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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第3章「生徒会編」
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【3−3】才能と呪い

 ハイオーン侯爵令息シリル・アシュリーは、元々はアシュリー家の人間ではない。

 現ハイオーン侯爵には娘しかいなかったため、遠縁の人間で最も優秀なシリルが養子に選ばれたのだ。

 ハイオーン侯爵家の血筋と言っても、シリルの家は爵位も持たぬ末席も末席。それでもシリルが選ばれたのは、それだけシリルが優秀だったからに他ならない。

 市井の学校で燻っていたシリルは誇らしかった。自分は優秀な人間なのだと、誰かに選ばれたことが。

 誇らしさと喜びを胸にアシュリー家の養子となったシリルは、そこでアシュリー家の娘と出会い……


 絶望した。


 ハイオーン侯爵の娘──シリルの義妹は、シリルを圧倒する頭脳の持ち主だった。

 ハイオーン侯爵家は〈識者の家系〉とも言われている家系だ。義妹は「識者」の名に相応しい膨大な知識の持ち主で、シリルなど足元に及ばぬほど優秀だった。


 ──ならば、私は何のために養子となったのだ?


 自らの存在意義を失いかけたシリルは、必死でありとあらゆる分野を学んだ。

 だが、義妹との差はいつまで経っても埋まらない。寧ろ、学べば学ぶほど、自分と義妹の差を思い知らされる。

 そんな時、打ちひしがれているシリルに手を差し伸べたのが、第二王子のフェリクス・アーク・リディルだった。


『君の力を貸してくれないかい? シリル・アシュリー』


 私には〈識者の家系〉に足るだけの頭脳はありません、と自信無く答えるシリルに、フェリクスは微笑みながら言った。


『アシュリー家の人間だから選んだわけじゃない。君だから選んだんだよ、シリル』


 その時、彼は決めたのだ。

 生涯この方に尽くそうと。


 * * *


「会計の仕事は月末月初が一番忙しい。必ずすべきことは、ここにリストアップしておくので、漏れの無いようにしろ」

 シリル・アシュリーはモニカに対して露骨に攻撃的な態度だが、仕事の説明は丁寧だった。

 ただ一つ気になるのは、テーブルの上に大きなグラスが一つ置かれていることである。シリルは説明の合間に短く呪文を詠唱し、氷の塊を空のグラスに一つ、二つと落としていく。

 流石に気になったモニカは、説明が一段落したところで、恐る恐る発言した。

「あ、ああ、あのぅ……その、氷、は……何に、使うので……しょう、か?」

「貴様が一つミスをするたびに、口にねじこむための物だ」

「ひぃぃぃ」

 シリルは神経質そうに襟元のブローチを指で弄りつつ、また一つ氷の塊をコップに落とす。

 ふと、モニカは気がついた。シリルが氷の塊を作っている間は、彼の周囲に撒き散らされていた冷気が収まっているのだ。

(……もしかして、氷を作っているのは、そのため?)

「よそ見をしている暇があったら、資料に目を通せ」

「は、はいっ、ごめんなさい……っ」

 モニカは慌てて資料に目を通すが、正直仕事内容はそれほど複雑なものではなかった。

 そもそもモニカは、この学園に来る前は財務や、出納記録、商品の売り上げの推移、人口統計など、ありとあらゆる数字に関する仕事を押しつけられてきたのだ。それに比べれば会計の仕事など大した量ではない。

 一通り説明が終わると、シリルは氷で満たされたグラスをクルリと回して、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ふん、貴様の物覚えが悪いようなら、これを口にねじ込んでやるつもりだったのだが……どうやら、不要だったらしい」

 これはシリルの言うところの「及第点」ということだろうか。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、シリルがジロリとモニカを睨んだ。

「何故、貴様はそんなにもビクビクオドオドしているのだ」

「うぇっ、え、ぇっと……えっと……」

「私は、貴様のその卑屈な態度が気に入らん」

 それは、モニカにとって言われ慣れた言葉だ。


 ──どうして、そんなに卑屈なの?

 ──あなたは自分の才能を誇るべきです。

 ──お前が自分を卑下するのなら、お前にも及ばぬ連中はどうなる?


