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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第15章「沈黙の魔女」
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【15ー16】決意表明

 モニカの考えた策を聞いた一同は、誰もが絶句していた。

 確かに、その方法なら戦争もアイザックの処刑も回避できる……だが。

「……失敗したら、七賢人の座を追われるぐらいじゃ済まないわよ? ……偽物もろとも処刑されるわ」

 クローディアの言葉が全てだった。

 モニカは硬い顔で頷く。既にモニカは覚悟を決めていた。

「その時は、わたしが全ての責任を負います」

 最高審議会の場で、実際に行動を起こすのはモニカ一人だ。

 最悪の場合、モニカが全ての責任を被って処刑されることも覚悟している。それぐらいの覚悟でないと、クロックフォード公爵とは戦えない。

 張り詰めた空気の中、シリルが口を開く。

「失敗した時のことをあれこれ考えるぐらいなら、この作戦の成功率を上げるために頭を使うべきだろう」

 その言葉に、場の空気が変わった。

 この作戦に対して、少なくともシリルは前向きに検討をしてくれているのだ。

 シリルは会議中に見せる鋭い目でモニカを見る。

「ノートン会計、作戦について疑問点がある。特に、この作戦の要となる魔導具についてだが……」

「黒い聖杯、です」

 モニカの父が作ろうとしていた魔導具。血液を分析することで、血縁関係者を割り出すことができる装置。

 これが、作戦には絶対に必要なのだ。

「これは……本当に作ることが可能なのか?」

 モニカは返事の代わりに、持参した資料を取り出した。辞典並みに分厚いそれは、父の遺した設計図にモニカが手を加えた物である。

 その資料をモニカは、ソファに座っているヒューバードに差し出す。

「魔導具製作に関しては、わたしよりディー先輩の方が詳しいと思います……見てもらって良いですか?」

「んっんっ、俺ぁ、お前が本物の〈沈黙の魔女〉だと証言させるためだけに呼ばれたんだと思ってたんだがぁ……なるほど、こっちが本命か」

 ヒューバードはパラパラと資料を雑に捲る。

 本当に読んでいるのかと疑いたくなるような早さだが、ヒューバードはこれで内容がきちんと頭に入っているのだ。

 やがて最後の一枚まで目を通したヒューバードは、喉を仰け反らせて笑った。

「アッヒャッヒャッ! なんだこりゃ! ミネルヴァの教授クラスが使うような設備と材料! 予算は王都に家が建てられるぐらいするじゃねぇか!」

「お金はあります。わたし……お給料全然使わなかったので」

「材料はどこで調達する? 魔導具用に加工済みのオブシディアンとヘマタイトも、魔素抽出用の各種薬液も、簡単に手に入るもんじゃねぇだろぉ?」

 そう、黒い聖杯を作るには設備と材料と時間がいる。

 だからこそ、モニカ一人では間に合わないと判断したのだ。

「……ラナ、ここに書いてある物、一週間で調達できる?」

 モニカが材料のリストを見せると、ラナは少しだけ目を丸くした。

 だが、すぐにその目が細く眇められる。それは貿易に長けた商人の目だ。

「鉱石に関してはサザンドール港の支店に問い合わせれば、すぐにでも在庫を確認できるわ。在庫切れでも宝石商にはツテが多いから間違いなく手に入ると思う。薬液に関しては魔導具専用の商会にお父様の知り合いの方がいるから、そこに頼む形になるわね。一週間ってのはちょっと厳しいけど、早馬を使えばギリギリ間に合うと思うわ」

