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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第14章「真相編」
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【14ー14】新生徒会

 モニカがフェリクスに対し、父の名を告げてから一週間が過ぎた。

 フェリクスのモニカに対する態度に変わりはない。怖いぐらいにいつも通りだ。だからこそ、モニカも自分の気持ちを悟られぬよう、なるべくいつも通りに振る舞っていたつもりだった……つもりだったのだ。


「殿下に何か言われたのか?」

「へふぅっ!?」


 資料室でシリルとともに資料の整理をしていたモニカは、思わず手から資料の束を落とした。厚紙を表紙にして紐で綴っているので、散らばることこそなかったが、表紙の厚紙が足の甲に直撃して地味に痛い。

 呆れた顔をしているシリルに、モニカはぎこちなく笑いながら、落とした資料を拾い上げた。

「なん、にも、言われて、ない、です。いつもどおり、です、よ?」

「………………」

 シリルはじとりとした目でモニカを見ていたが、モニカの手から資料の束を取り上げると、モニカには届かぬ棚の高い位置にしまう。

「メイウッド総務に聞いたが、新生徒会役員の話を断ったそうだな」

 モニカはギクリと肩を震わせた。どうやらシリルは、モニカの挙動不審はそれが原因だと思っているらしい。

 次年度の生徒会長になることが正式に決定したニールから「来年も会計になりませんか?」と誘われたのは、数日前のことだった。

 基本的に生徒会役員は生徒会長の推薦で決まる。もうすぐニールとモニカ以外の生徒会役員が卒業してしまうことを考えれば、モニカが継続を望まれるのは自然なことだった。ニールとしても、役員経験者がいた方が、仕事がスムーズだろう。

 だが、モニカはその誘いを断っている。

 フェリクスの卒業と同時に護衛任務は終わり、モニカはまた〈沈黙の魔女〉として七賢人の生活に戻らなくてはならない。モニカ・ノートンとしての生活は、あと一ヶ月半しか残されていないのだ。

 俯くモニカに、シリルは棚を整理しながら言う。

「役員を続ける気はないのか」

「それは……」

 モニカはしゃがみこんで古い資料を箱に詰めながら考える。

 もし自分が潜入中の七賢人ではない、普通の学生だったらどう答えていただろう?

(来年も生徒会役員を引き受けて、行事を通していろんな人に関わって、行事の時はラナやグレンさん達もいて……)

 頭に浮かんだ光景は、とてもキラキラと輝いて見えた。

 だが、輝いて見えるのは、それがモニカには届かぬ夢だからだ。

 遠い目をするモニカに、シリルは何かしら思うことがあったのか、作業の手を止めてモニカを見た。

「私は、物事の評価は常に公明正大であるべきだと考えている」

「は、はぁ」

「その上で……貴様はよくやっている、と私は評価する」

 ポカンと目を丸くするモニカに、シリルは気まずそうに咳払いをし、少しだけ早口になる。

「事務処理能力……特に数字を扱うことに関しては誰より早く、正確。貴様が会計に就任してから、過去の記録の精査が予想以上に捗った。これは功績と言っても良い。交渉能力は確かに難ありだが、私利私欲に流されず、誰に対しても公平であるという点は評価に値する」

 シリルは言葉を切ると、青い目で真っ直ぐにモニカを見据えた。

「なにより、苦手な対人分野において、努力しようという意思を感じた。学祭でも、生徒総会でもだ。まだまだ未熟で目も当てられん部分もあるが、その努力を私は評価している」

 予想外の褒め言葉に、モニカの顔はみるみる赤くなる。

 無詠唱魔術や開発した魔術式など、魔術師としての技術を褒められたことは過去に何度もあった。

 だが、モニカ自身の努力や、何かと向き合う姿勢を褒められたことなんて滅多に無かったのだ。

 それが、こんなにも心臓の鼓動を早くするなんて、モニカは知らなかった。

 モニカは唇をムズムズさせながら、赤くなった頬を思わず両手で押さえる。

(……シリル様に、褒められた)

