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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
220/236

【16ー4】ポーンとクイーンの戦い

「……まず負けるでしょうね」


 それが、ルイス・ミラー足止め作戦の概要を聞いたクローディア・アシュリーの見解だった。

 足止め作戦の第一段階は、ヒューバードが従者に変装してルイスを森に誘い込み、グレンの魔術で不意打ち。

 それに失敗したら、ヒューバードの魔導具トラップを仕掛けたエリアまで誘導し、トラップで不意打ち。

 それを防がれた時の最後の切り札が、潜伏していたロベルトによる不意打ち。

 不意打ち三段重ねの対ルイス作戦を、クローディアはバッサリ切り捨て、椅子の背もたれにぐったりともたれかかる。

 やってられないわ、とでも言いたげな態度に、グレンが唇を尖らせた。

「めちゃくちゃ考えた作戦なのに、なにが駄目なんスかー」

「……その作戦で自分の師匠を倒せると、本気で思ってる?」

 グレンは、うっと言葉を詰まらせる。

 作戦はよくできていると思う。なにせ不意打ち三段重ねだ。

 それなのに、グレンは自分が師を倒す光景が、どうしてもイメージできなかった。

 グレンが口ごもると、クローディアは頬杖をつきながら、作戦を書き込んだ地図をトントンと指で叩く。

「……作戦がどれも二番煎じなのよ……ヒューバード・ディーの魔導具トラップ、ロベルト・ヴィンケルの潜伏……どちらも〈結界の魔術師〉は、この間の魔法戦で目にしているはずだわ」

 クローディアの言うとおりだ。先日セレンディア学園で行われた魔法戦の結界維持を担当していたルイスは、そこで行われた全てを見ている。

 一同が黙り込むと、シリルが挙手をした。

「ならば、私も足止め役に……」

 シリルの提案にニールが首を横に振る。

「駄目ですよ、副会長。そうすると魔法戦の結界を維持する人手が足りなくなっちゃいます」

「……むっ」

 魔法戦の結界を維持するには、最低でも二人は魔術の使い手がいる。この中で魔力量が多く、かつ魔力操作に長けているのがシリルなので、シリルを結界維持役から外す訳にはいかなかった。

 グレンは腕組みをしてウンウン唸っていたが、やがてポンと手を打つ。

「そ、それなら、魔導具トラップの量を増やして……!」

「んっんっんー、俺ぁ『黒い聖杯』作りで手一杯だから、これ以上、魔導具を作る余裕はねぇなぁ」

「うぐぐ……」

 なかなか良い案が浮かばず、誰もが頭を抱える中、モニカが地図の一点を指差した。

「……ここに、罠を仕掛けるのは、どうでしょうか?」

 そう言ってモニカは、具体的な罠の内容を説明する。

 クローディアが気怠げな顔をゆっくり持ち上げ、モニカを見据えた。

「……〈沈黙の魔女〉は、そんなこともできるのかしら?」

「いいえ、わたしには、この罠は作れません…………だから」

 モニカは言葉をきり、少しだけ恥ずかしそうに口をモゴモゴさせて言う。


「……『友達』の力を借ります」



 * * *



 ロベルト・ヴィンケルは己をチェスの駒に喩えるなら、ポーンだと思っている。

 戦場をただ真っ直ぐに進むだけの最弱の駒。だが、ポーンを上手く活用し、敵の駒を動かして初めてチェスに勝利することができるのだ。

 ロベルトは今、森の奥にある少しひらけた花畑に佇んでいた。既にグレンとヒューバードはその周囲に潜伏している。

「なるほど。次はお前が私の相手で、残る二人は援護役ですか」

 草木をかき分けて姿を現したのは〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー。

 細身の体にローブをまとったその男は、黙っていれば美しい男だ。花畑に立つと、それだけで一枚の絵になりそうな雰囲気すらある。

 だが、その全身から撒き散らされる殺気が、控えめに言って尋常じゃない。

「ロベルト・ヴィンケル。いざ、参ります」

 ロベルトが握りしめた柄に魔力を込めれば、柄がバチバチと音を立てて発光し、雷の刃を作り出す。

「せいぃっ!」

 ロベルトが踏み込みながら剣を振るうと、ルイスは実体無き魔力の刃を杖で受け止めた。

 普通の剣で受け止めれば、鉄の刃を擦り抜けて相手の体に届く一撃だが、ルイスは先ほどと同じように杖で雷の刃を受け止める。恐らく杖に魔力を込めているのだ。直接雷の刃をルイスの体に当てなくては、ダメージは与えられない。

