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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
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【16ー5】沈黙を破る時

 最高審議会の会場には国内でも名だたる貴族達がズラリと並び、各々の席で審議会の開始を待っていた。

 まだ席の幾つかは埋まっておらず、既に着席した出席者達は今回の件について、小声で意見を交わしあっている。

 彼らの視線の先にいるのは、クロックフォード公爵ダライアス・ナイトレイ。

 第二王子が殺害され、偽物に入れ替わっていた……というこの国を揺るがす恐ろしい事態を、誰もが俄かに信じられぬまま、クロックフォード公爵の出方を窺っていた。

 クロックフォード公爵はいつもと変わらぬ態度で、審議会の始まりを待っている。

 そんな中、七賢人の席に座す〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグは、隣の席の〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトのローブをチョイチョイと引っ張って話しかけた。

「発動したみたいだぜ、レイの呪い」

 そう言ってラウルは己の右耳を手で覆い、何かを聞き取るのに集中するような素振りを見せる。

「……うん、うん……どうやら決着がついたみたいだ。いやぁ〈結界の魔術師〉には悪いことしちゃったなぁ」

「ざまぁ見ろ、ルイス・ミラー……顔の良い男なんて、みんな虫にたかられてしまえばいいんだ……」

 ルイス・ミラー足止め作戦のために用意された最後のトラップ。それを仕掛けたのは、他でもないこの二人であった。

 レイは虫寄せの呪いを、そしてラウルは花畑に触れた者の魔力を吸う、特殊な花を紛れ込ませている。あの花畑で行動すると、それだけで魔力が減っていくトラップだ。

 グレンとヒューバードが花畑の外から援護に徹したのは、そのためである。あとはもう虫の侵入を防ぐために結界を張り続けているだけで、ルイスは魔力切れになるだろう。

 更にラウルは花畑の花に集音魔術を仕込み、花畑の音を傍受していたが、耳が痛くなるような虫の羽音とルイスの罵声が延々と続くだけなので、集音魔術を解除した。

「〈結界の魔術師〉は、しばらくこっちには来れなさそうだ。モニカの作戦通りだな!」

 そう呟いて、ラウルはちらりと横目で隣の空席を見る。

 〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンの死により一つ欠けた、七賢人の席は六つ。

 そのうち着席しているのは〈茨の魔女〉〈深淵の呪術師〉〈砲弾の魔術師〉の三人のみ。

 〈星詠みの魔女〉〈結界の魔術師〉〈沈黙の魔女〉の三席は空いたままだ。

 ルイスは足止め中だし、モニカは色々と準備があることをラウルは知っている。だが〈星詠みの魔女〉は何をしているのだろう。

「また星詠みに夢中になって、うっかり寝坊してたりして」

 ラウルが小さく呟けば、耳ざとく聞いていた〈砲弾の魔術師〉が口を挟んだ。

「〈星詠み〉のなら、今朝、蒼天宮に行くのを見たぜ」

 蒼天宮──それ即ち、国王の私室がある棟だ。

 もしかして、とラウルの頭によぎった考えは正しかった。

 やがて審議会の開始を告げる鐘が鳴ると、会場の扉が開き、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが姿を見せる。

 緩く波うつ銀の髪の美女が支えているのは、金色の髪に王冠を戴く六十前後の男──リディル王国国王アンブローズ・クレイドル・リディル。

 病床の国王の登場に会場中がざわついた。

 国王は血の気の薄い顔で杖をついていたが、確かに背すじを伸ばして立っていた。

 淡い金の髪に空色の目、痩せた体。若かりし頃の精悍さこそ失われたが、それでも理知的な目の輝きに衰えは無い。

 そんな国王を支える〈星詠みの魔女〉は、鈴を転がすような美しい声で告げた。


「ご静粛に。無粋な声は、陛下のお体に障りますわ」


 最年長の七賢人〈星詠みの魔女〉の言葉に、場が静まり返る。

 それでも誰もが物言いたげな顔をしていた。何せ病床に伏していた王が、数ヶ月ぶりに公の場に現れたのだ。

「陛下はこの度の騒動に大変心を痛め、この場にお越しくださったのです。どうぞ皆様、ご理解とご配慮を」

 そう言って、〈星詠みの魔女〉は国王を席まで案内する。

 会場の貴族達は誰もが動揺を隠せずにいたが、唯一、顔色を変えない人物がいた……クロックフォード公爵だ。かの公爵は、今何を思っているのだろうか。

 様々な思惑が行き交う中、議長が口を開く。


「さて、幾ばくか空席もあるようだが……これより最高審議会を始める」


 会場奥の扉が開き、手枷をつけられた男が兵に挟まれたまま、前に進み出る。

 鮮やかなハニーブロンドに、美しい顔立ちの青年──フェリクス・アーク・リディルの名を騙った罪人は、場違いなほど穏やかな顔をしていた。



 * * *



「罪人よ、まずはその方の名を名乗るが良い」

 議長に促されたアイザックは薄い笑みを浮かべた。

 アイザック・ウォーカーは十年前に死んだ人間だ。ここで死者の名を出す必要はない。

「この場で名乗る名など、持ちあわせていませんよ。どうぞ数字でも記号でも、貴方方の好きなように呼べばいい」

 不遜な態度に、誰もが不快げに顔を歪めた。

 アイザックは目だけを動かして、この場にいる者達の顔を見る。どれも見慣れた国の重鎮達……最奥に座すは、フェリクスの父である国王。

 そして、その最も近い席に第一王子のライオネルと、クロックフォード公爵。

 更に少し視線を動かしたアイザックは、七賢人の席に二つの空席があることに気づき、ほんの少しだけ目を細めた。

 空席の一つは〈沈黙の魔女〉の席だ。彼女は公の場に姿を見せないことが多いから、欠席してもなんら不思議ではない。

 ただ、できることなら、最後にもう一度だけ会いたかった──欲を言えば、素顔が見たかった。

(罪人が望むには、過ぎた贅沢か)