「貴様は殿下に選ばれたのだぞ? 才能を認められたのだぞ? 何故、それを誇らない?」

 卑屈になるな。卑下するな。自分に自信を持て。お前には才能がある。

 無詠唱魔術を身につけた時、何度そう言われただろう。

 それでも、モニカはどうしても首を縦に振れない。

 誇りを否定するわけじゃない。何かに誇りを持てるのは良いことだ。自分の才能を信じられるのは素晴らしいことだ。できるものなら、モニカだってそうありたい。


 ……それでも、モニカにはできないのだ。


「……ごめんなさい……私には、どうしても……自分を誇りに思うことなんて、できません」

 モニカはゆるゆると首を横に振り、ポツリと告げる。

「……できないん、です」

 かつて、ミネルヴァに通っていた頃、モニカにはたった一人だけ、友人と呼べるような少年がいた。

 友人は人見知りなモニカになにかと世話を焼いてくれた。人前では上手く話せないモニカのために詠唱の練習に付き合ってくれた。それが、モニカには嬉しかった。

 ……けれど、モニカが無詠唱魔術を覚え、天才と持て囃されるようになった頃から、友情は狂いだした。


『あなたは僕のことなんて、内心見下していたんでしょう?』


 違う、違うの、という言葉は彼には届かなかった。

 そして彼と和解できぬまま、モニカはミネルヴァを卒業し、七賢人になってしまった。

 ……今でもモニカの心のしこりとなっている、苦い思い出だ。

 モニカが項垂れていると、シリルは細い眉をひそめて、唇をへの字に曲げた。

「私は『できない』という言葉が嫌いだ」

「……ごめんなさい」

 シリルの糾弾に、モニカは俯き謝ることしかできない。

 いつだったか父が言っていた。才能は時として呪いになる、と。

 モニカにとって、才能は呪いだ。いつだって、モニカの欲しかったものを奪っていく。


 ──父も、友人も。



「やぁ、順調かい?」

 朗らかな声にモニカはハッと我にかえった。顔を上げれば、フェリクスが机を覗き込んでいる。

 シリルが背筋を伸ばして、ハキハキと答えた。

「通常業務、月末月初の作業については全て説明いたしました。あとは行事に関することぐらいです」

「あぁ、冬休みに入るまでに、チェス大会や学祭があるからね。それも追々、教えてあげておくれ」

「はい」

 シリルが頷くと、フェリクスは机の上のグラスに目をやり、軽く持ち上げた。氷同士がぶつかって、カラカラと音を立てる。

「……体調が悪いのかい、シリル?」

「いいえ、問題ありません。殿下」

「そう、なら良いけれど……無理はしないように」

 今の会話はどういう意味だろう?

(……アシュリー様が氷を作ると、体調が悪い?)

 普段から放出されている冷気、わざわざグラスに作り出された氷、神経質に触れているブローチ……実を言うと、モニカには一つだけ心当たりがある。

(……もしかして)

 モニカがシリルのブローチを凝視していると、横から伸びてきた指がモニカの頬をつついた。

 横目で見れば、フェリクスが楽しそうにモニカの頬をフニフニと押している。

「シリルばかり見てないで、こちらも向いておくれ?」

「す、すすすすすみ、すみみ、すみませっ……」

「貴様ぁっ! 殿下に対してなんだその無礼な態度はぁ!」

「ごごごごごごめめめめめめめごめ、ごめんなさささささ」

 モニカがベソをかきながら謝れば、シリルは机を拳で殴る。

「ハキハキ喋らんかぁ!」

「ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴメッ、ナサッ……」

「誰がスタッカートを利かせろと言ったぁ!!」

「シリル、あまりこの子を苛めないでおくれ?」

 怒鳴り散らすシリルをフェリクスがおっとりと窘めれば、シリルはキリリとした顔で言う。

「苛めなどではありません、殿下! これは躾です!」

「躾は飼い主の仕事だろう? なら、私の仕事だ」

 さらりと人権が奪われている気がする。

 とりあえずモニカは現実逃避をするために、フェリクスの睫毛の数を数える作業に没頭することにした。


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