 ロベルトは斬撃を受け流されぬよう注意しつつ、角度を変えて下から刃を振り上げる。ルイスは一歩引いてそれをかわすと、杖の先端をロベルトの喉元目掛けて突き出した。

 それをロベルトがギリギリかわしたところで、木の影から炎の矢と火炎球が飛来する。ヒューバードとグレンの援護だ。

 しかし、ルイスはそれも読んでいたらしく、防御結界を張って攻撃魔術をガード。そして何事もなかったかのように、ロベルトに殴りかかった。

 上段から振り下ろされた杖をロベルトがかわすと、ルイスは振り下ろした杖の先端を地面にめり込ませて、ひらりと身軽に跳躍する。

 飛行魔術も使わずに、杖と脚力だけで跳躍したルイスは、ブーツの側面をロベルトのこめかみに叩きこんだ。

「ぐ、ぅうっ!?」

 魔法戦では物理攻撃は不可能……だが、ルイスは先ほどの掌底と同じように、ブーツの側面に小さな防御結界を張って、攻撃が通るようにしたのだ。

 モニカは物理攻撃を封じないと勝ち目がないと力説していたが、まさか結界でぶん殴ったり、飛び蹴りしたりしてくる魔術師がいるなんて、誰が想像できただろう。しかもよりにもよって七賢人が。

 こめかみを蹴られて地面を転がったロベルトに、ルイスが追撃をかけた。しかも今度は膝蹴りである。

 顔面をかち割ろうという強い意志を感じる一撃を、ロベルトは全力でその場を飛び退って回避した。

 再び、遠方からグレンとヒューバードの支援の攻撃が飛んでくる……が、遠距離から飛んでくる魔術は、短縮詠唱の防御結界でいとも容易く防がれてしまう。

(なんと、手強い)

 敵の罠を見抜く慧眼を持ち、攻防に長け、機動力も高い。

 〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー。リディル王国内における、竜の単独討伐数歴代二位は伊達じゃない。

 そう、チェスの駒に例えるなら最強の駒……。

「まるで、クイーンだ」

 ルイスの頬がピクリと引きつる。

「……今、なんと?」

「貴方は、クイーンのようだと」

 その時、明確にルイスから発せられる殺気が増した。ロベルトの剥き出しになった二の腕がピリピリと粟立つ。

「…………()()()

 返ってきた言葉はやけに低く、不穏な響きだった。

 ルイスの白い顔から、すぅっと表情が消える。そしてこめかみには青筋が……。


「一つ、良いことを教えて差し上げましょう、ロベルト・ヴィンケル……私は、女みたいと言われるのが、死ぬほど嫌いなのです」


 決してルイスの女性的な容姿を揶揄した訳ではないのだが、ロベルトの発言はルイスの逆鱗に触れてしまったらしい。

 ルイスが杖を振るいながら短く詠唱をすれば、強い風が吹き、花畑の花を散らした。

 宙を舞う色とりどりの花弁は美しかったが、花弁の合間を縫うように無数の風の刃がロベルトに降り注ぐ。

 風の魔術は威力が低いが、不可視故に回避が難しい。ロベルトは宙を舞う花弁の動きを注視して、風の刃をかわした。それでも全てを避けることはできず、風の刃がロベルトの体を何箇所か切り刻む。肉体に損傷は無いが、強い痛みと共に魔力が失われた。

 そろそろ、限界が近い。


(……あと、五歩)


