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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第16章「決着編」
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【16ー2】モニカとグレン、力説する

 ルイス・ミラーの乗った馬車が入っていった森を見下ろす高台に、小さな魔法陣が設置されている。魔法陣の中心には水晶玉が設置されており、そこに森の中の様子が映しだされていた。

 魔法陣を囲っているのは〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットと、シリル・アシュリー、そしてニール・クレイ・メイウッドの三名。

 水晶玉の中では、丁度ルイス・ミラーを乗せた馬車が停まるところだった。

 そのタイミングでモニカは魔法陣に杖をつき、無詠唱で術式を起動する。

 すると魔法陣はたちまち白く輝きだし、それに呼応するかのように高台の下にある森全体も淡い光に包まれた。

「……魔法戦用の結界、発動しました。結界の維持をお願いします」

 モニカの言葉にシリルとニールが頷き、結界に魔力を送り込む。

 本来魔法戦の結界は、発動して維持するために上級魔術師が二人は必要だと言われている。

 だが、実際のところ複雑なのは結界の発動だけで、維持そのものはある程度の魔力量があれば問題ない。

 そこで今回は、複雑な結界の発動だけをモニカが行い、その後の維持はシリルとニールの二人が引き受けることになっていた。

 水晶玉の中では、早速魔法戦が始まっている。

 派手に舞い上がる爆炎に、ニールがゴクリと唾を飲んだ。

「……始まりましたね、足止め作戦」

 硬い声で呟くニールに、シリルが「あぁ」と低い声で頷く。



 * * *



 クロックフォード公爵と戦うにあたって、モニカにはどうしても最高審議会の場から遠ざけたい人物がいた。

 それが〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーである。

「ルイスさんを、審議会に出席できないように、足止めをして、ほしいんです」

 二週間前に正体を明かしたモニカは、作戦会議の場でそう言った。

 これに異を唱えたのは、ルイスの弟子のグレンだ。

「師匠は第一王子派で、クロックフォード公爵の敵なんスよね? じゃあ、事情を話したら味方してくれるんじゃ……」

「いいえ」

 モニカは首を横に振り、キッパリと断言する。

「ルイスさんに味方になってもらうためには、事情を全て話す必要があります。でも、十年前の真実を知ったら……ルイスさんは、全てを公表することを選ぶと思うんです」

 十年前に本物のフェリクス王子は死んだこと。そしてその主犯がクロックフォード公爵とアイザック・ウォーカーという従者であること。

 その事実をルイスが知ったら、ルイスは嬉々として真実を公表するだろう。そうすれば、クロックフォード公爵と偽物の第二王子の息の根を確実に止められる。

「ルイスさんには『生徒会長』を助ける理由がない……ので、この作戦に協力してもらうのは、無理です」

 たとえモニカやグレンが義理人情に訴えて泣きついても、ルイスは真実を公表することを選ぶだろう。ルイスは、そういう選択ができる人間だ。

 政治闘争の場において、必ずしも「敵の敵は味方」という展開になるとは限らない。

 なによりルイスは目敏い上に弁が立つ。最高審議会の場にルイスがいたら、モニカが仕掛けることを見抜いて、論破しようとする可能性があった。

 最高審議会の場でクロックフォード公爵との対決に専念するためには、どうしてもルイスがいると都合が悪いのだ。

「師匠は味方にしても怖いんスけど、敵にするとその百倍は怖いんスよね……」

 グレンの呟きに、モニカも深々と頷き同意する。正直、議論の場でモニカに勝ち目は薄い。

「だから、審議会の日はルイスさんを足止めしたいんです……魔法戦で」

 魔法戦で? と疑問の声をあげたのは、第三王子のアルバートだった。

「何故、七賢人の〈結界の魔術師〉殿に、あえて魔法戦で挑むんだ? 魔法戦の結界内では、物理攻撃は無効になってしまうのだろう? 少し物騒な言い方だが、物理的な罠を仕掛けた方が良いのでは……」

