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サイレント・ウィッチ  作者: 依空 まつり
第14章「真相編」
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【14ー12】モニカの思惑、ルイスの思惑

 日中小降りだった雨は、モニカが校舎を飛び出した時には本降りになっていた。モニカは外套も傘も持たずに、ぬかるむ土を蹴って女子寮への道をひた走る。

(……どうしてわたしは、お父さんの名前を口にしてしまったんだろう)

 フェリクスに向かって父の名を告げたのは、衝動のようなものだった。


 ヴェネディクト・レイン。

 貴方を王にするため犠牲になった、わたしの父です。

 例え、貴方がその事実を知らなくても、どうか、どうか忘れないでください。


 父の名をモニカが口にした時、フェリクスは驚くでもなく訝しげな顔をしていたから、きっと父の死に直接関与はしていないのだろう。

 それでも、モニカはフェリクスに父の名を忘れて欲しくなかった。

 その感情は、呪いにも似ている。

 どうか、どうか、忘れないで。貴方のせいで死んだ父の名を……という呪詛に。


 女子寮にたどり着いたモニカは、水滴の滴るスカートを絞り、人の少ない廊下を選んで屋根裏部屋へ向かった。

(……わたしは、どうしたいんだろう)

 山小屋で暮らしていた頃のモニカは、大切なものなんて形見のコーヒーポット以外、何も無かった。

 人との繋がりを極力絶って、ただ数字と向かい合っていれば、それで良かった。

 それでもセレンディア学園に来て、少しずつ人と触れ合うようになって、宝物が増えた。親しい人間ができた。

 だから、この居場所を守るためなら……それを害する者に対して、幾らでも残酷になれた。


 シリルに化けたユアンと戦った時。

 ヒューバード・ディーに鉄槌を下した時。

 隣国の皇帝と向き合った時。


 大切な人を傷つける者、奪う者に対して、モニカはいくらでも心無く、無慈悲に振る舞えたのだ。

 そして今、モニカは選択を突きつけられている。

 クロックフォード公爵がしてきたことを全て公表し、クロックフォード公爵と偽物の王子アイザック・ウォーカーを断罪すれば、父の無実を訴えることができるかもしれない。父は陰謀で殺されたのだと、何も悪くないのだと、世間に証明することはモニカの悲願だった。

 全ての真実を明るみに出せば、モニカの願いは叶うのだ。


 ──そして、アイクは処刑される。第二王子を騙ったという前代未聞の大罪で。


 父の無実を訴えるなら、モニカの願いを叶えるのなら、アイクを排除すればいい。

 チェスの駒を摘むような心無さで、無慈悲に。

(……できない)

 部屋に戻ったモニカは、まだバクバクとうるさい心臓を押さえて、濡れた髪を布で拭く。

 そんなモニカの足元にネロが駆け寄ってきた。ネロはモニカを見上げて、尻尾をゆらりと揺らす。

「なぁ、お前の親父さんの名前を出して大丈夫だったのか? お前が〈沈黙の魔女〉だって、バレたらまずいだろ?」

 よくよく見れば、ネロの毛皮もしっとりと濡れていた。どうやらネロは、窓の外から生徒会室でのやりとりを見守っていたらしい。

 モニカはネロをそっと抱き上げると、布で包んでやった。

「……大丈夫。ヒルダさんが、私を引き取る時に素性を隠してくれてるから」

 表向き、ヴェネディクト・レインの娘は叔父に引き取られたことになっているし、ヒルダはモニカが迫害されぬよう、モニカと父の関係をひた隠しにしている。だから、たとえモニカがヴェネディクト・レインの娘だとバレても、〈沈黙の魔女〉であるという事実には辿り着けないはずだ。

「ならいいけどよぉ。結局、これからどーすんだ? 戦争を回避するって、帝国の偉い奴と約束しちまったんだろ」

「……うん」

 戦争を回避する、と皇帝に宣言したは良いが、モニカの中には具体的な計画が何もない。

 モニカはネロの背中を撫でながら、うんうんと懸命に頭を働かせる。



 作戦①

 クロックフォード公爵に「戦争はやめてください」とお願いする。

 当然、モニカの意見など、耳を貸してはもらえないだろう。


 作戦②

 クロックフォード公爵が戦争をしたがっていることを、国王に進言する。

 だが、現在国王は病床に伏せっているので、それも難しい。


 作戦③

 第二王子の正体が偽物であることを公開し、クロックフォード公爵諸共失脚させる。

 これが一番簡単かつ確実な手段だ。フェリクスが王になる前に真実を公表すれば、ギリギリで内戦は防げる。なにより全ての真実を明るみに出せば、モニカの父の無実を訴えることができるのだ。

 ……だが、アイクはクロックフォード公爵諸共、処刑されるだろう。


 作戦④

 フェリクスではなく、第一王子のライオネルを王に据える。



 一番現実的かつ望ましいのは作戦④だろう。

 第一王子は戦争を望んでいないし、なにより第一王子の母はランドール王国の姫君だ。上手くいけばランドール王国との同盟も強化でき、戦争の抑止力になる。

 問題は、現時点ではあまりにも第二王子派が強すぎるという点だった。後ろ盾であるクロックフォード公爵が強権を握っている以上、このままでは次期国王は第二王子で決まりだろう。