 胸の内で自嘲し、アイザックは顔を上げて前を見据える。

 フェリクスの顔に、フェリクスと同じ笑みを浮かべて。

 この顔はフェリクスの顔なのだ。ならば、醜く取り乱す姿なんて、人々の記憶に残したくない。

 たとえ偽物でも、最後まで綺麗なフェリクスの姿を人々の記憶に残したかった。


「罪人よ。お前は新年の儀の後、セレンディア学園に戻る最中だった第二王子フェリクス・アーク・リディル殿下を道中に殺害し、入れ替わった。この事実に相違はないか」


「あなた方がそれを真実だと言うのなら、きっとそうなのでしょうね」


 処刑される覚悟はできている。だが、あまりにも素直に肯定してしまっては、逆に不審に思われるだろう。

 かと言って、見苦しく取り乱して否定するつもりもない。だって、アイザックはこれから処刑されなくてはいけないのだから、罪を否定する理由が無い。

 アイザックが穏やかに言葉を返せば、なんと不遜な、とクロックフォード公爵の取り巻き達がざわついた。

 彼らはこの偽物を作り上げたのが誰なのかも知らず、第二王子を騙る偽物に悪意を向けている。

 滑稽だ。誰も彼もが、クロックフォード公爵に踊らされている。

(……一番の道化は他でもない僕だけど)

 アイザックが処刑される瞬間、この国の民の全てが憎悪を向けるだろう。呪竜から国を救った英雄王子を殺害した罪人に。

 そして英雄王子は悲劇の王子として、人々の記憶に残るのだ。

(あぁ、でも……あの子は、どんな顔をするだろう)

 ふと頭をよぎるのは、チェス盤を前に俯いていた少女。


 ──誰かの願いのために、お父さんが死んだと知って……どうしたら良いか分からなくなりました。


 モニカ・ノートン……否、きっと本名はこうだ。モニカ・レイン。

 偽物王子の真実を隠すために、父親を殺害された娘。

(……どうか、僕のことを憎んでくれ)

 心優しい彼女は、誰かを憎むことを良しとしないだろうけれど。

 それでも、あんなに悲しい顔をするぐらいなら、いっそアイザックを憎んで憎んで、そして処刑の瞬間に、父の仇が死んだのだと少しでも胸のすく思いをしてほしい。彼女にはその権利がある。


「罪人よ、お前はここに挙げられた罪状を、全て認めるか?」


 そこに挙げた罪だけでは足りないな、とアイザックは胸の内で呟く。

 アイザックの罪は十年前──本物のフェリクス・アーク・リディルを死なせた瞬間から始まっているのだから。

 だから、アイザックはこう答える。


「全ての罪を認めます」


 フェリクスを死なせた罪も。その遺体を焼き払い、成り変わった罪も。多くの人間を騙した罪も……モニカの父親を死なせた罪も。

 全てを背負って、アイザック・ウォーカーはここで死ぬ。

 背後で扉の開く音がした。きっと兵が自分を連行するのだろうと考えるアイザックの耳に、聞き覚えのある声が響く。



「お待ちください」



 それは聞き覚えがあるのに、聞き覚えのない声だった。

 アイザックはその声を知っている。だが、その声の主は、こんな会場中に響くような喋り方をしない。

 コツ、コツ、と華奢なヒールの音がする。

 ゆっくり振り向けば、そこにはフードをかぶった〈沈黙の魔女〉と、その従者の姿があった。

 〈沈黙の魔女〉の背後に控えている従者の男は、バーソロミュー・アレクサンダーを名乗る黒竜だ。立派な従者服を身につけた黒竜は、アイザックと目が合うとニヤリと笑う。

 一方〈沈黙の魔女〉は、ほっそりとした体に沿う濃紺のローブを身につけていた。ローブは裾が後ろに長く伸びるデザインで、一歩歩くごとに裾がヒラヒラと揺れるのが美しい。

 デコルテは下品でない程度に開いていて、白い胸元には小さな宝石が輝いている。クリスタルシャンデリアの煌めきを反射するその石は、ペリドットだ。

 そのネックレスに、アイザックの目が釘付けになる。

 かつて彼はそれを贈った。誰か一人でいいから、アイクという人間がいたことを覚えていてほしい。そんないびつで勝手な想いを込めて。


『ペリドットは暗い夜の僅かな灯りでも、美しく光るんだ。君が身につけてくれたら、きっとすぐに見つけられる』


 かつて、彼はそう言って、一人の少女にネックレスを贈った。

 あの時のネックレスが今〈沈黙の魔女〉の胸元で輝いている。

 立ち尽くすアイザックの前で、〈沈黙の魔女〉は薄紅に彩られた唇を開いた。


「こちらにおわす方は、本物のフェリクス・アーク・リディル殿下にございます」


 凛と響く声で宣言し、〈沈黙の魔女〉はフードを外す。

 あらわになった横顔は、化粧こそしているが、見間違えるはずがない。


「そのことを、七賢人が一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットが証明してみせましょう」



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