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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
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【16ー3】vs 魔王(元ヤン)

 ルイスが短縮詠唱で広範囲に雷の矢を放つ。

 グレンとヒューバードは飛行魔術でそれを回避しつつ、それぞれ火球と炎の矢を放った。だが二人分の攻撃をルイスは、同時展開した防御結界で難なくガードする。

 流石〈結界の魔術師〉を名乗るだけあって、その防御結界は硬い。

 防御結界の強度は魔術師の力量に大きく左右される。一般的な魔術師なら、一度攻撃を防げば結界も脆く砕けてしまうものだが、ルイスの結界は強度が桁違いなのだ。

 グレンの火球で辛うじてヒビが入る程度。ヒューバードの炎の矢は速射性に長けている分、威力をぎりぎりまで落としているので、三十発は撃ちこまないと結界を破壊できないだろう。

「んーっ、んっんっんっ」

 ルイスの攻撃魔術を回避しながら、ヒューバードは思案する。

 ルイスの魔術は無詠唱のモニカほど素早く連発できる訳ではないが、短縮詠唱なので充分に脅威となる速さである。

 おまけに威力が高い。ヒューバードの叔父である〈砲弾の魔術師〉には劣るが、そこらの上級魔術師よりは遥かに破壊力がある。ヒューバードの防御結界では一発防ぐのがやっと、といった程度だろう。

(速度と正確さはモニカに劣るが、叔父貴より上。威力の面では叔父貴に劣るが、モニカより上ってとこかぁ……なるほど、偏りがないから隙がねぇ)

 一般的な防御結界は盾のような平面のものと、術者を覆う半球体の二種類がある。

 平面結界のメリットは魔力の消費が少ないこと、強固な結界を作りやすいこと、そして結界を張ったままでも容易に移動ができることである。

 一方、半球体結界は消費が激しく、結界が薄くなりがちで、移動がしづらい。しかし、あらゆる角度からの攻撃に対応できる。

 臆病なモニカは基本的に半球体結界を多用する。モニカは戦闘中に動き回ることは少ないし、多方面からの攻撃を察知するのが下手だからだ。

 一方、ルイス・ミラーは平面結界の扱いが絶妙に上手かった。相手の攻撃のタイミングと方向に合わせて的確に結界を作動するから無駄が無いし、飛行魔術で高速移動もできる。

 つまるところ、ルイスは圧倒的に戦闘慣れしているのだ。

 一方、ヒューバードは防御結界は使えるもののルイスの攻撃を何発も防げるほどの強度はない。グレンに至っては、そもそも防御結界自体使えない。なので、ひたすら飛行魔術で回避するしかないのだ。

「んっんー……そろそろ飛ぶぞ」

「了解っス」

 ヒューバードとグレンは飛行魔術でルイスの攻撃魔術を回避するふりをしつつ、少しずつルイスを誘導する。木々が深く生茂り、視界が不明瞭になりやすい森の奥へと。

 障害物が多い場所では、飛行魔術で速度を出せない。ヒューバードはともかく、細かな魔術制御が苦手なグレンには圧倒的に不利な立地である。

 そんな場所にルイスを誘導したのは何故か──当然、罠を仕掛けてあるからだ。

 ルイスが飛行魔術で飛行しつつ、追撃用の攻撃魔術を詠唱する。ルイスの手元に水の槍が生まれた。

 魔術師が一度に使える魔術は基本的に二つだけ。そして今、ルイスは飛行魔術と攻撃魔術を使っている──つまり防御結界を張れない。


「んっんっんー………………ここだ」


 ヒューバードが指を鳴らすと同時に、周囲に仕掛けられた魔導具の罠が発動した。

 ルイスを取り囲むように四方八方から炎の矢が飛来する。水の槍一本では完璧な防御は不可能な、必殺の一撃。

 しかしルイスは顔色一つ変えず、手元にある水の槍を握り潰した。すると、ルイスの手元の水が蜘蛛の糸のように形を変え、周囲に広がる。

 攻撃魔術と見せかけた防御魔術だ。網にも似た水の糸はすべての炎の矢を受け止め、蒸発する。

 ルイスは飛行魔術を解除し、左手で杖を一振りした。

 無数の氷の矢が地面に降り注ぎ、ヒューバードが森の中に仕掛けておいた魔導具を、一つ残らず破壊する。

「以前セレンディア学園で行われた魔法戦……あの結界を張ったのは私です。当然、あの時の魔法戦も私は全て見ているのですよ」

 つまり、魔導具で罠を仕掛けるヒューバードの手の内はお見通しということらしい。

 ルイスは少しだけずれた片眼鏡を指先で直しつつ、あくまで上品に微笑んだ。

「狩りがお好きだそうですね、ヒューバード・ディー? 実は私も……竜狩りを少々嗜んでおりまして」

 ルイスが短く詠唱し、杖を一振りする。すると、ヒューバードとグレンの二人をぐるりと囲む半球体結界が生まれた。これは外敵からの攻撃を防ぐための結界ではない──ヒューバードとグレンを閉じ込めるための結界だ。