 もし、モニカがこれら一式を調達しようとしたら、それだけで一ヶ月以上はかかるだろう。それだけ魔導具の材料というのは調達が難しいのだ。

 審議会までは、もう二週間を切っている。材料の調達に一週間、ヒューバードに協力してもらって魔導具の製作に一週間弱。これならギリギリで間に合う。

 ヒューバードは魔導具製作に関しては間違いなく天才だ。技術的な面ではモニカよりも秀でている。

「……材料が揃えば、作れ、ますよね、ディー先輩?」

「これを作るには相応の設備がいるぜぇ? ……ミネルヴァか? 俺ぁ、ミネルヴァに出禁くらってんだが?」

「いいえ」

 魔術師研究機関の最高峰であるミネルヴァは、魔導具製作設備も当然に充実している。

 だが、ミネルヴァで行動をしては、ルイスに気づかれる可能性があるのだ。それは絶対に避けたい。

 だから、モニカは既に別の設備を押さえていた。

「設備に関しては……内密に、アンバード伯爵に話をつけてあります」

 アンバード伯爵。

 モニカが挙げた名前に、室内にいる誰もが怪訝そうな顔をする。

 そんな中、ハッと顔をあげたのは、ニールだった。

「あっ、チェス大会の!」

 つい最近爵位を継いだばかりの、若きアンバード伯爵。

 その名をバーニー・ジョーンズという。

 ミネルヴァ時代のモニカの同級生であり、そして今はライバルだ。

 ラナが「あのダサ眼鏡?」と小さく呟くのが聞こえたので、モニカは苦笑する。

「今日の午前中、大急ぎでバーニー……アンバード伯爵に会いに行って、設備を借りる許可を貰いました」

 アンバード伯爵領は魔導具の加工技術に優れた職人が多く、有名な工房も多い。その一つを、モニカはバーニーに借りる約束をしたのだ。

 アンバード伯爵領は王都とセレンディア学園の中間ぐらいにあるので、移動するのに何かと都合が良い。

 設備はバーニーに、材料はラナに、技術はヒューバードに、それぞれ協力してもらえば黒い聖杯作りはクリアできる。

「んっんっん〜。俺ぁまだ手伝うって言ってないぜ? ……当然、ご褒美はあるんだろうなぁ?」

 ヒューバードがいやらしくニタリと笑えば、グレンが鼻の頭に皺を寄せるのが見えた。

 だが、ヒューバードの発言はモニカにとって想定内。

「……ディー先輩の大好きな、魔法戦の舞台をご用意します」

「お前が相手してくれんのか? モニカぁ?」

「いいえ。でも、間違いなく、とびきりの強敵です。ディー先輩も満足できるお相手かと」

 そして、この魔法戦が作戦の要の一つでもあるのだ。


 ──とある人物の足止め。そのための魔法戦。


 モニカがその人物の名を挙げると、室内の誰もが絶句し、ヒューバードがゲラゲラと笑いだした。

「いいぜ、いいぜ! そんな機会、滅多にない! ヒャハハッ! さすが俺の女王様だ。犬の使い方を心得てる」

「あのぅ、ディー先輩……その、女王様っていうの……やめて……くださ……」

 モニカが居た堪れない顔で主張するが、当然ヒューバードが耳を貸す筈もない。

 挙句、ヒューバードはソファから立ち上がると、モニカの前で膝をついて、にんまり笑った。

「命じてくれよ、俺の女王様。お前の猟犬に、獲物の喉笛を食い千切れって」

「いえあの、喉笛を食いちぎらなくても……足止めで充分なので……」

 モニカの前に膝をつくヒューバード、というなんとも恐ろしい光景に、誰もがかける言葉を失っている。

 その視線に居た堪れなくなったモニカが半泣きで「あぅあぅ」と呻いていると、シリルがゴホンと大きな咳払いをした。

「ノートン会計の作戦の概要は理解できた。セレンディア学園生徒会副会長として、その作戦の決行を許可する……が」

 シリルは言葉を切ると、生徒会室にいる面々を見回す。

「これは、一歩間違えれば身の破滅に繋がる作戦だ。参加は強制しない。もし断りたい者がいるなら、今の内に退室してくれ」



「わたしはやるわ」

 間髪入れず口を開いたのは、ラナだった。

「友達が頼ってくれたんなら、全力で応えるわよ。時間が惜しいから、この会議が終わったらすぐに動くわ」

 そう言ってラナはフフンと鼻を鳴らして不敵に笑う。



「僕も協力しよう」

 二番目に頷いたのは、意外にも第三王子のアルバートだ。

「このまま、クロックフォード公爵の思い通りになるのは非常に癪に障る。僕にも王族のプライドがあるんだ……僕を蔑ろにした大人達に一矢報いたい」



 続いて、ニールが生真面目に挙手をして発言する。

「僕も協力します。この作戦……僕は、勝算は決して低くないと思います。生徒会長を解放して、戦争も回避……僕達なら、きっとできるはずです」

「ニールが協力するなら……失敗して、ニールを破滅させるわけには、いかないわね……」

 絵に描いたように誠実なニールの横で、クローディアが心の底から面倒臭そうにぼやいた。



「自分も協力します」

 スッと挙手をしたのは、ロベルト・ヴィンケル。

 この場で唯一、隣国ランドール王国の人間だ。

「リディル王国と帝国が戦争になれば、その境界にある我がランドール王国もただでは済まない……いえ、むしろ、リディル王国は帝国より先に我がランドールを攻めて、帝国侵略への足がかりとするでしょう。それに、なにより……」

 ロベルトは精悍な顔を更にキリリと引き締めて、モニカを見る。

「『男を見せる機会は逃すな』と兄から言われています」

 男を見せる、とはなんだろう。とモニカは思った。

 とりあえず、ロベルトを見れば良いのだろうか?

