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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第15章「沈黙の魔女」
211/236

【15ー13】〈沈黙の魔女〉

 臨時休校明けの放課後、新生徒会役員として生徒会室を訪れたラナ・コレットは室内を見回し、眉をひそめた。

 今日は今後の引き継ぎや卒業式の方針について、新旧生徒会役員で話し合いをすることになっている。

 ともなれば、当然、旧生徒会役員の会計であるモニカの姿があって然るべきなのだが、生徒会室の中にモニカの姿は無い。

 ラナは自分の席に座ると、先に着席していたクローディアに話しかけた。

「ねぇ、モニカはまだ来てないの?」

「…………同じクラスでしょう」

「モニカ、授業に出てないのよ……というより、ここ数日、寮の中でも見かけなくて」

 モニカは生真面目で思いつめやすい性格だから、今回の第二王子連行騒動で何かと気を揉んで、具合を悪くしたのかもしれない。

 こんなことなら、登校前にモニカの部屋に様子を見に行くべきだったと、ラナは密かに後悔していた。

 そうこうしている内に、新旧生徒会役員達が次々に到着し、席が埋まっていく。

 旧生徒会役員のシリル、エリオット、ブリジット。

 新生徒会役員のニール、ロベルト、エリアーヌ、グレン、ラナ、それと役員ではないけれど自称補佐官のクローディア。

「ノートン会計は、まだ来ていないのか?」

 室内を見回したシリルが、モニカと同じクラスのラナに声をかけた。

 ラナはフルフルと首を横に振り、クローディアにしたのと同じ説明を口にする。

「モニカは、授業にも出ていません」

「……体調不良か? 仕方ない。では、とりあえず今いる者だけで会議を……」

 シリルがそう切り出した時、生徒会室の扉がノックされた。

 誰もがモニカだと思ったのだが、扉の向こう側にいるのは誰もが予想しなかった人物だ……それも二人。


「失礼する」

「んーっ、んっ、んっ、んっ、邪魔するぜぇ」


 ラナは思わず絶句した。ラナだけじゃない。この場にいる誰もが驚きや困惑を隠せずにいる。

 来訪者の一人は、中等部二年、リディル王国第三王子アルバート・フラウ・ロベリア・リディル。

 そしてもう一人は、高等部三年、新学期早々に決闘騒動を起こした問題児、ヒューバード・ディー。

 誰もが言葉を失う中、グレンが真っ先に口を開いた。

「アルバート、どうしたんっスか? …………あと、そっちの赤い人は何の用スか」

 アルバートに向ける言葉は親しい友人に向けるそれだが、ヒューバードに対する口調は少し刺々しい。

 だが、ヒューバードは気にした様子もなく、赤毛を揺らして笑った。

「何で俺がここにいるかってぇ? そりゃぁ、モニカに頼まれたからさ。今日の放課後、ここに来てほしいって」

「僕もだ。今朝、モニカに生徒会室に来てほしいと頼まれた」

 ヒューバードとアルバートの言葉に、室内の者はますます混乱した。

 何故、この場にいないモニカが、アルバートとヒューバードにそんな頼み事をしたのだろう。

 体調不良で会議に出られないから代理で出てほしいということなら、最初からそういう筈だ。だが、二人ともモニカから用件は聞いていないのだという。

 とりあえずヒューバードはさておき、王族のアルバートを立たせたままにしておく訳にもいかないので、気の利くニールがアルバートの分の椅子を用意する。ヒューバードは勝手に来賓用のソファに足を組んで腰掛けた。

 生徒会室中に、なんとも言えない空気が漂う。

 フェリクスの弟であるアルバートはともかく、完全に部外者のヒューバードがいる以上、会議を始めることができない。なにより、モニカの真意が読めない。

 ラナは小さく挙手をした。

「わたし、寮に行ってモニカの様子を見てきましょうか?」

「すまないが、頼めるか?」

 シリルの言葉にラナが頷き、立ち上がろうとしたその時、再び生徒会室の扉がノックされた。


「……失礼します」


 気弱そうなその声は、間違いなくモニカのものだ。

 ゆっくりと扉が、開く。

 そこには制服姿のモニカが佇んでいた。モニカは目に見えて顔色が悪く、髪もいつもより乱れている。

 モニカはその手に、何やら長い棒状の物を握りしめていた。長さはモニカの身長より頭一つ分は長く、それが布でぐるぐる巻きにされている。

 そしてモニカの背後には、オレンジ色の巻毛の少女が控えていた。

 ラナはその少女に見覚えがある。高等部一年のイザベル・ノートン。東の大貴族ケルベック伯爵家の令嬢で、モニカを苛めていると噂の人物だ。


 モニカが手に持っている物は何なのか。

 何故、背後にイザベル・ノートンが控えているのか。

 なんのためにモニカはアルバートとヒューバードをこの場に呼んだのか。


 様々な疑問がよぎる中、モニカは扉を閉めて鍵をかける。

「ノートン会計。これはどういう事だ? 事情を説明しろ」

 シリルがそう問い掛ければ、モニカは布包みをギュッと握りしめ、震える声で答えた。

「……勝手なことをして、ごめんなさい」

 モニカは今にも泣きだしそうな顔をしていた。見るに見かねたラナは、座ったまま声をかける。

「ねぇ、モニカ。大丈夫? 具合が悪いの?」

「……ううん……違う、の」

 モニカはブンブンと首を横に振り、やっぱり泣きそうな顔でラナを見る。

 どうしてそんな顔をするのだろう……あれではまるで、これから罪の告白でもするみたいじゃないか。

「どうしても、この場にいる方々に、話さなくちゃいけないことが、あります」

 モニカは一度深呼吸をすると、顔を上げる。その幼い顔には悲壮感が漂っていた。

「もう皆さんはご存知かと思いますが、二週間後の最高審議会で、フェリクス・アーク・リディル王子の名を騙った罪人の処遇が、決定されます」

 それはこの場にいる誰もが知っている事実。

 二週間後──これほどの大事件にも関わらず、最高審議会が異例の早さで行われるのは、国王陛下の体調を慮ってのことか、あるいは社交界シーズンが始まる前に片をつけようという、誰かの思惑によるものか。

 いずれにせよ二週間後に、全ての決着がつくのだ。

「でも、わたしは、あの人を……皆さんが知る生徒会長を、助けたい、です」

 ラナは困惑した。そもそもラナは、連行されたフェリクスが偽物なのか、それとも冤罪なのか、まだ判断できずにいる。

 だがモニカは、連行されたフェリクスが処刑されるべきではないと確信しているかのような口ぶりだった。

 困惑しているのはラナだけじゃない。誰もが口にする言葉を決めあぐねている。

 そんな中、いつもと変わらない軽薄な口調で発言したのはエリオットだった。

「そりゃ無理だ。分かってんだろ? 最高審議会は国のトップが集まる会議。幾ら名家の人間だろうと、俺達は所詮は子どもだ。審議会に関与することはできない……」


「できます」


 モニカはキッパリと断言し、もう一度ゆっくりと繰り返す。

「わたしなら、できます」

 そうしてモニカは手にした布包みに手をかけ、深々と頭を下げる。

「今まで、嘘をついていたことを……深く、お詫び申し上げます」

 小さな手が布を取り去る。

 布の下に隠れていたのは、繊細な金細工を施した美しい杖だった。

 リディル王国では魔術師の格は杖の長さで変わる。そして、身の丈を超える杖を持つことが許されるのは、この国でたった七人だけ。


「リディル王国七賢人が一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットが申し上げます。どうか、皆さんの力を、貸してください」


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