 ルイスの唇が吊り上がり、ニタァと凶悪な笑みを刻む。

「しかし竜というのは図体がでかい割に、なかなかに素早い。だから逃げられぬよう結界内に閉じ込めて、ありったけの攻撃魔術を叩き込むんですよ……こんな風に」

 ルイスが杖を振り上げ、詠唱をする。ヒューバードとグレンを閉じ込めた結界内に、宣言通りありったけの攻撃魔術を叩き込むつもりだ。

 ルイスが詠唱の最後の一節を口にしようとしたその瞬間……ルイスの背後から、魔法剣を握りしめたロベルト・ヴィンケルが飛び出し、無言で切りかかった。


 ──ルイスさんには正攻法じゃ勝てません。不意をつく必要があります。


 作戦会議の時にモニカは、そう言った。

 恐らく、モニカなら正攻法でも勝てるのだろう。それだけの技術と魔力がモニカにはある。

 だが、技術でも魔力でも劣るヒューバード達が勝つには、罠を駆使してルイスの隙を作るしかない。

 仕込んだ魔導具の罠は全て、このロベルトが攻撃する隙を作るためのものだ。

 剣術の授業で首席だったロベルトの一撃は、無駄がなく静かだった。剣術に長けた人間でも、回避は難しい一閃。


 それを、ルイス・ミラーは無造作に杖を背後に回して、受け止める。


「ぐ、むっ……!?」

 ロベルトは踏ん張って更に切り込もうとしたが、ルイスの杖はピクリとも動かない。

 ならば第二撃をとロベルトが剣を引いた瞬間、ルイスの杖が跳ね上がり、剣を絡めとる。

 そしてルイスは何の躊躇もなく杖を手放し……掌底をロベルトの腹に叩き込んだ。

 魔法戦の結界内では、物理攻撃でダメージを与えることはできない。だが、掌を魔力で覆えば話は別だ。

 つまるところ、ルイスは己の掌に極小の防御結界を張り、その結界でロベルトをぶん殴ったのである。そんな原始的な戦い方をする魔術師など、まずいない。

 ロベルトは口から空気の塊を吐き出しながら吹っ飛ばされ、地面を転がる。

 ルイスはパンパンと手を払い、どこまでも美しく、優雅に微笑んだ。

「言ったでしょう? お前達の魔法戦を私は見ていたと……潜伏した伏兵がいることに、私が気づいていないとでも?」

 ルイスは地面に転がった杖を爪先に引っ掛け、軽く蹴り上げる。そうして宙に浮いた杖を握りしめると、その杖で掌をパシパシと叩いた。

 その仕草が鞭を手にした拷問官に見えるのは、全身から滲む禍々しい殺意のせいか。

 結界に閉じ込められていたグレンが、恐怖にブルブルと震えながら手を前に突き出す。


「う、うぅぅぅわああああああああああ!!」


 グレンはありったけの魔力を振り絞って、己を閉じ込める結界に火球をぶつけた。

 グレンの火球は対象にぶつかると破裂し、炎を撒き散らす性質を持っている。当然に結界内で小爆発が起こり、グレンとヒューバードはダメージを受けた。

 魔法戦では、魔術による攻撃で肉体が傷つくことはない。だが、痛みは感じるし、ダメージの分だけ魔力が減る。ヒューバードとグレンの全身を、火に炙られた時の激痛が襲い、魔力がごっそりと削られた。

 それでも、グレンの火球は二人を閉じ込めていたルイスの結界を破壊する。

 ルイスが舌打ちして後方に意識を向けた瞬間、ロベルトが魔法剣を拾い上げてルイスに切りかかった。それをルイスは杖で捌く。

 その隙にグレンとヒューバードは詠唱し、残り少ない魔力で飛行魔術を起動した。

 ヒューバードが炎の矢をルイスに放つ。それをルイスが防御結界で防いだ隙に、グレンがロベルトの体を引っ掴んで、ルイスの届かぬ高さまで浮上する。


「ここは一時撤退っス! ……うぅうぅぅ、おーもーいー!!」


 グレンは顔を真っ赤にしつつ、ロベルトをぶら下げてその場を離脱する。ルイスの意識がグレンに向けられていた隙にヒューバードもその場を離脱していた。

 ルイスは舌打ちをし、飛行魔術を起動する。ヒューバード・ディーは見失ったが、ロベルトをぶら下げたグレンはフラフラと危うい飛行をしている。あれなら、すぐに追いつける。


 さぁ、早くクソガキどもを絞めあげ、〈沈黙の魔女〉の企みを白状させて、最高審議会に向かわなくては。


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