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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第15章「沈黙の魔女」
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【15ー18】無自覚の初恋

 生徒会室でモニカが正体を明かした日から、時間が過ぎるのは、あっという間だった。

 モニカは授業を休んでアンバード伯爵領の工房に篭り、魔導具の製作をしつつ、合間を見てセレンディア学園に戻り、生徒会室でブリジットのレッスンを受けていた。

 ブリジットの特訓は、いかに七賢人として相応しい振る舞いをするか、というものだ。

 それはセレンディア学園におけるマナーの授業と似ているようで、微妙に違う。


「セレンディア学園では『淑女たるもの決して前に出すぎず、控えめに、たおやかに』と教えているけれど、それはあくまで令嬢の振る舞い。七賢人としての振る舞いとは別と考えなさい」


 特訓の初めにブリジットはそう宣言した。

 これからモニカが戦う舞台は、リディル王国の最高権力者達を集めた最高審議会。

 モニカはここでクロックフォード公爵を始めとした、政治闘争に長けた権力者達と向き合わなければならないのだ。ならば模範的な令嬢らしく控えめな振る舞いをしても、ただ食われるだけ。

 まして小柄で声の小さい少女など、眼中にない者もいるだろう。同じ七賢人でも、若い女性というだけで〈沈黙の魔女〉が軽んじられることは珍しくない。

「必要なのは堂々とした態度。自分はこの場に相応しい人間なのだと周囲に認めさせたいのなら……まずは、自分自身に言い聞かせなさい。自分はこの場に相応しい人間だ、と」

「う……はい」

 どこにいたって、自分だけ場違いなのではないだろうか、と考えてしまうモニカにとって、ブリジットの指摘は改善が難しいものだった。

 モニカが自信なさげに俯くと、ブリジットはモニカの顎の下に扇子を添えて、グイと上を向かせる。モニカの正体が七賢人だと分かっていても容赦の無い態度だ。

「貴族は自分がこの場に相応しい人間だと周囲に認めさせるために、ありとあらゆる手段を使います。言葉遣い、容姿、身につける物、従者、交友関係、血縁関係、財産……それらを使って、自分の価値を周囲に認めさせるのよ。ならばこちらも、用意できる全ての手段を使うまで」

 その手段一つが立ち居振る舞いと喋り方だ。

 ここ最近のモニカはすっかりどもることも減ってきたが、それでも言葉が途切れがちになったり、尻すぼみになったりすることも多い。

 故にブリジットは徹底的に、発声や滑舌の指導を行なった。無論、並行して姿勢や歩き方の指摘も忘れない。



 特訓がキリの良いところまで進み、少し休憩をしていると、生徒会室にエリオットとシリルが戻ってきた。二人とも手には大量の書類を抱えている。

「頼まれてた証言、だいぶ集まったぜ。これだけの証言が集まれば、議会も無視はできないだろうさ」

「クローディアの助言を元に修正した作戦案だ。詳細は地図に書き込んであるから確認してくれ」

 モニカは二人から書類の束を受け取り、素早く中身に目を通す。

 エリオットを始め、アルバートやエリアーヌなど学園内で影響力の強い面々には、学園内で「とある証言」を集めてもらっていた。

 一つ一つの証言の影響力は小さいものだが、数が集まれば、それは強力な武器となる。モニカ一人ではこれだけの証言を集めることはできなかっただろう。

 そして、シリルとクローディアには作戦の細かな見直しと、当日実働する者達への指示、調整役を頼んでいる。

 黒い聖杯もほぼ完成しており、今はヒューバードが最後の仕上げをしている段階だ。

(……みんなが力を貸してくれなかったら、ここまで辿り着けなかった)

 その事実を噛みしめながら、モニカは書類一つ一つにしっかりと目を通す。

 周りの者達がここまで尽力してくれているのだ。ならば、モニカはそれに全力で応えなければならない。

 最高審議会の場で、七賢人〈沈黙の魔女〉として堂々と振る舞い、勝利を勝ち取る。

 そのために、モニカはどうしても欲しい物があった。

「あの、シリル様……」

「どうした。作戦に不備が?」

「い、いえっ、あの……ですね……その……」

 モニカはもじもじと指をこねながら、上目遣いにシリルを見上げる。そうしてしばし、もじもじとしていたが、やがて覚悟を決めると思い切って口を開いた。

「……審議会当日に、わたしが堂々と振る舞えるように……そのぅ……お、おまじないを、くれませんかっ?」

「おまじない?」

 怪訝な顔をするシリルの横で、エリオットが「あぁ!」と手を叩いた。

 そして垂れ目を細めて、ニヤニヤと笑う。

「学祭の花飾りだろ?」

「そう、です」

 学祭の時に貰った花飾りは、ドライフラワーにして大事に保管しているが、触れたら崩れそうなほど脆い。

 だからモニカは新しい「おまじない」が欲しかった。シリルの髪色に似たバラに、目と同じブルーのリボンを添えた花飾りを。

「……あれがあれば、シリル様みたいに、堂々と振る舞える、気がする、ので……」

 シリルは面食らったような顔で視線を彷徨わせた。その彷徨った視線の先で、ニヤニヤ笑いを浮かべているエリオットと目が合うと、気まずげに咳払いをする。

「分かった。当日の朝までに用意しておこう」

「……! ありがとうございます!」

 モニカ・ノートンが来年の学祭に参加することはない。だから学祭の花飾りも、もう二度ともらうことはないのだと思っていた。

 だけど最後に学園を去る前に、もう一度だけ花飾りを貰えるなんて、自分はなんて幸運なのだろう、とモニカは小さな幸せを噛み締める。

 そんなシリルとモニカのやりとりを眺めながら、エリオットがブリジットに小声で話しかけた。

「意外だな。何も言わないのか、ブリジット嬢?」

「……何も、とは?」

 ブリジットが扇子で口元を隠しながら、エリオットを見る。

 エリオットは少しだけ皮肉っぽく笑って肩を竦めた。

「まじないなんて気休めだと、鼻で笑うかと思ってた」

「あたくしは何度も言ったはずよ。作戦成功のためなら手段は問わないと……それに」

 ブリジットはどこか遠くを見るような、何かを懐かしむような目をして、口を閉ざす。

 エリオットが「それに?」と続きを促せば「なんでもないわ」とブリジットは会話を終わらせた。




(……それに、好きな殿方から貰う花飾りは、嬉しいものでしょう?)

 目を閉じれば瞼の裏に、スカーフで作ったバラを差し出す幼い王子の姿が蘇る。

 きっとあの時の自分は、今のモニカと同じ顔をしていたのだろう。

 あの日、初恋を自覚したブリジットと違って、モニカは無自覚のようだけれど。

(自覚する方が幸せなのか、あるいは自覚しないままの方が幸せなのか)

 どちらが正しいのかはブリジットにも分からない。

 ただ、恋が叶わずとも、その思い出がかけがえのない宝物になることをブリジットは知っていた。



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