【15ー5】迫る刻限
バツが悪そうな顔で生徒会室に戻ってきたシリルとモニカを、エリオットはニヤニヤ笑いで出迎えた。やはり全部聞こえていたのだ、と頭を抱えるモニカの横でシリルが咳払いをする。
「……取り乱してすまなかったな」
「お前が取り乱すのなんて、年中行事だろ」
エリオットの揶揄うような言葉に、シリルは不本意そうな顔をしたが、グッと言葉を飲み込む。
なんとも気まずい雰囲気の中、モニカがそわそわ指をこねていると、いつの間にか部屋からいなくなっていたニールが、ひょっこり戻ってきた。どうやら彼一人で職員室に状況確認に行っていたらしい。
「すみません、戻りましたー」
ニールが戻ったので、現生徒会役員とクローディアの六人は再び着席する。場の仕切り直しだ。
「まず、今回の件についてですが……教員方も状況をあまり把握できていないようです。その上で『無用の混乱を避けるため、会長が連行されたことは口外しないように』と釘を刺されました。それと、休み明けの三日間は臨時休校になるそうです。恐らく、学園に調査が入るからではないかと」
妥当なところだな、とエリオットが呟く。
「新生徒会役員との引き継ぎや卒業式絡みは、現生徒会長不在のまま進めるつもりでいた方がいい。あいつが学園に戻ってくることは、まず無いからな」
エリオットの言葉に、一同の顔が暗くなる。
第二王子が偽物であるということは、紛れもない事実なのだ。
処刑は、どうあっても免れない。
「……一つ、良いだろうか?」
シリルが硬い声で言い、エリオットを見る。
「ハワード書記の言葉が正しいのなら、本物の殿下は十年前に死亡し、入れ替わっている。だが、王都の兵はこう言っていた。偽物の正体は、チェス大会の侵入者である〈帝国の魔術師〉であり、入れ替わりも最近行われた……と。これは矛盾している」
シリルが混乱するのも無理はない。元々入れ替わりを知っていたエリオットや、疑っていたブリジットと違い、シリルは今さっき全てを知ったばかりなのだ。
だが、そんなシリルに、彼の義妹のクローディアが冷ややかに言う。
「……まだ分からないの? この入れ替わりの件、誰が裏で糸を引いているかを考えれば、すぐに答えは分かるわよ」
ムッとした顔をするシリルの横で、ニールが「あ、そっか」と手を叩く。
「十年前の入れ替わりは、クロックフォード公爵が主導で行われているんですよね。だから、公爵は全て知っている。もしなんらかの理由があって、公爵が会長を切り捨てるとしたら……帝国の人間の仕業にすれば、色々と都合が良い」
「……流石ニールね」
クローディアは滅多に見せない柔らかな笑みをニールに浮かべる。それこそ深刻なこの場には不釣り合いな笑顔なのだが、クローディアがそんなことを気にする筈もなかった。
「……クロックフォード公爵は開戦派よ。有り体に言って、帝国と戦争をしたがっている……帝国の人間が第二王子を殺害して入れ替わった、なんて戦争の良い口実だわ」
「だが、その代わり、公爵は第二王子という大きな手駒を失うんだぞ」
シリルが反論すれば、クローディアは柔らかな笑みをさっと消して、いつもの無表情で言う。
「……そのための第三王子よ。賭けてもいいわ。じきにクロックフォード公爵は、第三王子の擁立を宣言する」
クローディアの言うことは、概ねモニカの推測と一致している。
モニカは内心、非常に焦っていた。
(……このままだと、アイクの存在が戦争の理由になってしまう)
公爵のシナリオだと、本物の第二王子は帝国の魔術師に殺されたことになっている。それを国民が真実と受け止めれば……戦争の理由には充分すぎるほどだろう。
だが、現状でモニカ達にできることなど何も無いのだ。この場にいる誰もが、そう感じている。
気まずい沈黙が場を支配する中、ニールが気まずそうに「あのぅ」と挙手をした。
「僕、思ったんですけど……会長が取り調べの中で、全ての真相を洗いざらい話す可能性もあるのでは? それこそ、帝国の魔術師は無関係だって」
