、何故……!)

 俄かに盛り上がる場の空気に、クロックフォード公爵が冷ややかな声を落とす。


「〈沈黙の魔女〉よ。その罪人は既に、こう発言している『全ての罪を認める』と。その胡散臭い魔導具が何色に染まろうとも、一度口にした言葉は翻せぬ」


 クロックフォード公爵の言葉に、場がしんと静まり返る。

 そうだ、クロックフォード公爵の言うことは正しい。既にアイザックはこの場で、全ての罪を認めると発言してしまっている。

 本物の第二王子なら己の潔白を訴えるべきなのに、だ。

 誰もがクロックフォード公爵の言葉に納得し、確かにその通りだと囁き合う。

 そんな中、モニカは落ち着き払った態度で言った。

「今から申し上げることは、皆様にとって大変ショックかもしれません……ですが、どうかお聞きください」

(一体、彼女は……何を仕掛けるつもりだ)

 固唾を飲んで見守るアイザックの前で、モニカは神妙な口調で告げる。


「フェリクス殿下は、恐ろしい呪いを受けているのです」



 * * *



 ──さぁ、ここからが正念場だ。


 モニカは腹にグッと力を入れて、覚悟を決める。

 陳述書の読み上げと聖杯の披露は、この場にいる者に対して一方的にモニカが語るだけだった。

 だが、ここから先はクロックフォード公爵との「戦い」……一騎討ちなのだ。

「皆様は、昨年末にレーンブルグ公爵領で起こった、呪竜騒動を覚えていらっしゃいますか?」

 事件から数ヶ月が経つが、当然に忘れられているはずもない。まして、当事者だったレーンブルグ公爵はなおのことだろう。

 突然注目を浴びたレーンブルグ公爵は、引きつった顔で落ち着かなげに視線を彷徨わせている。

「フェリクス殿下が解決した呪竜討伐の場に、わたくしも居合わせました。そこでわたくしは、とある恐ろしい事実に気付いてしまったのです」

 ここでたっぷりと間を持たせて、聴衆の意識を惹きつける。

 イザベルの台本に書き込まれた演出メモを思い出しながら、モニカはここぞとばかりに声を張り上げた。


「あの呪竜は人間の呪術師によって、人為的に引き起こされたものだったのです! その呪術師の名は、ピーター・サムズ」


 突然飛び出した名前に、この場にいる殆どの者が怪訝な顔をする。

 だが、確かに分かりやすく反応した者がいた……エリアーヌの父、レーンブルグ公爵だ。

 おそらくレーンブルグ公爵は、自分の家の失踪した使用人が呪術師だったことすら知らないのだろう。ただ、ちらちらと助けを求めるようにクロックフォード公爵を見ているところから察するに……。

(クロックフォード公爵から、送り込まれたんですよね。ピーターさんを)

 そして理由も分からぬまま、レーンブルグ公爵はピーターを受け入れてしまったのだろう。

 モニカはほんの少しだけレーンブルグ公爵に同情しつつ、言葉を続ける。

「ピーターという男は、呪術で生物を操る恐ろしい呪術師です。本来、呪術で生物を操るなど外法。しかし、ピーターは竜を呪術によって自由に操った…………そして」

 モニカはちらりとアイザックに目を向け、労しげな顔を作ってみせる。


「呪竜騒動の真実に気づきかけた殿下の口を封じるために、ピーターはフェリクス殿下にも呪いをかけたのです。呪竜にしたのと同じように、殿下を洗脳し、意のままに操る恐ろしい呪いを!」


 第二王子が呪われている。

 モニカの言葉に、場がどよめきだす。もし、それが真実だとしたらなんと恐ろしいことだろう。

 竜を操るだけでなく、王子まで意のままに操るなんてことができたら……国を掌握されかねない。

「しかし、ピーターの作った呪いは不完全なものでした。故に殿下は呪いに必死に抗い……そして、かねてより親交のあった〈宝玉の魔術師〉様に、このことを相談されたのです」

 〈宝玉の魔術師〉は七賢人の中の第二王子派である。フェリクスが相談役として選択しても、なんら不思議ではない。

「しかし、それに気づいたピーターは〈宝玉の魔術師〉様を毒殺し、嘘の遺書を現場に残したのです。〈宝玉の魔術師〉様の死にショックを受けた殿下は、呪いに飲まれてしまい……そして、ピーターに洗脳されてしまった」

