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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第15章「沈黙の魔女」
200/236

【15ー2】そして、三人目……

 〈宝玉の魔術師〉が自殺。

 そして、第二王子は偽物であるとして城へ連れて行かれた。


 グレンがワァワァと支離滅裂にまくし立てるのを聞きながら、モニカはチラリとブリジットを見た。ブリジットもまた、一瞬ちらりとモニカを見る。

 フェリクスは偽物ではないかと疑っていたブリジットも、この展開は予想外だったのだろう。美しい顔を強張らせ、青ざめていた。

 そもそも彼女は、本物のフェリクスに会いたいと望んではいたものの、偽物を断罪し、全ての真実をつまびらかにすることなど望んでいなかったのだから、この反応は当然だ。

 それ以外の者は皆、グレンが言っていることの意味を理解できず、困惑した顔をしている。


(……あれ?)


 モニカは違和感を覚えた。

 たった一人だけ、驚くでもなく、困惑するでもなく、まるでこの事態を予見していたかのように、冷めた目をしている者がいたからである。

 モニカがその人物を注視していると、ニールが口を開いた。

「皆さん、落ち着いてください。グレンも、まずは椅子に座ってください。アシュリー副会長も」

 ニールの言葉に、グレンはソワソワと足踏みをする。

「落ち着いてる場合じゃないっスよ、ニール! だって、会長が連れて行かれちゃったんスよ!? オレの飛行魔術で追いかければ、今なら追いつけるかも……!」

「追いついてどうするんですか? 無理やり生徒会長を奪還したら、今度はグレンも一緒に指名手配されるだけですよ?」

 うぐっと言葉を詰まらせるグレンに、ニールは動揺を押し殺した声で言う。

「まずは何が起こったのか……情報を整理しましょう。その上で、僕達がどう動くか考えないと」

 ニール・クレイ・メイウッドには、フェリクスのようなカリスマはない。

 大抵の者はニールを「人が良いけど頼りなさそう」と評するし、なにより男爵家である彼を爵位だけで計ろうとする。

 新生徒会役員選出にあたって、男爵家の下につくのはごめんだ、と役員になるのを断った者も多い。最終的に選出された新メンバーが、色々と癖が強いのもそのためだ。

 隣国の男爵家の五男であるロベルト、男爵家のラナ、庶民のグレン……唯一、ニールより爵位が上なのは公爵家のエリアーヌぐらいである。エリアーヌは爵位を継ぐ男子ではないから問題視する者は少ないが、エリアーヌが男子だったら、きっと目くじらを立てる者もいただろう。

 つまるところ、新生徒会役員は、フェリクスの代ほど生徒達から支持を得られてはいない。

 それでも、この場を取り仕切ろうとするニールには、新生徒会長としての風格があった。

「アシュリー副会長、分かる範囲で構わないので、状況を教えてください」

 ニールに話を振られても、シリルは茫然自失のていから抜け出せずにいるようだった。

 アシュリー副会長! とニールがもう一度声をかけると、シリルはようやく我に返った様子で、のろのろと顔をあげる。

 最もフェリクスを敬い慕っていたシリルが、酷く動揺するのも無理はない……が、グレンの説明だけでは、いつまでたっても話が進まない。

 そのことをシリルも分かっているのだろう。彼は今にも死にそうな声で、ポツポツと己が知る限りのことを話した。


 フェリクスを連行した兵士曰く、チェス大会に侵入した肉体操作魔術を使う〈帝国の魔術師〉が〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンと共謀し、第二王子の乗っ取りを計画。

 チェス大会では入れ替わりに失敗して捕縛されたものの、逃亡。

 その後、再び学園に侵入した〈帝国の魔術師〉は、まんまと第二王子を殺害し、入れ替わったのだという。

 そうして〈帝国の魔術師〉は国の乗っ取りを目論んでいたが、共犯者である〈宝玉の魔術師〉が罪の重さに耐えきれなくなり、毒を飲んで自殺。全てを遺書に書き記した。


 ……というのが、シリルが聞いた説明だという。

 その説明を聞きながら、モニカは必死で頭を回転させていた。

(……第二王子は偽物であるという情報を流したのは誰? 帝国の黒獅子皇? ……ううん、違う)

 今回の件が黒獅子皇の仕業だとしたら、「偽物=帝国の魔術師」という情報の流し方はしないはずだ。

 帝国の関与を匂わせたら、それが戦争の火種になりかねない。戦争を回避したがっている黒獅子皇に限ってそれはないだろう。

 むしろ、第二王子の成りすましを帝国の人間の仕業ということにしたいのなら、犯人は自ずと見えてくる。


(……クロックフォード公爵だ)