 普段から評価が辛口な人間に褒められると、嬉しいものだ。

 ましてこの一年間、仕事を教わっていた相手だから尚のこと。

「つまりだな、その……貴様は次期生徒会役員に相応しい人材だと考えている。故に今一度問おう」

 シリルは居住まいを正して、モニカと向き合う。


「来年も、生徒会に残る気はないか?」


 頬を押さえながら、モニカは思った。

 モニカ・ノートンはなんて幸福なのだろう、と。

 七賢人という立派な肩書がなくとも、誰かに認めてもらえる。必要としてもらえる。

 ……手を、差し伸べてもらえる。

 それは、もう随分前にモニカが諦めてしまった幸福だ。

 たとえ、モニカ・ノートンという存在が偽りだとしても、モニカ・ノートンとして感じた喜びを忘れないようにしようとモニカは密かに誓う。

 この思い出も、喜びも、全てがモニカにとって宝物なのだから。


「……わたしには、勿体無い、お話です」


 そう言って眉を下げて笑うモニカに、これ以上の説得は無理だと察したのだろう。

 シリルは「そうか」と呟き、作業を再開する。

「明日は、新年度生徒会役員候補との、顔合わせがある。書類の整理は今日中に終わらせるぞ」

「はい。あの、えっと、新生徒会役員の方は、どんな方々なんですか?」

 モニカの問いに、シリルは少しだけ意外そうな顔をした。

「なんだ、聞いていないのか? 現時点ではロベルト・ヴィンケル、グレン・ダドリー、エリアーヌ・ハイアット嬢……それと、貴様の友人のラナ・コレット嬢も候補に上がっている」

「え、えぇっ!?」

 シリルが口にした名前は、モニカの友人知人ばかりである。

 驚くモニカに、シリルも驚いているようだった。

「……私はてっきり、ロベルト・ヴィンケルが苦手だから、来年の生徒会に乗り気ではないのかと思っていたのだが……」

「いえ、あの、全部初耳、です」

 そういえば最近、ラナが意味深にニヤニヤしていた気がするが……どうやら、これが理由だったらしい。

 ラナの実家は爵位こそ低いが、ラナ自身はいずれは商会を立ち上げたいと考えているだけあって、計算能力が高い。

 エリアーヌは一年生の中で一番知名度の高い令嬢だし、グレンは学祭で一躍人気者になっている。

 癖の強いメンバーではあるが、ニールなら上手くまとめることができるだろう。

 ただ、一番意外なのはロベルトだ。

 モニカの頭に、春先でも元気に袖まくりをして二の腕を晒しているロベルト・ヴィンケルの姿が浮かぶ。


『自分がモニカ嬢と同じ生徒会役員になれば、生徒会室でもチェスができます』


 言いそうだ。すごく言いそうだ。

 モニカが自分の想像に頬を引きつらせれば、シリルが苦い顔で言った。

「生徒会副会長は、生徒会長を支える重要な役目だ。故に成績優秀であることが求められる。その点、非常に……非常に、意外だが……ロベルト・ヴィンケルは編入生でありながら、一年の首席だ」

 歯切れの悪さから察するに、シリルも思うところがあるのだろう。

 苦い顔のシリルに、モニカもぎこちなく笑いながら訊ねた。

「そういえば、クローディア様は生徒会役員にはならないんですか?」

「……なると思うか」

「…………いえ」

 高等科二年で最も成績優秀な生徒と言えば、間違いなくシリルの妹、クローディア・アシュリーであろう。

 だが、クローディアは最も成績優秀であると同時に、性格に難ありなことでも有名だ。

 それでも婚約者のニールが生徒会長になるのなら、もしかしたら……とモニカは思っていたのだが、どうやらニールは最初からクローディアを候補から外していたらしい。

 なお、ニールは周囲にこう漏らしていたという。


 ──婚約者が同じ役員だと、僕が無意識に贔屓しちゃうかもしれないので。


 この発言を聞いたクローディアは「そうよ、私、ニールに贔屓されてるの」と大層ご機嫌だったとか。

「……クローディア様らしいです」

 二人が顔を見合わせて笑っていると、資料室の扉が開き、フェリクスが顔を見せた。

「やぁ、二人とも。作業は捗っているかい?」

「はい、今日中には終了させます」

 モニカが気まずそうに俯けば、シリルがいつも通りハキハキとフェリクスに応える。

 フェリクスはニコリと微笑み、シリルとモニカを交互に見た。

「私はちょっと用事があるので、今日は先に帰らせてもらうよ。明日は休日だけど、午前中に新旧生徒会役員の顔合わせがあるから、忘れずに生徒会室に来るように」

 シリルとモニカが返事をすると、フェリクスは「それじゃあ、お先に」と言って背を向ける。

 モニカが顔をあげれば、資料室の扉が閉まる直前に、フェリクスと目が合ったような気がした。



 * * *



 寮の自室に戻ったフェリクスは、制服の上着を脱ぎ捨てると、衣装棚から外出用の上着を取り出した。それと黒髪のカツラも。

 フェリクスのポケットから這い出たトカゲ姿のウィルが、困惑したように訊ねる。

「……夜遊びは、もうしないのでは?」

「どうしても確認したいことができてね。なに、確認が済んだらすぐに戻ってくるさ」


 一週間前、モニカが口にした名前──ヴェネディクト・レイン。

 耳に馴染みはないのに、どこかで見た名前。

 それをどこで目にしたのか、ようやくフェリクスは思い出したのだ。


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