 この言葉に、すっかり影が薄くなっていた議長が、恐る恐る口を挟んだ。

「つまり……この場で罪を認めると発言したのも……」

「えぇ、ピーターという呪術師にそう言わされているのです」

 頷きながら、モニカはクロックフォード公爵をちらりと見る。

 公爵は露骨に顔色を変えるような無様な真似はしなかった……が、ピーターの名前を出した瞬間から、明らかにモニカを見る目が変わった。

 モニカがこの場でピーターの名を出したのは、クロックフォード公爵に対する牽制だ。


 わたしは、貴方のしたことに気づいている──と。


 クロックフォード公爵とピーターに繋がりがあること、そして呪竜騒動を裏で仕切っていたのが公爵であることをモニカがこの場で宣言すれば、公爵は一気に窮地に立たされるだろう。

 だが、それではダメなのだ。

(……もし、クロックフォード公爵を破滅まで追いやったら……十年前の真実を暴露されかねない)

 そしたら、アイザックを救おうというモニカの作戦は全て無駄になる。

 七賢人会議の場で、ルイス・ミラーはこう言った。


『政治においては正しいことが真実になるとは限らない。権力者にとって都合の良いことが真実になることが、ままある』


 つまり大事なのは、誰にとっても都合の良い真実……「落としどころ」なのだ。

 モニカはあえて、ピーターとクロックフォード公爵の繋がりを指摘しなかった。そうすれば、クロックフォード公爵は「大事な孫を呪術師に洗脳された被害者」という立場でいられる。

 アイザックもまた「呪術師に洗脳された被害者」という立場でいられる。

 モニカはピーターとクロックフォード公爵の繋がりという、公爵の最大の弱みを握ったまま、アイザックを救うことができる。

 そして、誰よりも利を得るのは……。


「〈沈黙の魔女〉よ」


 今まで静かに成り行きを見守っていた国王が、厳かに口を開く。

「つまり、第二王子は……今も呪いによって洗脳されていると?」

「えぇ、その通りです」

 モニカがコクリと頷けば、国王は七賢人の席に座る〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトに目を向けた。

「……〈深淵の呪術師〉よ。〈沈黙の魔女〉の申すことは、まことか?」

 国王に指名されたレイは億劫そうに立ち上がると、ゆらりゆらりとした足取りで前に進み出る。

 そしてアイザックを一瞥して、ボソボソと呟いた。


「あぁ、なんて強い呪いなんだ。こんな呪いは見たことがない」


 若干棒読みではあったが、レイは普段から抑揚のない声で喋るので、気にする者はいなかった。

 レイはローブを着た背中を丸めて、アイザックの額に指を当てる。そして、ブツブツとなにやら詠唱を始めた。

 すると、アイザックの額に不気味な紋様が浮かびあがり、ピカピカと発光しだしたではないか。

 誰もがギョッとしていたが、光はすぐに収まり、謎の紋様もすぐに薄くなって消える。

 レイはゆらりと顔を上げた。

「……これで、解呪は完了した。王子はもう正気だ」

 国王は静かな目で、アイザックとモニカを交互に見る。

 そして、会場中に響く声で、高らかに宣言した。



「呪いより解放されし我が息子を、今すぐ医師に見せよ!」



 その言葉が判決だった。

 固唾を飲んで見守っていた者達は、おぉっと声を漏らし、クロックフォード公爵は顔色一つ変えずに、モニカを睨む。

 モニカは目を逸らさずに、公爵を睨み返した。


 貴方のしてきたことは、全てお見通しです。

 七年前に父を死に追いやったことも。呪竜騒動を企てたことも。

 この先、貴方が牙を剥くなら──わたしは、全ての真実を明かしましょう。


 声に出さずに、そう呟きながら。



 * * *



「つまりなんだ? 一件落着ってことかぁ?」

 いまいち話の流れをつかめていなかった〈砲弾の魔術師〉は、きっと〈茨の魔女〉も自分の同類だろうと、横を見る。

 ラウルは口元を手で押さえ、肩をプルプルと震わせていた。まるで笑いを堪えるかのように。

「おう、茨の。なにをニヤニヤ笑ってんだ?」

「いやぁ、ははは」

 ラウルは曖昧に誤魔化しつつ、モニカとレイをちらりと見た。


(……このハッタリ合戦の、最後の決め手が『体の一部が発光する呪い』かぁ! レイのやつ、美味しいところ持ってったなぁ!)


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