「う〜……やっぱり、クロックフォード公爵をどうにかしないと……」

「なんかこう、良い具合に弱みを握って脅せないのかよ?」

「クロックフォード公爵の、弱みって……?」

 困り顔で眉を下げるモニカに、ネロは尻尾を左右に振りながら考え込む。やがて何かを思いついたように勢いよく顔を上げると、モニカに肉球をビシリと突きつけた。

「たとえば、こういうのはどうだ! 『こっちは、第二王子の秘密を知っている。この事実を公表されたくなければ、王位は第一王子に譲れ』」

 なるほど確かに、これなら第二王子の正体を公にせず、クロックフォード公爵の思惑も封じることができる。ネロにしては、なかなか冴えた意見だった。

 戦争もアイクの処刑も回避するには、恐らくこの案しかない。

「……そう、だね。それしかない、よね。となると、後はどこで公爵と交渉するかだけど……」

 ちょうど今から三週間後に、城では薔薇の開花を楽しむガーデンパーティがある。これは貴族達の社交界シーズンの始まりを告げる会だ。

 このガーデンパーティは、クロックフォード公爵が取り仕切っている。

 七賢人であり魔法伯の肩書を持つモニカにも、当然に招待状は届いていた。これに参加すれば、クロックフォード公爵と取引をする時間も作れるだろう。

(あとは、わたしがまともに公爵と取り引きできるのか、っていうのが最大の問題だけど……)

 いっそ、その時は喋らなくても良いように、言いたいことを全て書面にしたためておくのも手かもしれない。

 ようやく希望が見えてきたモニカは、ガーデンパーティに参加する旨の手紙と、クロックフォード公爵と取り引きするための文面を考える。


 クロックフォード公爵を脅し、フェリクスを王位に据えないようにして、戦争を回避。今のモニカにできることは、それしかない。

 ただ、そのためには、アイクに王位を諦めてもらわなくてはならないのだ。


(アイク、ごめんなさい……貴方が何故、王位に固執するかは分からないけれど……)


 彼を王にして、この国を戦争や内乱に導くわけにはいかないのだ。



 * * *



「……やはり、第二王子は偽物ですか」

 リディル王国城の執務室で、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは手元の資料を眺めながら椅子に背中を預け、クツクツと喉を鳴らした。

 そんなルイスに、そばに控えていたリンがボソリと言う。

「流石ルイス殿。悪人の笑い方が、実に様になっていらっしゃる」

「今の発言は、この資料集めの功績に免じて聞かなかったことにしてやりましょう」

 彼の手元にある主な資料は、クロックフォード公爵邸にかつて勤めていたアーサーという医師の経歴書。そして、肉体操作魔術に関する資料である。

 〈星詠みの魔女〉は、十年前から第二王子の星が詠めなくなったと言っていた。その言葉を聞いた時から、ルイスは薄々考えてはいたのだ。

 もしかして第二王子は既に亡くなっているのではないか、セレンディア学園に通う第二王子は偽物なのではないか、と。

 その疑惑を裏付けたのが、二度に渡って侵入してきた肉体操作魔術を扱う帝国の人間。

 そうして、ルイス・ミラーは一つの結論を出した。


 ──クロックフォード公爵は帝国の人間と繋がり、禁術を使用して、自分に都合の良い第二王子の偽物を作り上げたのだ。


 そもそも、フェリクスの護衛を国王に命じられた時から、ルイスは疑問に思っていた。

 世間では第一王子派で通っているルイスに、何故、国王は第二王子の護衛を命じたのか……と。

 だが、今ならその答えが分かる。

「陛下も人が悪い……あの方は第二王子が偽物ではないかと気付いておられたのです。そこで私を第二王子に張りつかせ、第二王子がボロを出すのを待っていた」

 ルイスの言葉に、リンは無表情ながら納得したような様子でポンと手を打った。


「つまり国王は、気に入らない人間の粗を徹底的にほじくる、ルイス殿の小姑精神を買ったのですね」


 今のルイスは大層機嫌が良かったので、己の契約精霊の暴言を寛大にも聞き流してやることにした。

 なにせ、あのクロックフォード公爵と第二王子を破滅させることができるのだ。

 強い者いじめが大好きと明言して憚らないルイス・ミラーにとって、これほど心躍ることはない。

「さて、この事実をどこで公表すべきか。あぁ、三週間後にガーデンパーティがありましたね。その場で、この事実を公表しましょう……『クロックフォード公爵は帝国と繋がり、偽物の第二王子を擁立しようとしている大罪人である』と」

 片眼鏡の奥で目を爛々と輝かせるルイスに、リンは訊ねる。

「この事実を〈沈黙の魔女〉殿に報告いたしますか?」

「いいえ、黙っておきなさい。演技の下手なあの小娘に、真実を知らせるのは得策ではない」

 なにより最近のモニカは、少しばかり情に絆されやすくなっている。

 クロックフォード公爵共々、第二王子に成り済ました偽物が処刑されることになったら、きっと動揺するだろう。

 ならば〈沈黙の魔女〉には、第二王子が完全に破滅するまで潜入を続けさせればいい。

 あとはガーデンパーティでどのようにして公表するか。その段取りをルイスは鼻歌混じりに考える。


「ところで、ルイス殿。少々お耳に入れたいことが」

「急ぎでなければ、後になさい」

「先ほど、ロザリー様のお産が始まったと、屋敷の方から連絡が」


 馬鹿メイド! と叫ぶ間も無くルイスは飛行魔術を唱え、弾丸の如きスピードで窓から飛び出していった。


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