 この戦いはチェスと同じだ。

 クイーンを目当ての場所に動かすべく、ポーンは花畑を駆け抜ける。

「ぬぉぉぉぉぉぉぉお!」

「おやおや、自棄になりましたか?」

 再び風の刃がロベルトに降り注ぐ。ロベルトはダメージを覚悟の上でルイスに突っ込み、魔法剣を振りかぶった。

 風の刃だけでは仕留めきれぬと判断したルイスが、後ろに飛んでロベルトの斬撃を回避する。


(あと、三歩)


 ロベルトは痛む腕を振るいながら、手元の魔法剣に魔力を込めた。

 ロベルトの魔力を吸い上げた雷の刃が、倍近くの長さに伸びて、ルイスに肉薄する。

 だが、その刃がルイスに届く直前にルイスは横に跳んで、嘲笑を浮かべた。

「ランドールのお家芸の魔法剣……生憎と初見ではないのですよ。伸びることぐらいお見通しです」


(あと、()()()


 ロベルトはありったけの魔力を魔法剣に注ぎ込んだ。

 魔法剣を伸ばすのは一見簡単に見えて、実は大量の魔力を消費する。おまけに魔法剣自体の安定性も失われるので、そもそもメリットが少ない。

 それでもロベルトは腕の関節一つ分の長さだけ、魔法剣を伸ばした。

 魔法剣がルイスに届く。ルイスは馬鹿の一つ覚えを見るような冷めた目で杖を持ち上げ、魔法剣を受け止めた。

「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 ロベルトは吠えながら、己の持てる全ての力で剣を振り下ろす。裂帛の気合いに押されたルイスが、()()()()()()()()()


 ──その時、ルイスの足元が目に痛いほど鮮やかな紫色に輝き出す。


 ロベルトはそれを確認し、呟いた。


「チェックメイトです」



 * * *



 ルイス・ミラーは己の足元の輝きに目を向け、眉をひそめた。

 足元に刻まれているのは魔法陣……だが、これは魔術のトラップじゃない。

 魔法陣に刻まれているのが魔術式だけなら、ルイスは即座に読み取れるが、足元のそれは半分も読み取れないのだ。

(……これは…………呪術?)

 気づいた瞬間、右手の甲にじわりと熱を覚えた。素早く手袋を外してみれば、手の甲に紫色の呪印が浮かび上がっている。どうやら魔法陣を踏んだ者が呪いを受けるトラップだったらしい。

 ルイスは花畑に足を踏み入れる前に、感知術式を使って花畑に魔導具が仕掛けられていないかを予め調べていた。それなのに、この呪術のトラップに気づかなかったのは、この呪術があまりにも弱いものだからだ。

 そう、ほんの数十分で効果が切れるような、弱い呪術だ。ルイスの能力を制限するようなものでもない。

(一体これは、何の呪いで……?)

 困惑しているルイスの耳が、ブブブブブという羽音を捉えた。これは虫の羽音だ。ハッと顔をあげれば、花畑中の羽虫達が一斉に、ルイスに向かって飛んでくるのが見える。

 そこでようやくルイスは、自分が受けた呪いの正体を理解した。


 ──これは虫寄せの呪いだ。


 ルイスは咄嗟に自分の周囲に半球体の防御結界を張り巡らせた。結界は間一髪で間に合って、羽虫達の襲撃を防ぐ。

 飛来した虫達で防御結界が黒く染まる光景は、なんともおぞましい。それでも自分が直接虫にたかられるよりはマシだと安堵の息を吐いたルイスは、足元の違和感に青ざめた。


 半球体の結界はルイスの周囲に張り巡らせられたものだ。だが、地面まで覆ってはいない。


 引きつった顔で足元に目を向けたルイスは、ブーツを這い上がってくる虫達に凍りつく。

 飛行魔術だ。飛行魔術を使えば、地面から虫が這い上がってくるのを防げる──だが、半球体結界を張っている間は、飛行魔術は使えないのだ。


「──────────っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 虫が飛び交う花畑の中心で〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは声なき声で悲鳴をあげた。


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