 困惑するモニカに、ロベルトは大真面目に言う。

「どうぞ、存分に自分を見てください。モニカ嬢」

「は、はい……」



「この作戦、全ては貴女の振る舞いにかかっていてよ? モニカ・ノートン」

 ブリジットはあえてノートン姓で言い放ち、細い顎をツンと持ち上げて高飛車にモニカを見据えた。

「最高審議会はこの国のトップが集まる場……ともなれば、そんな小市民じみた態度では、何を語ったところで鼻で笑われることでしょう」

「う、うぅ……それは……」

 自分の容姿や振る舞いが、七賢人の威厳に欠けていることを自覚しているモニカはビクビクと縮こまる。

 ブリジットは扇子をピシャリと閉じて、鋭く言い放った。

「我が生徒会役員が最高審議会で恥をかかぬよう、あたくしが徹底的に指導をしてさしあげましょう」

 美しい顔に浮かぶ気丈な笑みが、最後にほんの少しだけ、切なげに揺れる。

「あの愚かな従者を救い出して、必ず伝えなさい……フェリクス殿下の最期の願いを」

 モニカはハッと息を飲み……そして、コクリと力強く頷いた。



 エリオットはぐったりとした顔で溜息を吐く。

「……やれやれ、参った。本当に参ったぜ……俺は、傍観者に徹するつもりだったのに」

 そう、エリオットは徹頭徹尾、傍観者だった。多くを知りながら深くは関与せず、見ているだけの存在。

 それでもこの場でアイザックとフェリクスのことを誰よりも知っているのは、他でもないエリオットなのだ。

「あぁ、そうだ。そういや俺はまだ、あいつに『ザマァ見ろ』と言えてない。あいつを指さして笑ってやるために救出に手を貸すのも悪くはないな」

 エリオットは皮肉っぽく笑い、モニカに告げる。

「大嫌いな俺に助けられたあいつの、死ぬほど嫌そうな顔を拝んでやろうじゃないか」



「あのぅ、グレン様は……どうされるのです?」

 ポソポソと小声でグレンに訊ねたのは、エリアーヌだった。

 こういう時、賛成にしろ反対にしろ、真っ先に意思表明をしそうなグレンが、今は腕組みをして難しい顔で黙り込んでいる。

 それも当然だった。この作戦の参加に一番悩むのは、間違いなくグレンなのだ。

 モニカも、グレンに無理に協力して欲しいとは言えない。

 グレンがどう決断するのか……皆の視線が集まる中、グレンはゆっくりと口を開いた。

「……うん、決めた。ちゃんと、自分で考えて決めたっスよ」

 グレンは自分に言い聞かせるみたいな口調で、語りだす。

「オレ、ミネルヴァにいた頃は、学校なんて大嫌いだった。嫌なことばっかで、ちっとも楽しくなんてなかった」

 そう言ってグレンは、ちらりとヒューバードを見た。だが、ヒューバードはどこ吹く風といった態度である。

 グレンは少しだけムッとしたような顔をしたが、気を取り直して言葉を続けた。

「でも、このセレンディア学園に来てから、毎日すげー楽しくて。それはニールやモニカみたいな友達のおかげでもあるけど……やっぱ、生徒会長の力もあったと思うんスよ」

 裏庭で焼肉したり、学園祭でお芝居をしたり……とグレンが思い出を指折り語れば、シリルが「裏庭で焼肉っ!?」と頬を引きつらせた。

 とても物言いたげなシリルを、ニールがまぁまぁと苦笑しながらなだめる。

「だから、オレは生徒会長を助けたいっス! でもって、卒業式で生徒会長に卒業おめでとうって言うんだ!」

「グレンさん……ありがとうございます」

 モニカが深々と頭を下げれば、グレンはいつもの彼らしく、白い歯を見せてニカッと笑った。

「水臭いことは言いっこ無しっス!」

 そんないつもと変わらぬ笑顔のグレンに、エリアーヌがホッとしたように胸を撫で下ろす。

「わ、わたくしも……その、裏方ぐらいなら、お手伝いできると思いますわ」

 エリアーヌが同意の言葉を口にすれば、もう誰も、この部屋から退室しようとする者はいなかった。

 シリルが「よし」と頷き、一同を見回す。


「ではこれより、セレンディア学園、現生徒会長救出作戦を行う!」


 その力強い言葉に、モニカは全身の血がドクドクと音を立てて脈打つのを感じた。

 これから行うのは、とても無謀な大博打だ。なにより敵はこの国一番の権力者。

 状況は不利。失敗したら破滅は必至。

 それなのに、今のモニカはちっとも体が震えない。恐怖よりも強い感情が胸を占めている。


「……絶対、成功させます」


 思わず口をついて出た言葉に、シリルが「当然だ」と不敵に笑った。


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