「逆です」

「逆っス」

 アルバートの言葉を否定するモニカの声に、グレンの声が重なる。

 ルイスの戦い方をよく知るグレンは、大真面目な顔で力説した。

「師匠は『敵を倒すなら、魔術を使うよりぶん殴った方が早い』って言うような人っスよ」

 一同がコメントに困る中、モニカも真顔で頷く。

「ルイスさんは、肉弾戦も魔術も強いので、せめて物理攻撃だけでも封じないと、勝ち目がないんです」

 かつて七賢人選抜の魔法戦で、モニカはルイスに勝利している。だが、それが実戦だったら、敗北していたのは間違いなくモニカだろう。

 対人戦におけるルイスは、魔術で敵の目を眩ませて距離を詰め、相手を素手で叩きのめす戦い方を好む。

 魔術で戦い慣れた人間にとって、詠唱なしで飛んでくる拳や蹴りは非常に脅威であった。


「おまけに師匠は勝つためなら手段を選ばないっス! そりゃもう、ありとあらゆる手を使ってくるっス!」

「物理攻撃有りの戦場は、ルイスさんの独擅場です。わ、わたし、魔法兵団の人達が素手のルイスさんに返り討ちにあって、訓練場に山積みにされてるところを見たことがあって……」

「しかも、殴り合いしてる時の師匠は、ちょっとテンションがアレなんっスよ! 血が騒いじゃってる的な!」

「そうなんです! 笑い方が! 怖いんです!」

「師匠の杖は、気に入らないやつをタコ殴りにするためにあると言っても、過言じゃないっス!」

「だから、物理攻撃を無効化できる魔法戦用の結界は、絶対絶対必要です!」


 段々と声に熱がこもる二人に、一同は気圧されていた。

 〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、美しい容姿と貴公子然とした振る舞いで、社交界の女性達の人気者……というのが、この場にいる者の大半の認識である。

 その貴公子然としたルイス・ミラー像を木っ端微塵にするモニカとグレンの叫びは「そんな大袈裟な」と笑い飛ばすには、あまりにも実感がこもりすぎていた。



 * * *



 魔法戦の結界内の様子を映す水晶玉には、炎の魔術が飛び交う様子が映しだされている。

 ルイスの魔術が優れているのは言うまでもないが、その弟子のグレンもまた、膨大な魔力の持ち主だ。並大抵の結界なら、火球一発で破壊できるぐらいの威力がある。

 しかし、そんな火球の流れ弾を受けても、モニカが張った魔法戦用の結界はびくともしない。

 結界の維持を託されたシリルは、目の前にある結界に魔力を注ぎつつ、その結界の精緻さに舌を巻いた。

 魔法戦用の結界は非常に複雑で高度だ。一日二日で作れるような代物ではないと聞く。

 学園で魔法戦騒動があった時だって、既存の結界の調整に三日はかかったのだ。

 それをモニカはほんの数十分で仕上げた。作業にかかった時間は、魔法陣を描くのに使った時間だ。魔術を組み上げるのは、ほんの一瞬。それも無詠唱。

 改めて思い知らされる。今、自分の目の前にいるのは本物の〈沈黙の魔女〉なのだと。

 昨年の秋、シリルの魔力の暴走を収めたフードの魔術師。

 シリルはその魔術師を、恐ろしく静かで恐ろしく強い、人外の化け物だとすら思っていた。

 だが、その魔術師はいつだってシリルのそばにいたのだ。

 ポテポテと鈍臭い走り方で駆け寄って、小さい手をもじもじと捏ねて。シリル様、とはにかみながら微笑んで。

「それじゃあ、わたしは……お城に、向かいます」

 そう言ってモニカは魔法陣から離れる。

 これからモニカはクロックフォード公爵と戦い、アイザック・ウォーカーという一人の青年を助けるために、最高審議会の場に向かうのだ。七賢人が一人〈沈黙の魔女〉として。

 今、モニカは七賢人だけが着ることを許されるローブを身につけている。

 化粧を施し、髪を美しく結いあげたその姿は、いつものモニカとはまるで別人だ。それでも……。

「シリル様、お花……ありがとうございました」

 へにゃりと眉を下げて笑う顔は、シリルの知るモニカ・ノートンという少女となんら変わりない。

 内気で、人見知りで、鈍臭くて、泣き虫で、自分に自信が無くて、そのくせ数字が絡むと目の色が変わって……シリルが見てきた「モニカ・ノートン」の全てが演技だったわけではないのだ。

 シリルはゴホンと咳払いをすると、生徒会副会長の顔で告げる。

「持てる全てを出し切ってこい」

「……はい!」

 頷くモニカは、今までシリルが見た中で一番の笑顔だった。


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