 〈宝玉の魔術師〉が自殺か他殺かまでは、モニカには分からない。だが状況から判断するに、アイザックを確実に陥れるための捨て駒にされた、と考えるのが妥当だろう。

 クロックフォード公爵が、何故突然アイクを切り捨てたのかも分からないが、恐らくモニカの知らないところで、何かが動き始めているのだ。

 グレンの説明には半信半疑だった者達も、シリルの説明を聞いているうちに、次第に事の深刻さを理解したらしい。

 ロベルトが挙手をして発言をする。

「荒唐無稽な話に聞こえますが、第二王子が偽物と入れ替わっていた件、自分はありえない話ではないと考えます。実際に、あのチェス大会でユージン・ピットマンに化けていた刺客は、ミネルヴァの生徒を完璧に欺いていました」

 そう、この場にいる者達は皆、チェス大会の偽ピットマン事件を知っている。

 ……そして、その刺客が逃走したことも。

 ユアンのことを知らない彼らからしてみれば、第二王子=偽物説は、かなり信憑性のある話なのだ。

 そんな中、ニールが静かに口を開いた。

「皆さん、現時点ではあまりにも情報が少ないので、憶測はやめておきましょう。グレン、会長が連行される現場を見ていた人間は、他にいましたか?」

「えーっと、周りに他の人はいなかったと思うけど……でも、兵隊さんがいっぱい来てたから、絶対、何人かは気づいてると思うっスよ?」

「現時点ではまだ、そこまで話は出回っていないんですね? ……なら、この場にいる全員、今回の件について、他の生徒には黙っていてもらえますか?」

 ニールの言葉を、ブリジットが「それが妥当ね」と肯定すれば、エリオットが口を挟んだ。

「でも、察しの良い生徒は、いずれ俺達に問い合わせにくると思うぜ。それでも、知らぬ存ぜぬを通すのか?」

「騒ぐ者がいるのなら、こう言っておやり──『王室の威信に関わること故、不確かな情報は流せない』『不確かな情報を流した者は不敬罪になりうる』とね」

 ブリジットがピシャリと言い切り、ニールもそれに首肯する。

「この先、生徒会がどうなるのかは、まだ分かりません。ただ僕達は現状把握に努めながら、今後のことを考えていくべきだと思うんです」

「それで、オレに何かできることはあるんスか? 会長を助けるためなら、オレ、一肌脱ぐっスよ!」

 グレンはフェリクスのことを慕っていたから、今すぐにでも助けに行きたいのだろう。

 そんなグレンに、ニールは少しだけ困ったように眉を下げて言う。

「とりあえず、新生徒会役員候補の皆さんは、一度寮に戻ってください。今後のことは追って説明します。僕はアシュリー副会長と一緒に職員室に行って、今後のことを相談してくるので……良いですよね、アシュリー副会長?」

「…………あ、あぁ」

 ニールに声をかけられたシリルの反応は鈍かった。いまだ、現実を受け止めきれずにいるのだろう。

 誰もがシリルを痛ましげに見る中、クローディアだけが冷ややかにシリルを見ている。

「……現生徒会長不在の今、場を取り仕切るべきは副会長でしょうに……副会長がこのザマじゃ、会長も報われないわね」

「クローディア嬢っ!」

 ニールが窘めても、クローディアの目の冷たさは変わらない。

 シリルはのろのろと顔を上げると、額に手を当ててゆっくりと息を吐いた。

「いや、いい。そうだな、お前の言う通りだ、クローディア。あの方がお戻りになるまで……生徒会副会長として、なすべきことをなさねば」

 そう呟くシリルはやはり憔悴が色濃く、今にも倒れそうな危うさがあった。



 * * *



 結局、新生徒会役員達は一時解散。エリオット、ブリジット、モニカの三人が生徒会室で待機することとなり、シリルとニールが職員室へ報告へ行く流れになった。

 シリルはふらつきそうになる己を叱咤し、足に力を込める。

(私が、しっかりせねば)

 フェリクスは連行される直前、シリルに言ったのだ。生徒会は君に任せる、と。

 ならばシリルは、その期待に応えなくてはならない。


 ……ところが生徒会室を出たところで、クローディアが足を止め、シリルとニールの服の裾を掴んだ。

 新旧生徒会役員のどちらでもないクローディアは、そもそも最初からこの場にいる理由がないのだ。

 ましてこの非常事態ともなれば、当然、寮に戻って然るべきである。

「クローディア、お前は部屋に戻っていろ」


「……………………三人」


 ボソリ、と呟き、クローディアは二人の服から手を離す。

 ニールがクローディアに訊ねた。

「クローディア嬢、どうしたんですか?」

「……グレン・ダドリーの報告を聞いた時、妙な反応をした人間が三人いたわ」

 クローディアはいつもの陰鬱な表情で、右手の指を三本立てる。

「一人目、モニカ・ノートン。モニカはあの時、咄嗟にブリジット・グレイアムを見た。二人目、ブリジット・グレイアム。彼女もまた、咄嗟にモニカを見た」

 モニカとブリジット、奇妙な組み合わせにシリルが眉をひそめれば、クローディアは生徒会室に目を向け、言葉を続ける。


「……そして、三人目……」


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