確かにアイザックが取り調べで全てを白状したら、信じてもらえるかはさておき、クロックフォード公爵の関与を訴えることができる。
だがニールの指摘に、エリオットが「それはない」と強い口調で断言した。
「あの従者にとって何よりも大事なのは『本物のフェリクス王子の名誉』だ。ここで全てを洗いざらい白状したら、殿下の名誉は守れない。だったらあいつは、英雄王子を殺した罪人として死ぬことを選ぶだろうぜ」
* * *
生徒会室での話し合いは、結局のところ現状確認で終わってしまった。
これからどうすればいいのか、という点について、言及するものは誰もいない──皆、分かっているのだ。
どんな理由があれど、アイザック・ウォーカーのしたことは許されない。
そして、誰もクロックフォード公爵に盾つくことはできない……と。
生徒会室から寮に戻る道を一人遠回りして歩きつつ、モニカは思案する。
(……わたしは、どうすればいいんだろう)
このままだと、クロックフォード公爵は「帝国の人間が第二王子を殺害した」という理由で戦争を提言するだろう。
今まで英雄として持ち上げられていた第二王子が殺されたとなれば、国民の怒りは計り知れない。開戦派を支持する者は爆発的に増えるだろう。
(それだけは、阻止しないと……)
「非常に由々しき事態ですね」
前方から聞こえた涼やかな声にモニカが顔を上げれば、目の前には学園の制服を着た黒髪の少女がいた。理知的な顔立ちに、少し太めの眉毛……帝国の諜報員ハイディだ。
「私の方でも、できうる限り情報を集めました。少し前に偽王子と〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンが会食をしたという記録があります。恐らく、偽王子と〈宝玉の魔術師〉は結託して、クロックフォード公爵に反旗を翻すつもりだったのでしょう。ですが〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンはそれに失敗し、殺害された」
そしてその死を、クロックフォード公爵は利用したのだ。
硬い顔をするモニカに、ハイディは淡々と告げる。
「このままだと、我が帝国とリディル王国は戦争になるでしょう。そうなったら、貴女は……」
そうだ。モニカは黒獅子皇と約束をしたのだ。
帝国とリディル王国が戦争になったら、モニカの手で戦争を終わらせると。
……モニカが、リディル王国の王族の首を、皇帝に捧げて。
「待ってください。もう少し……もう少しだけ、時間を……」
「リミットは偽王子の処刑です。公爵の共犯者であり、全てを知る者が死んだら、真実は永遠に闇の中でしょう」
アイザックが真実を語らない以上、誰もクロックフォード公爵を止められない。
このままだと戦争は不可避だ。
(……わたしが、なんとかしないと)
だが、そのための案が何も思いつかなかった。
七賢人にそれなりの発言権があると言えど、モニカ一人でこの状況をひっくり返すのは難しい。
黙り込むモニカに、ハイディが二つ折りにした小さな紙を差し出した。
「それと、頼まれていた調べごとの調査結果です」
「……!」
受け取った紙を開けば、そこには「ある人物」の名前と地名が記されている。
その地名にモニカが密かに驚いていると、ハイディが太い眉をひそめた。
「その人物と接触することで、事態が好転するとは思えませんが」
「そうかも、しれません……それこそ、無駄足になるかも」
この状況をひっくり返すだけの情報を「その人物」が持っているとは思えない。
それでも、モニカはどうしても知りたかったのだ。アイクのことを。
ハイディのメモに記された人物は、アイクのことを……そして、本物のフェリクス王子のことを知る、数少ない人物だ。
(……それにしても、その人がいる場所が……あそこだなんて)
人の繋がりとは、意外な形で巡り巡るものらしい。
モニカが探す「ある人物」が身を寄せているのは、リディル王国北部にあるリシャーウッド修道院。
かつて、第二王子暗殺を目論んだ少女、ケイシー・グローヴが送られた修道院だ。